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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
6 楽園
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大樹への祈りを終えた後。
「……お前は、今からここで弓の練習をするのか」と、少年に問い掛けると、「あ、うん。そうだよ」と、のんびりした口調で答えた。
「もう少し話たかったが、邪魔をしてはいけないな……」
「えっ、じゃ、邪魔とかそういうのはないよ。お、俺も、もっと話したい!」
少年も、どうやらラズラウディアと同じ気持ちだったようだ。嬉しくなって顔を緩ませると、少年は少し顔を赤らめて「可愛い……」と、呟いた。
――胸の辺りが熱い。
嫌な感じではない。どちらかという甘くてくすぐったい気分だ。母に言われた「可愛い」とはまったく違う。銀色の睫毛に縁どられた蜂蜜色の瞳にじっと見詰められると、なぜだか心臓が少し早く脈を打つ。
「……僕は男だぞ」
「うん。わかってるよ。でも、可愛いし」
何だか居ても立ってもいられないくらいに恥ずかしい。動揺を悟られたくなくて、「失礼な奴だなっ!」と、腹を立てた振りをして少年の肩や胸板を何度も叩いた。抵抗はされたが、叩き返されることもなく「お、俺が悪かったよぉ……」と、縮こまって目をつぶる姿を見てやっと気持ちが落ち着いてくる。
「ふん。悪かったと思ったのなら良い。……僕はラズラウドだ。お前は?」
頬が熱い。できるだけ怒った顔をして、腕を組み不遜な態度でもって名乗る。
「俺はシタンだよ。えっと、ラズ……ラウド?」
ラズラウディアはシタンに本当の名を教えなかった。女の名としても通用する名だ。まるで男の自分が生まれたことを否定されているようなこの名が、嫌で仕方がなかったからだ。
「ラズで良い。よろしく、シタン」
――こうして出逢ったシタンとの日々は、ラズラウディアにとって新しい気付きと喜び、そして幸福に満ち溢れたものだった。
「今日もたくさん釣れたな。お父さんとお母さんにも食べて貰おう」
「うん。そうだね。あっ、枯れ枝拾ってく。もうじきなくなりそうだって、母さん言ってたし」
小川での釣りに始まり、草葉で作る舟等の玩具、木登りや石投げといった平民の子供らがする遊びに興じた。竈にくべるための枯れ枝拾いや、煮詰めると甘味になるという木の実取りなど、家事の手伝いも楽しかった。
「あらっ! こんなにたくさん! いつもありがとうね。二人とも」
「ラズがすごく頑張ってくれたんだよ。俺だけじゃこんなに拾えないし」
「そうね。とても助かるわ。ラズちゃん、とっても力持ちなのねぇ」
シタンの両親は、どこの者とも知れない自分をシタンの新しい友として受け入れてくれた。
陽気で明るい母親と、寡黙で思慮深い父親の眼差しはいつも温かい。そして、彼らに慈しまれて育ったシタンの大らかで裏のない優しさが、ラズラウディアの凍てつきひび割れた心を癒していった。
「何かおやつをこしらましょうね。二人で分けて食べてちょうだいね」
「うん!」
「ありがとうございます。お母さん」
寒々しい城での暮らしとは真反対の和やかさに、いつも涙が出そうになった。知らず欲していたものが、ここにはすべて揃っている。
――まるで楽園のようだ。
ラズラウディアにとって、隙を見ては城を抜け出してシタンの元で過ごす時間が、なによりも代え難い楽しみとなった。
「……お前は、今からここで弓の練習をするのか」と、少年に問い掛けると、「あ、うん。そうだよ」と、のんびりした口調で答えた。
「もう少し話たかったが、邪魔をしてはいけないな……」
「えっ、じゃ、邪魔とかそういうのはないよ。お、俺も、もっと話したい!」
少年も、どうやらラズラウディアと同じ気持ちだったようだ。嬉しくなって顔を緩ませると、少年は少し顔を赤らめて「可愛い……」と、呟いた。
――胸の辺りが熱い。
嫌な感じではない。どちらかという甘くてくすぐったい気分だ。母に言われた「可愛い」とはまったく違う。銀色の睫毛に縁どられた蜂蜜色の瞳にじっと見詰められると、なぜだか心臓が少し早く脈を打つ。
「……僕は男だぞ」
「うん。わかってるよ。でも、可愛いし」
何だか居ても立ってもいられないくらいに恥ずかしい。動揺を悟られたくなくて、「失礼な奴だなっ!」と、腹を立てた振りをして少年の肩や胸板を何度も叩いた。抵抗はされたが、叩き返されることもなく「お、俺が悪かったよぉ……」と、縮こまって目をつぶる姿を見てやっと気持ちが落ち着いてくる。
「ふん。悪かったと思ったのなら良い。……僕はラズラウドだ。お前は?」
頬が熱い。できるだけ怒った顔をして、腕を組み不遜な態度でもって名乗る。
「俺はシタンだよ。えっと、ラズ……ラウド?」
ラズラウディアはシタンに本当の名を教えなかった。女の名としても通用する名だ。まるで男の自分が生まれたことを否定されているようなこの名が、嫌で仕方がなかったからだ。
「ラズで良い。よろしく、シタン」
――こうして出逢ったシタンとの日々は、ラズラウディアにとって新しい気付きと喜び、そして幸福に満ち溢れたものだった。
「今日もたくさん釣れたな。お父さんとお母さんにも食べて貰おう」
「うん。そうだね。あっ、枯れ枝拾ってく。もうじきなくなりそうだって、母さん言ってたし」
小川での釣りに始まり、草葉で作る舟等の玩具、木登りや石投げといった平民の子供らがする遊びに興じた。竈にくべるための枯れ枝拾いや、煮詰めると甘味になるという木の実取りなど、家事の手伝いも楽しかった。
「あらっ! こんなにたくさん! いつもありがとうね。二人とも」
「ラズがすごく頑張ってくれたんだよ。俺だけじゃこんなに拾えないし」
「そうね。とても助かるわ。ラズちゃん、とっても力持ちなのねぇ」
シタンの両親は、どこの者とも知れない自分をシタンの新しい友として受け入れてくれた。
陽気で明るい母親と、寡黙で思慮深い父親の眼差しはいつも温かい。そして、彼らに慈しまれて育ったシタンの大らかで裏のない優しさが、ラズラウディアの凍てつきひび割れた心を癒していった。
「何かおやつをこしらましょうね。二人で分けて食べてちょうだいね」
「うん!」
「ありがとうございます。お母さん」
寒々しい城での暮らしとは真反対の和やかさに、いつも涙が出そうになった。知らず欲していたものが、ここにはすべて揃っている。
――まるで楽園のようだ。
ラズラウディアにとって、隙を見ては城を抜け出してシタンの元で過ごす時間が、なによりも代え難い楽しみとなった。
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