【完結】心打つ雨音、恋してもなお

crazy’s7@体調不良不定期更新中

文字の大きさ
2 / 72
1話 戻れない過去

2 過去の傷に触れる

しおりを挟む
「ごめんなさい。待たせてしまった?」
 カウンターで雑誌を繰っていると隣から声をかけられ、れんは顔を上げた。先日この珈琲店の軒下で出会った姫宮陽菜ひめみやはるなである。
 可憐な見た目に反して、凛とした態度と張りのある声が印象的だ。
 前向きで明るく、ましてや容姿が優れているとあっては周りから好印象を持たれやすいだろう。戀はそのように感じていたが、彼女いわく女の世界は厳しいらしい。

「いや。待ってないよ。そもそも約束してないし」
 戀の言葉に隣に腰かけようと椅子に手をかけた彼女の動きが止まる。そしてバッグを椅子に置くと慌ててスマートフォンこと、スマホを取り出す。
「あ。送信押すの、忘れていたみたい」
 画面を見て青ざめる彼女に、”そんなことだろうと思ったよ”と苦笑いを浮かべる戀。
「まあ、いいよ。とりあえず座ったら?」
 あの日もこうやって隣の席を勧めたなと思いつつ、叔母にモーニングをもう一つ頼む。彼女はお礼をするつもりでここへ来たようだが、戀は今日も自分が出す気でいた。
「今日はわたしが出しますよ」
 モーニングは300円程度。先日の飲み物よりも少し高い。お礼というのであれば申し分ないとは思うが、”いいよ”と戀はそれを制す。 

「いくらもしないし、気にしないで」
「そういう問題ではないのです。お陰様で風邪を引かずに済みましたし」
 お礼とはそういうもんなんだなよなと戀は思う。値段ではない。感謝の気持ちを伝えたい。それを形にしたい。それは縁を大切にするから。そのように思う。
「じゃあ、代わりにたまにここで一緒に朝飯を食うってのはどう? もちろん奢るし」
「それはお礼なのですか?」
 陽菜の言葉に戀は”うん”と笑って見せる。
 顎に手をやる彼女の前にモーニングセットが置かれた。温かいスープが湯気を立てており、焼かれたパンは黄金色《おうごんいろ》。

「陽菜ちゃん。この子ったらね、友達がいないのよ。もし良かったら友達になってあげて」
「そこ、余計なこと言わない」
 叔母にムッとした表情を向けると彼女は”はいはい”と言って紅茶を入れに奥へ引っ込む。
「友達ですか。社会人になるとなかなかでき辛いものですよね」
「いや、叔母の話は真に受けなくていいからさ」
 戀は慌てる。カッコ悪いことこの上ない。
「良いですよ。茶飲み友達になりましょう」
「茶飲み友達」
 戀は陽菜の言葉を復唱した。お年寄りのようだなと思いながら再び雑誌に視線を落とす。深いことは追及しない方がいい。そう判断したからである。

「ちょっと、スルーしないでくださいよ」
「ん?」
 殴るふりをする彼女にとぼけた様に返事をする戀。しかし彼女の視線は雑誌の中に向けられていた。
「その人」
「知っているの?」
 雑誌の中にはあるタイトルと名前が記されている。タイトルではなく名前に注視したのが気になった。
「あ、いや。知っているというほどではないですが。今度コミカライズするんでしたっけ」
「そうみたいだね」
 彼女の言葉に戀は雑誌の一角をなぞる。確かにコミカライズされると書いてあった。

 雑誌に掲載されているその作品タイトルは数年前、賞を取り書籍化されたとある。今時web小説が書籍化するという話は珍しくはない。この雑誌に載っている彼女もその中の一人に過ぎないが、コミカライズとなると少しは扱いも変わるのだろうか?
 だが問題はそこにはない。戀にとってこの相手とは少なからずも因縁があるということだ。

「あら、コミカライズするのね」
 陽菜に紅茶を持ってきた叔母が雑誌を覗き込む。事情を知っている叔母には知られたくないことではあったが、どの道バレてはいたのだろう。
「どっちにしろ、元気にしているようで良かったわ」
 雑誌には顔写真こそ載ってはいなかったが、インタビュー記事が載っていた。そうはいっても、彼女は売れっ子というわけではないし有名人でもない。その書籍を出しているところ系列の雑誌というだけ。
「マスター知っているんですか?」
 陽菜の質問が戀にはぼんやりと聞こえる。
「ええ、戀の元カノだから」
 陽菜が驚くのなんとなくわかったが、戀は反応はせずに雑誌を見つめていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...