落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

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第一章:そして彼女は賢者と出逢う

落ちこぼれのお嬢様2

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 魔法を使えないわたしに付き添ってくれるような暇な先生は居ません。
 また、正式な手順に従えば成功するとされる魔法は、起動するよりも維持・制御する方が圧倒的に難しいと言われています。

 もともと魔法自体が発動するかも分からないわたしが、奇跡的に成功したとして維持するなんて不可能です。
 そうなると先生方の前で改めて再現して見せなくては結局魔法を使えたことにはなりません。
 ですが、一度たりとも成功させたことのない魔法を、そう何度も発動させられるとはどうしても思えません。
 たった一度きりならばあるいは……と奇跡に縋ることもできますが、二回連続でとなると最初から無い自信はどうやっても出てきません。

 そんな崖っぷちのわたしが選んだのは、過去に何度も失敗を繰り返した召喚魔法でした。

 召喚時に必要な魔力を、様々な代用品で肩代わりさせればきっと魔法が起動します。
 それに自分だけで発動する魔法と儀式は違って仕組システムがわたしの未熟な部分を補ってくれて安心です。
 後は現れた召喚獣との契約が成立すれば、維持に・・・何かしらの技術が必要なわけではありません。
 召喚獣を拘束できる時間も、最初の時点で組み込んでおけば……おっと、忘れるところでした。

 先生方にも都合はあるでしょうし、とりあえず一週間ほどに設定しておきましょう。
 契約を渋られるようでしたら期間の変更くらい構いません。
 最悪、応じてもらえずに帰られたとしても、成功さえしてしまえば召喚は再現できます。

 美味しいご飯を食べて、久々に戻った学園寮で一晩寝たわたしは、すがすがしい思いで起床を果たしました。
 寮監さんに機嫌よく挨拶をして、借家に構えたわたしの工房に足を運びます。
 何だか背後が騒がしいですが今はそれよりも召喚魔法です。

 あんなにも没頭したからか、今回の試みは成功する確信があるのです。
 今にも試したくて仕方がありません。

 気分上々で工房に入って周りを確認します。
 素材の備蓄は十分。
 部屋中に施された精緻な幾何学模様は、既存の召喚魔法を魔力のないわたしでも使えるように仕様変更アレンジした特別性。
 立ち位置にもこだわり、集中するため目を瞑――

「えっ、床が光って!?」

 床を彩る幾何学の線は、多くの素材を使ったために様々な色をしていたはずです。
 それが仄かな緑色の光を放つ床に変わっていて、ゆっくりと輝きが増していることに気付いただけでした。
 即座に『魔法による暴走事故』という言葉が頭を過ります。
 止める手立ても浮かばない……いえ、そうではありません。

 わたしは最初から『魔法を発動すること』だけを考えていた。
 本来なら一番初めに気にしなくてはいけない、安全対策セーフティを怠っていたのです。
 その大きな理由は、心に刻み込まれた失敗の歴史から来る『どうせ今回も無理だろう』という諦めだったのかもしれません。
 そう、わたしはあんなにも『魔法を使う』ことにこだわっていたくせに、『魔法が使える』とは思っていなかったのでしょう……。

 成功する確信を持ち、すがすがしい朝を迎えたはずの今、魔法の起動だけは・・・しそうな新緑の光に絶望を見てしまう。
 光はゆっくりと素材をなぞって消費し、煙とも蒸気ともわからないもやで工房を満たし始める。

「あぁ……どうすれば……」

 火が出ているなら水を掛ければいいけれど、これはあくまでも魔法素材の反応です。
 床に引いた線が水でにじみ、他に干渉してさらに問題が広がってはいけません。
 本当に、どうすればいいかも分からず、頭を抱えて状況を見守るしかありません。

 ――使った素材を覚えているかね?

「……え?」

 この工房にはわたししかいないはずなのに、そんな声が聞こえてきます。
 走馬燈、というものなのでしょうか……過去に先生に当てられた時の記憶でも引っ張り出されているのかもしれません。
 白昼夢のような問いは続く。

「使用した素材の組み合わせで有害な気体、または物質を発生するものはあるかね?」

「い、いえ、ありません!」

「ではまずは換気から。視界を取り戻せばいくらか落ち着くだろう。
 描いた線を壊さないよう気を付けなさい。暴発はえてしてそうした異常事態イレギュラーから起こるものだからね」

「はい!」

 言われた通りに行動する。
 まずは締め切っていた扉を開き、次は窓へと移動する。
 そこで思い出したのは『描いた線を壊していけない』という言葉。
 粉末で描いた線もあったはず……扉はともかく、窓を開け放てば飛び散ってしまう、と添えた手を止めて固まってしまう。

「この緊急事態でよくぞ正しい判断を下した。君は賢いようだね」 

「このもやでわたしが見えるのですか!?」

「見えるとも。しかし随分と魔素が濃いな……どれ、視界を広げようか」

 言葉と共に背の高い男性がもやの向こうから現れました。
 温和そうな顔に方眼鏡モノクルを乗せ、詰襟の落ち着いた服装の上から羽織を掛け、腰に懐中時計をぶら下げた文官のような格好でした。
 こんな殿方を見たことないはずですが……何故わたしの工房に?

「あぁ、なるほど。原因は『未熟さ』だったか。君のような少女が召喚魔法とは業が深いものだ・・・・・・・

 溜息交じりに呟くように漏れ出た言葉にどきりとしてしまう。
 あれ……召喚魔法って『禁忌扱い』でしたっけ……?
 思い返してみても特にそんな記述はありませんでした。

 顎に手を当ててコツコツと床を鳴らしてゆっくり歩いて回る姿は、わたしの描いた線を読んでいる・・・・・ように見えます。
 まさかそんなはずは……他人ひと独自式オリジナルを簡単に読めることなんて……。
 一通り眺めたあと、殿方は足を止めて意味深に頷いてわたしへ向き直られました。

「念のために確認しておきたいのだが、君が私を召喚した術者で間違いないかな?」

 ぽんと放り込まれたのは一番欲しい言葉だったはずなのに、頭がまったくついていきません。
 感情はよくわからない感じで暴れまわっていて、どう反応していいか……混乱の境地ってこういうことを言うのでしょうか。

「おや、大丈夫かね? それとも術者は他にいるのだろうか」

「い、いえ! ここにはわたししかいあmせn!!」

「こらこら、落ち着きなさい。機転を利かせた先程と随分が印象が違いますよ?」

「で、ですが!!」

「ですが? なんだか会話が成立していない気がするのだが……翻訳に不備でもあるのかな?」

「い、いえ?!」

『少し適当に話してもらえるかな?』

「《思念会話テレパズム》!?」

「おや、普通に会話が通じているようだが……?」

「やったぁぁぁぁ!! 成功したぁぁぁ!」

「む? よくわからないが良かったね?」

 感情を爆発させたわたしとは対照的に、殿方は不思議そうな顔で賛同してくださいました。
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