294 / 754
初めての馬車旅 21
しおりを挟む出発してから一度目の休憩時間。私たちがミルクプリンを食べていると、禿頭のおじさんが遠慮がちに近寄って来て「昨日の盗賊たちの装備を見せて欲しい」と言った。
話を聞いてみると、禿頭のおじさんは<鍛冶屋>だったらしい。 おじさんのとっても太い腕は鎚を振るうためのものだったんだ。 うん、納得!
武器屋ならともかく、鍛冶屋がどうして盗賊たちの武器を見たがるのかと聞けば、❝折れた剣❞や❝明らかになまくらな武器❞があれば、自分に売って欲しいと言う。
「もちろん、価格は街に着いて査定を出してからでいいんだ。 その査定額で売ってくれないか?」
「わざわざそんなものを仕入れてどうするんだ?」
イザックが訝し気に聞くと、おじさんは髪のない頭をかきながら照れ臭そうに笑った。
「俺はラリマーで工房を構えているんだが、今回ジャスパーにいる弟弟子の息子を預かることになってなぁ。 盗賊たちのなかでも三下の使う剣ならたいていなまくら剣が多いから、潰して練習用にするのにちょうどいいかと思ってな」
「へぇ? あんたは工房の親方だったのか」
「裏通りの小さな工房だ。親方なんて柄じゃないんだが、まあ、頼まれちまったからには仕方ない。 どうだ? 売ってくれるか?」
「アリス、どうする?」
判断を私に振ったイザックの顔には❝売ってもいい❞と書いてある。 街で査定を出してからの販売ならこちらが大きく損を出すこともないだろうし、私もおじさんに売って良いと思う。 従魔たちを見てもミルクプリンに夢中だし、反対ではないんだろう。
了承の返事代わりに、インベントリから盗賊たちから回収した武器を取り出した。
遠慮なくエアカッターを放ったせいか、❝破壊不可❞の<鴉>で打ち合ったせいか、折れた剣やナイフがそれなりにある。
今回の戦利品にはイザックの欲しがる装備がなかったので、折れた物とおじさんが❝なまくら❞認定したものをイザックのアイテムボックスに移し、他のものは私が預かっておいて、街に着いてから売ったお金の半分をそれぞれの口座に振り込むことになった。
馬といい壊れた武器といい、盗賊(と暗殺者)たちからの戦利品はなかなか人気の商品だ。
(アリス! 起きるにゃ!)
移動中にライムに凭れてうつらうつらとしていると、ハクの嬉しそうな声で起こされた。
(から揚げにゃ!)
私の肩をタシタシ叩くハクの頭をなでなでして落ち着かせながらマップを見てみると、一直線に馬車に向かってくる赤いポイントが2つ。 2体のハーピーが襲ってくるようだ。
「イザック、ハーピーが2体近づいて来てるよ。どうする?」
「2体か…。 サル! ビビアナ! ハーピーが2体近づいて来ている。 お前たちだけで対処できるか!?」
今は昼間の馬車移動中だから、対処はサルたちに任せるつもりらしい。
「当然だろう? やってやる!」
というサルの返事を聞いて、ハクはとてもざんねんそうだけど仕方がないよね。
ハクの背中をゆっくりと撫でながら、私は再びうとうとと微睡み始めた。
「バカ野郎!!!」
ぐっすりと眠っていた私はイザックの怒鳴り声で目を覚ました。
「ディエゴ、馬を急がせろ! 一刻も早く、少しでも遠くに逃げるんだ!」
「わ、わかった! お客さん達、舌を噛まないように気を付けてくれ!」
イザックの指示で、走っていた馬車のスピードがさらに上がり、馬車の揺れがひどくなる。 ライムのお陰で揺れが軽減されている私でもちょっとしんどいから、乗客のみんなは辛いだろうな。
「なんだよ! ハーピーは俺たちがちゃんと追い払ったんだから、文句なんかないだろう!?」
「アリス! この馬鹿どもを含めて馬車の臭いを消してくれ! できるか?」
サルが文句を言っているが、イザックには聞く気がないようだ。 私はイザックの言う通りに馬車全体に【クリーン】を掛けて、【ウインドカッター】を放つ要領で、走っている馬たちにも【クリーン】を掛けた。
馬車を引かせている馬を変えながら馬たちの限界まで逃げ続けて、やっと休憩の為に馬車を止めた時には、乗客はもちろん私たちもみんなへとへとになっていた。
温かいカモミールティーで気分を落ち着かせながら事情を聴いてみると、サルたちはハーピー2体を退治したわけではなく、手傷を負わせて追い払っただけらしい。 追い払えたんだから十分だと思うんだけど、話はそんなに簡単じゃなかった。
ハーピーを普通に追い払ったのなら何の問題もなかったんだけど、サルたちはハーピーの顔に傷を負わせて逃がしたらしく、その❝顔の傷❞が問題だった。
ハーピーは総じて綺麗な顔をしているのだが、その❝綺麗な顔❞がハーピー内の序列にも影響するほど大切なものだったのだ。
だから、顔に傷を負ったハーピーは序列を下げる。 そのことを恨みに思うハーピーは、自分の顔に傷をつけた相手をしつこく追い回すらしい。 それも、仲間のハーピーを引き連れて、だ。
序列の下がったハーピーに仲間を引き連れるだけの力があるのかと不思議だったんだけど、そこは女の団結力(?)というもので、仲間の❝顔❞に傷をつけた相手は自分たちの敵だと認識して、相手に報復するまでは群れでしつこく追い回すのがハーピーたちの習性のようだ。
だから、ハーピーに襲われたらきっちりと止めを刺すか顔以外を狙って追い払うのが定石で、今回のように顔に傷を負わせた上で逃がすのは、護衛依頼中の冒険者がとる方法としては下の下。 してはいけないことだったらしい。
空を飛べる相手から逃げ切るのは難しい上に群れで襲ってくるハーピーの退治はかなり大変だと、イザックは乗客のことを考えてサルに怒っていた。 事情を知ると納得なんだけど……、
「ふんっ! 大げさに言いやがって!」
サルには反省するそぶりがない。 イザックを憎々し気に睨みつけて反論している。
「傷を負わせて追い払ったんだ。 そんなに簡単に俺たちを追いかけてなんか来られるものか! いくらBランクだからって、退治を手伝いもしなかったくせに偉そうに」
❝パンッ!❞
「もう、やめて!」
『悪いのは自分じゃない』とイザックに怒鳴り続けているサルの頬を、いきなりビビアナが引っ叩いた。
「「…え?」」
びっくりする私たちを他所に、ビビアナはサルに向き合って言い放つ。
「パーティーを解散しよう!」
「「「「「は……?」」」」」
いきなりの展開に、私もイザックも、ついでに周りの乗客たちも話についていけない。
肩で息をしながらサルを睨んでいるビビアナを、ただ見つめることしかできなかった。
219
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる