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第五章:魔法士の産声

金獅子

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 同時に三つの《水牢》が弾けて覆われていた霧が吹き飛ばされる。
 無防備に《水封爆アクアリム》を被弾したはずの金獅子きんじしは一切無傷で佇んでいるものの、頭を抱えて唸り声をあげている。
 いや、もとよりこの場は負傷を伴わない場所だったか。
 ともすれば先ほどの咆哮は彼女のものだろうと推測が立つが……どうにも出せるようには見えはしない。

 観客席から見ても異常な振る舞いに、対戦者であるルミエルは「な、なんだっ!?」と戸惑いの声を上げるも誰の中にも答えはない。
 いや、悶える金獅子本人にすらない情報を周囲が察するのはあまりにも難しい問題だろう。

「――あ、ア、ぁ、アア゛ア゛ア゛アァァッ!!」

 ふらふらしていた金獅子きんじしが突然叫びを上げる。
 ルミエルは反射的に魔法を編む。

「っく、『炎よ踊りて敵を撃て!』《火炎弾フレアバレット》おっ!」

 選んだのは短い詠唱で目に見えてて攻撃力の高い火の第三位階魔法。
 本能を震わせる恐怖に対して理性の火を灯して立ち向かう。

 ドンドンとヴェルターに禁止されていた・・・・・・・、二つの《火炎弾まほう》が着弾するが、仮想戦場ヴァーチャルウォーから弾き出されるはずの頭を抱えていた金獅子きんじしは、変わらずその場に立ち尽くしている。
 しかし火を見てか、それとも魔法につられてか。

 ―――ウルア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアァァァァ!!!

 と身体の芯に届く咆哮うぶごえが上げた。
 しかしそれだけに留まらない。

 ボン、と衣服が急激に膨張し始め、ミチミチと限界を告げる音を立てて引き裂かれていく。
 体躯が倍々に膨れ上がる中、茶色い髪がハラリと滑り落ち、下から金色の鬣・・・・がのぞいている。
 ゴーグルは頭蓋のサイズに合わずにズレていき、獣の右耳・・・・に引っ掛かる。
 首元に巻かれていたマフラーは、何故か体躯に合わせて広がったようで苦しそうな素振りもなく、首輪のように残っていた。

「な、なななんだあれは!? 巨大な獅子ライオン!?」

 ただの学生であるルミエルが泣き叫ぶ。
 いや、声を上げられるだけ肝が据わっているだろう。
 何せ目の前にいたはずの奇怪な格好の少女は、突然声を上げて巨大な金獅子・・・へと姿を変え、咆哮を上げているのだ。
 それも彼の優に五倍もの巨躯でもって対峙していたのだから。

 ひとしきり咆哮を上げていただけの金の獣は、意識を取り戻したかのようにルミエルを見下ろした。
 瞳孔が縦に細く引き絞られ、明確に敵とみなしたを灯す。

「グゥガァァァ!」

「ひぃっ!!」

 へっぴり腰でルミエルは横に転がったが、それを誰も笑えない。
 あんな巨獣が迫って来たら、動きもできずに潰される方が自然なくらいだ。

「あぁ、始まりましたか・・・・・・・

 ことの成り行きを見守っていた唯一の理解者ヴェルターは憐れむような視線でつぶやいた。

 ・
 ・
 ・

 金獅子きんじしへと至ったティアナの蹂躙劇が始まったか。
 ティアナ、君は身体に蓄えた魔力を遂に抑えきれなかったようだね。
 こうなれば猫がネズミで遊ぶよりも酷い光景になるな、と私は学生ルミエルに同情してしまう。

 何せ死ねず・・・怪我も・・・できない・・・・あの場は、逃げ回るには最適だ。
 それも万全な状態で、体力だけが目減りしていくために恐怖は和らぐはずはなく、適度に痛みも走るとなれば諦めるのも難しい・・・
 死力を尽くしても仮想戦場ヴァーチャルウォーの垣根を越えられず、あの箱庭でいたぶられ続ける。
 対戦相手のルミエル君がトラウマを持たないことを祈るのみ、かね。

 しかし……確かに競技者は互い残ったままではあるが、これだけ普段から逸脱した光景が続いても試合を止められないとはね。
 あの仮想戦場ヴァーチャルウォーは、非常事態イレギュラーを許容させるだけの信用と、危機感の欠如の二面性が強すぎる。
 呆れるほどの間抜けさだ。

 何よりただの学生が、体格差、種族・・による性能差を超越できるわけが無かろうに。
 そんな理不尽な暴力を意志の力でひっくり返せるのは、世間から『英雄』と呼ばれる一握りだ。
 学生の身で至れないことはないが、絶対数からして少ない英雄がこの場に居ること自体が奇跡的な確率だろう?
 まぁ、私がその『一握り』に含まれている時点で確率なんてものは当てにならない証明でもある、かな。

 そんな色々を思うと、冷めた目で会場含めて見渡してしまうのも無理のない話だろう?
 ティアナ。私の弟子が……いや、君ほどの子が。この程度・・・・の場所・・・で認められるのを望んでいるとは本当に悲しいものだよ。
 とはいえ、異界ここ規律ルールでは十分な幸せに届くのかもしれないがね。

 しかしティアナの理性は本能まで制御してのけるとはね。
 私が命じた『試合に勝ち続ける』を実践し、見境なしに暴れるのではなく、明確にルミエル君のみを選んでいるのがその証拠だ。
 予想外を演じる彼女には驚かされることばかりで、見ていて本当に楽しい思いをさせてくれる。

「ガァァァ!!」

 ……そろそろ決着かな。
 審判を務める教師ですら及び腰の中、学生の身で良くもったと賞賛してあげたいものだ。

 最後の腕の一薙ぎの直撃を受けたルミエル君は、綺麗に吹き飛ばされて地面に落ちることなく消え去った。
 そういえば『棄権』も許されていたはずだったような?
 いやいや、彼はよく戦った。それだけでいいじゃないか。余り余分なことは考えない方が皆のためだろう。

 会場が騒然となる中、私は静かに立ち上がる。

「さて、介入しおわらせようか」

 金獅子ティアナ、可哀想だが躾の時間だ・・・・・よ。
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