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5『電車と塩田』
4 それぞれの幸せ
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****side■板井
「塩田たちは仲良く帰宅したみたいですよ」
社を出て、駅に向かいながら板井がそういうと、唯野はクスリと笑って、
「あいつらはいつも仲がいいだろ」
と肩をすくめる。
唯野は企画部へ届ける書類があったらしく、板井は就業後先に社の玄関口へ向かったのだ。玄関口までは塩田たちと一緒になり、社から出た二人を眺めていた。
『塩田、あのさ』
『なんだ?』
『その……手をね』
いつもベタベタ塩田に纏わりついている電車が、遠慮がちに言葉を繋ぐ。塩田はそれを不思議そうに見ていた。
──俺も恋愛慣れしているわけじゃないが、恋愛のれの字もなさそうな塩田相手だと大変だなあ。
『て?』
『繋ぎたいなって……だめ?』
塩田のマンションまでは、徒歩で五分の道のり。ゆっくり歩いても十分もあれば着いてしまう。勇気を出さなければ、手など繋げないだろう。
不思議そうにしていた塩田が、スッと手を差し出す。
『いいの?』
『繋ぎたいといったのは、そっちだろ? 寒いのか?』
嬉しそうに指を絡める電車に、おおよそロマンチックとは言い難い言葉をかける塩田。それでも板井には、仲が良い風に映る。
『そんな繋ぎ方したら、ちっとも温かそうじゃないぞ』
『心が温かいよ? これはね、恋人繋ぎっていうんだよ』
眉を顰める塩田と嬉しそうな電車。なんでもストレートに感情を言葉にする塩田にとって、拒否しないということは”良い”ということなのだ。それが分かっている板井にとっては、二人がラブラブに見えていた。
『ふーん。繋ぐのは手だけで良いのか?』
『え?』
塩田のいたずらっぽい笑み。彼は電車を動揺させて楽しんでいるのだ。喋りながら去っていく二人の後ろ姿を見ながら、自分と唯野はちゃんと恋人同士に見えるのだろうかと、板井は思っていたのだった。
「で、どこに行く?」
ぼんやりと塩田たちのことを思い出していると、そう唯野に問われ現実に引き戻される。二人は今、駅に向かっていた。
「商品部の子に、美味しい焼き鳥の店を教わったので、そこに行きませんか?」
「へえ」
「隣の駅前にあるらしいんですよ」
「バッタリ店で会ったりしないのか?」
板井に店の情報をくれたのは、その駅に友人が住んでいるという人物。
たまに週末一緒に呑みに行くそうだ。
「今日会うことはないと思いますが、仮に一緒になっても問題ないでしょう?」
会社帰りに上司と呑みに行くというのは、どこの部署でもあることだ。そして同性婚が可能な世の中になろうとも、疑いの目を向けられるのは男女のカップル。自分たちの仲が疑われることは、まずないだろう。
「バレたら困りますか?」
わが社は、社内恋愛のご法度な会社ではない。同性間恋愛に偏見の目を向けられることもないが、自分と噂になるのは嫌なのだろうかと、不安になる。
すると、
「今はね」
と彼に言われた。
「まだ、役所に届け出をしてないからさ」
「ああ」
板井は少しホッとする。
離婚の届け出は彼の妻がすることになっていたが、それに伴いいろいろと手続きもあるらしく、時間が取れるのは今週末らしいと唯野は説明してくれた。
「不倫が原因で別れたと思われるのは、不本意だしな」
それは唯野のメンツというよりも、娘のためなのだろう。そんな噂を立てられて傷つくのは、子供なのだ。
「しんみりしちゃったな、ごめん」
「いえ、俺も変なこと聞いてしまって」
堂々と付き合えないことは、少し寂しい。しかし好きな人と想いが通じ合うことは奇跡のようなもの。
「列車が来ましたよ。気を取り直してうまいもん食いにいきましょ」
「そうだな」
笑顔になった二人を、列車が連れ去っていく。幸せを乗せて。
「塩田たちは仲良く帰宅したみたいですよ」
社を出て、駅に向かいながら板井がそういうと、唯野はクスリと笑って、
「あいつらはいつも仲がいいだろ」
と肩をすくめる。
唯野は企画部へ届ける書類があったらしく、板井は就業後先に社の玄関口へ向かったのだ。玄関口までは塩田たちと一緒になり、社から出た二人を眺めていた。
『塩田、あのさ』
『なんだ?』
『その……手をね』
いつもベタベタ塩田に纏わりついている電車が、遠慮がちに言葉を繋ぐ。塩田はそれを不思議そうに見ていた。
──俺も恋愛慣れしているわけじゃないが、恋愛のれの字もなさそうな塩田相手だと大変だなあ。
『て?』
『繋ぎたいなって……だめ?』
塩田のマンションまでは、徒歩で五分の道のり。ゆっくり歩いても十分もあれば着いてしまう。勇気を出さなければ、手など繋げないだろう。
不思議そうにしていた塩田が、スッと手を差し出す。
『いいの?』
『繋ぎたいといったのは、そっちだろ? 寒いのか?』
嬉しそうに指を絡める電車に、おおよそロマンチックとは言い難い言葉をかける塩田。それでも板井には、仲が良い風に映る。
『そんな繋ぎ方したら、ちっとも温かそうじゃないぞ』
『心が温かいよ? これはね、恋人繋ぎっていうんだよ』
眉を顰める塩田と嬉しそうな電車。なんでもストレートに感情を言葉にする塩田にとって、拒否しないということは”良い”ということなのだ。それが分かっている板井にとっては、二人がラブラブに見えていた。
『ふーん。繋ぐのは手だけで良いのか?』
『え?』
塩田のいたずらっぽい笑み。彼は電車を動揺させて楽しんでいるのだ。喋りながら去っていく二人の後ろ姿を見ながら、自分と唯野はちゃんと恋人同士に見えるのだろうかと、板井は思っていたのだった。
「で、どこに行く?」
ぼんやりと塩田たちのことを思い出していると、そう唯野に問われ現実に引き戻される。二人は今、駅に向かっていた。
「商品部の子に、美味しい焼き鳥の店を教わったので、そこに行きませんか?」
「へえ」
「隣の駅前にあるらしいんですよ」
「バッタリ店で会ったりしないのか?」
板井に店の情報をくれたのは、その駅に友人が住んでいるという人物。
たまに週末一緒に呑みに行くそうだ。
「今日会うことはないと思いますが、仮に一緒になっても問題ないでしょう?」
会社帰りに上司と呑みに行くというのは、どこの部署でもあることだ。そして同性婚が可能な世の中になろうとも、疑いの目を向けられるのは男女のカップル。自分たちの仲が疑われることは、まずないだろう。
「バレたら困りますか?」
わが社は、社内恋愛のご法度な会社ではない。同性間恋愛に偏見の目を向けられることもないが、自分と噂になるのは嫌なのだろうかと、不安になる。
すると、
「今はね」
と彼に言われた。
「まだ、役所に届け出をしてないからさ」
「ああ」
板井は少しホッとする。
離婚の届け出は彼の妻がすることになっていたが、それに伴いいろいろと手続きもあるらしく、時間が取れるのは今週末らしいと唯野は説明してくれた。
「不倫が原因で別れたと思われるのは、不本意だしな」
それは唯野のメンツというよりも、娘のためなのだろう。そんな噂を立てられて傷つくのは、子供なのだ。
「しんみりしちゃったな、ごめん」
「いえ、俺も変なこと聞いてしまって」
堂々と付き合えないことは、少し寂しい。しかし好きな人と想いが通じ合うことは奇跡のようなもの。
「列車が来ましたよ。気を取り直してうまいもん食いにいきましょ」
「そうだな」
笑顔になった二人を、列車が連れ去っていく。幸せを乗せて。
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