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────8話*この手を離さないで
19・専務の意図、社長の復讐
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****♡Side・板井(同僚)
「黒岩さんのお陰でやっと全容が掴めましたよ」
「俺の?」
「ええ。そしてこの件に関しては解決法がやはり一つしかないことも」
誰も望まない結末を社長呉崎は望んでいる。
その結末に従う覚悟があるから、唯野は黒岩に抱かれたのだ。
「この先にあるのが最悪の結末だったとしても、黒岩さんは受けとめることが出来ますか?」
ずっと。
板井には倫理観の崩壊したこの黒岩がモテる理由が分からずにいた。確かに仕事はできるし、頼りがいもある。だが誘われれば誰とでもヤるような人に、人は惹かれるだろうか? 仮にどんなに容姿が優れていたとしても。
先日、専務に会った時に彼の営業戦術について聞いた。
『黒岩君はあれでいて駆け引き上手なんだよね。押しの一手に見えるかもしれないけれど』
『そうなんですか』
『確かに全体で考えたらシツコイと表現されると思うが、彼は毎週同じ時間に同じ営業先に向かうんだよ。話を聞いてくれるまで何度でも。だからと言って営業の話をしに行くわけではない』
初めは雑談で徐々に仲良くなっていく。しかし時間は短い。小さな積み重ねで相手にとって習慣にしてしまうのだと言う。
『そしてある時、ふっと行かなくなるんだよ』
人とは不思議なもので、いつも来ていた人が来なくなると心配になったり寂しさを感じてしまう。
『人はどんなに良いモノでも聞きたくない時は拒否反応しか示さない』
だからまず信頼関係を築くのだと言う。
どんなに感じがよく、愛想がよくてもたった一度きりで契約して終了の相手に好感を抱くことは無い。それは終わってみれは事務的に感じるだろう。
『彼は総括部に異動になった後でも元の営業先に出向いている。今でもね』
顧客を大事にしているからこそ、黒岩は慕われているのだという。
黒岩に言い寄る人たちというのは、自分なら特別になれるのではと期待を抱いてしまうのだろうと思った。
「唯野は俺に幸せになって欲しいと言ったよ」
それは『自分のことは忘れて』という意味なのだろう。じっと床を睨みつける黒岩の瞳にほんのり涙が浮かぶ。
「俺はあいつを助けてやれなかったのに」
唯野に裏切られたのだと思い、当てつけで結婚なんかせずに親身になってあげられたら今の二人の関係は違っていたはずだろう。
唯野の心が何故、板井に動いたのか分かった気がした。
「あなたはバカです」
”いつだってそのチャンスはあったのに”と板井は続けて。
そう、唯野の気持ちをいつだって自分に向けるチャンスはあったのだ。その道を閉ざしたのは黒岩が唯野に対して『皇に気がある』と表明したため。
──だが一つ分からないことがある。
社長はその事実に気づいて黒岩さんを嗾けたのだろうけれど、二人が恋人同士になっていたらどうするつもりだったのだろうか?
板井は嫌な予感がした。
社長の目的も専務の目的も同じ。
黒岩への復讐なのだ。
専務は社長側についたわけではないし、唯野の味方だと言っていた。
通常、そんなことを言われたら唯野を守ろうと動くと考えられるし、穏便に解決へ導くと思うはず。しかし彼は違うのだ。唯野本人を犠牲にしても『終わりよければすべてよし』という結末を導こうとしている。
きっと板井にはそれを止めることはできない。だからあんなにペラペラと胸の内まで話したに違いない。
「黒岩さんは飛んでもない人たちを敵に回したんですね」
「は?」
説明をせずに結論だけを述べた板井に、驚いて顔を上げる黒岩。
「黒岩さんの幸せってなんですか?」
きっと犠牲になる覚悟を決めた唯野を説得するのは難しいだろう。その場合、犠牲になるのは皇なのだから。
ならば返り討ちにする方法は一つだけ。
「修二さんを諦めて他の人を好きになることですか」
黒岩が眉を潜める。それはきっと否定の意だろう。
それでいい。
板井は姿勢を正したのだった。
「黒岩さんのお陰でやっと全容が掴めましたよ」
「俺の?」
「ええ。そしてこの件に関しては解決法がやはり一つしかないことも」
誰も望まない結末を社長呉崎は望んでいる。
その結末に従う覚悟があるから、唯野は黒岩に抱かれたのだ。
「この先にあるのが最悪の結末だったとしても、黒岩さんは受けとめることが出来ますか?」
ずっと。
板井には倫理観の崩壊したこの黒岩がモテる理由が分からずにいた。確かに仕事はできるし、頼りがいもある。だが誘われれば誰とでもヤるような人に、人は惹かれるだろうか? 仮にどんなに容姿が優れていたとしても。
先日、専務に会った時に彼の営業戦術について聞いた。
『黒岩君はあれでいて駆け引き上手なんだよね。押しの一手に見えるかもしれないけれど』
『そうなんですか』
『確かに全体で考えたらシツコイと表現されると思うが、彼は毎週同じ時間に同じ営業先に向かうんだよ。話を聞いてくれるまで何度でも。だからと言って営業の話をしに行くわけではない』
初めは雑談で徐々に仲良くなっていく。しかし時間は短い。小さな積み重ねで相手にとって習慣にしてしまうのだと言う。
『そしてある時、ふっと行かなくなるんだよ』
人とは不思議なもので、いつも来ていた人が来なくなると心配になったり寂しさを感じてしまう。
『人はどんなに良いモノでも聞きたくない時は拒否反応しか示さない』
だからまず信頼関係を築くのだと言う。
どんなに感じがよく、愛想がよくてもたった一度きりで契約して終了の相手に好感を抱くことは無い。それは終わってみれは事務的に感じるだろう。
『彼は総括部に異動になった後でも元の営業先に出向いている。今でもね』
顧客を大事にしているからこそ、黒岩は慕われているのだという。
黒岩に言い寄る人たちというのは、自分なら特別になれるのではと期待を抱いてしまうのだろうと思った。
「唯野は俺に幸せになって欲しいと言ったよ」
それは『自分のことは忘れて』という意味なのだろう。じっと床を睨みつける黒岩の瞳にほんのり涙が浮かぶ。
「俺はあいつを助けてやれなかったのに」
唯野に裏切られたのだと思い、当てつけで結婚なんかせずに親身になってあげられたら今の二人の関係は違っていたはずだろう。
唯野の心が何故、板井に動いたのか分かった気がした。
「あなたはバカです」
”いつだってそのチャンスはあったのに”と板井は続けて。
そう、唯野の気持ちをいつだって自分に向けるチャンスはあったのだ。その道を閉ざしたのは黒岩が唯野に対して『皇に気がある』と表明したため。
──だが一つ分からないことがある。
社長はその事実に気づいて黒岩さんを嗾けたのだろうけれど、二人が恋人同士になっていたらどうするつもりだったのだろうか?
板井は嫌な予感がした。
社長の目的も専務の目的も同じ。
黒岩への復讐なのだ。
専務は社長側についたわけではないし、唯野の味方だと言っていた。
通常、そんなことを言われたら唯野を守ろうと動くと考えられるし、穏便に解決へ導くと思うはず。しかし彼は違うのだ。唯野本人を犠牲にしても『終わりよければすべてよし』という結末を導こうとしている。
きっと板井にはそれを止めることはできない。だからあんなにペラペラと胸の内まで話したに違いない。
「黒岩さんは飛んでもない人たちを敵に回したんですね」
「は?」
説明をせずに結論だけを述べた板井に、驚いて顔を上げる黒岩。
「黒岩さんの幸せってなんですか?」
きっと犠牲になる覚悟を決めた唯野を説得するのは難しいだろう。その場合、犠牲になるのは皇なのだから。
ならば返り討ちにする方法は一つだけ。
「修二さんを諦めて他の人を好きになることですか」
黒岩が眉を潜める。それはきっと否定の意だろう。
それでいい。
板井は姿勢を正したのだった。
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