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初めての馬車旅 10

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 ディエゴがテントに戻ってからは特に何事もなく穏やかな夜を過ごせた。

 あったことと言えば、ホーンラビットが2匹寄ってきたのを、ハクとイザックが仲良く1匹ずつ退治したことくらいかな。

 眠気覚ましのコーヒーを飲みながら退屈しのぎに<コンパニオン冒険者>とは何なのかと聞いてみると、イザックはちょっと嫌そうな顔をしながら教えてくれた。

<コンパニオン冒険者>の❝コンパニオン❞は、私が日本で使っていたのと同じ❝接待をする人❞という意味だった。

 パーティーを組んでいる仲間のことや、夫婦・恋人のことではなかったらしい。

 ❝接待❞の意味もお茶や食事を振舞うことではなくて、相手を気持ちよくさせるのが目的の行為のことで、人目のあるところでは綺麗に着飾って相手にしな垂れかかることで自尊心をくすぐったり、ボディータッチなどでリラックス効果を生んだり、……………閨での相手をしたり。

 そういった振舞いで自分より上位の冒険者に取り入ってパーティーに加入し、強い冒険者に守られながら安全に依頼をこなしたり、討伐を全てパーティーメンバーに任せてランクだけ上げている人のことを<コンパニオン冒険者>と呼ぶらしい。

 ………つまり、私が実力もないくせにイザックに寄生して一人前の顔をしている、鼻持ちならない女だと思われていたということだ。

 正直言って、ムカつくーっ!! 

 そりゃあ、私は冒険者登録すらまだの<冒険者志望>でしかないけど、1人(と従魔2匹)でしっかりと稼ごうと考えているのだ。 イザックに寄りかかって楽をしようなんて考えていない。

 こぶしを握り、目を閉じて苛立ちを抑え込もうとしていると、不意に柔らかい感触が頬に触れる。

「ハク?」

(バカは相手にしないのにゃ!)

 目を開くと、みょ~んと縦に伸びたライムの上に座ったハクが、私の頬に頬を寄せてすりすりしているのが見えた。

(あいつ、とかす?)

 ハクを優しく支えたままの姿勢でライムが送って来る心話はちょっと物騒だったけど、2匹が私を気遣ってくれているのが感じられて、苛立ちが解けていくのを感じた。

「ふふっ! ハクもライムもありがとうね!  
 そうだね、バカは相手にしない。 だからライムも怒らなくていいよ」

 2匹を膝に抱き込んで、さらなる癒しを求めていると、

「あ~……、一応言っておくとな? 
 若くて綺麗な上に肌を露出させていたり、ドレスにしか見えない装備を身に着けている女は高い確率で<コンパニオン冒険者>なんだ。 だから、その……」

「私のように若い女が着物ドレスドレスアーマーを着ているだけで、その<コンパニオン冒険者>に間違われる確率が高いってことね?」

 イザックが言いにくそうにしていたので私が言葉の続きを口にすると、イザックは困ったような、呆れたような、何とも言えない表情で頷いた。  

 ……なにか解釈が違っていたのかな?

 年齢もだけど、着物ドレスそうびを変えるつもりがない以上、私にはどうしようもないことだ。 そんな風に私を侮るやつは実力で黙らせるしかない! スフェーンの森に着いたら魔物を狩りまくってレベルアップだ!と気合を入れている私の後ろで、

「いや、サルは料理を始めるまでずっとマントを羽織っていたアリスを見て勘違いをしたんだから、装備よりもその見た目だろう? 自分が美貌の持ち主だって自覚がないのか……?」

 イザックがぼそりと何かを呟いていることには全然気が付かなかった。







 夜食にさっき作った炒飯を食べながら、倒した魔物の配分について相談をする。

 私は狩った魔物をイザックと分けるつもりだったんだけど、イザックは自分の狩った魔物の討伐証明だけを受け取り、後は私に譲ると言い出した。

 さっき<コンパニオン冒険者>の話を聞いたばかりの私が拒否を示すと、

「俺のアイテムボックスは標準より少し大きい程度で普通に時間の経過があるから、ラリマーのギルドに着く頃には素材が傷むんだ。 
 アリスのアイテムボックスは特別なんだぞ?」

 普通のアイテムボックスはどういったものなのかということに話が逸れてしまった。

 確かに、せっかくの素材を傷めてしまっては勿体ないので、それなら私の狩った魔物の討伐証明を譲ると提案したら、今度は、パーティーに新加入した下位冒険者の上前を撥ねる性質の悪い上位冒険者の話になった。

 ……これは、受け取りを拒否していると捉えた方がいいのかな? 

 仕方がないので、イザックの分は狩った魔物で何かを作って渡すことにする。  ……日持ちのするものを考えないとなぁ。







 色々なことがあったせいか、短く感じた夜が明けて空がうっすらと白み始めると、イザックがディエゴ達のテントに歩いていく。  

 そういえば、起こして欲しいって言われてたっけ。

 かまどや調理器具はとっくにインベントリにしまっているので、自分と従魔に【クリーン】を掛け終わった私は特にすることがない。 朝ごはんの支度でもしようかな。

(今朝は白粥にするけど、ハクとライムはおかずに何が食べたい?)

(オムレツにゃ!)
(ちゅろす~!)

 2匹のリクエストは、アルバロとエミルがお餞別にくれた品だった。 ……別れてからまだ1日も経っていないのに、なんだか懐かしい。

(わかった!)

 朝食にしては少し寂しいかな?と思ったけど、今から眠ることと、馬車がかなり揺れることを考慮して、朝食はあっさりと済ませることにする。

 ハクに防塵結界を張ってもらって使う食器を用意していると、起き出した人たちがそれぞれに焚き火を使って朝食を温め始めた。  

 焚き火の周りに串を刺しているのを見ると、ここビジューに来たばかりの頃を思い出し、今朝の朝ごはんがとても恵まれたものだということが実感できた。  調味料のありがたさをしみじみと感じる。

「俺たちの番はここまでだ。 今から夜まではサルたちが護衛をする。 申し送りはディエゴにしておいたぞ」

 戻って来たイザックがブーツを脱いで嬉しそうにお粥を食べ始めるのを見て、乗客たちも安心したように食事を始めた。 

 中には【クリーン】で気持ちよさそうにしているイザックを羨ましそうに見ている人もいたけど、まあ、今回はスルーしておこうかな。 

 クリーンをサービスしてあげる程の思い入れはないし、商売として勧めるとサルがまた何かを言い出しそうな気がするし。

「おかわり!」
((おかわり)にゃ!)

 何より、朝から旺盛な食欲を見せている1人と2匹の給仕に忙しいからね!

 ……でも、イザック? 食べ過ぎて馬車酔いしないように、気を付けてね?
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