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第一部 罪人の涙
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そして現在、絶賛土下座中である。
「あのさ、魔追くん? クラッカーは人に向けちゃダメって習わなかった? ねえ、これ常識だよねえ? うん?」
「すいませんっした! オレがあそこで転ばなければいい感じに……」
「ならないから」
「す、すいませんっ……!」
ただし、魔追と奏良の二人だけである。
れい子はお茶くみを口実に逃げ、アサはれい子を手伝いながら説教される二人をけらけらと笑い転げて見ており、追夢は何故か何食わぬ顔で岩倉三兄妹と一緒にソファに座っていた。
それどころか、とんでもないことを言い放つ。
「それ、計画したの魔追」
「追夢!?」
本当は、ちょっとドッキリみたいに歓迎すれば笑い話で済ませられるんじゃないの、その方が話にも持っていきやすいし云々と提案したのは追夢である。
あっさりと罪をなすりつけられたうえに、売られたことに驚愕の目を向けると、片手で頭を押さえられ、ぐいっと顔ごと視線を戻された。
「魔追くん」
「は、はい……」
「何か言うことは?」
魔追は学んだ。
「すみませんでした」
人間、何事も誠心誠意をもって向き合うことが何より大切である。
「あ、あの、ところでノアさん。頭に紙がまだくっついてますよ」
「誰のせいだよ」
「ひ、ひいっ! すいませんっしたあああ!」
そして、奏良は相変わらず余計な一言が多かった。
謝り倒す二人にようやく鬱憤が晴れたのか、やっと解放され――ただし、ソファに座る許可は下りなかったが――、ローテーブルの空いている辺に痺れた足を崩して胡坐をかくと、こほんと咳払いをしてから魔追は本題に入った。
「えっと……、今日、三人がうちに来てくれたのは、オレ達のメッセージを本物だと受け取ってくれたからだと思ってる。その前提で話していくから、まずは最後まで聞いてほしい」
ノア達が頷く。そのことにひそかに安堵しつつ、魔追はゆっくりと口を開いた。
「もうなんとなく分かってるだろうけど、オレ達は夢の中でいろんなことができる。他人の夢に侵入したり、操作したり……。それをオレ達は夢視と呼んでいるんだ。オレと追夢に、こいつもそう。それで、二人が見た白い空間も、オレ達夢視師が、追夢が創ったものだ」
「追夢が?」
テラとルナが揃って追夢を見ると、二人に挟まれた追夢は静かに頷いて説明を引き継いだ。
「まず夢の構造の条件の一つとして、この前も話した通り、その材料は既有知識から来ている。どんなに現実的な夢だろうが、おかしな夢だろうがね。それはルナちゃんの夢の時に話して、もう分かってると思う」
頷いたのを確認してから続ける。
「構成材料は、写真みたいになにも本物じゃなくてもいい。例えば、太陽の表面とかは到底裸眼で確認できるものじゃないけど、イメージ図とか再現画像で補うことができる。よくあるのは、首を吊ったり崖から飛び降りる夢だけど、サスペンスドラマや映画なんかでそういうシーンは現代ではわりと氾濫している。それだけじゃないけど、とにかくそういったもんのおかげで実際には体験しえないことも、夢の中では簡単に置き換えたり補うことが出来る。私がやったのはそういうこと。私が私の知っているもので、夢の中身を組み立てた」
「それじゃあ、あれは追夢の夢だったの……?」
テラの言葉に、だが追夢は首を振った。
「私が創った夢ではあるけど、私の夢じゃあない。一度くらいは聞いたことあるんじゃない? 夢はある種の別世界である的な話。例えば、クトゥルフ神話のドリームランド。それから、この前お前が言ったアカシックレコードだってある意味そう。アカシックレコードっていう別世界へとつながることのできる別次元の存在だと考えることができる。夢は現実世界とは別の次元にあり、全ての夢がつながる可能性を持っている。……人間の夢は蜘蛛の糸みたいにどんなに細い糸であろうが繋がっていて、一つの世界を作っているの」
「……? どういうこと?」
「夢と夢が完全にくっついていたら、夢の共有っていう現象が起きるでしょ? そうならないのは、夢同士のつながりが強固じゃないから。つまり、夢は穴ぼこだらけの別世界だということになる。その穴ぼこにね、私があの白い世界を創って二人をご招待したというわけ」
「はあ……」
「んんー……」
三人はそれぞれ唸りながらも理解しようとしてくれているようだった。そこへちょうどれい子がお茶を持ってきてくれて、一服しながらなんとか考えをまとめる。
「それ、怖くない?」
「間違った使い方をすればね」
追夢の行ったらしいことは通常ならあり得ないことだ。もし自己申告の通りなら、夢視師というのはかなり強い力を持っているということになる。それこそ、追夢はテラとノアをあの白い世界に閉じ込めて、二度と目覚めないようにすることだってできたかもしれないのだ――。
「まあ、そんなことできるのは追夢さんぐらいだと思いますけどねー」
のほほんとした口調で空気を破ったのは奏良だった。れい子にぺこぺこお辞儀をしながら最中の包装をぺりぺり破く。
「そうなの?」
「そうですよー。追夢さんはすっごいんですよっ。ターミナル、あ、あの白い空間のことなんですけど、あれが作れるのは追夢さんくらいのもので、オレなんか全然なんです。まあ、オレはまだ半人前なんで比較したら追夢さんに申し訳ないんですけど、でも、追夢さんはとにかくすごいんです。追夢さんがレアなだけなんで、心配することはなにも、いったああああああ!」
「まるで人を珍獣のように言いやがって」
至近距離から高速で投げられたクッションが奏良を直撃し、どちらかというと倒れこんだ拍子に頭を打って悲鳴を上げていた。そして、手からぽーんっと飛んで行った最中は見事に追夢の手の中へ。
「もぐもぐ。……ごちそうさま」
「ああっ、追夢さんひどいです!」
「お前にやる分はない。さっさと次の剥け」
「そんなあ」
うなだれながらも手を動かす奏良に、岩倉三兄妹と魔追が哀れみのこもった目を向けたが、本人は最後まで気付くことはなかった。
ノアが並んで座る奏良と魔追を見比べてぽそりとつぶやく。
「なんか、さすが師弟だなあ……」
「それ、どういうこと!?」
目を剥く魔追ときょとんとする奏良に、つい同感だと思ってしまったのはテラとルナの二人だけの秘密である。
「まあまあ。でさ、結局魔追くんたちはそんな大事なことをばらして何がしたいんだ?」
「ああ。それを話すには、まだ説明しなくちゃいけないことがあってさ」
二個目の献上品という名の最中を飲み込んだ追夢が、説明を再開した。
「そもそも、なんでこんなことができるのかって話。――夢は寝ている間の記憶を整理する機能があるとか、心身を休めるために欠かせないものだとかっていうけど、ようは人間が生きていくうえで欠かせない機能ということになる。なのに、夢には矛盾も存在する」
「むじゅん?」
「……もしかして、悪夢のことか?」
「よく分かったな」
追夢が驚きに素直に目を瞠ると、ノアは小さく肩を竦めて無言で先を促した。
「そう、悪夢。悪夢は内容によっては、夢占いで吉夢の対象になることもあるけど、それを見た側にとってはたまったもんじゃない。ひどいときにはそれが原因で体を壊すことさえある。それを防ぐのが、獏だった」
「バク!? バクってあの白と黒の!?」
ようやく分かる話題になったからか、ルナが喜び勇んで大きく手を上げたが、追夢は気圧されたようにしばらく固まり、ややあって気まずそうに首を振った。
「あー、ごめん。そっちのバクじゃない」
「あう……」
しょんぼりと肩を落とす。ノアが苦笑して代わりに答えた。
「夢を食べる想像上の生き物だよな」
「特に、悪夢は獏を呼ぶことで取り除いてもらえるとされている。一般的には人間の味方として捉えられている架空の生き物」
「本当にいるの?」
「いるっていうかね……。意思を持っているもんというよりは、悪夢から守るためのシステムであって、ただ獏っていう名前があてられただけと考えた方がいい」
さらに詳しく言えば、悪夢を見た時、それによるストレスを抑えるための一種の防衛機構、防衛反応であり、自然に生まれた現象とでも呼ぶべきものである。
「獏は本来一人一人に備わっているもので、個人の領域から出るものじゃなかった。それが一六〇〇年代になって、夢同士のつながりを利用するようになった。個人だけを守るものから、大勢を守るためのものへと変化した」
「それは……何か悪い事なの?」
「ただ、対象が拡大しただけならね。獏は進化して、それまで以上に見境なく夢を食べるようになった。――さっきも言ったけど、夢の機能には心身を休める働きがある。悪夢以外も食べられて、その機能が働かなくなって、現実の肉体にも影響を与えることになった。それで結局、夢視の力を手に入れて、行き過ぎた獏に対抗するための手段を手に入れた者が出るようになった。それが夢視師のはじまり」
「へえ……」
かなりスケールの大きい話になってきて、頭がうまく追いつかないようだった。
うんうんと唸っていると、また戻ってきたれい子が何故かフライ返しを持って戻ってきた。
「少し早いですが、お昼ごはんの準備、しませんか?」
じゅううっ、と生地の焼ける音。
「いっき! いっき! いっき!」
「やめんか」
おだてるノアの頭をはたき、魔追はえいやとフライ返しを回転させた。
まあるい生地はきれいにひっくり返り、ホットプレートの真ん中に着地する。きれいな焼き目がついていた。
「おおおお!」
「魔追おにーさん、おみごと!」
「さすがです、魔追さん!」
手放しで褒めてくれるルナと奏良に思わず口元をにやけさせると、追夢に足蹴にされた。
「きもい。ほら、もう一個」
「はいはい」
ダイニングテーブルの反対側に回り、もう一つのホットプレートの前で再びフライ返しを構える。
すぐ隣のダイニングにいつの間にか用意されていた二台のホットプレートで、魔追はプレート奉行と化していた。はじめはルナやノアが率先してひっくり返していたのだが、かなり大きな円を作ったせいで何度もはみ出し、いつの間にか魔追一人でせっせとパンケーキを焼いていた。
「あれ? これ、ひょっとしてオレ食べられない……?」
「大丈夫だよ! 魔追おにーさんのはちゃんと取ってあるからね!」
「魔追さんの分のおかずもちゃんと取ってありますよ!」
「あ、うん……」
ルナと奏良が胸を張るが、魔追が食べる頃には冷めきっている気がする。
「あ、追夢さん取っちゃだめです! それは最後のブロッコリー、ああっ……」
そして、その前になくなっているような気がした。
遠い目をしながら次の生地が焼けるまで待機していると、肩を叩かれ、振り向くとテラがパンケーキの乗った皿を持って立っていた。
「代わります。私、もう食べたので」
「えっ、でも一枚だけだろ? もっと食べていいんだよ」
ちなみに、ノアと奏良は二枚、ルナは三枚、追夢は魔追のを奪って四枚目を食べている。いつか太るんじゃないだろうかと内心不安になった。
「大丈夫です。お腹が空いたらまたもらうんで。これ、座って食べてください」
「あー、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ありがとうと受け取ると、テラは小さく微笑んだ。女神が降臨した。
また危ない想像に走ろうとする頭を左右に振って軌道修正すると、魔追はありがたく椅子に座って自分も食べ始めた。
テラはホットプレートの前に立つと、ちょうどよく焼けた生地をすいっと無駄のない動きでひっくり返す。どうやら普段から料理をやっているらしい。魔追よりもずっと慣れた手つきだった。
お盆を持って部屋を出ていくれい子とアサを尻目に、魔追はパンケーキを頬張る。甘みの少ない生地の中に、ミックスベジタブルが混ざっていた。ご飯とおやつの中間のようなケーキだった。
「魔追くん、このジャム美味しいけど、何のジャム?」
ノアが差し出してきたビンを受け取り、魔追は答えた。
「ルバーブ。結構前に親戚が送ってきたのを、れい子さんがジャムにしたんだ」
「自家製なんだ」
「あの人は、家事なら大抵何でもこなすからね」
無駄に時間が余っているからだろう。れい子の家事スキルはかなり高かった。
……何故かアサはなにもできなかったが。
「そういえば、あの二人のこと、まだなんにも説明してなかったよな」
「ああ。確かに」
テラを除く全員がいったん手を止めて魔追を見た。魔追もフォークを一度置いてから話し出した。
「アサはまあ、見てわかる通り一つ目なんだ。単眼症に近いんだけど、ちょっと違っていてね。説明すると長いから今は省略するけど、まあ一つ目小僧ならぬ小娘とでも思ってくれれば。いたずらも大好きだし」
そして、今日のクラッカー事件も、追夢の案を一番に推した人物である。
「れい子さんは、今は昼間で変化がないから分かりにくいけど、ろくろ首なんだ」
「首、伸びるの?」
「うん」
「夜だけ?」
「っていうわけでもないんだけど、夜の方が伸びやすいんだ」
「ほへぇ……」
ルナはちょっと俯き、それからおそるおそるといった風に顔を上げた。
「もしかして、この前ルナに明治生まれだって言ったの、本当だったのかなあ……」
「あー……」
思わず視線を逸らすと、それだけで察してしまったルナがしょんぼりと肩を落としてしまった。どうしようかとうろたえると、ノアがぽんとその頭に手を置いた。
「あとで一緒に謝ろうな」
「……ノア兄いいっ」
「いでっ」
飛びついたルナの頭がノアの心臓真上を直撃する。
その様子をぽかんと見ていると、顔を上げたノアと目が合った。
「なに、魔追くん」
「いや……、ちゃんとお兄ちゃんしてるんだなあと、ちょっと感動して……」
「えっ、そんな驚くようなこと?」
ノアは呆れたように引いたが、その背後でテラが無言ながらも頷いていた。どうやら、魔追だけの認識ではないようだった。
ごまかすように話題を戻す。
「で、まあ、とにかくさ。二人はちょっと変わってるんだけどね」
「ちょっと、て」
「いや、今はつっこまないでよ……。とにかく、二人は変わってるんだけど、実はうちにはもう一人変なのがいてさ。……そいつが、実は今回のことを言い出したんだ」
その言葉に、今度こそ動きが止まった。
ルナを抱えたまま、ノアが口を開けた。
「それ……だれ?」
魔追は少し悩みながら答える。
「夢視師の、オレ達のリーダーっていうか、象徴っていうか……。難しいな。あいつ、基本なんにもしていないからなあ……」
「その前に、まださっきの続きを話し終わってない」
いつの間にかデザートのアイスまでしっかり食べ終わっていた追夢が、食後のお茶を飲みながら口を挟んだ。それに、テラが少々げんなりした顔でつぶやく。
「あれで終わりじゃないの?」
「むしろここからが本番」
そして、話はようやく大詰めへと入った。
─────────────────
下書きを直していたら、少し長くなったので区切ります。
しばしお待ちを。
「あのさ、魔追くん? クラッカーは人に向けちゃダメって習わなかった? ねえ、これ常識だよねえ? うん?」
「すいませんっした! オレがあそこで転ばなければいい感じに……」
「ならないから」
「す、すいませんっ……!」
ただし、魔追と奏良の二人だけである。
れい子はお茶くみを口実に逃げ、アサはれい子を手伝いながら説教される二人をけらけらと笑い転げて見ており、追夢は何故か何食わぬ顔で岩倉三兄妹と一緒にソファに座っていた。
それどころか、とんでもないことを言い放つ。
「それ、計画したの魔追」
「追夢!?」
本当は、ちょっとドッキリみたいに歓迎すれば笑い話で済ませられるんじゃないの、その方が話にも持っていきやすいし云々と提案したのは追夢である。
あっさりと罪をなすりつけられたうえに、売られたことに驚愕の目を向けると、片手で頭を押さえられ、ぐいっと顔ごと視線を戻された。
「魔追くん」
「は、はい……」
「何か言うことは?」
魔追は学んだ。
「すみませんでした」
人間、何事も誠心誠意をもって向き合うことが何より大切である。
「あ、あの、ところでノアさん。頭に紙がまだくっついてますよ」
「誰のせいだよ」
「ひ、ひいっ! すいませんっしたあああ!」
そして、奏良は相変わらず余計な一言が多かった。
謝り倒す二人にようやく鬱憤が晴れたのか、やっと解放され――ただし、ソファに座る許可は下りなかったが――、ローテーブルの空いている辺に痺れた足を崩して胡坐をかくと、こほんと咳払いをしてから魔追は本題に入った。
「えっと……、今日、三人がうちに来てくれたのは、オレ達のメッセージを本物だと受け取ってくれたからだと思ってる。その前提で話していくから、まずは最後まで聞いてほしい」
ノア達が頷く。そのことにひそかに安堵しつつ、魔追はゆっくりと口を開いた。
「もうなんとなく分かってるだろうけど、オレ達は夢の中でいろんなことができる。他人の夢に侵入したり、操作したり……。それをオレ達は夢視と呼んでいるんだ。オレと追夢に、こいつもそう。それで、二人が見た白い空間も、オレ達夢視師が、追夢が創ったものだ」
「追夢が?」
テラとルナが揃って追夢を見ると、二人に挟まれた追夢は静かに頷いて説明を引き継いだ。
「まず夢の構造の条件の一つとして、この前も話した通り、その材料は既有知識から来ている。どんなに現実的な夢だろうが、おかしな夢だろうがね。それはルナちゃんの夢の時に話して、もう分かってると思う」
頷いたのを確認してから続ける。
「構成材料は、写真みたいになにも本物じゃなくてもいい。例えば、太陽の表面とかは到底裸眼で確認できるものじゃないけど、イメージ図とか再現画像で補うことができる。よくあるのは、首を吊ったり崖から飛び降りる夢だけど、サスペンスドラマや映画なんかでそういうシーンは現代ではわりと氾濫している。それだけじゃないけど、とにかくそういったもんのおかげで実際には体験しえないことも、夢の中では簡単に置き換えたり補うことが出来る。私がやったのはそういうこと。私が私の知っているもので、夢の中身を組み立てた」
「それじゃあ、あれは追夢の夢だったの……?」
テラの言葉に、だが追夢は首を振った。
「私が創った夢ではあるけど、私の夢じゃあない。一度くらいは聞いたことあるんじゃない? 夢はある種の別世界である的な話。例えば、クトゥルフ神話のドリームランド。それから、この前お前が言ったアカシックレコードだってある意味そう。アカシックレコードっていう別世界へとつながることのできる別次元の存在だと考えることができる。夢は現実世界とは別の次元にあり、全ての夢がつながる可能性を持っている。……人間の夢は蜘蛛の糸みたいにどんなに細い糸であろうが繋がっていて、一つの世界を作っているの」
「……? どういうこと?」
「夢と夢が完全にくっついていたら、夢の共有っていう現象が起きるでしょ? そうならないのは、夢同士のつながりが強固じゃないから。つまり、夢は穴ぼこだらけの別世界だということになる。その穴ぼこにね、私があの白い世界を創って二人をご招待したというわけ」
「はあ……」
「んんー……」
三人はそれぞれ唸りながらも理解しようとしてくれているようだった。そこへちょうどれい子がお茶を持ってきてくれて、一服しながらなんとか考えをまとめる。
「それ、怖くない?」
「間違った使い方をすればね」
追夢の行ったらしいことは通常ならあり得ないことだ。もし自己申告の通りなら、夢視師というのはかなり強い力を持っているということになる。それこそ、追夢はテラとノアをあの白い世界に閉じ込めて、二度と目覚めないようにすることだってできたかもしれないのだ――。
「まあ、そんなことできるのは追夢さんぐらいだと思いますけどねー」
のほほんとした口調で空気を破ったのは奏良だった。れい子にぺこぺこお辞儀をしながら最中の包装をぺりぺり破く。
「そうなの?」
「そうですよー。追夢さんはすっごいんですよっ。ターミナル、あ、あの白い空間のことなんですけど、あれが作れるのは追夢さんくらいのもので、オレなんか全然なんです。まあ、オレはまだ半人前なんで比較したら追夢さんに申し訳ないんですけど、でも、追夢さんはとにかくすごいんです。追夢さんがレアなだけなんで、心配することはなにも、いったああああああ!」
「まるで人を珍獣のように言いやがって」
至近距離から高速で投げられたクッションが奏良を直撃し、どちらかというと倒れこんだ拍子に頭を打って悲鳴を上げていた。そして、手からぽーんっと飛んで行った最中は見事に追夢の手の中へ。
「もぐもぐ。……ごちそうさま」
「ああっ、追夢さんひどいです!」
「お前にやる分はない。さっさと次の剥け」
「そんなあ」
うなだれながらも手を動かす奏良に、岩倉三兄妹と魔追が哀れみのこもった目を向けたが、本人は最後まで気付くことはなかった。
ノアが並んで座る奏良と魔追を見比べてぽそりとつぶやく。
「なんか、さすが師弟だなあ……」
「それ、どういうこと!?」
目を剥く魔追ときょとんとする奏良に、つい同感だと思ってしまったのはテラとルナの二人だけの秘密である。
「まあまあ。でさ、結局魔追くんたちはそんな大事なことをばらして何がしたいんだ?」
「ああ。それを話すには、まだ説明しなくちゃいけないことがあってさ」
二個目の献上品という名の最中を飲み込んだ追夢が、説明を再開した。
「そもそも、なんでこんなことができるのかって話。――夢は寝ている間の記憶を整理する機能があるとか、心身を休めるために欠かせないものだとかっていうけど、ようは人間が生きていくうえで欠かせない機能ということになる。なのに、夢には矛盾も存在する」
「むじゅん?」
「……もしかして、悪夢のことか?」
「よく分かったな」
追夢が驚きに素直に目を瞠ると、ノアは小さく肩を竦めて無言で先を促した。
「そう、悪夢。悪夢は内容によっては、夢占いで吉夢の対象になることもあるけど、それを見た側にとってはたまったもんじゃない。ひどいときにはそれが原因で体を壊すことさえある。それを防ぐのが、獏だった」
「バク!? バクってあの白と黒の!?」
ようやく分かる話題になったからか、ルナが喜び勇んで大きく手を上げたが、追夢は気圧されたようにしばらく固まり、ややあって気まずそうに首を振った。
「あー、ごめん。そっちのバクじゃない」
「あう……」
しょんぼりと肩を落とす。ノアが苦笑して代わりに答えた。
「夢を食べる想像上の生き物だよな」
「特に、悪夢は獏を呼ぶことで取り除いてもらえるとされている。一般的には人間の味方として捉えられている架空の生き物」
「本当にいるの?」
「いるっていうかね……。意思を持っているもんというよりは、悪夢から守るためのシステムであって、ただ獏っていう名前があてられただけと考えた方がいい」
さらに詳しく言えば、悪夢を見た時、それによるストレスを抑えるための一種の防衛機構、防衛反応であり、自然に生まれた現象とでも呼ぶべきものである。
「獏は本来一人一人に備わっているもので、個人の領域から出るものじゃなかった。それが一六〇〇年代になって、夢同士のつながりを利用するようになった。個人だけを守るものから、大勢を守るためのものへと変化した」
「それは……何か悪い事なの?」
「ただ、対象が拡大しただけならね。獏は進化して、それまで以上に見境なく夢を食べるようになった。――さっきも言ったけど、夢の機能には心身を休める働きがある。悪夢以外も食べられて、その機能が働かなくなって、現実の肉体にも影響を与えることになった。それで結局、夢視の力を手に入れて、行き過ぎた獏に対抗するための手段を手に入れた者が出るようになった。それが夢視師のはじまり」
「へえ……」
かなりスケールの大きい話になってきて、頭がうまく追いつかないようだった。
うんうんと唸っていると、また戻ってきたれい子が何故かフライ返しを持って戻ってきた。
「少し早いですが、お昼ごはんの準備、しませんか?」
じゅううっ、と生地の焼ける音。
「いっき! いっき! いっき!」
「やめんか」
おだてるノアの頭をはたき、魔追はえいやとフライ返しを回転させた。
まあるい生地はきれいにひっくり返り、ホットプレートの真ん中に着地する。きれいな焼き目がついていた。
「おおおお!」
「魔追おにーさん、おみごと!」
「さすがです、魔追さん!」
手放しで褒めてくれるルナと奏良に思わず口元をにやけさせると、追夢に足蹴にされた。
「きもい。ほら、もう一個」
「はいはい」
ダイニングテーブルの反対側に回り、もう一つのホットプレートの前で再びフライ返しを構える。
すぐ隣のダイニングにいつの間にか用意されていた二台のホットプレートで、魔追はプレート奉行と化していた。はじめはルナやノアが率先してひっくり返していたのだが、かなり大きな円を作ったせいで何度もはみ出し、いつの間にか魔追一人でせっせとパンケーキを焼いていた。
「あれ? これ、ひょっとしてオレ食べられない……?」
「大丈夫だよ! 魔追おにーさんのはちゃんと取ってあるからね!」
「魔追さんの分のおかずもちゃんと取ってありますよ!」
「あ、うん……」
ルナと奏良が胸を張るが、魔追が食べる頃には冷めきっている気がする。
「あ、追夢さん取っちゃだめです! それは最後のブロッコリー、ああっ……」
そして、その前になくなっているような気がした。
遠い目をしながら次の生地が焼けるまで待機していると、肩を叩かれ、振り向くとテラがパンケーキの乗った皿を持って立っていた。
「代わります。私、もう食べたので」
「えっ、でも一枚だけだろ? もっと食べていいんだよ」
ちなみに、ノアと奏良は二枚、ルナは三枚、追夢は魔追のを奪って四枚目を食べている。いつか太るんじゃないだろうかと内心不安になった。
「大丈夫です。お腹が空いたらまたもらうんで。これ、座って食べてください」
「あー、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ありがとうと受け取ると、テラは小さく微笑んだ。女神が降臨した。
また危ない想像に走ろうとする頭を左右に振って軌道修正すると、魔追はありがたく椅子に座って自分も食べ始めた。
テラはホットプレートの前に立つと、ちょうどよく焼けた生地をすいっと無駄のない動きでひっくり返す。どうやら普段から料理をやっているらしい。魔追よりもずっと慣れた手つきだった。
お盆を持って部屋を出ていくれい子とアサを尻目に、魔追はパンケーキを頬張る。甘みの少ない生地の中に、ミックスベジタブルが混ざっていた。ご飯とおやつの中間のようなケーキだった。
「魔追くん、このジャム美味しいけど、何のジャム?」
ノアが差し出してきたビンを受け取り、魔追は答えた。
「ルバーブ。結構前に親戚が送ってきたのを、れい子さんがジャムにしたんだ」
「自家製なんだ」
「あの人は、家事なら大抵何でもこなすからね」
無駄に時間が余っているからだろう。れい子の家事スキルはかなり高かった。
……何故かアサはなにもできなかったが。
「そういえば、あの二人のこと、まだなんにも説明してなかったよな」
「ああ。確かに」
テラを除く全員がいったん手を止めて魔追を見た。魔追もフォークを一度置いてから話し出した。
「アサはまあ、見てわかる通り一つ目なんだ。単眼症に近いんだけど、ちょっと違っていてね。説明すると長いから今は省略するけど、まあ一つ目小僧ならぬ小娘とでも思ってくれれば。いたずらも大好きだし」
そして、今日のクラッカー事件も、追夢の案を一番に推した人物である。
「れい子さんは、今は昼間で変化がないから分かりにくいけど、ろくろ首なんだ」
「首、伸びるの?」
「うん」
「夜だけ?」
「っていうわけでもないんだけど、夜の方が伸びやすいんだ」
「ほへぇ……」
ルナはちょっと俯き、それからおそるおそるといった風に顔を上げた。
「もしかして、この前ルナに明治生まれだって言ったの、本当だったのかなあ……」
「あー……」
思わず視線を逸らすと、それだけで察してしまったルナがしょんぼりと肩を落としてしまった。どうしようかとうろたえると、ノアがぽんとその頭に手を置いた。
「あとで一緒に謝ろうな」
「……ノア兄いいっ」
「いでっ」
飛びついたルナの頭がノアの心臓真上を直撃する。
その様子をぽかんと見ていると、顔を上げたノアと目が合った。
「なに、魔追くん」
「いや……、ちゃんとお兄ちゃんしてるんだなあと、ちょっと感動して……」
「えっ、そんな驚くようなこと?」
ノアは呆れたように引いたが、その背後でテラが無言ながらも頷いていた。どうやら、魔追だけの認識ではないようだった。
ごまかすように話題を戻す。
「で、まあ、とにかくさ。二人はちょっと変わってるんだけどね」
「ちょっと、て」
「いや、今はつっこまないでよ……。とにかく、二人は変わってるんだけど、実はうちにはもう一人変なのがいてさ。……そいつが、実は今回のことを言い出したんだ」
その言葉に、今度こそ動きが止まった。
ルナを抱えたまま、ノアが口を開けた。
「それ……だれ?」
魔追は少し悩みながら答える。
「夢視師の、オレ達のリーダーっていうか、象徴っていうか……。難しいな。あいつ、基本なんにもしていないからなあ……」
「その前に、まださっきの続きを話し終わってない」
いつの間にかデザートのアイスまでしっかり食べ終わっていた追夢が、食後のお茶を飲みながら口を挟んだ。それに、テラが少々げんなりした顔でつぶやく。
「あれで終わりじゃないの?」
「むしろここからが本番」
そして、話はようやく大詰めへと入った。
─────────────────
下書きを直していたら、少し長くなったので区切ります。
しばしお待ちを。
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それは復讐でも、告発でもない。
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「渡されなかった約束」のための手紙だった。
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三十年、ただ待ち続けた女。
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これは、
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