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番外編
野中ヒトミの初恋2
しおりを挟む「えー、ヒトミ、好きな人できたの?」
「う、うん」
「だれだれ? 会社の人?」
「……裕子、ぜったい内緒にしてくれる?」
「わー、その反応は会社の人だな。大丈夫、言わないよ」
「あのね、……楠木さん、なの」
仕事終わりに、同期の裕子とふたり、カフェでお茶をしていた。2ヶ月前に家まで送ってもらってからというもの、大切にあたためてきた想いを、そろそろ誰かに打ち明けたい頃だったのだ。
もっと驚かれるかと思ったが、裕子の反応は意外とあっさりしたものだった。
「あー、なんか、ちょっとわかるかも」
「どういう意味!?」
「楠木さん、地味なように見せかけてなんかカッコいいっていうか、余裕ある大人の男って感じするもんね。スタイルいいし、仕事できるし」
彼の魅力に気づいているのは自分だけだと思っていたので、共感してくれて嬉しい反面、独占欲のような謎の気持ちもわいてきて、複雑な心境だった。
「大丈夫、私は好きにはならないって」
「そんな、つまらないヤキモチなんか妬いてないし」
「はいはい、わかったから、安心しなさい」
裕子はそう言ってケラケラと笑うとストローに口をつけ、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「そういえば歓迎会のとき送ってもらったんじゃなかったっけ?もしかしてあのときなにかあったの?」
「…なにもないよ。階段登る時に、私がふらふらで危なかったから抱えて部屋まで連れて行ってくれたくらいかな」
わざと曖昧なニュアンスで打ち明ける。嘘はついていないが、裕子は事実以上のものを感じ取ったらしく、きゃー! と嬉しそうな声を上げた。
「そのあとなにもしなかったってこと?」
「もちろん。女の子の部屋には入れないって言って笑って、玄関で帰っちゃったの」
「うわあ、紳士だなあ。逆にいいねえ」
紳士とは似て非なるものだな、と、思った。その行動が紳士的と言われるためには、まずそこに気持ちがなくてはならない。
男性からの女性に対するなんらかの意識があり、本当は手を出したいが出さないという理性的な部分、己の欲望を抑えて相手を尊重するその優しさが、通常、評価される部分だと思う。
あの日の楠木さんには、私に対する意識なんて微塵もなかった。同じ空間にいたのだからよくわかる。でも裕子がそう言ってくれると、記憶の中の私と楠木さんが、まるで裕子の言葉の通りに塗り替えられていくような気がした。疼く下心に蓋をして、私のことを思うからこそ部屋に入らずに帰ったような、そういう気がした。
「でも、ヒトミ可愛いし、清楚系だし、楠木さんのタイプっぽくない?」
「タイプ、知ってるの?」
「知らないけど、イメージ。なんか派手な子って好きじゃなさそうだもん」
「やっぱりそうかなあ」
なんとなくそんな気はしていた。楠木さんの恋愛についての噂は聞いたことがなかったが、はっきりした子やいつも輪の中心にいるような子が好き、という印象は薄い。
だとすれば少なくとも私は、第一審査で排除される人間ではないはずだ。
「まあ、社内恋愛だし、片思いだし、すぐにどうこうなんてなれるわけないけど……頑張りたいと思うよ」
「応援するよー!」
その二ヶ月後に、裕子は楠木さんに告白して振られたらしい。
突然会社を辞めてしまったので本人から事情を聞くことはできなかったが、後々風の噂で聞いた。
知らなかったのは私だけで、やっぱり楠木さんは、社内の女子から人気があったということだ。
もう誰も応援なんてしてくれなくていいから、絶対私が彼を手に入れる。その想いがいちだんと強くなった。
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