19 / 38
第三章:賢者の試行錯誤
貴族令嬢の欠陥
しおりを挟む
背負われたまま山を降りて、少し体力が回復したわたしは、ヴェルターの心配を押し切って自分の足で借家へと戻りました。
だって男性に背負われて市街地を連れ歩かれるなんて恥ずかしいでしょう?
そうして戻ってから最初にしたのが仮面探し。
いくらこの学校の落第者であり、成績優秀者でもあるわたしを誰も知らないということはありません。
なので魔法の使えないわたしが参加するには、どうしても顔を隠す必要があったのです。
また、わたしの微かに緑がかった金の髪は地味に目立つため、実は顔だけでは足りません。
どうしたものかと考えていると、何処からともなくヴェルターが襟巻きと作業用眼鏡に、赤毛のカツラを持ち出して渡されました。
身に付けてみるとカツラは地毛を巻き取るように絡んで自然には取れず、外そうとするとするりと抜け落ちる不思議な感触。
口元を隠すマフラーに息苦しさはなく、目を守るゴーグルは外からだと視線が分からないのに、わたしからはばっちりでした。
出場する服は運動着でも良かったんですが、ヴェルターが「動きにくい服で戦う方が実戦的だね」と言い出したことで、首から下はいつもの制服です。
ちゃんとスカートの下にはショートパンツを履いているので、激しく動いてめくれても大丈夫です。
いくら顔を隠していても、淑女たるもの余りはしたない真似はできませんからね。
衣装が決まった辺りでヴェルターが「最大の不安を解消しておこう」と講義を始めました。
「ティアナは今日、仮想戦場に立っただけで魔力欠乏に陥ったね?」
「……はい」
「つまり君には時間制限があるということだ。それもとびきり厳しい制限がね」
たしか耐えられたのはたったの二十秒ほど……それも半分を過ぎた辺りで力が抜けてしまいました。
舞台に立つだけの消費でこれでは、魔力を叩きつけて削る戦いでは、どうやっても相手に勝てるわけがありません。
それほどわたしの魔力は小さいのですから……。
「しかし今日一日私と共に過ごしたことで倍は持つはずだ」
「え? 本当に一緒に居ただけですよ?」
「そうだね。けれどティアナは魔力欠乏を二度も経験しているじゃないか」
「どういうことです? まさか魔力を増やすための手段がそれですか?」
「その通り。筋力と同じで魔力も消費するほど純度や量が増していく。
魔力欠乏症を引き起こすのは危険であると同時に、非常に高いトレーニング効果を持っている」
だって一日で二度も起こすくらいお気軽な症状ですよ?
ヴェルターの話にぴんとこず「危険、なのですか?」と問い返します。
「魔力の枯渇は、日常的に補正を受けている身体にとって多大な負荷になる。
そうだね……頻繁に断食なんてしたら体力や抵抗力が落ちて病気に掛かりかねないのと同じだね」
「ご飯は大事ですよね……」
「うん。ティアナはダイエットなんて考えないようにね」
なんだか遠い目をして言うのは何かあったのですか?
まさか昔はヴェルターは太って……いいえ、邪推するのはやめましょう。
というより魔力の話でしたよね。
でも魔力欠乏が危険で許されないのなら、どうすればいいのでしょうか?
「話を戻すけれど、君は今まで『消費の仕方』を知らなかった。
無意識で行われる消費すら、高い能力が裏目に出て行われず、少ない魔力を育てる機会を逃し続けてしまった。
これが魔力不足に陥った致命的な原因だろう。今日山道を歩いたように、ティアナは魔力が無くとも一定以上の成果を出せてしまうからね?」
「では消費の仕方を覚えれば!」
「逸る気持ちは分かるけれど、年単位での膨大な魔力消費の積み重ねが魔法という奇跡に手を伸ばす条件だ」
「え、それではわたしの魔力は……」
「一週間という短期間の消費で魔法を扱えるまで増やすのは難しいね」
改めてわたしの特異性に頭が下がります。
魔法士の家系で、わたしだけがどうしてこんなにも頑丈に育ってしまったのでしょう?
せめて最初から大きな魔力を持っていれば魔法を使って『膨大な消費』を積み重ねられたのに。
協力させ、時間を使わせ、多大な迷惑を掛けている異界の賢者まで呼んだのに。
わたしに差し出せるものなら何でも渡すのに。
ただただ思いの届かない現実に、ぐにゃりと視界がゆがんだ。
息が小刻みに引きつり、どんどん見せられない顔になっていく。
絶望で頭が回らないわたしへ、ヴェルターの「そこで」という声が降ってきました。
「え? 何か対策が?!」
「ティアナは一体何を聞いていたのかな?
君に『魔法を使えるようにしてほしい』と請われた私は、『半端な結果は許さない』と返したはずだ。
たかだかこの程度のことで『絶望できる』ほど私は甘くはないし、ティアナの思いも弱くは無いだろう?」
優しい中にある力強さを感じ、一瞬ぽかんとしてしまう。
すぐに「はいっ!」と返事をすると、ヴェルターは「よろしい。では講義を続けよう」と笑ってくれました。
あぁ、わたしたちにとって『絶望している時間』なんてもったいないのですね。
ギュッとこぶしを握って次の言葉を待ちました。
「結論から言うと『外部から持って来れば良い』んだよ。
だがこれは様々な意味で危険でもあるため、今一度ティアナに覚悟を問お――」
「やります!」
「……説明を聞いてからでもいいんじゃないかな?」
「他人を犠牲にすること以外なら構いません。わたしはやります」
呆れ顔のヴェルターに決意を込めた言葉を重ねて送ります。
彼は『覚悟』を問いましたが、わたしはとっくに崖っぷちで、そんなものは遥か昔に終わっています。
そして何よりわたしは異界の賢者を心底信用しています。
いまさら何があっても驚きませんし、裏切られたところで諦めが付くというものです。
「さぁ、わたしの賢者様、その方法を教えてくださいな?」
わたしはヴェルターに手を広げて笑顔で問いかけました。
だって男性に背負われて市街地を連れ歩かれるなんて恥ずかしいでしょう?
そうして戻ってから最初にしたのが仮面探し。
いくらこの学校の落第者であり、成績優秀者でもあるわたしを誰も知らないということはありません。
なので魔法の使えないわたしが参加するには、どうしても顔を隠す必要があったのです。
また、わたしの微かに緑がかった金の髪は地味に目立つため、実は顔だけでは足りません。
どうしたものかと考えていると、何処からともなくヴェルターが襟巻きと作業用眼鏡に、赤毛のカツラを持ち出して渡されました。
身に付けてみるとカツラは地毛を巻き取るように絡んで自然には取れず、外そうとするとするりと抜け落ちる不思議な感触。
口元を隠すマフラーに息苦しさはなく、目を守るゴーグルは外からだと視線が分からないのに、わたしからはばっちりでした。
出場する服は運動着でも良かったんですが、ヴェルターが「動きにくい服で戦う方が実戦的だね」と言い出したことで、首から下はいつもの制服です。
ちゃんとスカートの下にはショートパンツを履いているので、激しく動いてめくれても大丈夫です。
いくら顔を隠していても、淑女たるもの余りはしたない真似はできませんからね。
衣装が決まった辺りでヴェルターが「最大の不安を解消しておこう」と講義を始めました。
「ティアナは今日、仮想戦場に立っただけで魔力欠乏に陥ったね?」
「……はい」
「つまり君には時間制限があるということだ。それもとびきり厳しい制限がね」
たしか耐えられたのはたったの二十秒ほど……それも半分を過ぎた辺りで力が抜けてしまいました。
舞台に立つだけの消費でこれでは、魔力を叩きつけて削る戦いでは、どうやっても相手に勝てるわけがありません。
それほどわたしの魔力は小さいのですから……。
「しかし今日一日私と共に過ごしたことで倍は持つはずだ」
「え? 本当に一緒に居ただけですよ?」
「そうだね。けれどティアナは魔力欠乏を二度も経験しているじゃないか」
「どういうことです? まさか魔力を増やすための手段がそれですか?」
「その通り。筋力と同じで魔力も消費するほど純度や量が増していく。
魔力欠乏症を引き起こすのは危険であると同時に、非常に高いトレーニング効果を持っている」
だって一日で二度も起こすくらいお気軽な症状ですよ?
ヴェルターの話にぴんとこず「危険、なのですか?」と問い返します。
「魔力の枯渇は、日常的に補正を受けている身体にとって多大な負荷になる。
そうだね……頻繁に断食なんてしたら体力や抵抗力が落ちて病気に掛かりかねないのと同じだね」
「ご飯は大事ですよね……」
「うん。ティアナはダイエットなんて考えないようにね」
なんだか遠い目をして言うのは何かあったのですか?
まさか昔はヴェルターは太って……いいえ、邪推するのはやめましょう。
というより魔力の話でしたよね。
でも魔力欠乏が危険で許されないのなら、どうすればいいのでしょうか?
「話を戻すけれど、君は今まで『消費の仕方』を知らなかった。
無意識で行われる消費すら、高い能力が裏目に出て行われず、少ない魔力を育てる機会を逃し続けてしまった。
これが魔力不足に陥った致命的な原因だろう。今日山道を歩いたように、ティアナは魔力が無くとも一定以上の成果を出せてしまうからね?」
「では消費の仕方を覚えれば!」
「逸る気持ちは分かるけれど、年単位での膨大な魔力消費の積み重ねが魔法という奇跡に手を伸ばす条件だ」
「え、それではわたしの魔力は……」
「一週間という短期間の消費で魔法を扱えるまで増やすのは難しいね」
改めてわたしの特異性に頭が下がります。
魔法士の家系で、わたしだけがどうしてこんなにも頑丈に育ってしまったのでしょう?
せめて最初から大きな魔力を持っていれば魔法を使って『膨大な消費』を積み重ねられたのに。
協力させ、時間を使わせ、多大な迷惑を掛けている異界の賢者まで呼んだのに。
わたしに差し出せるものなら何でも渡すのに。
ただただ思いの届かない現実に、ぐにゃりと視界がゆがんだ。
息が小刻みに引きつり、どんどん見せられない顔になっていく。
絶望で頭が回らないわたしへ、ヴェルターの「そこで」という声が降ってきました。
「え? 何か対策が?!」
「ティアナは一体何を聞いていたのかな?
君に『魔法を使えるようにしてほしい』と請われた私は、『半端な結果は許さない』と返したはずだ。
たかだかこの程度のことで『絶望できる』ほど私は甘くはないし、ティアナの思いも弱くは無いだろう?」
優しい中にある力強さを感じ、一瞬ぽかんとしてしまう。
すぐに「はいっ!」と返事をすると、ヴェルターは「よろしい。では講義を続けよう」と笑ってくれました。
あぁ、わたしたちにとって『絶望している時間』なんてもったいないのですね。
ギュッとこぶしを握って次の言葉を待ちました。
「結論から言うと『外部から持って来れば良い』んだよ。
だがこれは様々な意味で危険でもあるため、今一度ティアナに覚悟を問お――」
「やります!」
「……説明を聞いてからでもいいんじゃないかな?」
「他人を犠牲にすること以外なら構いません。わたしはやります」
呆れ顔のヴェルターに決意を込めた言葉を重ねて送ります。
彼は『覚悟』を問いましたが、わたしはとっくに崖っぷちで、そんなものは遥か昔に終わっています。
そして何よりわたしは異界の賢者を心底信用しています。
いまさら何があっても驚きませんし、裏切られたところで諦めが付くというものです。
「さぁ、わたしの賢者様、その方法を教えてくださいな?」
わたしはヴェルターに手を広げて笑顔で問いかけました。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる