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高嶺のファゴット
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星空の下、小高い丘の上で一人の少女が泣いていた。ぽつんと立っている木の下で、少女はうずくまっていた。肩まで伸びた黒髪は、月明かりを受けてきらきらと輝いている。家出でもしたのだろうか。少女の傍には黒い鞄のようなものが置いてあった。
しばらくして少女は顔を上げた。何か思い立ったのだろうか。ガラス玉のような透明な瞳は、空に浮かぶ星々をとらえた。星々は少女の美しい瞳の中できらきらと輝いている。ダイヤモンドにルビー、サファイヤ。そんな宝石のように輝く星々は、見た目は美しくてもその少女を嗤っていた。みすぼらしい、と。
星々の言葉に気づいたのか、少女は星々から目を逸らした。少女が目を逸らした先にあったものは、月だった。月は何も言わなかた。少女を静かに見つめ、どこか悲しそうな表情をしていた。それに釣られて少女も少し悲しくなったようだ。そんな少女が次に見たのは、彼女の隣にあった黒い鞄だった。
少女はハッとしてそれに手を伸ばした。鞄は少女に手を繋がれて嬉しそうだった。
鞄を開ける。するとそこには箱が入っており、その箱の中にはワインレッドの楽器が眠っていた。その楽器は眩しいほどの月明かりで目を覚ましたかのように息をした。少女はそれが嬉しかったのかもしれない。
少女はリードを取り出した。リードといってもリードが二枚のもの、いわゆるダブルリードというものなのだが…
それを口に咥えながら少女は無我夢中でそれを組み立てた。
少女が組み立てた楽器はファゴットだった。オーケストラや吹奏楽で主に使用される楽器で低音域を担当する。ダブルリードという特殊なリードを使う楽器で、オーボエなどもダブルリード楽器に分類される。歯切れの良いファゴット特有の音色は聞く人を魅了する。
少女は組み立てた楽器にリードを装着した。
息を入れる。楽器から哀愁を帯びた貫禄のある音が響いた。少女は指使いなどを確認した後、ある曲を演奏し始めた。
「月光のワルツ」だ。
月光のワルツ、といっても後から少女に聞いた話だが、この曲は彼女の即興演奏だったらしい。優しく照らしてくれる月への感謝と、どこか悲しさあふれる月への同情、そして楽器への愛を歌った曲。
よく聞いてみると、彼女の吹くファゴットからは悲しさや絶望、苦しみの音が聞こえたが、その中には確かに楽器への愛がこもっていた。楽器への愛があったからこそ、そしてそれを照らしてくれた月への感謝があったおかげで彼女の負の感情が公にならなかったというわけである。
彼女の演奏に貫禄があると感じる理由はやはり沢山の感情をこの幼い歳で理解しているからだろう。この少女は普通の子供とはどこか違う面影があった。それはまるで自分の心を閉ざしているかのようだった。
だが、楽器を吹くときはその閉ざしていた心が少し開かれているような気がした。彼女は音楽に、楽器に正直な、真っ直ぐな子供なのである。周囲の人間が彼女の本質に気づくには、まだ少しばかり時間が必要だと思うが、気づかれる頃には彼女の演奏はこんなものではなく、世界に大きく羽ばたくことのできる演奏に成長しているだろう。
少女の音が夜空にきらめく。まるで音の一つ一つが少女をたたえる星になったかのように。少女は目を瞑った。少女はファゴットを愛している。きっと、己のことより。
少女が自分自身を愛することができるようになれば、さらに良い演奏ができるようになる、と私は信じている。
少女は月明かりに照らされてカーネリアンのように燃えるファゴットに微笑んだ。
ありがとう、
と少女は心の中でつぶやいた。
月とファゴットに向けての言葉だ。
月は優しく、少女とファゴットを照らした。
少女は嬉しそうだった。
ファゴットは何も言わなかった。
ただ少女のそばで静かに、じっと座っているだけだった。
しばらくして少女は顔を上げた。何か思い立ったのだろうか。ガラス玉のような透明な瞳は、空に浮かぶ星々をとらえた。星々は少女の美しい瞳の中できらきらと輝いている。ダイヤモンドにルビー、サファイヤ。そんな宝石のように輝く星々は、見た目は美しくてもその少女を嗤っていた。みすぼらしい、と。
星々の言葉に気づいたのか、少女は星々から目を逸らした。少女が目を逸らした先にあったものは、月だった。月は何も言わなかた。少女を静かに見つめ、どこか悲しそうな表情をしていた。それに釣られて少女も少し悲しくなったようだ。そんな少女が次に見たのは、彼女の隣にあった黒い鞄だった。
少女はハッとしてそれに手を伸ばした。鞄は少女に手を繋がれて嬉しそうだった。
鞄を開ける。するとそこには箱が入っており、その箱の中にはワインレッドの楽器が眠っていた。その楽器は眩しいほどの月明かりで目を覚ましたかのように息をした。少女はそれが嬉しかったのかもしれない。
少女はリードを取り出した。リードといってもリードが二枚のもの、いわゆるダブルリードというものなのだが…
それを口に咥えながら少女は無我夢中でそれを組み立てた。
少女が組み立てた楽器はファゴットだった。オーケストラや吹奏楽で主に使用される楽器で低音域を担当する。ダブルリードという特殊なリードを使う楽器で、オーボエなどもダブルリード楽器に分類される。歯切れの良いファゴット特有の音色は聞く人を魅了する。
少女は組み立てた楽器にリードを装着した。
息を入れる。楽器から哀愁を帯びた貫禄のある音が響いた。少女は指使いなどを確認した後、ある曲を演奏し始めた。
「月光のワルツ」だ。
月光のワルツ、といっても後から少女に聞いた話だが、この曲は彼女の即興演奏だったらしい。優しく照らしてくれる月への感謝と、どこか悲しさあふれる月への同情、そして楽器への愛を歌った曲。
よく聞いてみると、彼女の吹くファゴットからは悲しさや絶望、苦しみの音が聞こえたが、その中には確かに楽器への愛がこもっていた。楽器への愛があったからこそ、そしてそれを照らしてくれた月への感謝があったおかげで彼女の負の感情が公にならなかったというわけである。
彼女の演奏に貫禄があると感じる理由はやはり沢山の感情をこの幼い歳で理解しているからだろう。この少女は普通の子供とはどこか違う面影があった。それはまるで自分の心を閉ざしているかのようだった。
だが、楽器を吹くときはその閉ざしていた心が少し開かれているような気がした。彼女は音楽に、楽器に正直な、真っ直ぐな子供なのである。周囲の人間が彼女の本質に気づくには、まだ少しばかり時間が必要だと思うが、気づかれる頃には彼女の演奏はこんなものではなく、世界に大きく羽ばたくことのできる演奏に成長しているだろう。
少女の音が夜空にきらめく。まるで音の一つ一つが少女をたたえる星になったかのように。少女は目を瞑った。少女はファゴットを愛している。きっと、己のことより。
少女が自分自身を愛することができるようになれば、さらに良い演奏ができるようになる、と私は信じている。
少女は月明かりに照らされてカーネリアンのように燃えるファゴットに微笑んだ。
ありがとう、
と少女は心の中でつぶやいた。
月とファゴットに向けての言葉だ。
月は優しく、少女とファゴットを照らした。
少女は嬉しそうだった。
ファゴットは何も言わなかった。
ただ少女のそばで静かに、じっと座っているだけだった。
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