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罪のありか
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しおりを挟むメイドが来客を告げたのはリゼが支度を終え、仕事に向かう頃だった。
朝早くのお客は珍しい。更にそれが誰かを知り小さく驚いた。
「ともかく……、居間にお通しして」
戸惑いながらメイドに返した。ほどなく居間に現れたのはキッドの母親だった。内装がすっかり変わっていることに大仰に驚き盛んに褒めた。
「前は落ち着いお部屋だったけれど、すっかり素敵なサロンという雰囲気ね。好きよ、こういう感じ。こんなお部屋で女が寛ぐのはさぞ気分がいいだろうと思うわ」
カーテンに触れたりマントルピースの飾りに指を這わせたりと忙しい。
「ご用は何でしょう? 生憎仕事で急ぎますから」
嘘ではない。今朝は工房に農場から荷が入る。その荷入れ作業にはリゼも立ち会うのが常だった。キッドの母はその言葉で椅子に腰を下ろした。
「この間、キッドに会いに行ったのよ。愚痴ばかりで困ったもんだわ。でも自分でまいた種だもの、暮らしに不自由なのはしょうがない。その辺の道理をきつくお説教してやったわ」
リゼは相槌を打ちかねて黙ったままでいた。自由な人で子供をたしなめるような母親ではなかったはずだが、さすがに息子の行動は目に余るのだろう。ため息をつき首を振った。
「あの子、リゼが謝りに来たと言っていたのだけれど、嘘よね? 会わずに追い返したのだって言うのよ」
リゼは首だけ振って答えに代えた。母親にも通用しない嘘だ。偶然会った翌日、この家に金を無心しに来たとは口にできなかった。彼らとの同居で間貸しできなくなった分の穴埋めの金を妹から請求されていると言っていた。
「そうよね、リゼが謝る理由がないじゃない。……馬鹿な子。キッドは昔から大袈裟なことを言って人の気を引く癖があったの。杖を使うのもいつもの癖かと思ったら、本当に悪いみたい。まともな医者にも診てもらえていないようなのよ」
頷きつつ、リゼはちょっと思った。彼が無心したかったのは妹に払うための金ではなく、医者にかかるためのそれなのではないか。確かに、治療費にこと欠く兄に金を請求するほど冷淡な妹とも思えない。
金の使途をごまかしたのは、彼なりの見栄や虚勢なのだろうか。
「医者をフランが絶対に嫌がるのだって。身体の不調は日の光を浴びて適度な散歩すれば全て改善すると言って聞かないらしいの。新鮮な空気がどうのとか塩水を食事前に飲むとか、そんなことばかり。ちょっとおかしいのよ、あの女」
リゼは失笑が出た。結婚していた頃、キッドは著名な医師処方の高い薬を飲み快適な環境で過ごすことを彼女に強く求めた。彼女も当然とそれに協力し続けた。あの当時、「日の光」だの「塩水」だのを彼女が進言すれば、キッドは青筋を立て怒鳴り散らしたのではないだろうか。
フランの言葉に易々と従うのは信頼の表れだ。そこには依存もあるだろうがそれらを含めて愛情には違いない。
ぴっと肌を薄く切るような不快感だった。過去を今の出来事が踏みにじる。
「医者に診せる費用を用立ててやってくれない?」
「え」
「キッドは確かにあんたを裏切った。どうしようもないわ。でもね、それがなかったとしたら、今もあの子はここでぬくぬくと暮らしているはずよね。もちろんその費用もかかるじゃない。浮いたその分を今出してやってくれない?」
「浮いたも何も……。あのことがあってわたしたちは別れました。関係のないお話です」
「そう。そうだけれど考えてちょうだいよ。やっぱり何もなくて、今もここにあの子がいれば、当たり前に出すお金じゃない? それを頂戴と言っているの」
「でも実際、ありました。だからキッドはここにいないじゃないですか」
「そうよ。いないわよ。でもいたら、と考えてほしいの。医者に診せるでしょ」
「お義母様……!」
いい加減にしてほしいと、リゼは呼びかけた。ひどい言いがかりだ。あまりにも馬鹿げた要求だった。
「もう仕事に行かないと、急ぎの用があるので」
「あの子、キッドこのままだったら死ぬのじゃないかしら……?」
その言葉にリゼは反論できなかった。「それでいいじゃないですか」とはとても声にならない。断る術は他に幾らでもあったはず。しかし、抗弁の要の部分を握られてしまったようで何も返せなかった。
キッドの佇まいは彼女の知る頃よりはっきりと悪化している。それは疑いない事実だった。
時間が迫り、リゼは逃げたい一心で小切手を切った。結婚していた頃キッドにかかった月の医療費相当分だった。それを元義母に渡す。これで帰ってくれるのなら安いと思った。
小切手を押し抱いた後で元義母はリゼの頬にキスをした。結った彼女の髪に触れる。
「優しい子ね、ありがとう。リゼは本当に思いやりのある子ね」
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