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第21話 魔導塔倒壊

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 それは夜を一瞬の昼に変え、島の全域に轟音は轟かせ、大地を揺らした。

 種の頂点に立ったドラゴンの住処を中心に吹き荒れた爆風は、市場のカラフルな布屋根を空へ吹き飛ばし、一拍遅れてきた瓦礫の破片は周囲一帯に風穴を無差別に開けた。

 爆心地となった部屋は未だ人が住めない熱量を保持している。
 部屋に開けられた大穴の縁にあるレンガは、魔法の絶する熱量を受けて溶け出し、今なお赤く己の存在を誇示していた。
 しかしその存在を無視するものがいた。大賢者ベルモントだ。
 かのドラゴンは平然とそれらに足跡を残し、全てが燃え尽きた部屋の中で、一人自身が吹き飛ばした者の行方を捜していた。
 
「久々過ぎて、加減を間違えちまったようだね、フェフェフェ…」
 
 自身の住処に壊滅的ダメージを与えたのにもかかわらず、気にも留めない大賢者。
 それとは対照的に、塔の中腹が半分以上吹き飛んだ惨状を目の当たりにした多くの者達は、詳細な状況を確認することもなく海岸へと逃げ出した。
 
 大賢者の奴隷達は冷静だった。彼らもまたベルモントに出会うまで、人の身でありながら国や世界から大罪の烙印を押された者達である。これ程度の事など見たこともあるしやってきた過去がある。
 
 えぐれた塔を見て、彼らの頭にあるのは何の為にという疑問だけだった。
 誰がと問うことに意味など無いし、大賢者の身をあんじる者など誰一人いない。
 
 ベルモントがついに世界との戦争を始める狼煙を上げたと馬鹿な考えを持つ者も現れる中、魔導塔がミシミシと不穏な重低音を響かせ、倒壊の予兆を辺りに知らせた。


|||||


 吹き飛ばされた女の子。
 身体から火の粉を散らし、風切り音を上げながら未だ島の上空を飛んでいた。
 街を越えほぼ直線に近い軌道のまま海へと着水すると、天まで伸びる高い水柱を生み出した。
 
 海水のおかげでまとわりついていた炎は消えたものの、彼女の全身は既に炭化し身動き一つ取ることが出来ないでいる。 
 それでも神に作られた彼女の命はついえなかった。
 無数の気泡に抱かれながら深い海の底へと沈んでいく中、自身を人間へと作り替えた神との会話を静かに思い出していた。

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「やぁ、私の愛しい子。上手く星丸ごと自分のものに出来たようだね」
「………」

「別な事をやってもらう予定だったが、選定の儀の開催が決まってしまった。主神ゼファー様がたった100年姿をお見せにならなかっただけで。本当に忌々しい。」
「………」

「きっと法神か幻神の薄汚い手によって、今もどこかで拘束されているに違いない、そうに決まっている!!」
「………」

「憎い…、ゼファー様を独り占めにする奴が。あの自愛に満ちた笑顔を独占する奴が憎い!!」
「………」

「おや、慰めてくれるのかい?」
「………」

「優しい子だね」
「………」

「上手く育ってくれたのに非常に残念だが、代理人は人でなくてはならないらしくてね。送り込むには身体を1から作り直さなければならないだ。頑張れるかい?」
「………」

「ありがとう、私の愛し子。ゼファー様の椅子を簒奪する愚かな神々の代理人を皆殺しろ。主神はゼファー様以外ありえない。あっていいはずがない!!!」
「………」

「頼んだよ。私の愛しい子よ。君なら必ずやれると信じているよ」
「………」


|||||


「倒れるぞー!!!」

 100m以上あるへし折れた塔の先端は、星空からゆっくりと方向を変え、島を横断するように大地へと激突した。
 衝突によって下敷きとなった建屋の残骸を空へと舞い上がらせ、砂埃が島にいた者達の視界を広く奪っていく。島には怒号が飛び交い、恨みの呪詛があちこちから吹き出したが、その矛先を大賢者に向ける愚か者は誰一人いなかった。

 一方、水柱が立ち上がった砂浜では、無数の黒い蔦が白波の中からその姿を現した。絨毯のように広がりを見せたその蔦は、砂浜でうごめき集まると一つの巨大な蔦で出来た黒い球体へと形状を変えた。
 
 その球体の中から、全身が炭化し、性別を判別するのも難しくなったそれは現れた。
 かろうじて人の形をしたその姿を見て、笑みを浮かべたのは大賢者だ。

「死んでなくてよかったよ。形すら残っているなんて、随分といい身体を親紳からもらったみたいだね」
 
 パキリパキリと焦げた部分が剥がれ落ちると、その奥から傷一つない女の子の白い肌が現れる。顔の焦げが剥がれ落ちると、女の子もまた笑みを浮かべていたのが、大賢者にも見て取れた。

 この世界の生き物の強さを計るために刃を向けた結果だ、彼女に不満など当然なかった。むしろ前世とは違う人の姿で身動きすることの楽しさや、初めて出会う自分にとって脅威となる面白い存在の出現に喜びを覚えていた。

 二人の視線が交差する。
 
「さあ、少し遊んでやるよお嬢ちゃん。それがお望みなんだろ?」

 声が届くはずがない距離だったが、彼女の言葉が終わった直後、女の子が纏う黒い蔦は数倍にも膨れ上がり、ベルモントの元へと女の子を急速に運んでいった。

 



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