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第5話 狂気の果て

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 目が覚めると離宮の一室に寝かされていて、術後にこの部屋まで移動され、今まで眠っていたようだ。今回は舞台設定しただけで王妃様の願望通りに事が運んでしまった。魅せる要素などなかったことが、逆に私の心を穏やかにした。

 王妃様が自ら望み選択した展開なのだ。私は納得して王妃様に黙祷した。

 それにしても、悩みなく夢現術が終わることはまれで、いつもなら記憶の改竄、虚構の構築を後悔し、人生、魂への冒涜ではと思い悩むことになる。作り上げた夢を見せることへの抵抗感、創作であることの後味の悪さは罪悪感につながる。

 幸運にもそれを回避できたのは、王妃様から私への祝福に違いない。
 そう思いたい。



 うつらうつらとしていると人の気配で目が覚める。目をこすりながらベッドの横を見ると室長が椅子に座っていた。

「今回はなかなか目覚めなかったから心配したわ。体調はどう?」
「ご心配おかけしました。お陰様で、お腹が空いていることから健康ではないかと」
「食事は用意してあるけど、すぐ食べる?」
「いえ、まだ寝起きなので後にします」
「そう。今準備させたから、あとで持ってきてくれると思うわ」

 主任が連絡したからか新人が食事を持って現れた。彼女も創作夢を紡ぐことのできるホープで、今回の王妃様からの依頼で監査官の一人になっていた。監査官は術者の行動を監視して、必要であれば行動制限や強制隔離も行える。

 あぁ、そんなことよりも報告しなければ。

「主任すみません。今回の依頼は失敗ですね」
「思ったよりも死期が近かったから仕方ないと思うわ。人の寿命なんて神様にしかわからないことだから」
「それにしても一瞬でした」
「王妃殿下の愛の熱量が高く、秘めていた俗物的な願望が強く表れてしまったけど。短くても強く輝いたのは事実よ。だから後悔はしないの。いいわね!」
「はい」

 私は食事をとりながら二人を見つめる。室長はそのままでいいと私にジェスチャーして、新人の肩をたたき引き寄せる。そして新人の目を見て話し始めた。

「ところで、貴方は配属されて初めて夢現術に立ち会ったわけだけど。なにか思うところや質問でもあれば言ってみなさい」
「有難うございます。習ったことですけど、夢現術師は女性しかなれない。そして、死の間際にしか施術できないことに違和感を覚えます」
「なるほど、女性しかなれないは正確じゃないわね。過去には男性でも就けたのだけど、マナの薄まりと共に女性が中心になった経緯があるの。魔導革命の影響と勘繰られているから秘匿されることになったのだけど」
「それで過去の偉人に男性名で経歴不明の聖女がいるのかぁ……そもそも女性じゃなかったからですね」
「研究熱心でいいわね。それと、なぜ死期にしか魔法を使わないのかの回答だけど、何か思いついたことはないかしら。間違ってもいいから話してみて」
「そうですね……死を前にしないと夢の回廊が開かないって噂はあります。半信半疑ですが」

 私もこの話を先輩から聞かされたものだ。実際は異なる理由であるけれけど。

 わたしは真実を告げられたとき信じたくなかったが、事例として示されると納得してしまった。新人期間が終わるときに見せられた実証夢はそれほど強烈だった。

 それはと言っていい。

「生きてさえいれば被験者に施術することは可能です。禁忌といわれる所以だけど、夢現術自体が夢への一方通行のダイブになからよ。被験者が亡くならない限り、術者は二度と現実世界に戻れないから禁止されているの」
「それって、危険じゃないですか!」
「安心して。今は魔道具で肉体の限界はモニターできるし、死期は魂の発火で明確に捉えられるから昔ほど危険じゃないわ」
「あの、もしも無視して死にそうにない人に術をかけて夢に飛び込むとどうなるのでしょう?」
「いい質問ね。そのうち実証夢、実証夢を見ることになるけど、他人の夢に長時間滞在したら術者は気が狂う。そして、被験者も引き寄せられるように狂気に染まる。貴方もいずれ記録に残る被験者の夢を見ることになるから。通称“”を楽しみにしているといいわ」

 室長が悪い笑いを浮かべる。演技の上手さは脱帽ものだ。
 新人はぶるぶると震えている。あの狂気は二度と見たくないと私もきつく手を握ってしまった。

 死なないものに夢を見せた術者を精神探査すると、心は空白と言われるように活動がなく生ける屍となんら変わらない。そして、被験者は術者の狂気が飛び火するように、この世のものとは思えない悪夢を見続けることになる。

 狂気は伝染して地獄図が夢の中に出来上がるのだ。


 は禁忌を犯させない、非常に効果的な戒めの教材となっている。
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