【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

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琥珀side

俺はある夢を見た。

夢の中には小学生だった頃の俺が出てきた。
これはあの時の記憶だ。

あの頃の俺はまだ幼く、無鉄砲で、世の中の危険について何も知らなかったんだ。

ある日、学校からの集団下校の途中で、同じ班の子と些細なことで喧嘩になった。原因はもう覚えていない。子供のする喧嘩なんてそんなものだ。けれど、あのときはどうしても納得がいかず、俺は苛立ちを抱えたまま、集団から離れて1人で帰ることにした。

家に帰れば母さんが優しく迎えてくれる。俺はそれを信じて、ひたすら自分のペースで歩いていた。周りの景色には目もくれず、ただ地面を見つめながら、心の中で先ほどの喧嘩相手を責め続けていた。

だが、そんなことを考えていた時。

後ろからいきなり何かが俺の口を塞いだのだ。それは軍手のような粗い素材の手袋だった。無理やり押さえつけられ、息苦しさで頭が真っ白になる。そこでようやく、これはただの夢ではなく、俺が小学生の頃に実際に経験した恐怖の出来事だと気づいた。


「ん゛……っ!!」


口を塞がれた状態で必死に声を出そうとするが、うまくいかない。後ろを振り向こうとしても、力強い腕に体を固定されて動けない。必死にもがく俺の耳元で、荒い息を吐きながら男が囁いた。


「やっと1人になったね、こはくくん。」


恐る恐る目線だけで後ろを見ると、そこには黒いジャンパーにニット帽、さらに顔をほとんど覆うほど深くマスクをかけた中年の男がいた。その顔は目以外ほぼ見えなかったが、ぎらぎらと光る目だけが妙に記憶に焼き付いている。彼の腕は蛇のように俺の体に巻き付いていて、逃げ出す隙を与えてくれない。


「は……ぁ、は……ぁ」と男は荒い息を耳元で吹きかける。その気持ち悪さに、俺の全身には鳥肌が立った。涙で視界がぼやける中、恐怖が身体を支配する。この男が自分に何をしようとしているのか、想像しただけで震えが止まらない。もしかしたら、ここで殺されてしまうのかもしれないという考えが頭をよぎり、全身が一層硬直した。


俺は必死に抵抗した。だが、小学生の俺と大人の男とでは力の差があまりにも大きい。学校で「不審者に気をつけろ」と言われたとき、「急所を蹴ってやれば簡単に逃げられる」と高を括っていた自分を心底後悔した。男は俺の体を引きずりながら、近くに止めてあった黒い車へと向かって歩いていく。 

(もうダメだ……。)

絶望感が押し寄せる中、体が勝手に震え始めた。恐怖で目をきつく閉じたその瞬間、体に強い衝撃が走った。気がつけば、男は地面に倒れていた。何が起きたのか全く理解できなかった。


「えっ……どういうこと?」


その場に立ち尽くす俺の腕を、誰かが思い切り引っ張った。


「逃げるぞ!!!」
 

目の前には、俺と同じぐらいの背格好の男の子が立っていた。その顔は不思議なことに白い霧のようなもやで覆われていて、はっきり見えない。それでもその子の声はハッキリと聞こえた。彼の力強い腕に引かれるまま、俺は全速力でその場を離れた。 


「なんでここにっ!」


息を切らしながら問いかけるが、その男の子は振り返らず、ただ「いいから走れ!!」と叫んだ。その声には不思議な威厳があり、俺は何も言えなくなった。無我夢中で彼に引っ張られるまま走った。

やがて男の子の家らしき場所に辿り着くと、彼は迷わず扉を開け、俺を中へ押し込んだ。彼の親らしき人が状況を察し、すぐに警察に通報してくれた。俺たちを追ってきた男はその後逮捕され、事態はようやく収束した。

あのとき、男の子は俺にこう言ったのだ。


「琥珀は1人きりだと危ないから俺が守ってあげる。」


その言葉を聞いた瞬間、俺の胸は熱くなった。

けれど、どうしてもその男の子の顔だけが思い出せない。顔は相変わらず白いもやに覆われていて、どんなに記憶を辿っても彼が誰なのかがわからない。それでも、俺はその子に心から感謝し、同時に強く惹かれる気持ちを抱いていた。まるでヒーローのような存在。


「こ……こ……」


微かに響く声が聞こえた。


「こ……は……」


夢の中で呼ばれているような気がした。その声がだんだんとはっきりと聞こえてくる。重い瞼をゆっくりと開けると、見覚えのない天井が視界に飛び込んできた。


「こはっ!!起きたの!?こは!!」

「…っ、かあ、さん?」


喉が詰まってうまく声が出ない。俺の顔を覗き込む母さんは、今にも泣きそうな顔で俺の手をぎゅっと握りしめていた。彼女の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


「良かった……目が覚めて……本当に良かった……」


状況が全く理解できない俺は、ただ呆然と母さんを見つめていた。なぜ彼女はそんなに泣いているんだろう。目が覚めただけなのに。


「先生呼んでくるから待っててね!!」


母さんは再び俺の手を強く握った後、慌てて病室を飛び出していった。辺りを見渡すと、見慣れない白い部屋。周りには医療ドラマでしか見たことのないような機械が並んでいる。ここが病院だと気づくのに時間はかからなかった。
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