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第7話『雲にのって』
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「この雲に? おれが乗るのか。あんたそんなこと……ほんとうにできるのか」
なんだかふたりのようすが変わったことに気がついた雲は、さっきまでのきげんの悪さはどこへやら。かんし員とモックじいさんの話をじっと聞いていました。
「そんなことは、わたしにはわからんよ。たった今、そう思いついただけさ。できるかどうか、その雲に聞いてみればいいじゃないか」
「それもそうだ」
モックじいさんはおずおずと、しかし、すがるように雲に話しかけました。
「なあ雲や。今の話は聞いておっただろう? その……おれを乗せて飛ぶなんてこと、できるんだろうか」
「わかんないよ、そんなの。だっておいらが生まれたばかりだってこと、じいさんが一番よく知ってるはずじゃないか」
「そうか。そうだったな」モックじいさんは頭をかきました。
「だからさ、ためしてみればいいじゃないか」雲はなんでもない風に言いました。
行き先なんてものはこれっぽっちも思い当たりませんが、ここでぷかぷかしているくらいなら、いっそのことモックじいさんを連れてあちこち見てまわるのもいいかもしれない。そう考えたのです。
雲はそっとモックじいさんの足もとの高さまでおりてくると、ひざの裏にまわってトントンとふくらはぎのあたりに体当たりして、座ってみるようにうながしました。
かんし員が見守る中、モックじいさんはおそるおそる雲の上に腰をおろしました。
「わっ!」
モックじいさんは飛び上がりました。おしりのあたりを触ると、ズボンがしっとり濡れています。ついさっきまで、雲が泣きべそをかいていたことを思いだしました。
「そうだった。ごめんよ!」
雲はそう言って、ぶるぶると身ぶるいしました。雲のからだから飛び出た水しぶきが、モックじいさんのひざから下と、あたりの床を濡らしました。かんし員は少しだけ眉をひそめましたが、なにも言いはしませんでした。
「ごめんなさい」
今度は雲があやまる番でした。そしてもう一度、モックじいさんはゆっくり腰をおろしました。今度は濡れることも、ひんやりすることもありませんでした。
おしりの下の柔らかな感触を確かめると、モックじいさんは思いきって両足を放りだしました。
「わわっ!」
モックじいさんを乗せて、雲はぷかぷかと浮きました。さっきより、ちょっぴり床が近くなっていましたが。
「うまく乗れたかい?」
雲がようすをうかがうように聞きました。
「ああ、乗れた乗れた。まさか、おれが雲に乗る日がくるなんてな」
そう言ってモックじいさんは、はあはあと肩で息をしました。実は緊張のあまり、腰を下ろす最中は息をとめていたのです。
「それじゃあ、これで一緒に出かけることもできるわけだ」
雲も心なしか嬉しそうに、部屋の中をすうっと一周してみました。
「そうか……そうだな。うむ」
モックじいさんはようやくかくごを決めたようで、ひとりうなずきました。
「話がすんだのなら出て行ってくれるかい。これでわたしもいそがしいんだ」
モックじいさんがかんし員に目を向けると、彼はとっくにもとどおり。望遠鏡をのぞき込んで、またどこかの空に浮かぶ雲のようすをながめています。
「ああ、そうするよ。仕事の邪魔をしてすまなかった」
あやまるモックじいさんの顔を、かんし員はやっぱりちらとも見ませんでしたが、その口もとは優しくほほえんでいるようにも見えました。
「良かったな」
そう言ったあと、もうこれで本当に仕事に戻るぞとばかりに、いずまいを正し、口をぎゅっと結びました。
なんだかふたりのようすが変わったことに気がついた雲は、さっきまでのきげんの悪さはどこへやら。かんし員とモックじいさんの話をじっと聞いていました。
「そんなことは、わたしにはわからんよ。たった今、そう思いついただけさ。できるかどうか、その雲に聞いてみればいいじゃないか」
「それもそうだ」
モックじいさんはおずおずと、しかし、すがるように雲に話しかけました。
「なあ雲や。今の話は聞いておっただろう? その……おれを乗せて飛ぶなんてこと、できるんだろうか」
「わかんないよ、そんなの。だっておいらが生まれたばかりだってこと、じいさんが一番よく知ってるはずじゃないか」
「そうか。そうだったな」モックじいさんは頭をかきました。
「だからさ、ためしてみればいいじゃないか」雲はなんでもない風に言いました。
行き先なんてものはこれっぽっちも思い当たりませんが、ここでぷかぷかしているくらいなら、いっそのことモックじいさんを連れてあちこち見てまわるのもいいかもしれない。そう考えたのです。
雲はそっとモックじいさんの足もとの高さまでおりてくると、ひざの裏にまわってトントンとふくらはぎのあたりに体当たりして、座ってみるようにうながしました。
かんし員が見守る中、モックじいさんはおそるおそる雲の上に腰をおろしました。
「わっ!」
モックじいさんは飛び上がりました。おしりのあたりを触ると、ズボンがしっとり濡れています。ついさっきまで、雲が泣きべそをかいていたことを思いだしました。
「そうだった。ごめんよ!」
雲はそう言って、ぶるぶると身ぶるいしました。雲のからだから飛び出た水しぶきが、モックじいさんのひざから下と、あたりの床を濡らしました。かんし員は少しだけ眉をひそめましたが、なにも言いはしませんでした。
「ごめんなさい」
今度は雲があやまる番でした。そしてもう一度、モックじいさんはゆっくり腰をおろしました。今度は濡れることも、ひんやりすることもありませんでした。
おしりの下の柔らかな感触を確かめると、モックじいさんは思いきって両足を放りだしました。
「わわっ!」
モックじいさんを乗せて、雲はぷかぷかと浮きました。さっきより、ちょっぴり床が近くなっていましたが。
「うまく乗れたかい?」
雲がようすをうかがうように聞きました。
「ああ、乗れた乗れた。まさか、おれが雲に乗る日がくるなんてな」
そう言ってモックじいさんは、はあはあと肩で息をしました。実は緊張のあまり、腰を下ろす最中は息をとめていたのです。
「それじゃあ、これで一緒に出かけることもできるわけだ」
雲も心なしか嬉しそうに、部屋の中をすうっと一周してみました。
「そうか……そうだな。うむ」
モックじいさんはようやくかくごを決めたようで、ひとりうなずきました。
「話がすんだのなら出て行ってくれるかい。これでわたしもいそがしいんだ」
モックじいさんがかんし員に目を向けると、彼はとっくにもとどおり。望遠鏡をのぞき込んで、またどこかの空に浮かぶ雲のようすをながめています。
「ああ、そうするよ。仕事の邪魔をしてすまなかった」
あやまるモックじいさんの顔を、かんし員はやっぱりちらとも見ませんでしたが、その口もとは優しくほほえんでいるようにも見えました。
「良かったな」
そう言ったあと、もうこれで本当に仕事に戻るぞとばかりに、いずまいを正し、口をぎゅっと結びました。
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