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1話 戻れない過去
2 過去の傷に触れる
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「ごめんなさい。待たせてしまった?」
カウンターで雑誌を繰っていると隣から声をかけられ、戀は顔を上げた。先日この珈琲店の軒下で出会った姫宮陽菜である。
可憐な見た目に反して、凛とした態度と張りのある声が印象的だ。
前向きで明るく、ましてや容姿が優れているとあっては周りから好印象を持たれやすいだろう。戀はそのように感じていたが、彼女曰く女の世界は厳しいらしい。
「いや。待ってないよ。そもそも約束してないし」
戀の言葉に隣に腰かけようと椅子に手をかけた彼女の動きが止まる。そしてバッグを椅子に置くと慌ててスマートフォンこと、スマホを取り出す。
「あ。送信押すの、忘れていたみたい」
画面を見て青ざめる彼女に、”そんなことだろうと思ったよ”と苦笑いを浮かべる戀。
「まあ、いいよ。とりあえず座ったら?」
あの日もこうやって隣の席を勧めたなと思いつつ、叔母にモーニングをもう一つ頼む。彼女はお礼をするつもりでここへ来たようだが、戀は今日も自分が出す気でいた。
「今日はわたしが出しますよ」
モーニングは300円程度。先日の飲み物よりも少し高い。お礼というのであれば申し分ないとは思うが、”いいよ”と戀はそれを制す。
「いくらもしないし、気にしないで」
「そういう問題ではないのです。お陰様で風邪を引かずに済みましたし」
お礼とはそういうもんなんだなよなと戀は思う。値段ではない。感謝の気持ちを伝えたい。それを形にしたい。それは縁を大切にするから。そのように思う。
「じゃあ、代わりにたまにここで一緒に朝飯を食うってのはどう? もちろん奢るし」
「それはお礼なのですか?」
陽菜の言葉に戀は”うん”と笑って見せる。
顎に手をやる彼女の前にモーニングセットが置かれた。温かいスープが湯気を立てており、焼かれたパンは黄金色《おうごんいろ》。
「陽菜ちゃん。この子ったらね、友達がいないのよ。もし良かったら友達になってあげて」
「そこ、余計なこと言わない」
叔母にムッとした表情を向けると彼女は”はいはい”と言って紅茶を入れに奥へ引っ込む。
「友達ですか。社会人になるとなかなかでき辛いものですよね」
「いや、叔母の話は真に受けなくていいからさ」
戀は慌てる。カッコ悪いことこの上ない。
「良いですよ。茶飲み友達になりましょう」
「茶飲み友達」
戀は陽菜の言葉を復唱した。お年寄りのようだなと思いながら再び雑誌に視線を落とす。深いことは追及しない方がいい。そう判断したからである。
「ちょっと、スルーしないでくださいよ」
「ん?」
殴るふりをする彼女にとぼけた様に返事をする戀。しかし彼女の視線は雑誌の中に向けられていた。
「その人」
「知っているの?」
雑誌の中にはあるタイトルと名前が記されている。タイトルではなく名前に注視したのが気になった。
「あ、いや。知っているというほどではないですが。今度コミカライズするんでしたっけ」
「そうみたいだね」
彼女の言葉に戀は雑誌の一角をなぞる。確かにコミカライズされると書いてあった。
雑誌に掲載されているその作品タイトルは数年前、賞を取り書籍化されたとある。今時web小説が書籍化するという話は珍しくはない。この雑誌に載っている彼女もその中の一人に過ぎないが、コミカライズとなると少しは扱いも変わるのだろうか?
だが問題はそこにはない。戀にとってこの相手とは少なからずも因縁があるということだ。
「あら、コミカライズするのね」
陽菜に紅茶を持ってきた叔母が雑誌を覗き込む。事情を知っている叔母には知られたくないことではあったが、どの道バレてはいたのだろう。
「どっちにしろ、元気にしているようで良かったわ」
雑誌には顔写真こそ載ってはいなかったが、インタビュー記事が載っていた。そうはいっても、彼女は売れっ子というわけではないし有名人でもない。その書籍を出しているところ系列の雑誌というだけ。
「マスター知っているんですか?」
陽菜の質問が戀にはぼんやりと聞こえる。
「ええ、戀の元カノだから」
陽菜が驚くのなんとなくわかったが、戀は反応はせずに雑誌を見つめていたのだった。
カウンターで雑誌を繰っていると隣から声をかけられ、戀は顔を上げた。先日この珈琲店の軒下で出会った姫宮陽菜である。
可憐な見た目に反して、凛とした態度と張りのある声が印象的だ。
前向きで明るく、ましてや容姿が優れているとあっては周りから好印象を持たれやすいだろう。戀はそのように感じていたが、彼女曰く女の世界は厳しいらしい。
「いや。待ってないよ。そもそも約束してないし」
戀の言葉に隣に腰かけようと椅子に手をかけた彼女の動きが止まる。そしてバッグを椅子に置くと慌ててスマートフォンこと、スマホを取り出す。
「あ。送信押すの、忘れていたみたい」
画面を見て青ざめる彼女に、”そんなことだろうと思ったよ”と苦笑いを浮かべる戀。
「まあ、いいよ。とりあえず座ったら?」
あの日もこうやって隣の席を勧めたなと思いつつ、叔母にモーニングをもう一つ頼む。彼女はお礼をするつもりでここへ来たようだが、戀は今日も自分が出す気でいた。
「今日はわたしが出しますよ」
モーニングは300円程度。先日の飲み物よりも少し高い。お礼というのであれば申し分ないとは思うが、”いいよ”と戀はそれを制す。
「いくらもしないし、気にしないで」
「そういう問題ではないのです。お陰様で風邪を引かずに済みましたし」
お礼とはそういうもんなんだなよなと戀は思う。値段ではない。感謝の気持ちを伝えたい。それを形にしたい。それは縁を大切にするから。そのように思う。
「じゃあ、代わりにたまにここで一緒に朝飯を食うってのはどう? もちろん奢るし」
「それはお礼なのですか?」
陽菜の言葉に戀は”うん”と笑って見せる。
顎に手をやる彼女の前にモーニングセットが置かれた。温かいスープが湯気を立てており、焼かれたパンは黄金色《おうごんいろ》。
「陽菜ちゃん。この子ったらね、友達がいないのよ。もし良かったら友達になってあげて」
「そこ、余計なこと言わない」
叔母にムッとした表情を向けると彼女は”はいはい”と言って紅茶を入れに奥へ引っ込む。
「友達ですか。社会人になるとなかなかでき辛いものですよね」
「いや、叔母の話は真に受けなくていいからさ」
戀は慌てる。カッコ悪いことこの上ない。
「良いですよ。茶飲み友達になりましょう」
「茶飲み友達」
戀は陽菜の言葉を復唱した。お年寄りのようだなと思いながら再び雑誌に視線を落とす。深いことは追及しない方がいい。そう判断したからである。
「ちょっと、スルーしないでくださいよ」
「ん?」
殴るふりをする彼女にとぼけた様に返事をする戀。しかし彼女の視線は雑誌の中に向けられていた。
「その人」
「知っているの?」
雑誌の中にはあるタイトルと名前が記されている。タイトルではなく名前に注視したのが気になった。
「あ、いや。知っているというほどではないですが。今度コミカライズするんでしたっけ」
「そうみたいだね」
彼女の言葉に戀は雑誌の一角をなぞる。確かにコミカライズされると書いてあった。
雑誌に掲載されているその作品タイトルは数年前、賞を取り書籍化されたとある。今時web小説が書籍化するという話は珍しくはない。この雑誌に載っている彼女もその中の一人に過ぎないが、コミカライズとなると少しは扱いも変わるのだろうか?
だが問題はそこにはない。戀にとってこの相手とは少なからずも因縁があるということだ。
「あら、コミカライズするのね」
陽菜に紅茶を持ってきた叔母が雑誌を覗き込む。事情を知っている叔母には知られたくないことではあったが、どの道バレてはいたのだろう。
「どっちにしろ、元気にしているようで良かったわ」
雑誌には顔写真こそ載ってはいなかったが、インタビュー記事が載っていた。そうはいっても、彼女は売れっ子というわけではないし有名人でもない。その書籍を出しているところ系列の雑誌というだけ。
「マスター知っているんですか?」
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