愛の音楽

ガラスの惑星

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無邪気なサックス

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 昼休み。

 学校の屋上で二人の生徒が談笑していた。膝には弁当、その隣には水筒があり、生徒たちの前には楽譜と、何やら重そうなものが入った黒いケースがあった。
 この日の屋上は少し暑かった。アスファルトからは熱気が立ち込め、太陽はギラギラと己を燃やしていた。生徒たちのブレザーはほのかに汗で濡れていた。

「あー、暑い」

「こんなに暑いとは思わなかった」

「今、何月だと思う?」

「九月後半」

「これじゃあ楽器吹けないじゃん」

 一人の生徒が目の前の黒いケースに視線を落とした。
 この中に入っていたのは楽器だったのだ。ひとつのケースはスクールバックを少し大きくしたくらいのもので、もうひとつのケースは一メートルをゆうに超えていた。

「我ら木管楽器にとって太陽は敵!」

 と、生徒のうちの一人、ボブヘアの少女が言った。

「そうね、日陰探さないと」

 もう一人の生徒、ロングヘアの少女は落ち着き払って言う。

「練習に付き合うんだっけ?」

「うん、お願いします!」

 二人の生徒は建物の影に場所を移した。そして二人は黒いケースを開けた。
 ボブヘアの少女の楽器ケースからは、金色の少し小さめの楽器が顔出した。

 アルトサックスだ。吹奏楽では主に高音域などを担当する楽器であり、ジャズなどにも使われる比較的新しい楽器だ。その楽器からは澄みきった特有の、はつらつとした音が鳴る。少女の陽気さと明るさによく似合う楽器である。

 ロングヘアの少女も楽器ケースを開けた。その大きなケースの中には一メートル弱くらいの楽器が入っていた。

 バリトンサックスだ。主に低音域を担当する楽器で、オーケストラの構成には入っていないが、吹奏楽内では重要な役割、伴奏や裏打ちなどをこなす。力強い低音から、柔らかい弦楽器のような音まで、幅広い音を出すことのできる多彩な楽器だ。少女の冷静さとその内に秘められた優しさを表現しているような楽器である。

 二人の少女はリードをくわえながら楽器を組み立てる。その後リードをマウスピースに装着させ、息を入れた。
 二人の少女の楽器から、丸みのある優しい音が鳴った。
 楽器とマウスピースを組み合わせる。これでやっと「サックス」という楽器になる。

 アルトサックスからは澄みきった音が鳴った。夏の青空のような、清々しい音だ。

 バリトンサックスは艶のある美しい重低音だった。ロングヘアの少女のような冷静さも音に滲み出ていた。

 二人はしばらく音出しをした。ボブヘアの少女が楽譜をめくる。沢山の音の羅列がそこにはあった。対してロングヘアの少女の楽譜は、四分音符や二分音符、全音符、そして他の楽器とかけ合うようなメロディーだった。同じ楽器でも音域によってこんなにも差があるのだ。二人が開いた楽譜の題名は、

「青の飛行船」

 これはアルトサックスとバリトンサックスの掛け合いのソロがある曲だ。アルトサックス奏者だったこの曲の作曲者は学生時代、このボブヘアの生徒のようによく屋上でバリトンサックスの生徒と音を合わせていたらしい。それを懐かしんで作曲されたのがこの曲だ。

 少女たちは呼吸を合わせた。

 アルトサックスの優しい音が伸びやかに響く。それに覆い被さるようにして、バリトンサックスが切ないメロディーを奏でる。二つの音は煌めいていた。夏の色を塗った九月の空に、二つの音がただ美しく響いていた。さっきまでギラギラと輝いていた太陽は少しばかり気を休め、二つのメロディーに聞き惚れていた。
 音がのびる、はずむ。二つの音は美しかった。屋上はさっきよりも幾分か涼しくなった。
 曲はいよいよ終盤へ。切ないメロディーが少しずつ明るくなっていく。アルトサックスの音は、優しい音から元気で嬉しそうな音に変化し、バリトンサックスの音は本当に同一人物が吹いているのかというくらい、さっきまでとは打って変わった力強い音に変化した。
 少女たちは互いに微笑み合う。そして陽気にスッテプをしながら楽器を吹いた。

 最後の音を奏でた瞬間、ボブヘアの少女は言った。

「音楽って素敵!生きてるって感じがする!」

 その発言にロングヘアの少女は微笑んだ

「そうだね」

 ロングヘアの少女は自分の右脇に居るバリトンサックスに視線を落とした。

「ありがとう、あなたが居るから私の人生は輝いて見える」

 そう言ってバリトンサックスの少女は無邪気な笑みをこぼした。アルトサックスの少女も同じように楽器に向かい、微笑んだ。

「ありがとう!これからもよろしく!」

 サックスたちは輝いた。太陽に反射したのではない。ただ、自らの力で奏者に感謝の気持ちを伝えたのだ。金色の美しい楽器たちは澄みきった目で少女たちを見た。そして金色のボディをさらに輝かせて微笑んだ。それが伝わったのか、二人のサックス奏者たちは大声で笑った。

 笑って、笑って、笑った………

 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。少女たちは笑顔で話しながら楽器を片付けた。

「ありがとう、またよろしくね」

楽器に向かい、そう言う彼女たちはどうしようもないほど無邪気だった。

彼女たちはこれからも無邪気に、サックスを愛していくことだろう。
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