落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

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第六章:少女は異界の賢者を希う

賢者の刻限2

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 唯一、わたしを認めてくれた異界の賢者ヴェルターは、わざわざ『潜水』なんて言葉を濁して我慢してくれていた。
 それなのにわたしは毎日毎日、魔法がいつ使えるようになるのかなんて能天気にはしゃいで負担だけを掛け続けただけ……。

 謝罪の言葉も、感謝の言葉も口にできず、嗚咽を漏らして震えてしまう。
 あまりの情けなさにぼろぼろと零れる涙が止まらない。

 だって残量が二割を切った辺りから『魔力欠乏』が発症すると教えられました。
 もしも最初に交わした七日間いっしゅうかんで魔力が尽きる計算なら、約束の時点で……五日目には発症する魔力欠乏すらも引き受けてくれていたことになります。
 いえ、「七日目を迎えられない」と打ち明けてくれたヴェルターは、まさに今、発症しているはずです。

 それなのにヴェルターはわたしの頭を優しく撫でてくれる。
 初日に体感したあのつらさを一切見せずに、知らない間にどうにもならない手遅れのところまで耐えてくれt――

「ま、待ってください!」

 ガバッと顔を上げてヴェルターを見る。
 撫でてくれていた手を上げて驚いてはいるけれど、やはり優しげに緩む視線は変わらない。
 けれどいつものように優しいだけでなく、意地悪にも「待つも何も私は変わらずここに居るよ?」なんて言ってきた。

「そうじゃなく! ヴェルターのことです!」

 はぐらかそうとしている?
 いいえ。

 これは単にわたしが落ち着くのを待っているからでは?
 ありえる。

 そもそもヴェルターが、対策もなくわざわざ・・・・わたしに・・・・教える・・・
 わたしが無力感に打ちひしがれてしまうことすら見越せそうな彼が?
 ありえない。

 ヴェルターがそんな『無駄なこと』をするはずがない。
 もしも本当に手がないのなら、何も言わずに書き置きでも残して居なくなりませんか?
 だって手が無い・・・・のですから……つまり――

「きっと何か方法があるのでしょう!?」

「まぁ、時間稼ぎ程度にしかならないけれどひとつはあるね」

「教えてください!」

「うーむ。質問に躊躇がなくなったのは良いけれど、模索なく答えを求めるのは悪い傾向だね?」

「はぐらかさないでください! 時間がないのでしょう?!」

「それでもまだ半日ほどは持つんだけれど」

 そんなものはすぐですよ!
 もしもヴェルターが今すぐ帰りたいというのなら、涙を流してでも見送ります!
 けれど、一日でも二日でも。
 少しでもここに長く留まってくれるというのなら、わたしはどんな手段でも取りましょう!

「ティアナが真剣なのに茶化すのはいけなかったか。では講義を始めよう」

 聞きなれた講義セリフに、まだヴェルターと話せると安心してしまいます。
 元気よく「はいっ!」と答え、一言も漏らさぬよう、ヴェルターの話に耳を傾けます。

「今までの説明から導き出せるのは、私が置かれている状況はとてもシンプルだ、ということだね」

「契約が結べていない召還獣ということですか?」

「そうだね。大本で言えば『魔力が足りないだけ』とも言えるけれどね。
 ともあれ、異界に呼ばれた側の召還獣が『居座る』のと、召還主が状況を『維持する』のとでは魔力の消費レートがまるで変わってくる」

「ではすぐにでも!」

「その言葉はありがたいが、一度失敗した契約を再度結び直すのは実に困難だ」

「……なら、新しい契約・・・・・・を!」

「ははっ!! やはり君はすばらしい!」

 手を叩いて褒められます。
 そんな余裕はないはずなのに、思わず嬉しくなってしまう自分の現金さがうらめしい。
 ジト目でヴェルターを見て「急ぐのでしょう?」と声を掛けます。

「急ぐとも。けれど手順は私がすべて行える。それでも伸ばせて六日目あしたを越えられるだけになるだろう。つまり最初の約束通りということだね?」

「ヴェルターは帰りたいのですか?!」

「微妙な線だね。戻れば大量に溜まった仕事が待っていて気が滅入るが、不自由を探す方が難しいくらいの住み慣れた環境だ。
 対する異界ここは刺激に溢れはするものの、召喚獣……いや、師匠の立場では制限が多いのは否めない。もう少し自由度が高いほうが私は嬉しいね」

「それは……何とかします!」

「ははっ、では楽しみにしておこう。
 しかし自由の有無に関わらず、どちらを取るかと訊かれれば決まっている」

「やはり帰りたい、ですか?」

「いいや、間違いなく可愛く覚えが良いティアナが居る方を選んでしまうよ? ただ君にも負担を掛けることにもなるし……」

「ではやり方を!!」

「……相変わらず躊躇が無いね。信念に従っているからだろうか?
 けれど何度も言っているように、きちんと条件を確認しなさい。後悔はしそうにないが、無駄な苦労を背負いこむことになるだろうからね」

 短い時間の延長は悲しいものの、選ばれて嬉しい思いが溢れて気が逸ってしまう。
 だから静かに淡々と落ち着いた調子で話すヴェルターに苛立ちも募る。
 ついさっき金獅子きんじしへと変化したからか、無意識に「ガルル」と唸っている気さえします。
 あぁもう、わたしの心はいつからこんなに忙しくなったのですか!

「契約とは双方の約束事を明確にするためのものだ。
 今回で言えば、私とティアナの目的は完全に同一のものなので、すり合わせることすら必要がない」

「簡単ってことですね?」

「そうだね。ただ召喚契約を作る行為は魔力を使うものなので君にはまだ扱えない」

「え、できない……?」

「契約を作ることは、ね。だから私が代わりに用意する。
 互いに了承し合えば、どちらが召喚契約を作成しても問題はないからね」

「今すぐ!」

「だから注意を聞きなさいと言っているだろう?」

「何か問題があるのですか?」

「契約に盛り込む内容は大して無いけれど、君にとってはかなりの大事になる。
 だから慎重に決めてほしいし、むしろこの条件を拒否しても私は納得してしまうよ」

「その条件とは?」

「魔法が使えなくなる」

「なっ――!」

 せっかく手に入れた魔法が使えなくなる?
 どうしてこうも世界はわたしに魔法を使わせてくれないのですか。
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