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第五章:魔法士の産声

金獅子3

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 捕えようと迫る尾を見て、私を攻略するために策を弄する金獅子ティアナに笑みが漏れる。
 ……いや、これは引き裂こうとしているようなものだね。
 だが――

「逆に言えば魔力さえ伴っていれば、防御力など無視して一定量の魔力を強制的に奪われてしまうことにもなる。
 ある意味今の金獅子ティアナのような存在ですら、無傷ノーミスで打倒できる可能性を秘めた、非常に優秀な捕縛結界ともいえるわけだね?」

 元々は金獅子ティアナのような巨獣を仕留めるための場所だったのかもしれない。
 巻かれる尻尾を軽く跳んで避ければ、切り替えした金獅子ティアナの口が迫っている。
 おや……想定外に速い。
 呑み込まれてしまえば彼女が・・・大変なことになるな、と新たな《結界》で受けて後方へ飛ばされた。

 で、あれだけの速度を見せて追撃してこない?
 不思議な静止に、恭順でも見せるのかと思いきや、背後に巨体に似合うだけの大きさを誇る《火炎弾フレアバレット》が揺らめいていた。

「なるほど! 確かに金獅子まものならば魔法くらい使うかもしれない!」

 あの恐ろしいまでの獅子ライオンの再現率は彼女自身の想像力を糧に作り出した架空の魔物・・・・・だ。
 しかし発射される五発の・・・火炎弾フレアバレット》を思えば、この大会で実体験を元に覚えたものだろう。
 だとすれば何と学習能力の高いことか、と飛び交う《火炎弾フレアバレット》の射線を外して立ち回る私に笑みが浮かぶ。
 彼女の羨望かんさつがこんなところにまで及んでいるとは本当にすばらしい。

 足を止めて次に放ったのは《水球弾アクアバレット》で、これも先ほど見た魔法だね。
 ちょこまかと回避する私を捕まえるために次に用意するのは、《水牢》を使った《水封爆アクアリム》かな?
 まさか他人の魔法を見るだけで再現するだなんて誰も思わないだろうね。

「ルゥゥゥラアアアァァァ!!」

「これはまた……」

 金獅子ティアナの咆哮を合図に息を呑む光景が広がる。
 それは踏み込ませないために周囲を赤熱した地面で囲み、一方的に攻撃するために小石逆巻く暴風を扱うのかね?
 先日この場で私がアミルカーレ様との戦いで見せた第一位階の二つが再現されていた。
 ふふ……ことごとく私の予想を超えてくれる。

「しかし、その程度は私ができることでしかないね?」

「グルッ!?」

 《加熱ヒート》は《冷却フリーズ》で。《送風ブロウ》は正反対の風を当てて相殺する。
 力加減を間違えてしまうと消えないから少し面倒だけれど、驚いてもらえたなら報われるというものだね。
 肉弾戦よりも魔法戦は私も望むところなので「もっと撃ち込んできても構わないよ?」と声を掛ける。
 反応するように飛び出したのは《水球弾アクアバレット》を《冷却フリーズ》で凍らせた第四位階の中でも難しい部類に入る《氷柱舞アイスニードル》。

「グラァァァ!!」

 ぽんぽんと下位を合成して上位魔法を放ち始める金獅子ティアナの非凡さにやはり頬が緩んでしまう。
 飛来する《氷柱舞アイスニードル》を近付く端から《加熱ヒート》で丁寧に水に還していく。
 これはほんの下準備……果たして金獅子ティアナ異界の賢者ひとのちえに気付くだろうか?

 二十発ほどの《氷柱舞アイスニードル》で意味がないことを知ったのか、《火炎弾フレアバレット》に切り替えた。
 しかも揺らめく火の玉を発射しながら私へと向かってくる。
 振り下ろされる左前足を《結界》で流すと、追随するように襲い来る《火炎弾フレアバレット》が見える。
 タン、と右足を鳴らして飛び散った水を持ち上げこれも防いだ。
 魔法を常駐させながらとなると処理の一部を奪われるはずだけれど、動きに精彩を欠いていないね?

 体躯ごと振り回してきた渾身の右前足は、私の目からしてもかなりの速度だ。
 ちょうど《火炎弾フレアバレット》への対処で機を逃してしまったことだし、《結界》で受け止めようか。
 そのとき、なんとなく金獅子ティアナが笑ったような気がした。

 ――ガシャン

 絶対に壊れない強度を持っていた《結界》が砕かれた音に思わず目を見張る。
 あの巨体の直撃を受ければいくら私の魔力量でも……と横へと無理に跳んで距離を取り急造の《結界》を展開した。
 弾かれるように五メートルほども飛ばされてしまったが……

「今度は壊れていない? いや、そうかこれは――」

 《神気剥奪アグニ》か!
 ははっ、なるほど! たしかに私は君に『例外なく魔力を奪い取る術式だ』と説明したな!
 あぁ、本当に、君は! 私を楽しませてくれる!
 たしかに先のように魔法からでさえ魔力を奪えるが、それに耐えうる強靭な身体が必要なので教えさえしなかったというのに!

 唸り声を上げて止まった金獅子ティアナは、一つ目と二つ目の《結界》の差を感じているのだろうか。
 地続きの魔法なら全部吸い上げるが、ひとたび接触が離れれば《神気剥奪アグニ》が途絶えてしまう。
 二度目の《結界》が壊れなかったのはそのためだ。

 しかし。そう、しかし、だ。
 そこまで《神気剥奪アグニ》を使いこなすというのならば、認めなくてはいけない。
 高みの見物をしている場合でもなくなってしまった。

「ティアナ、君は私と『相対し得る者』になってしまった・・・・・・・ね?」

「ガァァァっ!!」

 咆哮とともに飛び掛って来る。
 《結界》を崩す目的か、差し出すのは術式を灯した右前足だった。
 励起させるのに魔力を使い、対象に触れられずに魔力が奪えなければ肉を外気に晒すかのように激痛が走るはず。

 痛みを無視して?
 いえ、感じていないのかもしれませんね。
 悪い兆候で無ければいいのですが、と振り下ろされる右前足を《結界》で防いで壊させ、すぐ下に展開した《結界》で受け止めた。

「《神気剥奪それ》は優秀な術式ですが、オン・オフが非常にデリケートなのだよ」

 聞こえているかもわからないけれど、講義を怠るのは師匠せんせいではありませんからね。
 しかしその防御も、一瞬で《神気剥奪アグニ》を励起し直せば《結界》は壊れてしまう。
 その間にするりと踏み込み、首に巻きつくマフラーへ手を伸ばし、地面へと引き倒して踏みつけた。

だから・・・君が召喚したよんだ異界の賢者ししょうは、こんなにも理不尽にすごいのだ、と教えるとしよう」

 手に施した術式に魔力が赤く・・灯す。
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