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第一部 罪人の涙
白もしくは無 3
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……きっと、ノアは知らず知らずのうちに選択を終えていたのだろう。
目の前には、魔追がいた。
「決まったみたいだね」
「……何が?」
首を傾げる。本当に何のことだか分からないでいると、魔追が微笑んだ。ノアは何故かぞっとした。
妙にのっぺりとした笑みに見えたからだ。
「明日は、時間、空いてるかな?」
「明日……」
頭が回らない。ぼんやりと復唱すると、魔追は勝手に頷いた。
「……大丈夫そうだな。また、うちにおいでよ。玄関開けとくから。紹介したい奴……ていうか、会いたいって言ってる奴がいるんだ」
「俺に?」
「ノア達三人に」
「それは……」
何も言えず、息を呑んで魔追を見つめると、魔追はまた笑った。
こんな魔追くんは初めてだ。
まるで、魔追くんのフリをした別人のような……。
「待ってるよ」
ノアの返事を待たずに話は途中で遮られた。
次に目を開くと、そこは最近見慣れてきた自分の部屋だった。
結局、月曜日を待たずに三人は再び電車に乗って神居宮家にまで来ていた。
いつもの通学路を途中で曲がってさびれた商店街を通り過ぎ、比較的古い町並みへと入っていく。三人とも僅かに緊張しているのか、それともどんよりとした曇天のせいか、あまり会話はない。それでも、さすがに寝起きのショックは薄れてきていて、だんだんと口数は戻っていた。
ルナがテラと手をつないだまま振り向く。
「ノア兄、ため息なんかついてどうしたの?」
「いや……、今日曇ってるから、もう少し落ち着いたファッションの方がよかったなあと反省中」
「でも、その破けちゃったズボン、かっこいいよ。ルナは好き」
「ちゃった、じゃなくてこういうデザインなの。ダメージジーンズ。ここ、テストに出るから」
「出るの?」
「家庭科とかで、たぶん」
なるほど、ありそうと感心するルナ。訂正するのも面倒臭くてそのままにする。そのうち、テラか母親あたりが直すだろう。
神居宮家まではあと一つ角を曲がるだけというところまで来ていた。なんだかんだで来てしまったが、既に腹はくくった後だ。というより、もともとの性格が災いして、気になってどうしようもなくなったというのが大きい。ここまで膨らんでしまうと、もうただの謎として放っておくことはできなかった。――それを解決できるかもしれない糸口があるとなれば、なおさらだ。ノアはどちらかというと研究者気質なのだ。
答えが出るまで、あと少し。
ちらりとテラに目をやる。ルナと楽しそうにお喋りを続けているのは、気を紛らわすためなのか。
だが、そんな努力を嘲笑うように、角を曲がった瞬間、カラン……、と下駄の音が鳴ったのをノアは聞き逃さなかった。
「っ!」
「ノア、今、」
テラとルナが立ち止まり、こちらを振り向く。そのせいで見過ごしたらしい。神居宮邸の門が、たった今開けたばかりのようにキィと微かにきしむ音を立てて揺れて、止まった。
二人を追い越して足早に近付くと、もう門の周りには誰もいなかった。手を掛けると、やはり鍵が開いている。顔を上げ奥を覗き見ると、玄関の引き戸も隙間が空いていた。ノアはごくりと唾を飲み込んだ。
顔を見合わせ、それからゆっくりと侵入する。――侵入という言い方は語弊があるかもしれないが、まだ家人に会っていないのだからいいだろう。そろそろと足音を忍ばせて玄関へと近付き、そっと中を覗く。誰もいない。それどころか、薄暗くて無人のようだ。
すうっ、と息を吐き、思い切って中に踏み込んだ。
かなり大きな音を立てて戸が開く。入るなり、ルナが率先して声を張り上げた。
「こーんにーちはーっ!」
静寂。
本当に誰もいないのかと疑った時だった。
ピシャンッ! と背後で玄関戸が勢いよく閉まる。驚いて振り向くと、家の奥からどたどたという足音が急接近し――。
「いらっしゃいま――ぶへえっ!?」
「うわあっ!?」
迫ってきた影が何もないところでつまずき、こちらへと倒れこんできた。咄嗟に手を出して受け止めようとしたが、ノアは少年が大事に大事に手に持ったものを見て顔をひきつらせた。
「ちょ、まじで!?」
慌てて逃げようとするも、時既に遅し。
パアンッ!! と、クラッカーがノアの顔めがけて発射された。
同時に何かが天井から落ちてくるような音がしたが、ノアはそれどころではなかった。
「ぶっは! うえっ、げほっ!」
尻もちをつきながら、口の中に入り込んだテープや小さな紙片を吐き出す。衝撃はそれほどではなかった。だが、口の中へのダメージがものすごい。なんだか、妙な臭いもする気がする。これはいきなり人に向けてやるものではない。それを改めて確認させられたノアだった。
「うわー……、テープもしたたるいい男?」
「……したたってないし、そもそも顔見えてないから」
ぎりぎりで回避したルナとテラが兄のその悲惨な光景にぽつりとつぶやく。
「いいから、助けろよ!」
「えー」
「涎ついてない?」
「もういいよ!」
渋る妹たちの援助は諦めて自力でテープを掻き分け、ついでに自分をクッションにしておきながらいまだに呻いている少年をどかし、やっとノアは自由を取り戻した。そして、顔を上げ、同様にクラッカーを構えた状態で固まっている魔追とれい子と目が合い、さらにその頭上から垂れ下がる横断幕に、は? と思わず漏らした。
≪ようこそ! 夢の世界へ!≫
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのさ、魔追くん」
「……はい」
「これのどこが夢なんだよっ!!」
「ほんと、ごめんっ!」
自分に降りかけられたテープを鷲掴み、魔追の顔面に投げつけたノアは全く悪くないだろう。
からら、と玄関戸が外から開いて、小さな影が下駄音を響かせながらひょっこりと顔を出した。
「マオマオ―? もういいのー?」
「あ、アサ、まだ駄目……」
「っ」
「わっ!」
テラとルナがそれぞれ悲鳴を上げてじりと後退る。
少女はくりっとした目を驚いたように丸くし、それからありゃーとほっぺたを掻いた。
「びっくりしちゃった? ま、するかー」
どうも―、と少女は大きな大きなまるっこい一つ目を弓形に緩ませて笑った。
目が、一つしかなかったのだ。
「ここでは、はじめまして。かな? 一つ目のアサだよ。よろしく」
目の前には、魔追がいた。
「決まったみたいだね」
「……何が?」
首を傾げる。本当に何のことだか分からないでいると、魔追が微笑んだ。ノアは何故かぞっとした。
妙にのっぺりとした笑みに見えたからだ。
「明日は、時間、空いてるかな?」
「明日……」
頭が回らない。ぼんやりと復唱すると、魔追は勝手に頷いた。
「……大丈夫そうだな。また、うちにおいでよ。玄関開けとくから。紹介したい奴……ていうか、会いたいって言ってる奴がいるんだ」
「俺に?」
「ノア達三人に」
「それは……」
何も言えず、息を呑んで魔追を見つめると、魔追はまた笑った。
こんな魔追くんは初めてだ。
まるで、魔追くんのフリをした別人のような……。
「待ってるよ」
ノアの返事を待たずに話は途中で遮られた。
次に目を開くと、そこは最近見慣れてきた自分の部屋だった。
結局、月曜日を待たずに三人は再び電車に乗って神居宮家にまで来ていた。
いつもの通学路を途中で曲がってさびれた商店街を通り過ぎ、比較的古い町並みへと入っていく。三人とも僅かに緊張しているのか、それともどんよりとした曇天のせいか、あまり会話はない。それでも、さすがに寝起きのショックは薄れてきていて、だんだんと口数は戻っていた。
ルナがテラと手をつないだまま振り向く。
「ノア兄、ため息なんかついてどうしたの?」
「いや……、今日曇ってるから、もう少し落ち着いたファッションの方がよかったなあと反省中」
「でも、その破けちゃったズボン、かっこいいよ。ルナは好き」
「ちゃった、じゃなくてこういうデザインなの。ダメージジーンズ。ここ、テストに出るから」
「出るの?」
「家庭科とかで、たぶん」
なるほど、ありそうと感心するルナ。訂正するのも面倒臭くてそのままにする。そのうち、テラか母親あたりが直すだろう。
神居宮家まではあと一つ角を曲がるだけというところまで来ていた。なんだかんだで来てしまったが、既に腹はくくった後だ。というより、もともとの性格が災いして、気になってどうしようもなくなったというのが大きい。ここまで膨らんでしまうと、もうただの謎として放っておくことはできなかった。――それを解決できるかもしれない糸口があるとなれば、なおさらだ。ノアはどちらかというと研究者気質なのだ。
答えが出るまで、あと少し。
ちらりとテラに目をやる。ルナと楽しそうにお喋りを続けているのは、気を紛らわすためなのか。
だが、そんな努力を嘲笑うように、角を曲がった瞬間、カラン……、と下駄の音が鳴ったのをノアは聞き逃さなかった。
「っ!」
「ノア、今、」
テラとルナが立ち止まり、こちらを振り向く。そのせいで見過ごしたらしい。神居宮邸の門が、たった今開けたばかりのようにキィと微かにきしむ音を立てて揺れて、止まった。
二人を追い越して足早に近付くと、もう門の周りには誰もいなかった。手を掛けると、やはり鍵が開いている。顔を上げ奥を覗き見ると、玄関の引き戸も隙間が空いていた。ノアはごくりと唾を飲み込んだ。
顔を見合わせ、それからゆっくりと侵入する。――侵入という言い方は語弊があるかもしれないが、まだ家人に会っていないのだからいいだろう。そろそろと足音を忍ばせて玄関へと近付き、そっと中を覗く。誰もいない。それどころか、薄暗くて無人のようだ。
すうっ、と息を吐き、思い切って中に踏み込んだ。
かなり大きな音を立てて戸が開く。入るなり、ルナが率先して声を張り上げた。
「こーんにーちはーっ!」
静寂。
本当に誰もいないのかと疑った時だった。
ピシャンッ! と背後で玄関戸が勢いよく閉まる。驚いて振り向くと、家の奥からどたどたという足音が急接近し――。
「いらっしゃいま――ぶへえっ!?」
「うわあっ!?」
迫ってきた影が何もないところでつまずき、こちらへと倒れこんできた。咄嗟に手を出して受け止めようとしたが、ノアは少年が大事に大事に手に持ったものを見て顔をひきつらせた。
「ちょ、まじで!?」
慌てて逃げようとするも、時既に遅し。
パアンッ!! と、クラッカーがノアの顔めがけて発射された。
同時に何かが天井から落ちてくるような音がしたが、ノアはそれどころではなかった。
「ぶっは! うえっ、げほっ!」
尻もちをつきながら、口の中に入り込んだテープや小さな紙片を吐き出す。衝撃はそれほどではなかった。だが、口の中へのダメージがものすごい。なんだか、妙な臭いもする気がする。これはいきなり人に向けてやるものではない。それを改めて確認させられたノアだった。
「うわー……、テープもしたたるいい男?」
「……したたってないし、そもそも顔見えてないから」
ぎりぎりで回避したルナとテラが兄のその悲惨な光景にぽつりとつぶやく。
「いいから、助けろよ!」
「えー」
「涎ついてない?」
「もういいよ!」
渋る妹たちの援助は諦めて自力でテープを掻き分け、ついでに自分をクッションにしておきながらいまだに呻いている少年をどかし、やっとノアは自由を取り戻した。そして、顔を上げ、同様にクラッカーを構えた状態で固まっている魔追とれい子と目が合い、さらにその頭上から垂れ下がる横断幕に、は? と思わず漏らした。
≪ようこそ! 夢の世界へ!≫
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのさ、魔追くん」
「……はい」
「これのどこが夢なんだよっ!!」
「ほんと、ごめんっ!」
自分に降りかけられたテープを鷲掴み、魔追の顔面に投げつけたノアは全く悪くないだろう。
からら、と玄関戸が外から開いて、小さな影が下駄音を響かせながらひょっこりと顔を出した。
「マオマオ―? もういいのー?」
「あ、アサ、まだ駄目……」
「っ」
「わっ!」
テラとルナがそれぞれ悲鳴を上げてじりと後退る。
少女はくりっとした目を驚いたように丸くし、それからありゃーとほっぺたを掻いた。
「びっくりしちゃった? ま、するかー」
どうも―、と少女は大きな大きなまるっこい一つ目を弓形に緩ませて笑った。
目が、一つしかなかったのだ。
「ここでは、はじめまして。かな? 一つ目のアサだよ。よろしく」
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