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ぶらり旅
彼女の名はシスター、サラ
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食事も終わり、先程よりかは警戒が薄くなったシスターさん。でも拘束されてるため完全に警戒を解くのは無理だろう。いや、普通に考えて無理だろ。
「それで、君の名前は?」
「……………」
どうやらまだ教えてくれないようだ。それとも無口なのか?
「………………い」
「ん?」
「……………がい」
「え?」
「…………お願い」
「何が?」
「…………れ」
「え?」
「………いれ」
「いえ?」
「……トイレ」
「あ」
どうやら彼女はトイレに行きたいらしい。でも、大抵こういう場合って。
「わ、分かった。ちょっと待ってね」
俺は一度部屋の扉を開ける。勿論外には出ない。その隙に逃げられでもしたら大変だから。
「零奈。悪いんだけどちょっと良いかな」
「何よ」
苛立ちを含んだ返事が返ってくる。どうやらまだ機嫌が優れないようです。
「いや、どうやらこのシスターがトイレに行きたいらしいんだ」
「は? そんなのそこでさせれば良いでしょ」
「いやいや! 流石にそれは駄目だろ!」
「なに?」
思わず素で突っ込んでしまった。
「いや、この場所は俺たちもご飯食べたりするわけだし」
「はぁ、分かったよ。私が連れていくわ」
「あ、うん。ありがとう」
零奈は面倒臭そうにシスターの許に近づくと縄を彼女の体に巻き付けて縛り、一度紐の反対側を机の脚に結んで逃げられないようにからシスターの脚を縛っていた紐をサバイバルナイフで切断した。
うん、安心だけど注意深いな。
「ほら、立ちなさい」
いや、苛立ってらのは分かるけど犬じゃないんだから紐を引っ張りながら言わないであげてほしいな。
「…………」
うわ、シスターさんめっちゃ零奈の事睨んでるし。本当なら俺が連れていってあげないけど俺は男だから無理だしな。別に嫌らしい事なんて少しも考えて無いからな! 本当だからな!
部屋を出てトイレがある部屋に向かう。
今日この教会をセーフハウスにすると決めた時に使うであろう場所は全て掃除して使えるようにしたので大丈夫だ。え、どうやって、って? それは勿論ゲーム機能を使ってだよ。ま、正確には何故か買い物リストの中にあった高圧洗浄機とスチームクリーナーを使ってだけど。勿論この二つを使うために発電機も買いました。ま、お金は無限だし別に痛くも痒くも無いけどな! ハハハ!
それから数分して、
「弘毅!」
「零奈、慌ててどうしたの?」
「あの腐れシスターが逃げたわ!」
「え?」
どうやら起きて欲しくない出来事が起きてしまったようだ。
急いでメニューの武器欄から俺はM4A1カービンを選ぶ。
M4A1はアメリカ軍用小銃で、設計・製造にはコルト・ファイヤーアームズなどの複数の会社によって製造されたものだ。
使用弾薬は5.56×45mmNATO弾を使用しており、弾装は20発と30発の二種類に別れる。今回は奴等と遭遇すらしていないため20発弾装をしようする。
アタッチメントはサーマルスコープ、グリップ、レーザーポインター、サイレンサーを装着。
このスキルとも言える機能は完全にゲームの時と同じだ。そのためアタッチメントの装着出来る数も2つに限られている。なのにこれだけ装着出来るのは完全にゲームの時に手に入れた称号のお掛けなのだ!いや、ほんと取っといて良かった。最初の方は全然弱くて、超弱くて、イベントなんか参加してなかったけど、今思えばもっと参加しとけば良かったな。
サブ武器はM92Fだ。これにもサイレンサーとライトを装着してある。
M92F、ベレッタ92、ベレッタM9など様々な呼び方をされる拳銃である。
M92Fはイタリアのベレッタ社によって製造された自動拳銃だが、M92Fはアメリカ軍を筆頭とし法執行機関や軍隊で幅広く使用されている。
9×19mmパラベラム弾などをしようし、装弾数は15発とベレッタシリーズの中では一番弾数が多い拳銃である。
「私のは!?」
零奈が急かすように行ってくる。はい、分かってますよ!
俺はメニュー欄から選択しMP5を零奈に渡した。勿論、サイレンサーとライトも装着した状態でだ。
「UZIじゃ無いのね」
「あれはアタッチメントが装着出来ないからな。それにそれなら軽いし反動も少ないから零奈でも扱える」
「ええ、そうね。私は弘毅と違って下手くそだものね!」
「いや、そこまでは言ってないけど……」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。でも、今はあのシスターを探さないといけない! ゾンビどもは夜になるとなぜか動きが活発する。またよりにもよって静寂が支配する夜は音が響きやすい。出来るだけ銃を使うような出来事にだけはなって欲しくない。
「それで、どうやって逃げたの?」
「あのシスター割れてた鏡の破片でロープを切って逃げたのよ! まったく!」
「あれ、確かトイレは掃除した筈だけど」
「落ちてたのよ! あそこのトイレ全部和式だから便器の中に偶然落ちてたやつを拾ってね」
「ああ、そうだったんだ」
すっかり見落としてた。
「まったく最悪な一日よ。教会に来たかと思えばいきなり撃たれるし、どっかの誰かさんは女を押し倒すし、逃げられるし……(私だってまだ食べさせて貰ったことないのに!)」
色々と不満を抱えてらっしゃる様子零奈さん。最後なんて言ったんだろう?
「話を戻すけど、つまりロープを切って窓から逃げたんだよね」
「そうよ」
って事は教会の裏か。たしか200メートル程離れた場所に墓地があった筈たが行ってないといいが。
「キャアアアァァ!!」
「今の叫び声って!?」
「ああ、多分彼女だ!」
最悪だ。よりにもよって一番危険な場所に居るとわ!
「仕方ない!」
俺は急いでメニューの車両欄からバイクを選択する。
「零奈、乗って!」
「え、分かったわ!」
零奈を後ろに乗せて少しでも早く彼女のもとへ向かう。
「頼む! 間に合ってくれ!」
願望を咆哮のように叫びながら墓地へと向かう。
数秒して目的地が見える。
「居たわ!」
零奈が指差した方向に視線を向けるとシスターは木の上におり、木の根本には大量のゾンビたちが群がっていた。
「ちっ! やはりか!」
「弘毅、これどういうこと!」
「ここは墓地だ。埋まっていたアイツらは彼女の足音を関知して這い出てきたってとこだろうよ!」
「でもここは日本よ! 普通は火葬する筈よね」
「ああ。だがアイツらが死んだのがバイオハザードになる前ではなくその後だとしたら納得がいく。火葬なんてしてる余裕は無いだろうからな」
「それでも時間が経てば肉は腐敗して骨になるわよね」
「ああ。だがアイツらが死んだのが最近だったとしたら?」
「それって……」
「最近まで多くの人間がここら辺に住んでいた。もしくは移動途中でゾンビに襲われた、もしくは病気、怪我で死んだか、またはあのシスターの仲間だった奴等だろうな」
「そう…………」
「どうかしたか?」
「ううん、別に」
(昔の私みたいな人たちが居たのね。いや、居てもおかしくないわね)
「どんな理由があれ俺は彼女を助ける!」
「どうして?」
「話し相手が増えるから!」
「え、それだけ?」
「そう!」
「弘毅はぶれないわね」
「そうか?」
「ええ 」
なんか呆れてるな。ま、今は彼女を助けるのが先だ。まってろ二人目の話し相手!
(ねえ弘毅、気づいてる? あなたさっきから素で喋ってるのよ。いつも丁寧語で話してる貴方が。でも、格好いいよ)
「零奈、そこからアイツら狙えるか?」
「やってみるわ!」
零奈はMP5を左手で構えるとトリガーを絞るように引いた。
サイレンサーによって抑えられた発砲音と共に弾丸は一直線にゾンビどもに向かう。が、
「ダメ! 安定しないと今の私じゃ当たっても殺せないわ!」
確かに零奈が撃った弾丸は奴等に当たった。しかし体や足といった場所にしか当たらず、急所である頭には当たる事はなかった。
「分かった。任せろ」
俺はそう言うとサイレンサー付きのM92Fをホルスターから抜き取り奴等に銃口を向け、トリガーを絞るようにして正確に頭を射ぬいていった。
「よし!」
「なんかムカつく」
「なんで!」
後ろから文句を言われながらも俺はシスターの許へバイクを走らせた。
「大丈夫か!」
「……………」(コクリ!)
どうやら無事のようだ。ふう、良かった。
「弘毅」
「どうした?」
「これは……ちょっと不味いわよ」
零奈が視線を向ける先を見ると、
「どうやら囲まれたようね」
「そうみたいだな」
先程の叫び声が響いて聞こえたのかゾンビどもは次々と集まってきていた。
「弘毅、どうする?」
「逃げるにしてもこのままじゃ無理だしな」
「車を使えば」
「いや、教会に逃げたとしても結局は防衛戦をすることに………いや、待てよ……」
教会の周りにはトラップを仕掛けてある。入り口となる場所は全て封鎖すれば。いや、それでも戦力が……そうだ!
俺は後ろに居るシスターに視線を向け、問うた。
「戦えるか?」
「……………」(コクリ!)
「そうか」
彼女は今までで一番力強く頷く。
「零奈、俺が車を出すまで援護を頼む!」
「任せて!」
急げ俺! アイコンから車両を選択。車両欄から……あったこれだ!
俺にしか見えない画面の1ヶ所を強く押す。
すると一瞬にして車両が現れた。よし!
「二人とも乗れ!」
運転席に俺、助席に零奈、後部座席にシスターが同時に乗り込む。
俺はサイドブレーキを下げ、アクセルを軽く踏み、何度かエンジンを噴かせるとクラッチを外すと同時にアクセルを強く踏む。
「行くぞ!」
勢い良く飛び出した。
ゾンビの柵の一部を吹き飛ばす。
よし、これで逃げられる。
本当はこのまま逃げても良かった。車で逃げれば、のろまなゾンビどもなんて追い付ける筈もないのだから。
だが、それでは意味がない。奴等に体力なんて無い。不眠不休で歩き続ける事が出来る。そうなればいつかは今以上の数で襲いかかってくるかもしれない。ましてや、この先、どんな障害が待ち受けているのかも未知数。そんな暗闇を突っ走るなんて俺には出来ない。
だから先ずはアイツらをぶっ倒してからゆっくりと進みたいのだ。なんたってこれはぶらり旅なのだから。
そんな思考を巡らせてる間に目的地の教会に到着した。
「よし! 降りろ!」
俺たちは車から急いで降りる。車をアイテムボックスの中に収納してと。今思えばこれでポイントがほぼ0だな。あ~あまた貯め直しか、欲しかったものあったのにな。
少しだけ気分がダウンしながらも急いで教会に向かう。
「弘毅早く!」
「ああ!」
教会の中に入り、扉を閉め、長椅子や机などでバリケード代わりに使う。
「窓はどうするの!」
「ちょっと待ってろ!」
俺は再びアイコンのメニュー欄を開く。たしかあった筈。
俺は防衛物資を選択する。
どれだ!
大量に出てくる物資の名前に苛立ちを覚えながらも目当ての物を探す。
あった! これだ!
目当ての物を見つけ出しタッチする。が、
《ERROR》
は? なんで?
もう一度タッチする。
《ERROR》
なんでだよ! 壁を殴る。ゲームのステータスによって身体能力が遥かに向上している俺の拳は壁を陥没させる。それでも痛みはほんの僅かしかない。でも今はそんな事に驚いている場合ではない。
俺は《ERROR》と表示されている下にある詳細という部分をタッチする。
《この物資は現在ロックされているため、使用することが出来ません。使用するにはヘッドショットを120回成功させてください。67/120》
糞が! 俺としたことが物資の解除条件を見逃すなんて! 自分の失態に苛立ちが増す。
「弘毅?」
「…………」
気付くと不安の表情を浮かべる零奈とジッと見つめるシスターがそこにいた。そうだ。今は己の失態に嘆いている時間は無い!
なんか無いのか!
俺は改めて探す。少しでも良い! 少しでも時間が稼げるなら!
額に汗を流しながら俺は画面をスライドさせる。
これだ!
俺はとある物を見つけ出しタッチする。今度は使えてくれよ!
そんな焦りを含んだ願いは届く。タッチすると同時に必要とする数を記入する画面が表れる。
「出来るだけ欲しいからな100枚あれば充分だろ。無くなればまた出せば良いだけだしな」
俺は上限一杯の100枚を記入しOKボタンをタッチ。
すると地面に大量の板が出現する。15×100センチの板。それと大量の釘と金槌。
「二人で西側の窓に打ち付けて来て! 俺は東からやっていく! 時間は無い。今は喧嘩せずに効率良くやるぞ!」
「分かってるわよ!」
「……………」(コクリ!)
俺たちは急いで持ち場に向かい板を張り付けて窓を塞ぐ。
まずはここだな! 俺は廊下の窓に板を張り付けていく。運の良いことに礼拝堂には窓が少ない。大きな場所は正面のステンドグラス位だ。
数分後。
クソッ! このままじゃ間に合わない! やはり即席の鉄格子とバリケードを買えなかったのは痛手だな!
それでも俺は急いで別の場所に向かう。次は執務室だ!
そして、次々と窓や裏口などに板を張り付けていく。
そして開始から30分が経過したところでようやく全ての窓に板を張り付け終えた。しかし外からはトラップが作動したのだろう鈍い音が聞こえてきていた。爆発系のトラップにしなくて正解だったな。夜になれば空気が澄んで音が響く。俺はそう考えあまり音が響かない物を幾つか仕掛けた。
1つは電気柵。普通の人間が掛かる事は無いが奴等はゾンビ知能を持たない屍。有効に使える。また電気柵に流れる電流は通常の20倍触れただけで感電し脳が吹き飛ぶ。ザマーみろ!
他には落とし穴。これに関しては普通すぎるが落ちたら最後、4メートル下にある尖った鉄の杭が体に突き刺さる仕組みだ。この時ばかりはゲーム機能に感謝だな。自分で掘る必要がなく、ボタンひとつで完成だからな。
他にはトラバサミだ。真ん中を踏めば両端から足を挟む罠だ。強力な物なら人間の足だって食い千切る物もあるらしい。しかし俺が仕掛けたのは通常よりも遥かにデカイトラバサミだ。発動すれば胴体を真っ二つにするほどの大きさだ。それで死ぬことは無いが、それでも動きが遅くなり時間稼ぎにもなる。
他にも色々仕掛けたが時間が無いのでまた今度機会があったら説明するとしよう。
俺は礼拝堂に戻る。丁度向こうも終了したのか戻ってきた。
「終わったか」
「ええ、なんとかね」
「なら、奴等が入って来そうな場所で待ち伏せするとしようか」
「そうね」
チョンチョン。
「ん? どうした?」
背中をつつかれていたので振り向くとシスターが真剣な眼差しで両手を出していた。なるほど。
「ほら、これは返す。今度は俺たちに向けないでくれ。向けて良いのは彼奴らだけだ」
「……………わかった」
やっと返事してくれた。なんでだ? 短い会話なのに超嬉しい! ま、それはともかく俺はM4A1を、零奈はストアーAUG、シスターはAA-12。
「それと、最初はこれを使うと良い」
そう言って俺がシスターに渡したのは『FN F2000』と呼ばれるアサルトライフルである。
FNハースタルが製造した軍用小銃で全長が694ミリとコンパクトなところが特徴で、弾薬は5.56×45mmNATO弾を使用しており、30発が装填可能なのだ。
「お前はあまり長い銃は好きでは無いようだったからな。これにした最初は使いづらいと思うが試してみてくれ」
「……………サラ」
「え?」
「サラ」
「皿?」
「………違う………私……の……名前」
「そうか、サラって言うのか。よろしくな、サラ。俺は知ってると思うが弘毅だ。烏羽弘毅」
「知ってる」
おお! 少しずつだが会話が成立している! やはり嬉しいな!
「タラシ」
「え?」
「なんでもないわよ! それよりも配置場所を教えて!」
「あ、ああ」
なんで零奈不機嫌なんだ?
「正面入り口は板と椅子や机で完全に防いであるからあそこから入ることは無いだろう。考えられるとしたら左右のドアから侵入してくるはずだ」
「分かったわ」
「あと、考えられるとしたらそこのステンドグラスを割って入ってくることぐらいだな」
「なるほどね。つまりは待ち構えていれば良いのね」
「そうだ」
ま、この待ち構える間が精神的にキツいんだが。零奈の文句を聞かされる事をイメージする俺だった。
「今回の作戦名は?」
「え?」
「だって、ただ迎え撃つよりかはなにか作戦名を付けて戦った方が良いじゃない。気分も盛り上がるし」
「そういうもんなのか?」
「そうなのよ! ね?」
「………」(コクリ)
どうやらサラも賛成のようだ。
それよりまだ零奈と話すのは無理なんだな。
「それで、作戦名は?」
「それじゃ……………作戦名、教会防衛戦を、開始する!」
「まんまね」
「まんま」
二人とも変な所で意気投合しないでくれ! 弘毅さんはメンタル弱いんだからさ!
物理的ではなく精神的に奇襲を受ける俺。
急いでそれぞれの配置に着いた俺たちは奴等が来るのを待ち構えていた。が、
「弘毅、来ないわよ」
「我慢だ」
「って言われてもね。外で音がするだけで全然窓を破壊してる感じがしないんだけど」
「我慢だ」
「もう! それしか言えないの!」
「………わかった。外の様子を確める」
「どうやって?」
「監視カメラで」
「………それがあるなら最初ッからこんな緊張になる必要ないじゃないのよ!」
「それはそうですね」
今さら監視カメラの事忘れてたなんて言えないよな。後ろから感じる威圧に冷や汗を感じる俺。
「それで、外はどうなってるかな」
俺は呟きながらiPadで外の様子を確かめる。全部で仕掛けた監視カメラは9台。入り口と各方角に2つずつ。
「どうやらまだ裏に居るようだ。窓は割ったが板が邪魔で入っては来れてないようだが、他は今のところ大丈夫だな。入り口には一体も居ないな」
「つまりは?」
「早くても数分後だな」
「そう」
そう言って零奈は煙草に火をつける。一応ここ教会だからそんな事したら。
「何よ」
やっぱり! サラが鋭い視線で零奈を睨んでる! お願いだから今だけは殺し合わないでくれよ!
「……………ちょう………だい……」
「なに、あんたも吸うの?」
「…………」(コクリ)
「そうなんだ。はい」
そう言って零奈はサラに煙草を渡す。
「はい、火」
ジッポライターに点る火をサラの目の前に差し出す。するとサラは平然と煙草の先端を火に近づける。変な方法で仲良くなる二人だな。でも良かった。思わず安堵する俺。それにしても見た目は女子高生とシスターが並んで煙草を吸うところなんてそうそう見られる光景じゃないな。
てか、シスターが煙草吸っても良いのか?
「今の……時代に……神に………祈り………捧げる……奴いない……」
「そ、そうか……」
俺の怪訝に気付いたサラが答える。てか、よく俺が考えていた事分かったな。
それにしてもまた時代か。時代が変われば色々と変わるものだな。
俺が居た世界とは遥かに変わっていることに悲しさを感じる。ま、これも国が機能しなくなって全てがアバウトになったせいかもな。
時代の凄さを思い知った直後、聞こえていた音が変わる。
「そろそろか」
一時の休憩も終わり俺たちは銃を構える。
戦場において最も辛いのは戦闘中ではなく、始まるまでの待ち時間である。
これはいつ始まるか分からない不安から精神が圧迫されるためである。
特にスナイパーの任務中の7割りがやせ我慢を強いられるとされている。
そのため常人以上の精神安定が求められるのだ。
「弘毅まだなの?」
「まだ。扉が壊されるまでは撃つな」
「チッ、焦れったいわね」
苛立ちが見える零奈。時間にしてそこまで経っていないだろう。だが、どうしても長く感じてしまうのが人間なのだ。
「まだなの!」
「まだ」
零奈さんや。1分も経たない内に同じ事を聞かれても困るよ。
「零奈、落ち着け。焦るのは分かるが、ここは冷静ならないと駄目だ」
「分かってるわよ!」
ヤバイな。きっと零奈は迎え撃つのは初めてに違いない。だが、相手がゾンビで良かった。もしも相手が人間ならこうはいかない。
まったく運が良いのやら、悪いのやら。
「零奈」
「何よ!」
苛立ちを隠せない零奈にサラが近づく。
「落ち着く」
「そんなの分かってるわよ!」
「いや……分かって……いない………一度………深呼吸………する」
「……………」
「早く」
「分かったわよ」
睨みつけるように見つめるサラに気圧された零奈は大きく深呼吸を数度行う。
「どう?」
「……ええ。だいぶ落ち着いたわ」
「良かった」
言い残して自分の持ち場へと戻るサラ。本当に助かる。こういう時はやはり女同士に限る。
そんな安堵も束の間。
ドアを強く叩く音が礼拝堂に響き渡る。
「二人とも戦闘準備!」
扉に向かって照準を構える。が、再びドアを叩く音が聞こえる。
だが、その音の発信源は。
「ちっ! 此方もか!」
反対側の扉からだった。二人には東側に集中してもらい俺は西側に照準を向ける。
両方の扉から不安を煽るかの如く聞こえ続ける叩く音。
今か今か思わずトリガーに指を掛けそうになる。
が、最初に入ってきたのは東でも西でもなく、北からだった。
色鮮やかなステンドグラスの真ん中に風穴をあける形で入り込んできた一体のゾンビ。
「しまっ!」
思わず声を上げてそちらに銃口を向ける。が、飛び込んできたゾンビは十字架に頭を強打その際首の骨を折り絶命した。
「何よ! 驚かせないでよ!」
まったくだ。
そんな一瞬の安堵、油断を見計らったかのように東西の扉が壊れた。
「ちっ! 遅れた。二人とも各自発砲開始!」
「ええ、分かってるわ!」
「わかった」
先程までが嘘のようにたった数秒で大量のゾンビがなだれ込む。やはり、入ってくる瞬間を逃したのは痛いな!
いつ終わるか分からない教会防衛が開始された。既に中には入られているけど。
あれからどれだけの時間が過ぎたかは分からない。ただ分かるのは既に10回以上リロードと呟いているのと、死んだゾンビたちの死体がそこらじゅうに転がっていることだ。
サラに渡したFN F2000の弾もなくなり今AA-12を使っている。流石に使い馴れた銃なのかFN F2000よりも上手く奴等をあの世に送っていた。が、
「弘毅!」
「どうした!」
「このままだとサラの弾がなくなりそうなの! 流石にこの数を私に一人で相手にするのは無理よ!」
来たか! これは予想していたことだ。零奈と違いサラはリロードスキルが使えない。
これは分かっていたことだ。
「サラ! これを!」
俺は念のために出しておいた弾倉を蹴って渡す。
サラはいったいなんの事なのか分からないようだったが蓋を開けて理解したのか笑みを浮かべていた。まったくシスターとあろう者が不敵な笑みを浮かべないで欲しいな。超怖いから!
俺が渡したのはAA-12のマガジン。それも32発入りのドラムマガジンだ。それが弾倉に1ダース分入っている。
「足りるか!」
「楽勝」
なんとも頼りになる呟きだ事。だが、それはあながち間違っていない。ショットガンのプロが撃てば一発で複数の敵を排除することが可能だ。そしてサラもそのプロだ。いや、それすら越えているようにも思える。
サラがAA-12を使い初めて東西の奴等のの数が反転した。最初は此方の方が大量に殺していたが、今ではサラたちの方が殺した数は多いだろう。
「ま、それだけ頼りになるって事だな」
思わず笑みが零れる。それでも俺は再び呟く、
「リロード」
と。
どれぐらい倒したかは分からない。が、敵の数も減り、目視で確認できる敵もあと一人となった。
俺はノロノロと右足をひこずりながら近づいてくる奴に銃口を向け、
「安らかに眠れ」
呟きと共にトリガーを絞るように引いた。
銃声と共に倒れるゾンビ。
「ようやく終わった」
背伸びをして煙草に火を点す。
「もう、朝か」
既に日が昇り始めていたことにようやく気づく俺は煙ともに息を吐くのだった。
「それで、君の名前は?」
「……………」
どうやらまだ教えてくれないようだ。それとも無口なのか?
「………………い」
「ん?」
「……………がい」
「え?」
「…………お願い」
「何が?」
「…………れ」
「え?」
「………いれ」
「いえ?」
「……トイレ」
「あ」
どうやら彼女はトイレに行きたいらしい。でも、大抵こういう場合って。
「わ、分かった。ちょっと待ってね」
俺は一度部屋の扉を開ける。勿論外には出ない。その隙に逃げられでもしたら大変だから。
「零奈。悪いんだけどちょっと良いかな」
「何よ」
苛立ちを含んだ返事が返ってくる。どうやらまだ機嫌が優れないようです。
「いや、どうやらこのシスターがトイレに行きたいらしいんだ」
「は? そんなのそこでさせれば良いでしょ」
「いやいや! 流石にそれは駄目だろ!」
「なに?」
思わず素で突っ込んでしまった。
「いや、この場所は俺たちもご飯食べたりするわけだし」
「はぁ、分かったよ。私が連れていくわ」
「あ、うん。ありがとう」
零奈は面倒臭そうにシスターの許に近づくと縄を彼女の体に巻き付けて縛り、一度紐の反対側を机の脚に結んで逃げられないようにからシスターの脚を縛っていた紐をサバイバルナイフで切断した。
うん、安心だけど注意深いな。
「ほら、立ちなさい」
いや、苛立ってらのは分かるけど犬じゃないんだから紐を引っ張りながら言わないであげてほしいな。
「…………」
うわ、シスターさんめっちゃ零奈の事睨んでるし。本当なら俺が連れていってあげないけど俺は男だから無理だしな。別に嫌らしい事なんて少しも考えて無いからな! 本当だからな!
部屋を出てトイレがある部屋に向かう。
今日この教会をセーフハウスにすると決めた時に使うであろう場所は全て掃除して使えるようにしたので大丈夫だ。え、どうやって、って? それは勿論ゲーム機能を使ってだよ。ま、正確には何故か買い物リストの中にあった高圧洗浄機とスチームクリーナーを使ってだけど。勿論この二つを使うために発電機も買いました。ま、お金は無限だし別に痛くも痒くも無いけどな! ハハハ!
それから数分して、
「弘毅!」
「零奈、慌ててどうしたの?」
「あの腐れシスターが逃げたわ!」
「え?」
どうやら起きて欲しくない出来事が起きてしまったようだ。
急いでメニューの武器欄から俺はM4A1カービンを選ぶ。
M4A1はアメリカ軍用小銃で、設計・製造にはコルト・ファイヤーアームズなどの複数の会社によって製造されたものだ。
使用弾薬は5.56×45mmNATO弾を使用しており、弾装は20発と30発の二種類に別れる。今回は奴等と遭遇すらしていないため20発弾装をしようする。
アタッチメントはサーマルスコープ、グリップ、レーザーポインター、サイレンサーを装着。
このスキルとも言える機能は完全にゲームの時と同じだ。そのためアタッチメントの装着出来る数も2つに限られている。なのにこれだけ装着出来るのは完全にゲームの時に手に入れた称号のお掛けなのだ!いや、ほんと取っといて良かった。最初の方は全然弱くて、超弱くて、イベントなんか参加してなかったけど、今思えばもっと参加しとけば良かったな。
サブ武器はM92Fだ。これにもサイレンサーとライトを装着してある。
M92F、ベレッタ92、ベレッタM9など様々な呼び方をされる拳銃である。
M92Fはイタリアのベレッタ社によって製造された自動拳銃だが、M92Fはアメリカ軍を筆頭とし法執行機関や軍隊で幅広く使用されている。
9×19mmパラベラム弾などをしようし、装弾数は15発とベレッタシリーズの中では一番弾数が多い拳銃である。
「私のは!?」
零奈が急かすように行ってくる。はい、分かってますよ!
俺はメニュー欄から選択しMP5を零奈に渡した。勿論、サイレンサーとライトも装着した状態でだ。
「UZIじゃ無いのね」
「あれはアタッチメントが装着出来ないからな。それにそれなら軽いし反動も少ないから零奈でも扱える」
「ええ、そうね。私は弘毅と違って下手くそだものね!」
「いや、そこまでは言ってないけど……」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。でも、今はあのシスターを探さないといけない! ゾンビどもは夜になるとなぜか動きが活発する。またよりにもよって静寂が支配する夜は音が響きやすい。出来るだけ銃を使うような出来事にだけはなって欲しくない。
「それで、どうやって逃げたの?」
「あのシスター割れてた鏡の破片でロープを切って逃げたのよ! まったく!」
「あれ、確かトイレは掃除した筈だけど」
「落ちてたのよ! あそこのトイレ全部和式だから便器の中に偶然落ちてたやつを拾ってね」
「ああ、そうだったんだ」
すっかり見落としてた。
「まったく最悪な一日よ。教会に来たかと思えばいきなり撃たれるし、どっかの誰かさんは女を押し倒すし、逃げられるし……(私だってまだ食べさせて貰ったことないのに!)」
色々と不満を抱えてらっしゃる様子零奈さん。最後なんて言ったんだろう?
「話を戻すけど、つまりロープを切って窓から逃げたんだよね」
「そうよ」
って事は教会の裏か。たしか200メートル程離れた場所に墓地があった筈たが行ってないといいが。
「キャアアアァァ!!」
「今の叫び声って!?」
「ああ、多分彼女だ!」
最悪だ。よりにもよって一番危険な場所に居るとわ!
「仕方ない!」
俺は急いでメニューの車両欄からバイクを選択する。
「零奈、乗って!」
「え、分かったわ!」
零奈を後ろに乗せて少しでも早く彼女のもとへ向かう。
「頼む! 間に合ってくれ!」
願望を咆哮のように叫びながら墓地へと向かう。
数秒して目的地が見える。
「居たわ!」
零奈が指差した方向に視線を向けるとシスターは木の上におり、木の根本には大量のゾンビたちが群がっていた。
「ちっ! やはりか!」
「弘毅、これどういうこと!」
「ここは墓地だ。埋まっていたアイツらは彼女の足音を関知して這い出てきたってとこだろうよ!」
「でもここは日本よ! 普通は火葬する筈よね」
「ああ。だがアイツらが死んだのがバイオハザードになる前ではなくその後だとしたら納得がいく。火葬なんてしてる余裕は無いだろうからな」
「それでも時間が経てば肉は腐敗して骨になるわよね」
「ああ。だがアイツらが死んだのが最近だったとしたら?」
「それって……」
「最近まで多くの人間がここら辺に住んでいた。もしくは移動途中でゾンビに襲われた、もしくは病気、怪我で死んだか、またはあのシスターの仲間だった奴等だろうな」
「そう…………」
「どうかしたか?」
「ううん、別に」
(昔の私みたいな人たちが居たのね。いや、居てもおかしくないわね)
「どんな理由があれ俺は彼女を助ける!」
「どうして?」
「話し相手が増えるから!」
「え、それだけ?」
「そう!」
「弘毅はぶれないわね」
「そうか?」
「ええ 」
なんか呆れてるな。ま、今は彼女を助けるのが先だ。まってろ二人目の話し相手!
(ねえ弘毅、気づいてる? あなたさっきから素で喋ってるのよ。いつも丁寧語で話してる貴方が。でも、格好いいよ)
「零奈、そこからアイツら狙えるか?」
「やってみるわ!」
零奈はMP5を左手で構えるとトリガーを絞るように引いた。
サイレンサーによって抑えられた発砲音と共に弾丸は一直線にゾンビどもに向かう。が、
「ダメ! 安定しないと今の私じゃ当たっても殺せないわ!」
確かに零奈が撃った弾丸は奴等に当たった。しかし体や足といった場所にしか当たらず、急所である頭には当たる事はなかった。
「分かった。任せろ」
俺はそう言うとサイレンサー付きのM92Fをホルスターから抜き取り奴等に銃口を向け、トリガーを絞るようにして正確に頭を射ぬいていった。
「よし!」
「なんかムカつく」
「なんで!」
後ろから文句を言われながらも俺はシスターの許へバイクを走らせた。
「大丈夫か!」
「……………」(コクリ!)
どうやら無事のようだ。ふう、良かった。
「弘毅」
「どうした?」
「これは……ちょっと不味いわよ」
零奈が視線を向ける先を見ると、
「どうやら囲まれたようね」
「そうみたいだな」
先程の叫び声が響いて聞こえたのかゾンビどもは次々と集まってきていた。
「弘毅、どうする?」
「逃げるにしてもこのままじゃ無理だしな」
「車を使えば」
「いや、教会に逃げたとしても結局は防衛戦をすることに………いや、待てよ……」
教会の周りにはトラップを仕掛けてある。入り口となる場所は全て封鎖すれば。いや、それでも戦力が……そうだ!
俺は後ろに居るシスターに視線を向け、問うた。
「戦えるか?」
「……………」(コクリ!)
「そうか」
彼女は今までで一番力強く頷く。
「零奈、俺が車を出すまで援護を頼む!」
「任せて!」
急げ俺! アイコンから車両を選択。車両欄から……あったこれだ!
俺にしか見えない画面の1ヶ所を強く押す。
すると一瞬にして車両が現れた。よし!
「二人とも乗れ!」
運転席に俺、助席に零奈、後部座席にシスターが同時に乗り込む。
俺はサイドブレーキを下げ、アクセルを軽く踏み、何度かエンジンを噴かせるとクラッチを外すと同時にアクセルを強く踏む。
「行くぞ!」
勢い良く飛び出した。
ゾンビの柵の一部を吹き飛ばす。
よし、これで逃げられる。
本当はこのまま逃げても良かった。車で逃げれば、のろまなゾンビどもなんて追い付ける筈もないのだから。
だが、それでは意味がない。奴等に体力なんて無い。不眠不休で歩き続ける事が出来る。そうなればいつかは今以上の数で襲いかかってくるかもしれない。ましてや、この先、どんな障害が待ち受けているのかも未知数。そんな暗闇を突っ走るなんて俺には出来ない。
だから先ずはアイツらをぶっ倒してからゆっくりと進みたいのだ。なんたってこれはぶらり旅なのだから。
そんな思考を巡らせてる間に目的地の教会に到着した。
「よし! 降りろ!」
俺たちは車から急いで降りる。車をアイテムボックスの中に収納してと。今思えばこれでポイントがほぼ0だな。あ~あまた貯め直しか、欲しかったものあったのにな。
少しだけ気分がダウンしながらも急いで教会に向かう。
「弘毅早く!」
「ああ!」
教会の中に入り、扉を閉め、長椅子や机などでバリケード代わりに使う。
「窓はどうするの!」
「ちょっと待ってろ!」
俺は再びアイコンのメニュー欄を開く。たしかあった筈。
俺は防衛物資を選択する。
どれだ!
大量に出てくる物資の名前に苛立ちを覚えながらも目当ての物を探す。
あった! これだ!
目当ての物を見つけ出しタッチする。が、
《ERROR》
は? なんで?
もう一度タッチする。
《ERROR》
なんでだよ! 壁を殴る。ゲームのステータスによって身体能力が遥かに向上している俺の拳は壁を陥没させる。それでも痛みはほんの僅かしかない。でも今はそんな事に驚いている場合ではない。
俺は《ERROR》と表示されている下にある詳細という部分をタッチする。
《この物資は現在ロックされているため、使用することが出来ません。使用するにはヘッドショットを120回成功させてください。67/120》
糞が! 俺としたことが物資の解除条件を見逃すなんて! 自分の失態に苛立ちが増す。
「弘毅?」
「…………」
気付くと不安の表情を浮かべる零奈とジッと見つめるシスターがそこにいた。そうだ。今は己の失態に嘆いている時間は無い!
なんか無いのか!
俺は改めて探す。少しでも良い! 少しでも時間が稼げるなら!
額に汗を流しながら俺は画面をスライドさせる。
これだ!
俺はとある物を見つけ出しタッチする。今度は使えてくれよ!
そんな焦りを含んだ願いは届く。タッチすると同時に必要とする数を記入する画面が表れる。
「出来るだけ欲しいからな100枚あれば充分だろ。無くなればまた出せば良いだけだしな」
俺は上限一杯の100枚を記入しOKボタンをタッチ。
すると地面に大量の板が出現する。15×100センチの板。それと大量の釘と金槌。
「二人で西側の窓に打ち付けて来て! 俺は東からやっていく! 時間は無い。今は喧嘩せずに効率良くやるぞ!」
「分かってるわよ!」
「……………」(コクリ!)
俺たちは急いで持ち場に向かい板を張り付けて窓を塞ぐ。
まずはここだな! 俺は廊下の窓に板を張り付けていく。運の良いことに礼拝堂には窓が少ない。大きな場所は正面のステンドグラス位だ。
数分後。
クソッ! このままじゃ間に合わない! やはり即席の鉄格子とバリケードを買えなかったのは痛手だな!
それでも俺は急いで別の場所に向かう。次は執務室だ!
そして、次々と窓や裏口などに板を張り付けていく。
そして開始から30分が経過したところでようやく全ての窓に板を張り付け終えた。しかし外からはトラップが作動したのだろう鈍い音が聞こえてきていた。爆発系のトラップにしなくて正解だったな。夜になれば空気が澄んで音が響く。俺はそう考えあまり音が響かない物を幾つか仕掛けた。
1つは電気柵。普通の人間が掛かる事は無いが奴等はゾンビ知能を持たない屍。有効に使える。また電気柵に流れる電流は通常の20倍触れただけで感電し脳が吹き飛ぶ。ザマーみろ!
他には落とし穴。これに関しては普通すぎるが落ちたら最後、4メートル下にある尖った鉄の杭が体に突き刺さる仕組みだ。この時ばかりはゲーム機能に感謝だな。自分で掘る必要がなく、ボタンひとつで完成だからな。
他にはトラバサミだ。真ん中を踏めば両端から足を挟む罠だ。強力な物なら人間の足だって食い千切る物もあるらしい。しかし俺が仕掛けたのは通常よりも遥かにデカイトラバサミだ。発動すれば胴体を真っ二つにするほどの大きさだ。それで死ぬことは無いが、それでも動きが遅くなり時間稼ぎにもなる。
他にも色々仕掛けたが時間が無いのでまた今度機会があったら説明するとしよう。
俺は礼拝堂に戻る。丁度向こうも終了したのか戻ってきた。
「終わったか」
「ええ、なんとかね」
「なら、奴等が入って来そうな場所で待ち伏せするとしようか」
「そうね」
チョンチョン。
「ん? どうした?」
背中をつつかれていたので振り向くとシスターが真剣な眼差しで両手を出していた。なるほど。
「ほら、これは返す。今度は俺たちに向けないでくれ。向けて良いのは彼奴らだけだ」
「……………わかった」
やっと返事してくれた。なんでだ? 短い会話なのに超嬉しい! ま、それはともかく俺はM4A1を、零奈はストアーAUG、シスターはAA-12。
「それと、最初はこれを使うと良い」
そう言って俺がシスターに渡したのは『FN F2000』と呼ばれるアサルトライフルである。
FNハースタルが製造した軍用小銃で全長が694ミリとコンパクトなところが特徴で、弾薬は5.56×45mmNATO弾を使用しており、30発が装填可能なのだ。
「お前はあまり長い銃は好きでは無いようだったからな。これにした最初は使いづらいと思うが試してみてくれ」
「……………サラ」
「え?」
「サラ」
「皿?」
「………違う………私……の……名前」
「そうか、サラって言うのか。よろしくな、サラ。俺は知ってると思うが弘毅だ。烏羽弘毅」
「知ってる」
おお! 少しずつだが会話が成立している! やはり嬉しいな!
「タラシ」
「え?」
「なんでもないわよ! それよりも配置場所を教えて!」
「あ、ああ」
なんで零奈不機嫌なんだ?
「正面入り口は板と椅子や机で完全に防いであるからあそこから入ることは無いだろう。考えられるとしたら左右のドアから侵入してくるはずだ」
「分かったわ」
「あと、考えられるとしたらそこのステンドグラスを割って入ってくることぐらいだな」
「なるほどね。つまりは待ち構えていれば良いのね」
「そうだ」
ま、この待ち構える間が精神的にキツいんだが。零奈の文句を聞かされる事をイメージする俺だった。
「今回の作戦名は?」
「え?」
「だって、ただ迎え撃つよりかはなにか作戦名を付けて戦った方が良いじゃない。気分も盛り上がるし」
「そういうもんなのか?」
「そうなのよ! ね?」
「………」(コクリ)
どうやらサラも賛成のようだ。
それよりまだ零奈と話すのは無理なんだな。
「それで、作戦名は?」
「それじゃ……………作戦名、教会防衛戦を、開始する!」
「まんまね」
「まんま」
二人とも変な所で意気投合しないでくれ! 弘毅さんはメンタル弱いんだからさ!
物理的ではなく精神的に奇襲を受ける俺。
急いでそれぞれの配置に着いた俺たちは奴等が来るのを待ち構えていた。が、
「弘毅、来ないわよ」
「我慢だ」
「って言われてもね。外で音がするだけで全然窓を破壊してる感じがしないんだけど」
「我慢だ」
「もう! それしか言えないの!」
「………わかった。外の様子を確める」
「どうやって?」
「監視カメラで」
「………それがあるなら最初ッからこんな緊張になる必要ないじゃないのよ!」
「それはそうですね」
今さら監視カメラの事忘れてたなんて言えないよな。後ろから感じる威圧に冷や汗を感じる俺。
「それで、外はどうなってるかな」
俺は呟きながらiPadで外の様子を確かめる。全部で仕掛けた監視カメラは9台。入り口と各方角に2つずつ。
「どうやらまだ裏に居るようだ。窓は割ったが板が邪魔で入っては来れてないようだが、他は今のところ大丈夫だな。入り口には一体も居ないな」
「つまりは?」
「早くても数分後だな」
「そう」
そう言って零奈は煙草に火をつける。一応ここ教会だからそんな事したら。
「何よ」
やっぱり! サラが鋭い視線で零奈を睨んでる! お願いだから今だけは殺し合わないでくれよ!
「……………ちょう………だい……」
「なに、あんたも吸うの?」
「…………」(コクリ)
「そうなんだ。はい」
そう言って零奈はサラに煙草を渡す。
「はい、火」
ジッポライターに点る火をサラの目の前に差し出す。するとサラは平然と煙草の先端を火に近づける。変な方法で仲良くなる二人だな。でも良かった。思わず安堵する俺。それにしても見た目は女子高生とシスターが並んで煙草を吸うところなんてそうそう見られる光景じゃないな。
てか、シスターが煙草吸っても良いのか?
「今の……時代に……神に………祈り………捧げる……奴いない……」
「そ、そうか……」
俺の怪訝に気付いたサラが答える。てか、よく俺が考えていた事分かったな。
それにしてもまた時代か。時代が変われば色々と変わるものだな。
俺が居た世界とは遥かに変わっていることに悲しさを感じる。ま、これも国が機能しなくなって全てがアバウトになったせいかもな。
時代の凄さを思い知った直後、聞こえていた音が変わる。
「そろそろか」
一時の休憩も終わり俺たちは銃を構える。
戦場において最も辛いのは戦闘中ではなく、始まるまでの待ち時間である。
これはいつ始まるか分からない不安から精神が圧迫されるためである。
特にスナイパーの任務中の7割りがやせ我慢を強いられるとされている。
そのため常人以上の精神安定が求められるのだ。
「弘毅まだなの?」
「まだ。扉が壊されるまでは撃つな」
「チッ、焦れったいわね」
苛立ちが見える零奈。時間にしてそこまで経っていないだろう。だが、どうしても長く感じてしまうのが人間なのだ。
「まだなの!」
「まだ」
零奈さんや。1分も経たない内に同じ事を聞かれても困るよ。
「零奈、落ち着け。焦るのは分かるが、ここは冷静ならないと駄目だ」
「分かってるわよ!」
ヤバイな。きっと零奈は迎え撃つのは初めてに違いない。だが、相手がゾンビで良かった。もしも相手が人間ならこうはいかない。
まったく運が良いのやら、悪いのやら。
「零奈」
「何よ!」
苛立ちを隠せない零奈にサラが近づく。
「落ち着く」
「そんなの分かってるわよ!」
「いや……分かって……いない………一度………深呼吸………する」
「……………」
「早く」
「分かったわよ」
睨みつけるように見つめるサラに気圧された零奈は大きく深呼吸を数度行う。
「どう?」
「……ええ。だいぶ落ち着いたわ」
「良かった」
言い残して自分の持ち場へと戻るサラ。本当に助かる。こういう時はやはり女同士に限る。
そんな安堵も束の間。
ドアを強く叩く音が礼拝堂に響き渡る。
「二人とも戦闘準備!」
扉に向かって照準を構える。が、再びドアを叩く音が聞こえる。
だが、その音の発信源は。
「ちっ! 此方もか!」
反対側の扉からだった。二人には東側に集中してもらい俺は西側に照準を向ける。
両方の扉から不安を煽るかの如く聞こえ続ける叩く音。
今か今か思わずトリガーに指を掛けそうになる。
が、最初に入ってきたのは東でも西でもなく、北からだった。
色鮮やかなステンドグラスの真ん中に風穴をあける形で入り込んできた一体のゾンビ。
「しまっ!」
思わず声を上げてそちらに銃口を向ける。が、飛び込んできたゾンビは十字架に頭を強打その際首の骨を折り絶命した。
「何よ! 驚かせないでよ!」
まったくだ。
そんな一瞬の安堵、油断を見計らったかのように東西の扉が壊れた。
「ちっ! 遅れた。二人とも各自発砲開始!」
「ええ、分かってるわ!」
「わかった」
先程までが嘘のようにたった数秒で大量のゾンビがなだれ込む。やはり、入ってくる瞬間を逃したのは痛いな!
いつ終わるか分からない教会防衛が開始された。既に中には入られているけど。
あれからどれだけの時間が過ぎたかは分からない。ただ分かるのは既に10回以上リロードと呟いているのと、死んだゾンビたちの死体がそこらじゅうに転がっていることだ。
サラに渡したFN F2000の弾もなくなり今AA-12を使っている。流石に使い馴れた銃なのかFN F2000よりも上手く奴等をあの世に送っていた。が、
「弘毅!」
「どうした!」
「このままだとサラの弾がなくなりそうなの! 流石にこの数を私に一人で相手にするのは無理よ!」
来たか! これは予想していたことだ。零奈と違いサラはリロードスキルが使えない。
これは分かっていたことだ。
「サラ! これを!」
俺は念のために出しておいた弾倉を蹴って渡す。
サラはいったいなんの事なのか分からないようだったが蓋を開けて理解したのか笑みを浮かべていた。まったくシスターとあろう者が不敵な笑みを浮かべないで欲しいな。超怖いから!
俺が渡したのはAA-12のマガジン。それも32発入りのドラムマガジンだ。それが弾倉に1ダース分入っている。
「足りるか!」
「楽勝」
なんとも頼りになる呟きだ事。だが、それはあながち間違っていない。ショットガンのプロが撃てば一発で複数の敵を排除することが可能だ。そしてサラもそのプロだ。いや、それすら越えているようにも思える。
サラがAA-12を使い初めて東西の奴等のの数が反転した。最初は此方の方が大量に殺していたが、今ではサラたちの方が殺した数は多いだろう。
「ま、それだけ頼りになるって事だな」
思わず笑みが零れる。それでも俺は再び呟く、
「リロード」
と。
どれぐらい倒したかは分からない。が、敵の数も減り、目視で確認できる敵もあと一人となった。
俺はノロノロと右足をひこずりながら近づいてくる奴に銃口を向け、
「安らかに眠れ」
呟きと共にトリガーを絞るように引いた。
銃声と共に倒れるゾンビ。
「ようやく終わった」
背伸びをして煙草に火を点す。
「もう、朝か」
既に日が昇り始めていたことにようやく気づく俺は煙ともに息を吐くのだった。
0
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