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34 どうして
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内側からあばら骨を叩いているかのように、心臓が高鳴った。
――ラズとそっくりだ。
そう、思ってしまった。あの頃のラズのように、まろやかな可愛らしさのある顔立ちなどしていない。無駄の削げ落ちた、鋭さばかりが目立つ端正な男の顔だというのに。
どうして、どうして……! こんな奴が!
がらがらと足元が崩れて大岩から転がり落ちそうな錯覚に陥り、思わず歯を食いしばる。
「どうした?」
頬へと触れてきた白く指の長い手を避けて、大岩から飛び下りる。胸が苦しい。一刻も早く、ここから離れたかった。
「なっ、なんでも、ないよっ! か、狩りに行くから帰るっ!」
桶から水をこぼしながら駆け足で小川から離れて、領主の姿が見えなくなる所まで逃げた。
「はあっ、はぁ……っ!」
駆けたのは短い距離だったが、激しく息が上がっている。あの笑顔は一体なんだ。幻でも見たのだろうか。あんな横暴な男の笑顔が、ラズにそっくりだなんて。
自身の抱いた受け入れ難い感情に苛立ちを覚えて、気の高ぶりのままに桶をそこいら辺に叩き付けたくなったが、実際にはとてもそんなことはできなかった。
どうしても、強く憎めない。
売り言葉に買い言葉だったかもしれないが、領主はシタンのために時間を割いて、わざわざ釣りをして見せたのだ。施しなどと言っていたが、最初からこうして魚を渡すつもりだったのだろう。
「なんなんだよぉ」
強姦魔で、他人を慰みにするような奴だというのに。横暴で意地が悪いかと思えば、時々は優しくて、甘くて……。側にいて居眠りをしてしまうほどに、気を許してしまっている。
最初こそ恐怖心が勝っていたが、気付けばほとんど怯えずに自然な会話を交わすようになっていた。考えてみれば、ここまで雑で気安い言葉を使っていても、領主は怒らない。
それを、許されているからだ。
肩を落として下を向くと、水がほとんど零れてしまった桶の中で、魚が窮屈そうに跳ねているのが目に入った。苦し気に口を開閉させていて、それは混乱して逃げてきたシタンを責めて文句を言っているように見える。
「なんか、今日はもう駄目だ……」
よく晴れていて気持ちの良い日なのに、頭の中はぐちゃぐちゃになっていて整理ができない。土砂降りの雨に見舞われたように荒れ狂っている。
「……はあっ」
気疲れのにじむ、深い溜め息が漏れた。
狩りに行くと言って逃げてきたが、こんなへこたれた気分で森に入ったところで、獣に舐められるのが落ちだ。今日はもう、なにもしない方が良いだろう。
シタンはすねた子供のように桶を振りながら、とぼとぼと歩いて小屋へと帰った。
――ラズとそっくりだ。
そう、思ってしまった。あの頃のラズのように、まろやかな可愛らしさのある顔立ちなどしていない。無駄の削げ落ちた、鋭さばかりが目立つ端正な男の顔だというのに。
どうして、どうして……! こんな奴が!
がらがらと足元が崩れて大岩から転がり落ちそうな錯覚に陥り、思わず歯を食いしばる。
「どうした?」
頬へと触れてきた白く指の長い手を避けて、大岩から飛び下りる。胸が苦しい。一刻も早く、ここから離れたかった。
「なっ、なんでも、ないよっ! か、狩りに行くから帰るっ!」
桶から水をこぼしながら駆け足で小川から離れて、領主の姿が見えなくなる所まで逃げた。
「はあっ、はぁ……っ!」
駆けたのは短い距離だったが、激しく息が上がっている。あの笑顔は一体なんだ。幻でも見たのだろうか。あんな横暴な男の笑顔が、ラズにそっくりだなんて。
自身の抱いた受け入れ難い感情に苛立ちを覚えて、気の高ぶりのままに桶をそこいら辺に叩き付けたくなったが、実際にはとてもそんなことはできなかった。
どうしても、強く憎めない。
売り言葉に買い言葉だったかもしれないが、領主はシタンのために時間を割いて、わざわざ釣りをして見せたのだ。施しなどと言っていたが、最初からこうして魚を渡すつもりだったのだろう。
「なんなんだよぉ」
強姦魔で、他人を慰みにするような奴だというのに。横暴で意地が悪いかと思えば、時々は優しくて、甘くて……。側にいて居眠りをしてしまうほどに、気を許してしまっている。
最初こそ恐怖心が勝っていたが、気付けばほとんど怯えずに自然な会話を交わすようになっていた。考えてみれば、ここまで雑で気安い言葉を使っていても、領主は怒らない。
それを、許されているからだ。
肩を落として下を向くと、水がほとんど零れてしまった桶の中で、魚が窮屈そうに跳ねているのが目に入った。苦し気に口を開閉させていて、それは混乱して逃げてきたシタンを責めて文句を言っているように見える。
「なんか、今日はもう駄目だ……」
よく晴れていて気持ちの良い日なのに、頭の中はぐちゃぐちゃになっていて整理ができない。土砂降りの雨に見舞われたように荒れ狂っている。
「……はあっ」
気疲れのにじむ、深い溜め息が漏れた。
狩りに行くと言って逃げてきたが、こんなへこたれた気分で森に入ったところで、獣に舐められるのが落ちだ。今日はもう、なにもしない方が良いだろう。
シタンはすねた子供のように桶を振りながら、とぼとぼと歩いて小屋へと帰った。
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