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本編
面会希望
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――全面戦争から、ひと月が過ぎた。
リュディードは相変わらず忙しい日々を送っている。
軍の壊滅を切っ掛けに、帝国では政変が起こった。軍部を中心とした政権が反政府組織に打ち倒され、新たに立ち上がった共和国政権との和平協定が結ばれたのはつい先日のこと。
帝国の脅威は消えたとはいえ、戦後処理や治安維持などで事務方の活躍の機会が増えるのはこれからだ。騎士団を支える副団長としてより一層尽力しなければと、決意も新たに書類と格闘していた。
そんな彼の元に、もう一人の副団長がやって来た。
「おや? 捕縛の方は、どうしたんですか」
「お前に聞きたいことがある。だから、みんなに任せて抜けて来たんだ」
現在、戦場から逃げ出して平原をさ迷う帝国兵の捕縛がファイス率いる前線部隊の主な任務だ。難易度の高いそれを、ファイスは意外と器用にこなしている。
「なんでしょうか」
「なあ、ネウはどこにいるんだよ」
終戦直後、激務の最中にあっても、ファイスはしきりとネウクレアのことを心配して会いたがっていた。ここ最近になってようやく、こうして私情を挟む余裕が出てきた……というところなのだろう。
「……それですか」
リュディードは、胃の痛みを感じながら手にしていた書類を机に置いた。
「医務のとこにはいなかったぞ。居住用天幕にもいない。会えないのか」
「ああ、いや、その……、少し事情があってですね……」
「なんだよ、怪我が酷いのか?」
リュディードは答えに困って、思わず口を噤んでしまった。ファイスの気持ちは、よく分かる。終戦直後は昏睡状態だったため、それを理由に面会謝絶にしていたが、さすがに限界だろう。
しかしネウクレアは今、鎧を着ていない。彼の鎧は先の戦いで砕け散ってしまった。生身を極力晒すなとトウルムント公から命令されている彼の素顔を見たのは、団長とリュディード、それから口の固い老医師だけ。
そもそも療養中の身だ。鎧など着ていられはしないのだが。あの儚いまでに美しくも奇異な彼の姿を見て、ファイスはどう思うだろうか。
「まさか、ほんとは死んでるとかじゃないよな? なあ、どうなんだよ!」
リュディードが沈黙したことで不安を煽られたのだろう。ファイスは深刻な表情になり「会わせてくれ!」と、叫びながら詰め寄り、団服を掴んで揺さぶる真似までした。
陽気な彼の珍しいくらいに深刻な言動に、リュディードは激しく動揺した。
……駄目だ。こんな顔をファイスにさせてしまうとは。周囲の団員たちにも悪い影響が及ぶだろう。悩んでいる場合ではない。自分で判断できないなら、団長に伺いを立てるべきだ。
「落ち着いて。彼は、生きていますよ」
務めて冷静な声で言いながら、団服を掴むファイスの手をあやすように叩く。そして、彼の愛嬌のある緑色の瞳を真っすぐに見据えて、こう言った。
「ネウクレアは団長が看護しています。面会可能かどうか、団長に確認しましょう」
「えっ? なんで団長が?」
「理由があるんですよ、理由が。ほら、行きますよ」
リュディードはファイスの手を団服からそっと外させて、椅子から立ち上がった。
「――団長、リュディードです。今、よろしいですか」
ベッドの脇に座ってネウクレアの頭を撫でていたセディウスは、副官の声に「どうした?」と反応して即座に立ち上がった。
入口の幕をめくって外を見ると、そこにいたのはリュディードだけではなかった。
「……ああ、ファイスか」
真剣な顔でこちらを見上げる彼を見て、苦笑してしまった。
……こうなるとは思っていたのだ。
「ええ、どうしてもネウクレアと会いたいと言って、聞かないものですから」
セディウスの苦笑を見て、同じような表情をリュディードがした。
「団長! ネウ、大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。だから落ち着け……」
緑の瞳に強い光を漲らせて問いかけるファイスの肩を、軽く叩いて宥める。
「……怪我はしたが、命に別状はない。回復も順調だ」
「そうかぁ。ちゃんと生きてたんだな……!」
セディウスからの穏やかな声での返答に、ファイスの顔がたちまち明るい笑顔に変わった。
「心配をかけてしまったようだな」
「うん、ずっと顔見てなかったから、ちょっと心配してたんだ」
……ネウクレアには自分のような庇護者だけではなく、この男のような友の存在も必要だとセディウスは強く思わされた。きっと、彼の心を豊かに育ててくれるだろう。
鎧の下に隠されていた、彼の本来の姿をファイスも知っておくべきだ。セディウスがそう決断を下すのに足りる、眩しく尊い光がファイスの瞳には宿っていた。
……ともあれ姿を晒すことを決めるのは、ネウクレア自身だ。
「少し、待ってくれ。確認しなければならないことがある」
そう言い置いてから、ひとまず天幕の中へと戻ることにした。
「――ネウクレア、ファイスが面会に来たぞ」
彼に告げると、漆黒の瞳がわずかにだが瞠目した。
「……自分は、いま鎧を着ていない。命令に反する」
「会いたいのなら、会えばいい。それによって問題が起こらなければいいのだ。なおかつ、お前がそれを必要とするのなら、命令に従う必要はない」
「そうだろうか」
「そうだとも。状況に応じた判断をするべきだ」
言葉を受けたネウクレアは、ゆっくりと瞬きをしてからセディウスをじっと見上げて「……面会を、希望する」と、小さな声で言った。
「会いたいのか。それは、何故だ? ネウクレア」
微笑みながら、セディウスは幼子に言うようなゆっくりとした柔らかい口調で問い掛けた。
「ずっと、部隊の模擬戦に参加できていない。くじ引きもしていない。……ここに、空洞を感じる」
胸に手を当てるネウクレア。
「空腹感のような、なにか違う奇妙な感覚だ。セディウスに撫でられたいと感じるときと同じだ」
「ほかにも、なにか感じるか」
「……面会を要求されたのが、『嬉しい』……と、感じる。この辺りが温かい」
素直に内心を語りながら心臓の辺りをさする姿に、セディウスは笑みを深くした。
「しっかり答えが出せたな。ネウクレア、偉いぞ」
優しく褒めながらセディウスが頬を撫でると、ネウクレアは目を細めて「ん……」と、心地よさそうな声を漏らしてすり寄った。
「ネウクレアはここにいる。会ってやってくれ」
入口の幕を上げて、セディウスが促すと、ファイスは怪訝な顔をして首を傾げた。
「ん? なんで団長の天幕にネウがいるんだ?」
妙なところで、鋭い。
まさか団長のセディウスとネウクレアが、看護にかこつけて同じ天幕で同居しているとは思い至らないのだろうが……。
「詳しい話は必要なら話す。まずは入るといい」
セディウスは、ネウクレアとできるだけ長い時間を過ごしたいという私情が露呈しないことを祈りながら、ファイスとリュディードを天幕の中へと招き入れた。
――ファイスはネウクレアの姿を見て、面食らった。
「えっ?」
髪も肌も白くて、今までに見たこともないほど黒く澄んだ瞳をしていた。
……すごく綺麗だ。
ファイスの知っているネウクレアという騎士は、喋り方は難しいが、不思議とわかりやすい言葉選びをする男だ。
それから枯れた低い声が恰好良くて、すごく頭が良くて強くて面白い。
鎧の中身は、むさ苦しくて頼りがいのある姿をした男だと思っていた。
……なんか小さい。
鎧を着ているとファイスよりも背が高くて、体の厚みもあるように見えていた。
同じくらいの体格……いや、もっと小さいかもしれない。しかも細い。筋肉はちょっとある。でも細い。細すぎる。
喉や手の甲に、とんでもなく精密な術式の入れ墨が刺されている。頭が良い上に、相当に根性があって気合の入った男だ。
ただ綺麗なだけじゃない。こんな細いのが、あの銃をぶっ放してたのか。
そう思うと、驚きよりもわくわくとした高揚感が大きくなっていった。
「お前、凄いな!」
――ひとしきり首を傾げながら考えた結果、ファイスの口から出た言葉が、これだった。
「……そこは『大丈夫か?』ではないのですか……貴方らしいですけど」
呆れ顔のリュディ―ドにぐりぐりと頭を拳で押さえられて、「いてっ! おい! 痛いって! やめろよバカっ!」と首を竦める。
「いてて……」
「落ち着きなさい。怪我人の前ですよ」
「ああ、うん……そうだな」
ベッドで半身を起こしているネウクレアに、そろりと近付いていく。
「だ、大丈夫か?」
「回復中。経過に問題はない」
無表情のネウクレアが返した涼やかな声に、ファイスはまた目を丸くする。
「お、おお、声も綺麗だな。違和感すごくてびっくりするぞ!」
「違和感については、否定しない」
「自覚あるのか!」
二人の絶妙で愉快なやりとりに、リュディ―ドとセディウスは思わず破顔した。
「過去の反応から、総合的に自分はそのように反応される容姿だと、判断はできる」
「ぶっは! その喋り方は変わらないな! ネウだってすぐわかるぞ!」
「そうか」
ファイスの無邪気で裏表のない言動によって、天幕の中は明るい雰囲気に満たされる。
「ふふ、ファイスを会わせて良かったですね」
「そうだな……。ネウクレアも楽しそうだ。ありがとうリュディード」
――こうして、あっと言う間に賑やかな時間が過ぎ、ネウクレアが欠伸をしたのを合図に面会は終了となった。
「元気になったら、手合わせしような!」
「了解した」
「じゃ、またなネウ!」
ひとしきりネウクレアと喋ったファイスは、すっかり満足顔だ。
「ネウクレアの姿については、他言無用ですよ」
「わかった。内緒にしとく! 早く会いたいって言ってたけど、あいつら、また手合わせじ引きしたいんだろうな……。俺もネウと手合わせしたい!」
「当分無理です。絶対に許しませんよ」
リュディ―ドが彼に口止めと念押しをしながら、連れ立って天幕を出ていった。
「――いい同僚たちを持てたな、ネウクレア」
「自分は、リュディ―ドとファイスを好ましい存在だと認識している」
「そう認識できているのか。良い傾向だ」
セディウスが、そっとネウクレアの頭をなでた。
少しだけ目を細め、手の平に自分から頭を擦り付けて甘えていた彼が、ふと顔を上げて「セディウス、今日は一緒に眠れるのか」と、問いかけてきた。
「駄目だ。骨が回復していないのだぞ。まだ、お前を抱き締められない」
「貴方と接触した状態での就寝を要求する」
「今夜は、ベッドを横に付ける。それで手を握ってやろう」
「妥協案を、受け入れる……手だけでは不足だが……」
提案を受け入れながらも、不満を漏らすネウクレアが可愛い。駄々をこねるほどではないが、こうした些細な不満をたびたび訴えるようになった。
――彼の心が成長している証だ。
この状況には、セディウスも我慢を強いられている。怪我が治ったら、今まで以上にたっぷり甘やかしたい。
「早く回復するといい。お前をまた甘やかしたい」
「了解した。積極的に、回復促進に努める」
「いいぞ、その調子だ」
――セディウスは甘く微笑みながら、彼の白い額に軽く口付けを落としてやった。
リュディードは相変わらず忙しい日々を送っている。
軍の壊滅を切っ掛けに、帝国では政変が起こった。軍部を中心とした政権が反政府組織に打ち倒され、新たに立ち上がった共和国政権との和平協定が結ばれたのはつい先日のこと。
帝国の脅威は消えたとはいえ、戦後処理や治安維持などで事務方の活躍の機会が増えるのはこれからだ。騎士団を支える副団長としてより一層尽力しなければと、決意も新たに書類と格闘していた。
そんな彼の元に、もう一人の副団長がやって来た。
「おや? 捕縛の方は、どうしたんですか」
「お前に聞きたいことがある。だから、みんなに任せて抜けて来たんだ」
現在、戦場から逃げ出して平原をさ迷う帝国兵の捕縛がファイス率いる前線部隊の主な任務だ。難易度の高いそれを、ファイスは意外と器用にこなしている。
「なんでしょうか」
「なあ、ネウはどこにいるんだよ」
終戦直後、激務の最中にあっても、ファイスはしきりとネウクレアのことを心配して会いたがっていた。ここ最近になってようやく、こうして私情を挟む余裕が出てきた……というところなのだろう。
「……それですか」
リュディードは、胃の痛みを感じながら手にしていた書類を机に置いた。
「医務のとこにはいなかったぞ。居住用天幕にもいない。会えないのか」
「ああ、いや、その……、少し事情があってですね……」
「なんだよ、怪我が酷いのか?」
リュディードは答えに困って、思わず口を噤んでしまった。ファイスの気持ちは、よく分かる。終戦直後は昏睡状態だったため、それを理由に面会謝絶にしていたが、さすがに限界だろう。
しかしネウクレアは今、鎧を着ていない。彼の鎧は先の戦いで砕け散ってしまった。生身を極力晒すなとトウルムント公から命令されている彼の素顔を見たのは、団長とリュディード、それから口の固い老医師だけ。
そもそも療養中の身だ。鎧など着ていられはしないのだが。あの儚いまでに美しくも奇異な彼の姿を見て、ファイスはどう思うだろうか。
「まさか、ほんとは死んでるとかじゃないよな? なあ、どうなんだよ!」
リュディードが沈黙したことで不安を煽られたのだろう。ファイスは深刻な表情になり「会わせてくれ!」と、叫びながら詰め寄り、団服を掴んで揺さぶる真似までした。
陽気な彼の珍しいくらいに深刻な言動に、リュディードは激しく動揺した。
……駄目だ。こんな顔をファイスにさせてしまうとは。周囲の団員たちにも悪い影響が及ぶだろう。悩んでいる場合ではない。自分で判断できないなら、団長に伺いを立てるべきだ。
「落ち着いて。彼は、生きていますよ」
務めて冷静な声で言いながら、団服を掴むファイスの手をあやすように叩く。そして、彼の愛嬌のある緑色の瞳を真っすぐに見据えて、こう言った。
「ネウクレアは団長が看護しています。面会可能かどうか、団長に確認しましょう」
「えっ? なんで団長が?」
「理由があるんですよ、理由が。ほら、行きますよ」
リュディードはファイスの手を団服からそっと外させて、椅子から立ち上がった。
「――団長、リュディードです。今、よろしいですか」
ベッドの脇に座ってネウクレアの頭を撫でていたセディウスは、副官の声に「どうした?」と反応して即座に立ち上がった。
入口の幕をめくって外を見ると、そこにいたのはリュディードだけではなかった。
「……ああ、ファイスか」
真剣な顔でこちらを見上げる彼を見て、苦笑してしまった。
……こうなるとは思っていたのだ。
「ええ、どうしてもネウクレアと会いたいと言って、聞かないものですから」
セディウスの苦笑を見て、同じような表情をリュディードがした。
「団長! ネウ、大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。だから落ち着け……」
緑の瞳に強い光を漲らせて問いかけるファイスの肩を、軽く叩いて宥める。
「……怪我はしたが、命に別状はない。回復も順調だ」
「そうかぁ。ちゃんと生きてたんだな……!」
セディウスからの穏やかな声での返答に、ファイスの顔がたちまち明るい笑顔に変わった。
「心配をかけてしまったようだな」
「うん、ずっと顔見てなかったから、ちょっと心配してたんだ」
……ネウクレアには自分のような庇護者だけではなく、この男のような友の存在も必要だとセディウスは強く思わされた。きっと、彼の心を豊かに育ててくれるだろう。
鎧の下に隠されていた、彼の本来の姿をファイスも知っておくべきだ。セディウスがそう決断を下すのに足りる、眩しく尊い光がファイスの瞳には宿っていた。
……ともあれ姿を晒すことを決めるのは、ネウクレア自身だ。
「少し、待ってくれ。確認しなければならないことがある」
そう言い置いてから、ひとまず天幕の中へと戻ることにした。
「――ネウクレア、ファイスが面会に来たぞ」
彼に告げると、漆黒の瞳がわずかにだが瞠目した。
「……自分は、いま鎧を着ていない。命令に反する」
「会いたいのなら、会えばいい。それによって問題が起こらなければいいのだ。なおかつ、お前がそれを必要とするのなら、命令に従う必要はない」
「そうだろうか」
「そうだとも。状況に応じた判断をするべきだ」
言葉を受けたネウクレアは、ゆっくりと瞬きをしてからセディウスをじっと見上げて「……面会を、希望する」と、小さな声で言った。
「会いたいのか。それは、何故だ? ネウクレア」
微笑みながら、セディウスは幼子に言うようなゆっくりとした柔らかい口調で問い掛けた。
「ずっと、部隊の模擬戦に参加できていない。くじ引きもしていない。……ここに、空洞を感じる」
胸に手を当てるネウクレア。
「空腹感のような、なにか違う奇妙な感覚だ。セディウスに撫でられたいと感じるときと同じだ」
「ほかにも、なにか感じるか」
「……面会を要求されたのが、『嬉しい』……と、感じる。この辺りが温かい」
素直に内心を語りながら心臓の辺りをさする姿に、セディウスは笑みを深くした。
「しっかり答えが出せたな。ネウクレア、偉いぞ」
優しく褒めながらセディウスが頬を撫でると、ネウクレアは目を細めて「ん……」と、心地よさそうな声を漏らしてすり寄った。
「ネウクレアはここにいる。会ってやってくれ」
入口の幕を上げて、セディウスが促すと、ファイスは怪訝な顔をして首を傾げた。
「ん? なんで団長の天幕にネウがいるんだ?」
妙なところで、鋭い。
まさか団長のセディウスとネウクレアが、看護にかこつけて同じ天幕で同居しているとは思い至らないのだろうが……。
「詳しい話は必要なら話す。まずは入るといい」
セディウスは、ネウクレアとできるだけ長い時間を過ごしたいという私情が露呈しないことを祈りながら、ファイスとリュディードを天幕の中へと招き入れた。
――ファイスはネウクレアの姿を見て、面食らった。
「えっ?」
髪も肌も白くて、今までに見たこともないほど黒く澄んだ瞳をしていた。
……すごく綺麗だ。
ファイスの知っているネウクレアという騎士は、喋り方は難しいが、不思議とわかりやすい言葉選びをする男だ。
それから枯れた低い声が恰好良くて、すごく頭が良くて強くて面白い。
鎧の中身は、むさ苦しくて頼りがいのある姿をした男だと思っていた。
……なんか小さい。
鎧を着ているとファイスよりも背が高くて、体の厚みもあるように見えていた。
同じくらいの体格……いや、もっと小さいかもしれない。しかも細い。筋肉はちょっとある。でも細い。細すぎる。
喉や手の甲に、とんでもなく精密な術式の入れ墨が刺されている。頭が良い上に、相当に根性があって気合の入った男だ。
ただ綺麗なだけじゃない。こんな細いのが、あの銃をぶっ放してたのか。
そう思うと、驚きよりもわくわくとした高揚感が大きくなっていった。
「お前、凄いな!」
――ひとしきり首を傾げながら考えた結果、ファイスの口から出た言葉が、これだった。
「……そこは『大丈夫か?』ではないのですか……貴方らしいですけど」
呆れ顔のリュディ―ドにぐりぐりと頭を拳で押さえられて、「いてっ! おい! 痛いって! やめろよバカっ!」と首を竦める。
「いてて……」
「落ち着きなさい。怪我人の前ですよ」
「ああ、うん……そうだな」
ベッドで半身を起こしているネウクレアに、そろりと近付いていく。
「だ、大丈夫か?」
「回復中。経過に問題はない」
無表情のネウクレアが返した涼やかな声に、ファイスはまた目を丸くする。
「お、おお、声も綺麗だな。違和感すごくてびっくりするぞ!」
「違和感については、否定しない」
「自覚あるのか!」
二人の絶妙で愉快なやりとりに、リュディ―ドとセディウスは思わず破顔した。
「過去の反応から、総合的に自分はそのように反応される容姿だと、判断はできる」
「ぶっは! その喋り方は変わらないな! ネウだってすぐわかるぞ!」
「そうか」
ファイスの無邪気で裏表のない言動によって、天幕の中は明るい雰囲気に満たされる。
「ふふ、ファイスを会わせて良かったですね」
「そうだな……。ネウクレアも楽しそうだ。ありがとうリュディード」
――こうして、あっと言う間に賑やかな時間が過ぎ、ネウクレアが欠伸をしたのを合図に面会は終了となった。
「元気になったら、手合わせしような!」
「了解した」
「じゃ、またなネウ!」
ひとしきりネウクレアと喋ったファイスは、すっかり満足顔だ。
「ネウクレアの姿については、他言無用ですよ」
「わかった。内緒にしとく! 早く会いたいって言ってたけど、あいつら、また手合わせじ引きしたいんだろうな……。俺もネウと手合わせしたい!」
「当分無理です。絶対に許しませんよ」
リュディ―ドが彼に口止めと念押しをしながら、連れ立って天幕を出ていった。
「――いい同僚たちを持てたな、ネウクレア」
「自分は、リュディ―ドとファイスを好ましい存在だと認識している」
「そう認識できているのか。良い傾向だ」
セディウスが、そっとネウクレアの頭をなでた。
少しだけ目を細め、手の平に自分から頭を擦り付けて甘えていた彼が、ふと顔を上げて「セディウス、今日は一緒に眠れるのか」と、問いかけてきた。
「駄目だ。骨が回復していないのだぞ。まだ、お前を抱き締められない」
「貴方と接触した状態での就寝を要求する」
「今夜は、ベッドを横に付ける。それで手を握ってやろう」
「妥協案を、受け入れる……手だけでは不足だが……」
提案を受け入れながらも、不満を漏らすネウクレアが可愛い。駄々をこねるほどではないが、こうした些細な不満をたびたび訴えるようになった。
――彼の心が成長している証だ。
この状況には、セディウスも我慢を強いられている。怪我が治ったら、今まで以上にたっぷり甘やかしたい。
「早く回復するといい。お前をまた甘やかしたい」
「了解した。積極的に、回復促進に努める」
「いいぞ、その調子だ」
――セディウスは甘く微笑みながら、彼の白い額に軽く口付けを落としてやった。
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