【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

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「すいません。よそ見してました。」


頭上から声が降り注ぎ、反射的に顔を上げると、そこには慶也と同じくらいの背丈の男が立っていた。

肩より少し上に切られた白金色の髪が日の光を受けて淡く輝き、切れ長の目元と澄み渡る碧眼が神聖な雰囲気を醸し出している。整った鼻筋に形のいい唇。その顔立ちは、同性の琥珀ですら息を飲むほど美しかった。まるで芸能人の中に紛れ込んでもひと際目立つような存在感。芸能人さえも霞んで見えるのではないかと感じるほどだ。


「…あ、俺こそごめん…なさい?」


琥珀は咄嗟に謝りつつ、目の前の人物が誰なのか考えた。しかし、どうにも見覚えがないため、初対面であることは確かだと思う。その容貌から先輩なのか、同級生なのか、あるいは後輩なのかも見当がつかない。

見上げるほどの高身長と大人びた顔立ちに「先輩かもしれない」と勝手に判断してしまった。

その男と目が合った瞬間、男の碧眼がほんの少し見開かれる。彼の視線は琥珀の顔に釘付けとなり、微動だにしない。それに戸惑いを覚えつつも、琥珀は自分から目を逸らすことができなかった。いや、負けず嫌いの性格がそうさせたのかもしれない。だが、宝石のように美しいその瞳を見つめ続けているうちに、琥珀の胸の奥に何とも言えない焦燥感が湧き上がってくる。

(なんだよ、こいつ。俺の顔見て…もしかして何かおかしいとか?それとも、顔が良すぎるやつには普通の顔が逆に変に見えるもんなんだっけ?)


「…やっとだ」

「え?」


微かに聞こえたその声に琥珀は思わず聞き返した。しかし、男の呟きは掠れていてはっきり聞き取れない。


「…早乙女琥珀くん」


突然、自分の名前を呼ばれ、琥珀は驚きに目を見開く。この人物は誰なのか?そしてなぜ自分の名前を知っているのか。


「…え?俺の名前、なんで知ってるんですか?」


琥珀が警戒を込めて問いかけると、男は少しも動揺した様子を見せず、口元に優美な笑みを浮かべた。その表情はあまりに高貴で、まるで物語に登場する王子様のようだ。


「驚かせてすいません。俺は水口 昴みずぐち すばるといいます。見た目がこんな感じだから、違和感がありますよね。日本名だとそうなんです。」

「日本名ってことはハーフとか外国人ってこと?」

「そうかもしれないですね。でも、今はそんなことより、大事なことが目の前にあります。俺の一世一代のチャンスですから。」


昴と名乗った男は、自分の名前と軽い自己紹介を続けた。しかし、琥珀の記憶には何一つ心当たりがない。そして「一世一代のチャンス」とはなんのことなのか理解できない。

昴は少し前まで浮かべていた穏やかな表情を消し、真剣な目つきで琥珀を見つめた。そして口を開く。


「琥珀くん、あなたはつい最近記憶喪失になりましたよね?」

「!!」


その言葉を聞いた瞬間、琥珀の心臓が一際大きく跳ねた。


「…なんでそのことを知ってるんだよ!
俺たち初対面なのに…」


自分と昴の間には何の接点もないはずだ。それなのに、この男は自分の大切な記憶に触れるようなことを平然と言ってのけた。混乱した琥珀は一歩、二歩と後退りし、昴との距離を広げた。


「そして、琥珀くんは好きな人忘れてしまったんですよね??」


「あ、あんた…誰だよ?なんで俺のことを知ってるんだよ。」


喉が詰まりそうになりながらも、琥珀はようやく声を絞り出す。その問いかけに昴は一瞬口を閉ざしたが、やがて静かに答えた。


「もし、俺が君の記憶から忘れ去られてしまった人間だとしたらどうします?そして、もし俺があなたの好きな人だったとしたら。」

「……え?」


予想だにしない言葉に、琥珀は再び混乱する。記憶を失ったのは慶也だけだと思っていた。しかし、もしかしたら他にも失われた記憶があるのかもしれない。


「そんなこと、わかんないよ…」

「そう、その答えを待ってた。」


昴は琥珀の言葉に華が咲くように満足気な笑顔を浮かべた。大人びた顔から生まれる幼さを帯びた笑顔に琥珀は釘付けになりそうになる。だが、琥珀の不安が消えることはない。


「俺が琥珀くんの記憶の中の人間がどうか確かめてみませんか?」


余裕のある表情で告げた男の言葉に琥珀は動けなくなり、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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