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第四章:仮面魔闘会
記憶の破片2
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勝ち上がった覚えはあるのですが、余り実感がわきません。
たとえば試合の出だしは覚えているけれど、抑えつけてから……魔力を取り込み始めてからの記憶が曖昧になっています。
一日で二回もやった三試合目なんて特に記憶が細切れになっているようで、ほとんど覚えていないくらいです。
ヴェルターとの約束の期日はもう半分も過ぎているというのに、まだ何も進んでいない気がして仕方がありません。
「人にはそれぞれ魔力の貯蔵量が決まっている。
訓練の有無によって増減するが、運動能力と同じで劇的に変化することはない」
あれ、これは……いつの講義でしたっけ?
こんなにも短い間に、わたしはヴェルターから多くの講義を受けています。
どの話もわたしの身体を気遣ってくれ、わたしの魔力ゼロについて考えてくれています。
彼にとって、魔力ゼロのわたしは実験や課題の面もあるのでしょうが、わたしにしてみれば希望の担い手に他なりません。
だからことあるごとにそんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのですが……。
わたしのせいで魔法が使えないのはずっと経験していましたからね。
「それをティアナは無視して『劇的な変化』に手を伸ばすわけだ。
五倍の速度なら五倍の努力と苦痛が。十倍ならそのさらに倍の負荷が、極々短い時間で訪れることになる」
「構いません」
「これは構う構わないの話ではないのだけれどね」
ヴェルターは視線をわたしの右手に落としたまま苦笑を浮かべていました。
あぁ、そうでした。これはわたしの腕に《神気剥奪》を描き込んでいるときに話してくれたことでしたね。
ということはこれは過去の話ですか……わたしは寝ているのですね。
ヴェルターはアミルカーレ様との戦いで見せた豪快さとは裏腹に、わたしにはさっぱり読めない繊細で美しい術式を描いていきます。
その手つきは見惚れてしまいそうになるほど流麗で、術式を刻むための針先が肌を突くたびに走る痛みにハッとさせられていました。
それにしてもヴェルターは過保護ですよ。
だって日常的に使う照明などは『同じ用途にしか使用しない』と決まっている。
壊れにくい媒体に術式を刻んで魔力を通すだけで魔法が使えるように加工しています。
同じことを身体に施しているだけですから、そこまで悲観することはないです。
あ、もしかして――
「難しい術式だから失敗する可能性があるからですか?」
「ミスもそうだが、取り返しのつかない消せない術式を身体に刻むのはやはり覚悟が必要だろう?」
「え、そうですか? 魔法が使えるようになるなら気になりませんが」
「……ティアナの肌には際限がある」
急に話が飛んだ気がします。
反応ができずに「え? あ、はい。そうですね?」なんて相槌を打つくらいしかできませんでした。
「君の成長と共に肌の面積は増えていくだろう。
だが同時に刻んだ刺青も同じように広がっていくため、君の肌を占有する『比率』は変わらない。
つまり不要になっても取り外しは利かない非常に面倒なもので、今後必要に駆られて追加できる術式の種類も限られる」
「こんな裏技は一度きり、ということですか?」
「そこまで大きな術式にはならないから大丈夫だよ。けれどこれは君の『可能性』を削ることに他ならない」
「可能性のないわたしに何を言っているんですか?」
ヴェルターは本当に不思議なことを言いますよね。
魔法士に非ずはヴァルプルギスに非ず。
だからわたしはこの世にまだ生まれてすらいないのです。
「……私も老いたのかもしれないな。ではこの話は終わりだ。講義を続けよう」
「あ、はい? よろしくお願いします」
未だにわたしのどの言葉にヴェルターが反応したのかはわかりません。
あ、でもヴェルターの手つきは変わらず綺麗でしたし、わたしの勘違いかもしれませが。
「外部から取り込む魔力は、当たり前のことだがティアナ自身のものではない。
君は青い魔力を持ち、それに見合う身体で生活をしている。
そこへ外部から大量の赤い魔力を持ち込めばどうなるか……混じって紫色や、濁ってもっと濃い黒に変わってしまう」
「わたしの魔力の性質が変わるのですか?」
「であれば良いのだが、魔力の色が変わるとは別の生物になることと同義だ。
簡単には魔力も身体も適応できないし、普通なら拒絶反応を起こしてしまう」
「え、拒絶反応って耐えられる程度ですか?」
「まさか。重篤な病気と怪我を同時に受けるようなものだ。耐えられるものではないよ」
「ではどうするのです?」
たしかヴェルターは「取り込む魔力を君の色に変える術式も一緒に刻むのさ」と仰っていましたね。
取り込むだけでは成立しない《神気剥奪》の術式は、その分大きくなるとも。
ヴェルターはとても気にしてくれてはいますが、すべてはもう受け入れた内容です。
既に刻まれた術式の破片を残すより、完成させた方が良いのはわたしの目にも明らかですしね。
「できたよティアナ」
「……ずっと気になっていましたが、刺された後が赤くなってるだけで、肌の色のままですよ?」
「必要なのは正確な位置に魔法を成型するための術式を刻むことだけだよ。そうだね試してみようか」
「試す?」
「施した術式は危険なものだ。勝手に発動しないように鍵を掛けてある。
発動するには対象に触れた上で『解放、《神気剥奪》』と詠唱する必要がある」
「解放、《神気剥奪》ですか――今のはっ?!」
「ティアナの詠唱に合わせて術式はきちんと励起したようだね?」
「一瞬ピリッとしました! え、でも……そうなると失敗ですか?!」
「いいや、維持できなかったのは『対象に触れている』というルールに背いていたためだよ。
では安全記述も利いてるようだから、本格的に使ってみようか。ティアナ、私の手を握りなさい」
「はいっ!!」
ヴェルターの手を飛びつくように両手で握り、ワクワクと目を輝かせて待ちます。
苦笑と共に「片手だけにしなさい」と返されてしまいました。
「両手で触ってはティアナ自身の魔力まで吸い上げてしまうからね」
「はいっ!」
「うん、どういうことかわかってないタイプの元気の良さだね。
君の右手は『手で触れているモノ』の魔力を吸い上げる機能を獲得したが、その対象に例外は存在しない」
「触れるものを選ばないと危ない?」
「そうだね。そして『ろ過』を施している術式にも当然限界がある。
たとえば濁り切った呪毒の魔力を取り込めば、ろ過しきる前に君の体内に流れ込んで悪さをする。
そうなれば魔力過多どころの話ではないから本当に気を付けなさい――では、詠唱をしてみようか」
「はい――解放、《神気剥奪》」
手の甲に宿る術式が緑色の淡い光をちらつかせ、否応なくヴェルターから魔力を吸い上げていく。
最初は暖かさを。すぐにチリチリと熱を持ち、痛みが走り、身体が軋みを上げていきます。
苦痛に一層握りしめてしまった手を、ヴェルターが優しく振りほどいてくれました。
「―――はあっ、はぁっ、はぁっ!!」
「その軋みをしっかりと覚えておきなさい。乗り越えた先にある、望みを掴むために」
たった数秒で息を乱すほどの軋みを味わいました。
けれどわたしの感想は、むしろこれで魔法が使える、ということのみでした。
考えてみれば、わたしは最初から壊れていたのかもしれませんね。
え――最初から?
――勝者、金獅子!
たしか今日は二試合あったんでしたっけ……。
え、戦いました? いつ? どんな風に?
はれ? わたしは、何をしましたか?
身体がすごく、熱い。
耐えられないほど、焼けて、燃え尽きてしまうほどに……あぁ、力が出ない。
ふわふわとぼやける感覚とぞわぞわする悪寒。身体の感覚もなく、周囲も暗い。
ヴェルターが言っていた『軋み』とは、こんなにもあやふやで気持ちが悪く、明確ながら心地良い、様々な感覚で塗りつぶされることを言うのですね。
「まさか本戦もあっさり勝ち上がるとはね」
「ヴぇる、タ? わた、しはど、うなっ、て……?」
「大丈夫、順調さ。君は実に可愛い金獅子だよ。常に私の思惑を超えてくれる」
そうですか?
ヴェルターがそういうなら、きっと順調なのでしょうね。
退場は……貴方がすべて面倒見てくれていましたよね――。
たとえば試合の出だしは覚えているけれど、抑えつけてから……魔力を取り込み始めてからの記憶が曖昧になっています。
一日で二回もやった三試合目なんて特に記憶が細切れになっているようで、ほとんど覚えていないくらいです。
ヴェルターとの約束の期日はもう半分も過ぎているというのに、まだ何も進んでいない気がして仕方がありません。
「人にはそれぞれ魔力の貯蔵量が決まっている。
訓練の有無によって増減するが、運動能力と同じで劇的に変化することはない」
あれ、これは……いつの講義でしたっけ?
こんなにも短い間に、わたしはヴェルターから多くの講義を受けています。
どの話もわたしの身体を気遣ってくれ、わたしの魔力ゼロについて考えてくれています。
彼にとって、魔力ゼロのわたしは実験や課題の面もあるのでしょうが、わたしにしてみれば希望の担い手に他なりません。
だからことあるごとにそんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのですが……。
わたしのせいで魔法が使えないのはずっと経験していましたからね。
「それをティアナは無視して『劇的な変化』に手を伸ばすわけだ。
五倍の速度なら五倍の努力と苦痛が。十倍ならそのさらに倍の負荷が、極々短い時間で訪れることになる」
「構いません」
「これは構う構わないの話ではないのだけれどね」
ヴェルターは視線をわたしの右手に落としたまま苦笑を浮かべていました。
あぁ、そうでした。これはわたしの腕に《神気剥奪》を描き込んでいるときに話してくれたことでしたね。
ということはこれは過去の話ですか……わたしは寝ているのですね。
ヴェルターはアミルカーレ様との戦いで見せた豪快さとは裏腹に、わたしにはさっぱり読めない繊細で美しい術式を描いていきます。
その手つきは見惚れてしまいそうになるほど流麗で、術式を刻むための針先が肌を突くたびに走る痛みにハッとさせられていました。
それにしてもヴェルターは過保護ですよ。
だって日常的に使う照明などは『同じ用途にしか使用しない』と決まっている。
壊れにくい媒体に術式を刻んで魔力を通すだけで魔法が使えるように加工しています。
同じことを身体に施しているだけですから、そこまで悲観することはないです。
あ、もしかして――
「難しい術式だから失敗する可能性があるからですか?」
「ミスもそうだが、取り返しのつかない消せない術式を身体に刻むのはやはり覚悟が必要だろう?」
「え、そうですか? 魔法が使えるようになるなら気になりませんが」
「……ティアナの肌には際限がある」
急に話が飛んだ気がします。
反応ができずに「え? あ、はい。そうですね?」なんて相槌を打つくらいしかできませんでした。
「君の成長と共に肌の面積は増えていくだろう。
だが同時に刻んだ刺青も同じように広がっていくため、君の肌を占有する『比率』は変わらない。
つまり不要になっても取り外しは利かない非常に面倒なもので、今後必要に駆られて追加できる術式の種類も限られる」
「こんな裏技は一度きり、ということですか?」
「そこまで大きな術式にはならないから大丈夫だよ。けれどこれは君の『可能性』を削ることに他ならない」
「可能性のないわたしに何を言っているんですか?」
ヴェルターは本当に不思議なことを言いますよね。
魔法士に非ずはヴァルプルギスに非ず。
だからわたしはこの世にまだ生まれてすらいないのです。
「……私も老いたのかもしれないな。ではこの話は終わりだ。講義を続けよう」
「あ、はい? よろしくお願いします」
未だにわたしのどの言葉にヴェルターが反応したのかはわかりません。
あ、でもヴェルターの手つきは変わらず綺麗でしたし、わたしの勘違いかもしれませが。
「外部から取り込む魔力は、当たり前のことだがティアナ自身のものではない。
君は青い魔力を持ち、それに見合う身体で生活をしている。
そこへ外部から大量の赤い魔力を持ち込めばどうなるか……混じって紫色や、濁ってもっと濃い黒に変わってしまう」
「わたしの魔力の性質が変わるのですか?」
「であれば良いのだが、魔力の色が変わるとは別の生物になることと同義だ。
簡単には魔力も身体も適応できないし、普通なら拒絶反応を起こしてしまう」
「え、拒絶反応って耐えられる程度ですか?」
「まさか。重篤な病気と怪我を同時に受けるようなものだ。耐えられるものではないよ」
「ではどうするのです?」
たしかヴェルターは「取り込む魔力を君の色に変える術式も一緒に刻むのさ」と仰っていましたね。
取り込むだけでは成立しない《神気剥奪》の術式は、その分大きくなるとも。
ヴェルターはとても気にしてくれてはいますが、すべてはもう受け入れた内容です。
既に刻まれた術式の破片を残すより、完成させた方が良いのはわたしの目にも明らかですしね。
「できたよティアナ」
「……ずっと気になっていましたが、刺された後が赤くなってるだけで、肌の色のままですよ?」
「必要なのは正確な位置に魔法を成型するための術式を刻むことだけだよ。そうだね試してみようか」
「試す?」
「施した術式は危険なものだ。勝手に発動しないように鍵を掛けてある。
発動するには対象に触れた上で『解放、《神気剥奪》』と詠唱する必要がある」
「解放、《神気剥奪》ですか――今のはっ?!」
「ティアナの詠唱に合わせて術式はきちんと励起したようだね?」
「一瞬ピリッとしました! え、でも……そうなると失敗ですか?!」
「いいや、維持できなかったのは『対象に触れている』というルールに背いていたためだよ。
では安全記述も利いてるようだから、本格的に使ってみようか。ティアナ、私の手を握りなさい」
「はいっ!!」
ヴェルターの手を飛びつくように両手で握り、ワクワクと目を輝かせて待ちます。
苦笑と共に「片手だけにしなさい」と返されてしまいました。
「両手で触ってはティアナ自身の魔力まで吸い上げてしまうからね」
「はいっ!」
「うん、どういうことかわかってないタイプの元気の良さだね。
君の右手は『手で触れているモノ』の魔力を吸い上げる機能を獲得したが、その対象に例外は存在しない」
「触れるものを選ばないと危ない?」
「そうだね。そして『ろ過』を施している術式にも当然限界がある。
たとえば濁り切った呪毒の魔力を取り込めば、ろ過しきる前に君の体内に流れ込んで悪さをする。
そうなれば魔力過多どころの話ではないから本当に気を付けなさい――では、詠唱をしてみようか」
「はい――解放、《神気剥奪》」
手の甲に宿る術式が緑色の淡い光をちらつかせ、否応なくヴェルターから魔力を吸い上げていく。
最初は暖かさを。すぐにチリチリと熱を持ち、痛みが走り、身体が軋みを上げていきます。
苦痛に一層握りしめてしまった手を、ヴェルターが優しく振りほどいてくれました。
「―――はあっ、はぁっ、はぁっ!!」
「その軋みをしっかりと覚えておきなさい。乗り越えた先にある、望みを掴むために」
たった数秒で息を乱すほどの軋みを味わいました。
けれどわたしの感想は、むしろこれで魔法が使える、ということのみでした。
考えてみれば、わたしは最初から壊れていたのかもしれませんね。
え――最初から?
――勝者、金獅子!
たしか今日は二試合あったんでしたっけ……。
え、戦いました? いつ? どんな風に?
はれ? わたしは、何をしましたか?
身体がすごく、熱い。
耐えられないほど、焼けて、燃え尽きてしまうほどに……あぁ、力が出ない。
ふわふわとぼやける感覚とぞわぞわする悪寒。身体の感覚もなく、周囲も暗い。
ヴェルターが言っていた『軋み』とは、こんなにもあやふやで気持ちが悪く、明確ながら心地良い、様々な感覚で塗りつぶされることを言うのですね。
「まさか本戦もあっさり勝ち上がるとはね」
「ヴぇる、タ? わた、しはど、うなっ、て……?」
「大丈夫、順調さ。君は実に可愛い金獅子だよ。常に私の思惑を超えてくれる」
そうですか?
ヴェルターがそういうなら、きっと順調なのでしょうね。
退場は……貴方がすべて面倒見てくれていましたよね――。
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