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────8話*この手を離さないで
20・唯野の真意
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****♡Side・総括(黒岩)
板井は間違っていない。
間違ってはいないが、彼は最愛の人の恋人なのだ。
嘘はつきたくない。しかし素直に本音が言えるほど身勝手になることはできなかった。
『黒岩が突然結婚した時、”黒岩は自暴自棄にでもなったのか?”と言っている人がいてさ。俺も初めはそうなのかと思ってた』
板井に対し何も言えないまま、唯野との会話を思い出す。
『でも、婚姻後全く浮いた話を聞かなくなって。本気になれる相手が出来たんだなって思ったんだ』
『だから俺には相談しなかったのか?』
『それもあるけど』
唯野の中にある複雑な心境は、黒岩には理解してあげることはできないのかもしれない。いくらだってチャンスはあったのに、自分は動こうとはしなかった。勝手に諦めて。
『唯野は初めから、俺が皇に気があると言うことを信じてなかった?』
『どうかしているとは思ったし、好きになっても無駄だとは思った。それよりも、自暴自棄にでもなる何かがあったのかなとか』
唯野が動揺しなかったのは、初めから黒岩の言葉を信用してないからだったのかと思うと伊達に長い付き合いではないんだなと思ってしまう。
『黒岩がずっと想ってくれていたことは素直に嬉しい。でもできればもっと早く言って欲しかったよ』
ぽろぽろと涙を零す彼の頬を優しく拭い、再び胸に抱きしめる。
唯野は黒岩に幸せになって欲しいと言った。未練を断ち切れるならいくらでも抱かれる覚悟はあると。
だが、彼は明確に『自分を忘れて』とは言わなかったことを思い出す。何かに気づいて顔を上げると板井と目が合う。
「修二さんが黒岩さんに『幸せになって欲しい』と思っているのは事実だと思います」
「そう……なんだろうな」
歯切れの悪い黒岩を急かすことなく間をおく板井。
「”幸せになって欲しい”という言葉は一般的によく使われますよね」
黒岩は板井の言葉を黙って聞いていた。
その文句は確かに一般的によく使われる言葉だが恋愛的な場面では、その前の隠語として思い浮かぶのはやはり『自分よりも良い人をみつけて』や『自分のことは忘れて』などだろう。
黒岩がそんなことを考えていると全く違うことを言われる。
「修二さんは黒岩さんに『もう幸せにならない選択はして欲しくない』と言う意味を込めていったのではないかと思うんですよ」
確かに唯野は自分と妻の間に愛がないことを知って『それって幸せなのか?』と問いを投げた。
「俺は覚悟を決めています。それは修二さんを失う覚悟ではない。全て受け入れてこの先も一緒にいる覚悟です」
”だから”と彼は続ける。
「黒岩さんも覚悟を決めてください。自分の心に嘘をつくのをやめて、本心に従ってください。そうでなければ活路は見いだせない」
唯野は地獄へ向かっていく。一般的には大切な人がそんな選択をしようとしたら止めるものだと思う。
彼は止めない代わりに地獄までついていくと言っているのだ。
「黒岩さん。一般的常識に囚われていたら幸せになんてなれない。もちろん法を犯すようなことはダメです。けれども、自分たちの幸せは自分たちで決めればいいのではないでしょうか」
常識や良識を大切にする板井の口からそんなことを聞くことになるとは思わなかった黒岩は驚きに目を見開く。
「塩田たちを見ていて、そんな風に思うんですよ」
塩田は現在、恋人の電車と自分に想いを寄せている副社長の皇と一緒に暮らしている。以前は仲が良く見えなかった三人は、最近では一緒にいるのが当たり前のように思えるくらい仲が良い。
だが、あの三人が仲良くなったのには明確な理由があるのだ。塩田ならきっと恋人である電車の気持ちは無視しない。どんなに我が道を突き進む男であろうが。
電車は今の板井のように『常識ではなく幸せのカタチ』を模索したのだろうと思う。そして彼は覚悟を決めたのだ。
そこで黒岩はそうかと気づく。
唯野に『これ以上、皇に近づくな』と忠告された時。誰が唯野を動かしたのか疑問に感じていたが、恐らくそれは電車だったのだろうと。
板井は間違っていない。
間違ってはいないが、彼は最愛の人の恋人なのだ。
嘘はつきたくない。しかし素直に本音が言えるほど身勝手になることはできなかった。
『黒岩が突然結婚した時、”黒岩は自暴自棄にでもなったのか?”と言っている人がいてさ。俺も初めはそうなのかと思ってた』
板井に対し何も言えないまま、唯野との会話を思い出す。
『でも、婚姻後全く浮いた話を聞かなくなって。本気になれる相手が出来たんだなって思ったんだ』
『だから俺には相談しなかったのか?』
『それもあるけど』
唯野の中にある複雑な心境は、黒岩には理解してあげることはできないのかもしれない。いくらだってチャンスはあったのに、自分は動こうとはしなかった。勝手に諦めて。
『唯野は初めから、俺が皇に気があると言うことを信じてなかった?』
『どうかしているとは思ったし、好きになっても無駄だとは思った。それよりも、自暴自棄にでもなる何かがあったのかなとか』
唯野が動揺しなかったのは、初めから黒岩の言葉を信用してないからだったのかと思うと伊達に長い付き合いではないんだなと思ってしまう。
『黒岩がずっと想ってくれていたことは素直に嬉しい。でもできればもっと早く言って欲しかったよ』
ぽろぽろと涙を零す彼の頬を優しく拭い、再び胸に抱きしめる。
唯野は黒岩に幸せになって欲しいと言った。未練を断ち切れるならいくらでも抱かれる覚悟はあると。
だが、彼は明確に『自分を忘れて』とは言わなかったことを思い出す。何かに気づいて顔を上げると板井と目が合う。
「修二さんが黒岩さんに『幸せになって欲しい』と思っているのは事実だと思います」
「そう……なんだろうな」
歯切れの悪い黒岩を急かすことなく間をおく板井。
「”幸せになって欲しい”という言葉は一般的によく使われますよね」
黒岩は板井の言葉を黙って聞いていた。
その文句は確かに一般的によく使われる言葉だが恋愛的な場面では、その前の隠語として思い浮かぶのはやはり『自分よりも良い人をみつけて』や『自分のことは忘れて』などだろう。
黒岩がそんなことを考えていると全く違うことを言われる。
「修二さんは黒岩さんに『もう幸せにならない選択はして欲しくない』と言う意味を込めていったのではないかと思うんですよ」
確かに唯野は自分と妻の間に愛がないことを知って『それって幸せなのか?』と問いを投げた。
「俺は覚悟を決めています。それは修二さんを失う覚悟ではない。全て受け入れてこの先も一緒にいる覚悟です」
”だから”と彼は続ける。
「黒岩さんも覚悟を決めてください。自分の心に嘘をつくのをやめて、本心に従ってください。そうでなければ活路は見いだせない」
唯野は地獄へ向かっていく。一般的には大切な人がそんな選択をしようとしたら止めるものだと思う。
彼は止めない代わりに地獄までついていくと言っているのだ。
「黒岩さん。一般的常識に囚われていたら幸せになんてなれない。もちろん法を犯すようなことはダメです。けれども、自分たちの幸せは自分たちで決めればいいのではないでしょうか」
常識や良識を大切にする板井の口からそんなことを聞くことになるとは思わなかった黒岩は驚きに目を見開く。
「塩田たちを見ていて、そんな風に思うんですよ」
塩田は現在、恋人の電車と自分に想いを寄せている副社長の皇と一緒に暮らしている。以前は仲が良く見えなかった三人は、最近では一緒にいるのが当たり前のように思えるくらい仲が良い。
だが、あの三人が仲良くなったのには明確な理由があるのだ。塩田ならきっと恋人である電車の気持ちは無視しない。どんなに我が道を突き進む男であろうが。
電車は今の板井のように『常識ではなく幸せのカタチ』を模索したのだろうと思う。そして彼は覚悟を決めたのだ。
そこで黒岩はそうかと気づく。
唯野に『これ以上、皇に近づくな』と忠告された時。誰が唯野を動かしたのか疑問に感じていたが、恐らくそれは電車だったのだろうと。
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