わたしの方が好きでした

帆々

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フラン

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 翌朝、朝食の席にフランはやって来た。昨夜は夕食も取らず寝室に下がったままだった。

 リゼは知らないがキッドが宥めたり慰めを言ったのかもしれない。顔色は悪くないようだった。

 その食卓でリゼはフランに解雇を告げた。キッドにも説明の手間が省けちょうどいい。

 二人は驚いた表情をリゼに向けた。彼女はそれらを静かに受け、

「急なことで申し訳ないけれど、今日中に出て行っていただきたいの。元々ご実家にいらしたのだし、住まいがなくなるわけでもありませんからね」

 と告げる。もちろんキッドはナフキンをテーブルに投げつけて抗議した。驚きもあろうが、こんなに取り乱す彼を見るのは初めてではないかと思った。

「横暴じゃないか。そんなことは認めない。彼女は僕に属している人だ。君に決定権はない」

「斡旋所に募集をかけたのはわたしの名前でなの。だからフランとの雇用契約はわたしとのものよ。あなたに属しているというのは間違いよ。あなたの為に雇い入れた人だというだけ」

「何が気に入らないんだ? フランには何の落ち度もないじゃないか」

「もうこれ以上彼女にわたしたち夫婦の間に入ってほしくないの。二人で暮らしてきたのだもの、これからも二人でいいでしょう?」

「フランがいては何がいけないんだ?」

「前の暮らしを取り戻したいだけなの」

「フランがいてもできるじゃないか」

 出口のない会話の意味のなさにリゼはため息をついた。フランへ執着する夫への違和感も強くなるばかりだ。

 諍いに近い言葉をぶつけ合う夫婦とは別に、当のフランは静かにお茶を飲んでいた。その落ち着きっぷりもリゼには腹立たしい。彼女のせいで眠りも浅いというのに。

「急なことでもあるし、これまでの給金とは別にお礼金を弾ませてもらいます。後で届けるわ。そうね、三時に」

「君はすぐに金の話だ。それで人を服従させられると信じて疑わない。滑稽だよ全く」

 怒りの声を上げるキッドへフランが微笑んで見せた。首を緩く振り「大丈夫」とでも言うように頷いている。その仕草もリゼには苦々しい。

 早々に席を立ち家を出た。委託の会計士の所へ寄ってフランに支払う現金を用意してもらわなくてはならない。

 多少多くても支払う価値はある。



 給金の三倍の額を手にリゼは家に戻った。都合で昼をちょっと過ぎたところだ。通いのメイドもまだいる時間で、フランにお礼金を渡したら昼食も済ますつもりだった。

 外玄関のホールで上の階の住人と行き合った。出かけた帰りのようで、リゼはよく知るその年配の上品な婦人に微笑んで会釈した。亡父の友人の紹介で人品の保証は確かだった。

「ねえあなた、お手隙ならちょっと我が家に来てもらえないかしら?」

 仕事に家庭にリゼも忙しい身で、交際は会って立ち話程度の仲だった。父が存命の頃はお茶の行き来もあった。それも何年も前になる。きっと家の不備か賃借に関しての問題だろう。

「ちょっと用を済ませてから伺いますわ」

 と婦人と別れた。

 居間に向かうところで思い立ち、キッチンに行った。メイドがいない。買い物にでも出ているのか。洗い物が溜まっている。昼食の後片付けがまだのようだ。フランがいなくなるのだから、メイドには従前通りリゼの帰宅までいてもらうように頼みたかったのに。

 そこで先ほどの婦人の要件を先に済ませてしまおうと考えた。玄関に戻り内階段から階上に上がった。仕切りに鍵をかけてあるが、リゼはその鍵を家のものと一緒に携帯していた。

 扉を開けると廊下に出る。その奥が住人の居間になっているのは了解している。ドアのをノックするとショパン婦人の声が返る。

「何のご用でしょう? 家に不備でもないといいのですけれど」

 身元の確かなきちんとした賃借人は得難い。出て行かれるのはリゼにも痛手だ。

「家のことじゃないの。ここにはとても満足してますからね。とにかくお掛けなさいな」

 リゼは勧められた椅子に掛け言葉を待った。婦人は彼女を眺めて目を伏せた。首を振る。いい話が出て来ないだろうとはわかった。

(まさか、お身体の健康のことで相談なさりたいのかしら? でもお友だちも多い方だし、わたしにそんな話するのも変ね)

 やおら婦人は立って、リゼを手招いた。

「あの……」

「ついていらっしゃい」

 行動に訝しみながらリゼはショパン婦人について行く。居間を出て廊下を挟んでドアを開けた。婦人の寝室のようだ。奥の衣装部屋の隅で婦人は屈んだ。奇怪な行動でリゼはからかわれているのかと不審だった。

「いらっしゃい」

 屈んだ姿勢のまま彼女を呼ぶ。なぜか唇の前に指を立て、

「声を出さないで」

 と静かに命じる。婦人の表情は真剣そのものでリゼも彼女の側に膝をついて屈んだ。

 婦人は床の板のぐらつく部分を指でそっと外した。上の階の床板が外れることを知らなかったリゼは、意外さに声が出た。

「まあ」

「しっ!」

 再び婦人にきつく声を封じられた。声を出せない意味がわからない。しかし、ほどなくその意味がわかる。外した板の下から声が届いてきた。
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