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5話 変化していく日常
3 小さな確認ミス
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月曜日。
一日中時計を気にしてしまっていた戀は、同僚から『恋人でもできたのか』と揶揄われた。
今日ほど早く退社時間にならないかと思ったことはなかったと自分でも思う。
同僚に曖昧な返事をし、外に出る。いると言おうがいないと言おうがどの道同じだろう。人は素直に言葉を受け取らない面倒な生き物である。
駐車場で車に乗り込み陽菜から貰った名刺を確認してカーナビで検索すれば、彼女の勤め先は駅からほど近いところにあるようだ。
「そっか、会社帰りに探そうとしていたのは図書館が同じ駅だから」
あまり待たせるのもよくないと判断した戀は早速、珈琲店のある大通りを目指す。こんなことならあの珈琲店を待ち合わせ場所にすればよかったと思いながら。
「ごめんね、待たせちゃって」
助手席に乗り込む彼女が戀の謝罪に『ううん』と首を横に振る。その動きに合わせて柔らかそうな髪が揺れた。
シャンプーやトリートメントのCMと言えば、美しい髪の女性が頭を左右に振りその美しさを見せびらかす。某ドラマでは美しい髪に男女関係なく魅了されるというコメディが展開されていたことから、やはり髪の美しさは人目を引く要因の一つになると思われる。
街中で振り返ってしまうような相手は、やはり髪の美しい女性だ。
「どうしたの?」
「え?」
陽菜に見惚れていた戀は急に声をかけられ、びくりと肩を震わす。
「あ、いやその……陽菜さんの髪って凄く綺麗でやわらかそうだなと思って」
「触ってみる?」
その提案に戀は仰け反った。
友人いない歴イコール年齢の自分には、あまりスキンシップをするという機会がなく、恋人がいたこともあったがどうも態度がぎこちなくなってしまう。
今、陽菜と普通に話せているのは、ひとえに社会人として他人と接することが多くなり慣れたお蔭である。幼いころから珈琲店に入り浸っていたとはいえ、子供として他人から扱われるのと対等に接するのとではコミュニケーションの取り方に雲泥の差があった。
「うるさら」
陽菜の髪に触れるまたとない機会を得た戀は、その厚意にあずかることにした。つまりは『ラッキー!』と遠慮なくそのチャンスに乗ったわけだ。
しかしながら普段からこんなスキンシップに慣れていない戀は、まともな感想が述べられなかったのである。
「今使っているトリートメントが髪に合っているからね、きっと」
「女性用のものは種類も豊富で自分に合うものを探すの大変そう」
「そうね」
走り出した車内でふふっと笑う彼女。
思い返せば自分は一度も陽菜が感情的になるのを見たことがない。それはまだ打ち解けていないからだとも思えたが、それが理由ではない気がした。
2年も行方不明の兄を探しているのだ。心配で、不安で仕方ないと思う。自分にもし兄弟がいたとして。仲が良く、事件に巻きこまれる可能性があったとしたならなおさら。
彼女が笑顔でいられるのは何故だろうと考える。
もしかしたら、彼女はもう諦めてしまっているのだろうか。兄が生きている可能性を。穏やかな陽菜に対し、戀は切なくなってしまう。
勝手に結論付けて浮き沈みしているのも心配させるだろうと考え、思い切って彼女に質問したところ『違うの』と否定されてしまった。
「俺の正解率はゼロパーセントに設定されているのか?」
「うん?」
「あ、いや。なんでもない。こっちの話」
何も当たった試しがないなと心の中で頭を抱えていた戀は彼女に聞き返され、慌てて誤魔化す。
危なかったと胸を撫でおろす戀に陽菜が意外な言葉を発した。
「わたしが穏やかでいられるのは、戀くんのお蔭なの」
赤信号でブレーキを踏んだ戀はそんな彼女の横顔を見つめる。
「戀くんと一緒にいたら、兄に会えるんじゃないかって思っているから。これはただの予感なんだけれどね」
こちらに表を向けた彼女が天使に見えた。その指が何故、前方を指しているか分からなかったが。
「ねえ、青」
いい雰囲気だったのにと悶絶しつつも戀はアクセルを踏む。どうやらこの恋はなかなか進展しそうにない。
そしてこの時の戀は、自分がある勘違いをしていることに気づいていなかったのである。
一日中時計を気にしてしまっていた戀は、同僚から『恋人でもできたのか』と揶揄われた。
今日ほど早く退社時間にならないかと思ったことはなかったと自分でも思う。
同僚に曖昧な返事をし、外に出る。いると言おうがいないと言おうがどの道同じだろう。人は素直に言葉を受け取らない面倒な生き物である。
駐車場で車に乗り込み陽菜から貰った名刺を確認してカーナビで検索すれば、彼女の勤め先は駅からほど近いところにあるようだ。
「そっか、会社帰りに探そうとしていたのは図書館が同じ駅だから」
あまり待たせるのもよくないと判断した戀は早速、珈琲店のある大通りを目指す。こんなことならあの珈琲店を待ち合わせ場所にすればよかったと思いながら。
「ごめんね、待たせちゃって」
助手席に乗り込む彼女が戀の謝罪に『ううん』と首を横に振る。その動きに合わせて柔らかそうな髪が揺れた。
シャンプーやトリートメントのCMと言えば、美しい髪の女性が頭を左右に振りその美しさを見せびらかす。某ドラマでは美しい髪に男女関係なく魅了されるというコメディが展開されていたことから、やはり髪の美しさは人目を引く要因の一つになると思われる。
街中で振り返ってしまうような相手は、やはり髪の美しい女性だ。
「どうしたの?」
「え?」
陽菜に見惚れていた戀は急に声をかけられ、びくりと肩を震わす。
「あ、いやその……陽菜さんの髪って凄く綺麗でやわらかそうだなと思って」
「触ってみる?」
その提案に戀は仰け反った。
友人いない歴イコール年齢の自分には、あまりスキンシップをするという機会がなく、恋人がいたこともあったがどうも態度がぎこちなくなってしまう。
今、陽菜と普通に話せているのは、ひとえに社会人として他人と接することが多くなり慣れたお蔭である。幼いころから珈琲店に入り浸っていたとはいえ、子供として他人から扱われるのと対等に接するのとではコミュニケーションの取り方に雲泥の差があった。
「うるさら」
陽菜の髪に触れるまたとない機会を得た戀は、その厚意にあずかることにした。つまりは『ラッキー!』と遠慮なくそのチャンスに乗ったわけだ。
しかしながら普段からこんなスキンシップに慣れていない戀は、まともな感想が述べられなかったのである。
「今使っているトリートメントが髪に合っているからね、きっと」
「女性用のものは種類も豊富で自分に合うものを探すの大変そう」
「そうね」
走り出した車内でふふっと笑う彼女。
思い返せば自分は一度も陽菜が感情的になるのを見たことがない。それはまだ打ち解けていないからだとも思えたが、それが理由ではない気がした。
2年も行方不明の兄を探しているのだ。心配で、不安で仕方ないと思う。自分にもし兄弟がいたとして。仲が良く、事件に巻きこまれる可能性があったとしたならなおさら。
彼女が笑顔でいられるのは何故だろうと考える。
もしかしたら、彼女はもう諦めてしまっているのだろうか。兄が生きている可能性を。穏やかな陽菜に対し、戀は切なくなってしまう。
勝手に結論付けて浮き沈みしているのも心配させるだろうと考え、思い切って彼女に質問したところ『違うの』と否定されてしまった。
「俺の正解率はゼロパーセントに設定されているのか?」
「うん?」
「あ、いや。なんでもない。こっちの話」
何も当たった試しがないなと心の中で頭を抱えていた戀は彼女に聞き返され、慌てて誤魔化す。
危なかったと胸を撫でおろす戀に陽菜が意外な言葉を発した。
「わたしが穏やかでいられるのは、戀くんのお蔭なの」
赤信号でブレーキを踏んだ戀はそんな彼女の横顔を見つめる。
「戀くんと一緒にいたら、兄に会えるんじゃないかって思っているから。これはただの予感なんだけれどね」
こちらに表を向けた彼女が天使に見えた。その指が何故、前方を指しているか分からなかったが。
「ねえ、青」
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そしてこの時の戀は、自分がある勘違いをしていることに気づいていなかったのである。
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