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1『塩田と板井』
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きっかけはなんだったろうか?
板井 小指は、わが社こと(株)原始人の屋上からフェンスに寄りかかり景色を眺める塩田 以往に目をやった。
すると板井の視線に気づいた塩田が、
「そっちは定時であがれそうか?」
と、こちらに視線を向けて。
それに対し、
「どうかな、電車次第」
と返す板井。
彼は板井の言葉に一瞬、切なげな表情をした。
電車 紀夫は二人の所属する苦情係の同僚の名である。
「まだ好きなのか?」
言ってしまってから板井は、野暮なことを聞いたなと思った。
塩田が電車を好きだと言ったことは一度もない。しかし板井には、そうみえている。
板井の問いに塩田は何も言わなかった。
余計なことを言ってしまったなと思っていると、ワイシャツの胸ポケットに入れていた板井のスマホがブルッと震える。
スッと取り出して、画面に視線を落とすと、
「課長か?」
と察しの良い塩田。
「ああ、うん」
「なんだって?」
「社長に呼ばれたから、午後戻るの遅くなるかも……だって」
書かれていたメッセージを読み上げれば、
「心配?」
と塩田は問う。
「そりゃ、まあ。塩田は?」
我が苦情係の課長、唯野 修二は以前より社長からパワハラを受けていた。
どんな理由なのかまでは、板井も知らない。板井には、社長はとても穏やかな人物に見える。それは一介の平社員だからなのかもしれない。どこの会社でも管理職に対しては厳しいというのが現実なのかもしれなかった。
しかしわが社では、他の社員が社長からパワハラを受けているという話を耳にしたことはない。その上、唯野が社長からパワハラを受けているというのは一部の人間には有名な話だったのだ。
副社長の皇などは、
「いくら言っても社長は、俺の話を聞きやしない」
と愚痴をこぼしていたほど。
彼は何度も、社長の唯野に対する嫌がらせを止めたようだ。
まさかその原因が皇自身にあるなどとは、本人も板井も想像すらしていなかった。皇は尊大な振る舞いが目立つ人物である。しかし若くして副社長に就任するほど、優秀な人間でもあった。
営業部時代には、尊大な態度が気に入らないと先輩たちから嫌がらせを受けたらしい、という話も聞くが。今では企画部に多数の皇信者がいるとも聞く。それくらい現在では部下に慕われていた。
そして我が上司である唯野は人当たりが良く物腰が柔らかい上に、見目も良いことから色んな部署の人間から慕われていた。そんな人がどうして? と思わざるを得ない。
「心配はしてる」
塩田はじっと板井を見つめて。板井は彼のその視線の意味が気になった。
「板井は課長が好きなのか?」
と、続けて受けた彼からの質問に板井はむせる。
確かに課長のことは心配だ。しかしそんな意味を持って心配しているのではない。上司として尊敬をしてはいる。だがそれは恋愛ではないはずだ。
「尊敬はしてる」
どんなに失敗しようが、唯野課長は怒らない。終わらなければ手伝ってくれる。部下の面倒をよく見る人だ。家庭だってあるのに、仕事が終われば自分たちを呑みに連れて行ってくれる。もっとも、他の人もぞろぞろついては来るが。
「そっか」
塩田はふっと視線を逸らすと、ため息をついたように見えた。
そのため息の理由を板井はまだ知らない。
板井 小指は、わが社こと(株)原始人の屋上からフェンスに寄りかかり景色を眺める塩田 以往に目をやった。
すると板井の視線に気づいた塩田が、
「そっちは定時であがれそうか?」
と、こちらに視線を向けて。
それに対し、
「どうかな、電車次第」
と返す板井。
彼は板井の言葉に一瞬、切なげな表情をした。
電車 紀夫は二人の所属する苦情係の同僚の名である。
「まだ好きなのか?」
言ってしまってから板井は、野暮なことを聞いたなと思った。
塩田が電車を好きだと言ったことは一度もない。しかし板井には、そうみえている。
板井の問いに塩田は何も言わなかった。
余計なことを言ってしまったなと思っていると、ワイシャツの胸ポケットに入れていた板井のスマホがブルッと震える。
スッと取り出して、画面に視線を落とすと、
「課長か?」
と察しの良い塩田。
「ああ、うん」
「なんだって?」
「社長に呼ばれたから、午後戻るの遅くなるかも……だって」
書かれていたメッセージを読み上げれば、
「心配?」
と塩田は問う。
「そりゃ、まあ。塩田は?」
我が苦情係の課長、唯野 修二は以前より社長からパワハラを受けていた。
どんな理由なのかまでは、板井も知らない。板井には、社長はとても穏やかな人物に見える。それは一介の平社員だからなのかもしれない。どこの会社でも管理職に対しては厳しいというのが現実なのかもしれなかった。
しかしわが社では、他の社員が社長からパワハラを受けているという話を耳にしたことはない。その上、唯野が社長からパワハラを受けているというのは一部の人間には有名な話だったのだ。
副社長の皇などは、
「いくら言っても社長は、俺の話を聞きやしない」
と愚痴をこぼしていたほど。
彼は何度も、社長の唯野に対する嫌がらせを止めたようだ。
まさかその原因が皇自身にあるなどとは、本人も板井も想像すらしていなかった。皇は尊大な振る舞いが目立つ人物である。しかし若くして副社長に就任するほど、優秀な人間でもあった。
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そして我が上司である唯野は人当たりが良く物腰が柔らかい上に、見目も良いことから色んな部署の人間から慕われていた。そんな人がどうして? と思わざるを得ない。
「心配はしてる」
塩田はじっと板井を見つめて。板井は彼のその視線の意味が気になった。
「板井は課長が好きなのか?」
と、続けて受けた彼からの質問に板井はむせる。
確かに課長のことは心配だ。しかしそんな意味を持って心配しているのではない。上司として尊敬をしてはいる。だがそれは恋愛ではないはずだ。
「尊敬はしてる」
どんなに失敗しようが、唯野課長は怒らない。終わらなければ手伝ってくれる。部下の面倒をよく見る人だ。家庭だってあるのに、仕事が終われば自分たちを呑みに連れて行ってくれる。もっとも、他の人もぞろぞろついては来るが。
「そっか」
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そのため息の理由を板井はまだ知らない。
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