Dreamen

くり

文字の大きさ
15 / 36
第一部 罪人の涙

白もしくは無 3

しおりを挟む
 ……きっと、ノアは知らず知らずのうちに選択を終えていたのだろう。
 目の前には、魔追がいた。
「決まったみたいだね」
「……何が?」
 首を傾げる。本当に何のことだか分からないでいると、魔追が微笑んだ。ノアは何故かぞっとした。
 妙にのっぺりとした笑みに見えたからだ。
「明日は、時間、空いてるかな?」
「明日……」
 頭が回らない。ぼんやりと復唱すると、魔追は勝手に頷いた。
「……大丈夫そうだな。また、うちにおいでよ。玄関開けとくから。紹介したい奴……ていうか、会いたいって言ってる奴がいるんだ」
「俺に?」
「ノア達三人に」
「それは……」
 何も言えず、息を呑んで魔追を見つめると、魔追はまた笑った。
 こんな魔追くんは初めてだ。
 まるで、魔追くんのフリをした別人のような……。
「待ってるよ」
 ノアの返事を待たずに話は途中で遮られた。
 次に目を開くと、そこは最近見慣れてきた自分の部屋だった。








 結局、月曜日を待たずに三人は再び電車に乗って神居宮家にまで来ていた。
 いつもの通学路を途中で曲がってさびれた商店街を通り過ぎ、比較的古い町並みへと入っていく。三人とも僅かに緊張しているのか、それともどんよりとした曇天のせいか、あまり会話はない。それでも、さすがに寝起きのショックは薄れてきていて、だんだんと口数は戻っていた。
 ルナがテラと手をつないだまま振り向く。
「ノア兄、ため息なんかついてどうしたの?」
「いや……、今日曇ってるから、もう少し落ち着いたファッションの方がよかったなあと反省中」
「でも、その破けちゃったズボン、かっこいいよ。ルナは好き」
「ちゃった、じゃなくてこういうデザインなの。ダメージジーンズ。ここ、テストに出るから」
「出るの?」
「家庭科とかで、たぶん」
 なるほど、ありそうと感心するルナ。訂正するのも面倒臭くてそのままにする。そのうち、テラか母親あたりが直すだろう。
 神居宮家まではあと一つ角を曲がるだけというところまで来ていた。なんだかんだで来てしまったが、既に腹はくくった後だ。というより、もともとの性格が災いして、気になってどうしようもなくなったというのが大きい。ここまで膨らんでしまうと、もうただの謎として放っておくことはできなかった。――それを解決できるかもしれない糸口があるとなれば、なおさらだ。ノアはどちらかというと研究者気質なのだ。
 答えが出るまで、あと少し。
 ちらりとテラに目をやる。ルナと楽しそうにお喋りを続けているのは、気を紛らわすためなのか。
 だが、そんな努力を嘲笑うように、角を曲がった瞬間、カラン……、と下駄の音が鳴ったのをノアは聞き逃さなかった。
「っ!」
「ノア、今、」
 テラとルナが立ち止まり、こちらを振り向く。そのせいで見過ごしたらしい。神居宮邸の門が、たった今開けたばかりのようにキィと微かにきしむ音を立てて揺れて、止まった。
 二人を追い越して足早に近付くと、もう門の周りには誰もいなかった。手を掛けると、やはり鍵が開いている。顔を上げ奥を覗き見ると、玄関の引き戸も隙間が空いていた。ノアはごくりと唾を飲み込んだ。
 顔を見合わせ、それからゆっくりと侵入する。――侵入という言い方は語弊があるかもしれないが、まだ家人に会っていないのだからいいだろう。そろそろと足音を忍ばせて玄関へと近付き、そっと中を覗く。誰もいない。それどころか、薄暗くて無人のようだ。
 すうっ、と息を吐き、思い切って中に踏み込んだ。
 かなり大きな音を立てて戸が開く。入るなり、ルナが率先して声を張り上げた。
「こーんにーちはーっ!」
 静寂。
 本当に誰もいないのかと疑った時だった。
 ピシャンッ! と背後で玄関戸が勢いよく閉まる。驚いて振り向くと、家の奥からどたどたという足音が急接近し――。
「いらっしゃいま――ぶへえっ!?」
「うわあっ!?」
 迫ってきた影が何もないところでつまずき、こちらへと倒れこんできた。咄嗟に手を出して受け止めようとしたが、ノアは少年が大事に大事に手に持ったものを見て顔をひきつらせた。
「ちょ、まじで!?」
 慌てて逃げようとするも、時既に遅し。
 パアンッ!! と、クラッカーがノアの顔めがけて発射された。
 同時に何かが天井から落ちてくるような音がしたが、ノアはそれどころではなかった。
「ぶっは! うえっ、げほっ!」
 尻もちをつきながら、口の中に入り込んだテープや小さな紙片を吐き出す。衝撃はそれほどではなかった。だが、口の中へのダメージがものすごい。なんだか、妙な臭いもする気がする。これはいきなり人に向けてやるものではない。それを改めて確認させられたノアだった。
「うわー……、テープもしたたるいい男?」
「……したたってないし、そもそも顔見えてないから」
 ぎりぎりで回避したルナとテラが兄のその悲惨な光景にぽつりとつぶやく。
「いいから、助けろよ!」
「えー」
「涎ついてない?」
「もういいよ!」
 渋る妹たちの援助は諦めて自力でテープを掻き分け、ついでに自分をクッションにしておきながらいまだに呻いている少年をどかし、やっとノアは自由を取り戻した。そして、顔を上げ、同様にクラッカーを構えた状態で固まっている魔追とれい子と目が合い、さらにその頭上から垂れ下がる横断幕に、は? と思わず漏らした。

≪ようこそ! 夢の世界へ!≫

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのさ、魔追くん」
「……はい」
「これのどこが夢なんだよっ!!」
「ほんと、ごめんっ!」
 自分に降りかけられたテープを鷲掴み、魔追の顔面に投げつけたノアは全く悪くないだろう。
 からら、と玄関戸が外から開いて、小さな影が下駄音を響かせながらひょっこりと顔を出した。
「マオマオ―? もういいのー?」
「あ、アサ、まだ駄目……」
「っ」
「わっ!」
 テラとルナがそれぞれ悲鳴を上げてじりと後退る。
 少女はくりっとした目を驚いたように丸くし、それからありゃーとほっぺたを掻いた。
「びっくりしちゃった? ま、するかー」
 どうも―、と少女は大きな大きなまるっこい一つ目を弓形に緩ませて笑った。

 目が、一つしかなかったのだ。


「ここでは、はじめまして。かな? 一つ目のアサだよ。よろしく」










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...