210 / 214
────8話*この手を離さないで
22・ひと時の安らぎ
しおりを挟む
****♡Side・総括(黒岩)
思い出すのは彼の熱。
黒岩は自分の手のひらをじっと見つめ、ため息をつくと軽く握りしめた。
『今日は唯野君、お休みなの』
どうせ何もかもお見通しな癖に、そう言って黒岩の神経を逆なでする呉崎社長。腹は立ったが、ストレートに感情をぶつけるわけにもいかず『そのようですね』とお茶を濁すしかなかった。
「黒岩部長、どちらへ?」
自分の席を立てば近くの部下に声をかけられる。
「苦情係に。今日は二人休みだから手伝って来るよ」
小さく笑って返答すれば、驚いた顔をされた。
”あとはよろしく頼む”と言って総括部を後にする。苦情係は副社長直下の部署。その為、総括部は関与していない。そこへ自ら手伝いに入ろうとした黒岩に驚いたのだろうか。
それとも関与していない部署の休みの人数を把握していたことに驚いたのだろうか。
どちらにしても正直どうでもいいことだった。
苦情係へ出向くと最初は怪訝そうにしていた塩田と電車だったが、黒岩がオールマイティなことを知ると態度が一変。
特に電車には尊敬の眼差しを向けられた。
「総括部長って伊達じゃなかったんだね」
目を輝かせていう電車に対し、
「全部署の筆頭なんだから当然だよ」
と皇。
「とはいえ、それがこなせるのは黒岩さんの他には唯野さんくらいしかいないと思うけどな」
余所の会社の事情は知らないが、株原では高いスキルを求められるのが黒岩のポジションだ。唯野の件では恨まれてはいるものの、黒岩の高い能力を社長が評価しているのも確かだ。
だから給料にもそれなりの色を付けて貰っている自覚はある。
「そういえば、黒岩さんが離婚するって噂聴いたけど」
「ん? ああ、うん。そう」
皇から問われ、気のない返事をすると彼はそのまま黙った。
これは板井と話をしてから決めたこと。だがそんなに早く情報が洩れるとはどうなっているだ? とも思う。
「誰が言ってたの」
出所を確かめようとしたが、廊下ですれ違いざまに社員が話しているのを聞いた程度だと言う。
「それ、俺も知ってる。ちょっと前に総務の子たちが『最近黒岩さんが車で通勤する時がある。別居しているんじゃないか』って話してた。離婚も時間の問題じゃない? って」
「ああ、あれか」
電車の話に思い当たることがあった黒岩は、話に尾ひれがついて『離婚する』に至ったのかと納得した。
「黒岩さん、別居してるの」
「いや、その予定はあったが」
帰りに物件を探すために車で来ていた時期は確かにある。だが、仕事が忙しくそれどころではなくなったのだ。
だが、元々遠距離を公共交通機関を利用して通っていた状況。家に帰っても妻は不在なことが多く、帰る意義すら失っていた。そこに今回の話。
別居という選択が離婚に変わってもおかしくはないだろう。
「黒岩さんって子供いましたよね」
皇の言いたいことは分かる。
「両方高校生だし、それに……」
今回妻に離婚を切り出し、告げられた事実を思い出す。
「俺の子ではないらしいから」
妻は結婚当初から他の男性と関係がある。
そのことは黒岩自身が容認してきたこと。とは言え、自分の子だと思っていたのにその浮気相手の子だと知った時は微妙な気分になった。
その上、もう一つ衝撃的な話も聞かされたのである。
中学に上がったあたりから二人が黒岩から距離を置くようになったが、あれは思春期のせいではなく真実を知ったからだとも聞かされ、何をどう言っていいのか分からなかった。
「それって……」
「そういうこともあるかもしれないとは思っていたが、意外と冷静に受け止められたよ」
その後二人の子供とは話し合い、黒岩が『血が繋がってなくても親には変わりないよ』と話せば子供たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑ったのだ。
それを見て黒岩は、離婚後の方が仲よくやれそうだなと思ったのである。
「養育費は良いとは言っていたが、子供たちには学費に困ったら頼れと言ってあるからなんとかなるだろ」
PCモニターを見つめながらそう話す黒岩に、
「やっぱり黒岩さんって、何考えているのか分からない人ですね」
と皇は苦笑いを浮かべたのであった。
思い出すのは彼の熱。
黒岩は自分の手のひらをじっと見つめ、ため息をつくと軽く握りしめた。
『今日は唯野君、お休みなの』
どうせ何もかもお見通しな癖に、そう言って黒岩の神経を逆なでする呉崎社長。腹は立ったが、ストレートに感情をぶつけるわけにもいかず『そのようですね』とお茶を濁すしかなかった。
「黒岩部長、どちらへ?」
自分の席を立てば近くの部下に声をかけられる。
「苦情係に。今日は二人休みだから手伝って来るよ」
小さく笑って返答すれば、驚いた顔をされた。
”あとはよろしく頼む”と言って総括部を後にする。苦情係は副社長直下の部署。その為、総括部は関与していない。そこへ自ら手伝いに入ろうとした黒岩に驚いたのだろうか。
それとも関与していない部署の休みの人数を把握していたことに驚いたのだろうか。
どちらにしても正直どうでもいいことだった。
苦情係へ出向くと最初は怪訝そうにしていた塩田と電車だったが、黒岩がオールマイティなことを知ると態度が一変。
特に電車には尊敬の眼差しを向けられた。
「総括部長って伊達じゃなかったんだね」
目を輝かせていう電車に対し、
「全部署の筆頭なんだから当然だよ」
と皇。
「とはいえ、それがこなせるのは黒岩さんの他には唯野さんくらいしかいないと思うけどな」
余所の会社の事情は知らないが、株原では高いスキルを求められるのが黒岩のポジションだ。唯野の件では恨まれてはいるものの、黒岩の高い能力を社長が評価しているのも確かだ。
だから給料にもそれなりの色を付けて貰っている自覚はある。
「そういえば、黒岩さんが離婚するって噂聴いたけど」
「ん? ああ、うん。そう」
皇から問われ、気のない返事をすると彼はそのまま黙った。
これは板井と話をしてから決めたこと。だがそんなに早く情報が洩れるとはどうなっているだ? とも思う。
「誰が言ってたの」
出所を確かめようとしたが、廊下ですれ違いざまに社員が話しているのを聞いた程度だと言う。
「それ、俺も知ってる。ちょっと前に総務の子たちが『最近黒岩さんが車で通勤する時がある。別居しているんじゃないか』って話してた。離婚も時間の問題じゃない? って」
「ああ、あれか」
電車の話に思い当たることがあった黒岩は、話に尾ひれがついて『離婚する』に至ったのかと納得した。
「黒岩さん、別居してるの」
「いや、その予定はあったが」
帰りに物件を探すために車で来ていた時期は確かにある。だが、仕事が忙しくそれどころではなくなったのだ。
だが、元々遠距離を公共交通機関を利用して通っていた状況。家に帰っても妻は不在なことが多く、帰る意義すら失っていた。そこに今回の話。
別居という選択が離婚に変わってもおかしくはないだろう。
「黒岩さんって子供いましたよね」
皇の言いたいことは分かる。
「両方高校生だし、それに……」
今回妻に離婚を切り出し、告げられた事実を思い出す。
「俺の子ではないらしいから」
妻は結婚当初から他の男性と関係がある。
そのことは黒岩自身が容認してきたこと。とは言え、自分の子だと思っていたのにその浮気相手の子だと知った時は微妙な気分になった。
その上、もう一つ衝撃的な話も聞かされたのである。
中学に上がったあたりから二人が黒岩から距離を置くようになったが、あれは思春期のせいではなく真実を知ったからだとも聞かされ、何をどう言っていいのか分からなかった。
「それって……」
「そういうこともあるかもしれないとは思っていたが、意外と冷静に受け止められたよ」
その後二人の子供とは話し合い、黒岩が『血が繋がってなくても親には変わりないよ』と話せば子供たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑ったのだ。
それを見て黒岩は、離婚後の方が仲よくやれそうだなと思ったのである。
「養育費は良いとは言っていたが、子供たちには学費に困ったら頼れと言ってあるからなんとかなるだろ」
PCモニターを見つめながらそう話す黒岩に、
「やっぱり黒岩さんって、何考えているのか分からない人ですね」
と皇は苦笑いを浮かべたのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる