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しおりを挟むそれからというもの、川島からは驚くほど頻繁に連絡が届くようになった。
「今日はパスタ食べたよ」
「今仕事終わった」
「この店、鈴華さん好きそう」
どれも他愛のない、誰にでも送れそうな内容ばかりだった。
けれど静は、その一通一通に丁寧に、そして川島が喜ぶであろう言葉を選んで返信をした。
『いいなあ、私もそんなご飯食べたいです』
『川島さんと一緒に行けたら楽しそうですね』
『今日もお仕事お疲れさまです、無理しないでくださいね』
指先で文字を打ちながら、静は自分の表情が無になっていることに気づく。
画面に映る“鈴華”は甘く、柔らかく、男心をくすぐる言葉を紡ぐ。
だが、その内側で冷めた目をした自分が、それを眺めている。
自分は一体何をしているんだろう。
ふとそんな思考がよぎる夜もあった。
誰からも愛されず、家族にさえ必要とされなかった過去。
ただ復讐心だけを拠り所にして生きている今。
この計画が終わったら、自分には何が残るのだろうかと、底の見えない虚無が胸を満たす瞬間もあった。
だが、今の復讐のことだけを考える。
川島から再び食事に誘われたとき、静は少し間を置いてから了承した。
すぐに応じないことで、価値を保つ。それも計算のうちだ。
指定されたのは、都内でも名の知れた高級レストランだった。
ガラス張りの外観、落ち着いた照明、重厚な扉。
川島の年収を知っている静には、それがどれだけ背伸びをした選択か分かっていた。
必死だな。
事前に店の雰囲気を調べ上げ、静は清楚で上品なワンピースを選ぶ。
派手すぎず、しかし目を引く絶妙な色合い。
ヒールの高さ、アクセサリーの光り方まで、すべて計算済みだった。
待ち合わせ場所には十五分前に到着する。
余裕のある女を演じるためだ。
立っていると、見知らぬ男に声をかけられた。
「一人? よかったら一緒に」
「すみません、人を待っているので」
柔らかく、しかし隙を見せない微笑みでかわす。
そのやり取りさえ、もし川島が見ていたら効果的だろうと頭の片隅で考える。
やがて、私服姿の川島が現れた。
静の姿を見た瞬間、足を止める。
目が明らかに見惚れている。
店へ向かう間も、気づかれないように視線を送ってくるのが分かった。
その熱を帯びた視線に、鬱陶しさを覚えながらも、静は気づかぬふりをする。
席につくと、川島はどこか落ち着きなく、頬を赤らめながら言葉を選んでいた。
静はすでに察している。
今日だ。
前回と同じようにワインを飲み交わす。
グラスの中の赤い液体が揺れる。
やがて川島は意を決したようにグラスを置き、真っ赤な顔で静をまっすぐに見つめた。
「静さん……出会った時から、ずっと惹かれていたんです」
川島の喉が上下する。
「俺と、付き合ってくれませんか」
その言葉を聞いた瞬間、静の胸に浮かんだのは喜びではなかった。
やっぱり、こいつは最低だ。
川島には、結婚を前提に付き合っている彼女がいる。
しかもその女は、川島と共に静を嘲笑い、いじめていた張本人だった。
二人で笑いながら投げつけた言葉。
あの女の甲高い声。
その記憶が、脳裏に鮮明に蘇る。
そんな2人の幸せを壊したい。
だが、静はそれを微塵も表に出さない。
膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、震えているように見せる。
少し俯き、ゆっくりと顔を上げる。
「……私で、よければ」
視線を絡める。
「お願いします」
その瞬間、川島の顔が歓喜で緩む。
静は微笑んだ。
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