落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

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第五章:魔法士の産声

金獅子2

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 いくら彼女が本能を理性で抑えつけていようとも、舞台上に対戦者遊び相手が居なくなれば、さすがに審判に目を付ける。
 そうなればいくら勝った後とはいえ、物言いが付く可能性も出てしまう。
 せっかく得られた優勝を不意にするのも勿体ないし、ここは一つ教え子に花を持たせてあげなくてはね。
 まぁ、私が介入した時点で『制御不能』を晒すことにもなるので、今更なのかもしれないけれど。

 遊び相手を失った金獅子かのじょの視線が審判へと巡る前に目の前に降り立った。
 そうして会場の目を奪っていた金獅子ティアナから、遥かに小さい私へと誘導する。
 何度となくやった、金獅子きんじしを連れ帰る私を知らない者など居ないだろう?

「もう十分だよ金獅子ティアナ。一緒に帰ろうか」

「グゥルルルル……!!」

「そう怯えるものではないよ。あぁ、実力差が本能的にわかるのかもしれないね?」

「ガァァァ!!!」

「分かりやすい返答をありがとう」

 右前足を振り下ろす金獅子ティアナに、私は《結界》を用意する。
 アミルカーレ様に対して使ったものよりも遥かに強靭で弾性に富む、弾き返すためのモノを。

 バイン、と跳ね返る音が響く。
 少し間の抜けたものだが、空気を震わせ腹に来る届くほどに音量は盛大だ。
 ただの振り下ろしが第四位階に達しかねないほどとは……。
 いやはや、この学園に所属する学生の魔力量はかなりのものなのだろうね。

 しかし、これではどうあってもルミエル君単騎では打ち取ることは無理だろう。
 いやいや、むしろ獣の速度で第四位階の魔力が振り下ろされれば、この会場で物見遊山を決め込んでいる教師陣にも難しいのではないかな?
 アミルカーレ様ならかろうじて獣として・・・・狩れるかもしれないか。

「発散したいのだろう? どれだけでも受け入れてあげよう」

 仰け反る金獅子ティアナを相手に追撃はしない。
 そんなことをしても無意味だからね。
 私の言葉に反応したかは定かではないが、仰け反り姿勢から捻り、今度は横薙ぎに左腕が襲い来る。
 今度は弾き返すことなく、ガアンと鉄でも叩いたかのような金属を響かせ《結界》で受け止めた。

「変化したばかりなのに、過不足なく力が乗った思い切りの良い攻撃だね」

 構造の違う別生物の体躯を動かすのは難しいだろうに、と私は微動だにせず教え子ティアナに語る。
 止めた左腕の勢いを乗せるように前進した噛み付きに会場から悲鳴が上がる。

 ルミエル君の時は声も上げなかったろうに、随分と悲鳴が遅くないかね?
 ここは怪我もしない温い練習場・・・だろう?
 もっと高みの見物を決め込んでいれば良いじゃないか、と嫌味が浮かぶ。
 あぁ、ルミエル君あちらはただの蹂躙劇で、異界の賢者こちら暴れる金獅子ティアナを狩る英雄譚というわけかね。
 なるほど、それであれば『観客』とは確かに、と納得してしまう。

「攻撃が単調だ。もう少し意表を突いた方が良いだろう」

 ガシガシと《結界》を削るように噛み付く金獅子ティアナの口内を眺める。
 そういえば巨獣と戦うのも久々だね。
 賢者いすに据えられる前はあちこちで暴れ回ったというのに、私も随分と丸くなったものだ。

 ――ギシリ

 《結界》が軋む音が会場全体を静かに伝い、身と心を震わせた。
 ほう……攻撃力に体重を乗せて私の守りを越えてくるとは面白い。
 本能的に動いているかと思えば随分理知的な戦い方をしてくるね。

 思わず目を細めて我が弟子ティアナの優秀さを誇って一歩後ずさる。
 それだけで左腕は空を切り、噛み付きは届かず地面で顎を強かに打った。

力ずく・・・で意表を突くだなんてとんだお転婆ですね君は」

 そうして衝撃に呻き、私に擦り付けることとなった少し湿った鼻先を優しく撫でる。
 見た目からくる体格、重量、速度はもとより、質感までもが素晴らしい。
 今まで魔法が使えなかったティアナに一番足りず、魔法に最も必要とされる想像力と意志力は、こんなにも強固に形作っている。
 これを才能と呼ばずして何を比肩させればいいのだろうね。

 地面に打ち付けた顎をグルっと唸って持ち上げる前に横へと移動して金獅子ティアナが見せるだろう次の攻撃を待った。
 パチクリと目を瞬かせて私を補足したかと思えば、先ほどと同じ突撃がなされた。
 うーむ……『獣型』になると攻撃が単調になるのは仕方ないのかもしれないけれど、余りに捻りが無いね。

 今度は受け止めずに斜めの《結界》を用意してやり過ごす。
 えぐり、削るように《結界》を擦っていく毛皮は、思っていたようにごついようだ。
 なるほど、これでは素の防御だけで学生はどうにもならないね。
 この場が仮想戦場ヴァーチャルウォーでなければ、だけれど。

「ここでは魔力のやり取りで力の上下が決まってしまう」

 この学園はティアナがどれほど望んでも手に入れられなかった『魔法』を評価基準に据えている。
 だからこそ、こんなにも無茶な仮想戦場ヴァーチャルウォーなんて舞台装置が存在している。

「この中ではどれだけ身体的に強かろうと、魔力を伴った攻撃でしか通らないからだ」

 それは防御に対してもそうで、直撃を受ければ相手の魔力量に応じた消費を強制される。
 今の金獅子ティアナのように無策にも突っ込むだけでは、相手が《結界》とはいえ、ダメージ判定を受けて魔力が減少するはずだ。

 がりがりと《結界》を通り過ぎる最後に後ろ足での蹴りを見舞われる。
 軋みを上げていた《結界》はついに崩れ、さらには横殴りの尻尾が私の身に絡み付こうとしていた。
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