【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

文字の大きさ
20 / 56

20

しおりを挟む


何故ここに運ばれたのだろう。記憶を辿るけどぽっかりと抜けたように、全くそれらしき記憶は出てこない。

しばらくすると病室の扉が開いた。白衣を着た医者らしき男と母さんが一緒に病室に入ってきた。そして、その医者は俺が事故にあったこと。事故に遭ってから1週間目を覚さなかったこと。その事故で強く頭を打ちつけたことを説明した。だから頭にも包帯が巻いてあるのだと納得がいった。

人生の中で大きな怪我をしたこともなかった俺がまさか事故に遭うとは思わなくて、自分でも驚きだ。

事故にあった時と前後の記憶がはっきりしない。何かを思い出そうとするけど頭痛がしてきて、片手で額を抑える。そんな様子を見せると医者は俺に告げた。


「今日目覚めたばかりで、脳や体に負担をかけるのは良くないので、今は安静に過ごしてください。」

「……はい」


病院に通い慣れてないせいで、医者と話すのは妙に緊張して堅苦しい。1週間も寝てたのに、急に頭使わせんなよな。俺は馬鹿だからそんな要領よくねえんだぞと医者に文句の一つ言いたくなった。そして、後日細かい検査をすることになった。


「琥珀、本当に良かった
ママはもうこのまま琥珀が目覚めくれないんじゃないかって不安で不安で毎日仕方なかったんだから!!1週間ほぼ眠れなかったんだからね!」


母さんは掛布団の上からポスポスと俺のことを叩く。痛くはないがなかなかの力だったかもしれない。母さんの目元を見ると色の濃いくまができていて本当に寝ていなかったことがわかる。


「その…心配かけてごめんなさい」

「もうこんなこと勘弁だから!
ママの寿命いくら上げてもいいからお父さんとママより早く死ぬのだけはやめてよね!」


母さんの瞳には再び、涙が浮かびポロポロと流れていく。母さんの涙を見慣れてない俺はどうしたらいいものかと戸惑ってしまい、とりあえず母さんの目元へと腕を伸ばして病院服の裾で涙を拭いた。


「お父さんも会社早退してすぐくるっていうから、寝て待ってなさい。起きて急に色々なこと言われて疲れたでしょ?」

「ん、ちょっと疲れたかも」


俺は目を閉じながら、母さんに返事を返した。


「母さん」

「ん?どうしたの?」

「俺、退院したら母さんのカレー食べたい
腹減った」


母さんは俺の言葉に琥珀らしいなんていって泣きながら笑った。母さんが病室を後にし、部屋には静粛が訪れる。起きて早々暇すぎて仕方ない。この部屋は俺1人しかいないため、病室の外から漏れる声しか聴こえない。せめて携帯でもあればいいのになんて思うけど、俺の携帯は事故でボロボロになってしまったせいでデータは戻ってこないようだった。

事故って最悪。痛いし、入院すると暇だし、死ぬかもしれなかったし。だけど、事故にあった時の記憶はないため、なぜこんなことになったのかはわからない。

再び、目を瞑って、そういえば学校の授業とか俺馬鹿だからもうついていけないどうしよう、そもそもなんであんな偏差値高い高校に入ろうと思ったんだっけ…。なんて考えている間、いつの間にか眠ってしまっていた。

眠っている間、何かが俺の頰や額に触れるような感触がした。まるで壊れものに触れるように優しく撫でる。

目を覚ますと、ちょうど父さんが病室に入ってきたところだった。ベッド脇の椅子に腰をかけ、神妙な面持ちで腕を組む。

父さんに心配をかけるなってこんな時まで怒っていたけど、いつもと違ってどこか悲しみを堪えているような表情をしていて思わず「ごめんなさい」と素直に謝ってしまった。自分で言うけどこんなのは俺らしくない。


その次の日

母さんが病室に見知らぬ男を連れてきた。その男は身長が異様に高く、顔立ちが整っていて、どこか浮世離れした雰囲気をまとっている。雑誌の表紙から飛び出してきたモデルか何かかと思うくらいだ。

混乱している俺に対して母さんは告げる。


「ほら、琥珀
嬉しいでしょ?琥珀が眠っていた間、毎日お見舞いに来てくれたんだから」

「……は???」


思わず、間抜けな声が出てしまった。当たり前のように嬉しいでしょなんて聞いてくるけど、なんで俺が喜ぶと思っているんだ。喜ぶわけがない。だって俺の"知らない人"だ。

それに何故知らない奴が毎日俺の見舞いに来ているんだ。俺は寝ている間に別の世界線に来てしまったのではないのかなんて、バカみたいなことを考えてしまう。

男は俺をじっと見つめ、口を開きかけたが、その目には何故か切なげな色が宿っていた。その視線に耐えきれず、俺は思わず顔をそらす。

母さんの言葉に再び耳を疑う。


「琥珀どうしたの?1番喜ぶと思ったのに」


「1番喜ぶって……
えっと………誰???」

  
俺が放った一言によって、病室にこれでもかというくらい静かな沈黙が訪れた。重い空気が流れ息苦しいと言っても過言じゃない。母さんと男の方を見ると表情を固まっていた。
しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...