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ラスボスじゃねぇか
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「パシオのバンド名の由来知ってる?」
「いえ、知りません」
「元はパッション漢組だったんだって」
「クッソダセェな」
元は学園祭で結成したバンドらしく、その時のノリで適当にバンド名を付けたのだが、そのまま本格的に活動することになり、さすがにバンド名がパッション漢組なのはちょっと……となった結果略してパシオとなった。
などという、この世界では何一つとして役に立たない豆知識を教えてもらったわけだが、この人は誰なんだろう。
声を聞く限り初対面の男性だ。子どもではなさそうだし、おじさんでもなさそう。シルエットを見た感じは、私よりも頭一つ分くらい背が高く、すらりとしている。
こんな早い段階でバルコニーに出てくるくらいだから、私のように人の多い場所が苦手か、女に言い寄られるのが面倒か、とにかく会場内にはいたくなかったタイプの人なんだろうな。
まぁでもせっかく顔が見えにくい状態で出会って、お互い前世の記憶なんていうおかしなものを持ってるとバレたわけだから、このまま何も知らずにさようなら、くらいの関係のほうがいいのかもしれない。
「ところで曲の懐かしさに勢い余って声をかけてしまったんだけど、君はどこのお嬢さんだったのかな? あ、俺はクリストハルト・クロウリー。クロウリー公爵家の三男です」
あ、まさかのご丁寧な自己紹介ありがとうございます。
「えっと、私はルーシャ・マキオンです」
薄暗い中で優雅なお辞儀をしてみせたのだが、私の心は荒れ模様である。なぜなら思ったより相手の身分が高かった。公爵家だもの。
そしてそれだけじゃなく、クロウリー公爵家の三男と言えば、あの漫画の登場人物だった。
あの漫画はじれじれ系少女漫画だったので、主人公たちの恋が進展しそうになると都合よく邪魔が入る。
悪役令嬢ポジションであったルーシャ・マキオンはシンプルに性格が悪く、主人公に難癖をつけてみたり嫌がらせをしてみたりとちまちま邪魔をしてくるタイプだった。
そしてこのクロウリー公爵家の三男、クリストハルト・クロウリーもその邪魔者の中の一人。
彼は主人公に一目惚れをしたことをきっかけに、それはもうことあるごとに言い寄っていた。公爵家という高い身分を利用して、えげつない邪魔をしたりもしていた。ルーシャ・マキオンが霞むくらいのエグさだった。
だって最終的には悪魔に魂を売って、フランシス・ヴィージンガーを殺そうとするんだもん。お前さえいなければ彼女は俺のものになるのに、って言って。
お前のものになんかなるかやり過ぎだよ! って思ってた。漫画読みながら。懐かしい。
それでまぁヒロインは殺されそうになったフランシス・ヴィージンガーを助けるために膨大な力を使っちゃって聖女の生まれ変わりだって発覚しちゃうんだけどね。
そしてそのあたたかい聖女の力に触れたフランシス・ヴィージンガーは前世を思い出し、涙の再会が果たされる。で、私と言う存在をきれいさっぱり忘れ去って二人はめでたくくっつく、と。
悪魔に魂を売ってしまったクリストハルト・クロウリーは危険人物となってしまった結果地下牢にぶち込まれて封印されてたっけな。忘れ去られるのと封印されるの、どっちがマシなんだろうな……。
「マキオンというと、男爵家だったっけ」
「あ、はい、そうです。マキオン男爵家の長女、ルーシャ・マキオンと申します」
「そんなに畏まらなくていいよ」
いや畏まるでしょ。だってあんたこの世界のラスボスじゃん。
「ね、パシオの他の曲も知ってる?」
「あ、パシオなら全曲分かります。ファンだったので」
「他は? 俺色々好きな曲があったんだよね」
「私、カラオケが趣味だったんで他も色々分かりますよ」
あぁラスボスだって分かってるのに歌の話になるとノリノリになってしまう……!
あの曲なんだっけ? とか、この曲好きだったんだけど、とか、それはもう盛り上がった。めちゃくちゃ盛り上がった。
おそらく会場内でキラッキラな浮気の瞬間が行われていたであろう時間も、私はラスボス(仮)と共に音楽トークに花を咲かせていた。
結構な時間が経っていたらしく、バルコニーにちらほらと人が現れ始めた。
「人が来ちゃったら、さすがに堂々と歌ってもらえないな……」
クリストハルト・クロウリーがとても残念そうに呟く。
「あはは、私で良ければいつでも歌いますよ」
あまりにも残念そうだったから、慰めるつもりで社交辞令を述べたのだが、なんだかちょっとクリストハルト・クロウリーの目の色が変わった気がする。
「え、いつでもいいの?」
ガチの目をしている。
「まぁ、その、予定さえあえば……?」
「次いつ暇?」
ガチの目をしている。
「えーっとぉ……」
「俺、これで終わりにしたくないんだ」
すがるような目をしている。
確かに、私もまた歌を聞いてもらえたのが嬉しかったので、また機会があればなぁとは思うけれど。
「私、しばらく領地に引っ込むので、次と言うと……」
数ヵ月先になるなぁ。
他のご令嬢たちはあっちのお茶会こっちの夜会とあれこれ忙しい時期なのだが、私はそういうわけにはいかない。
「領地に?」
「はい。真珠の収穫時期でして」
「真珠? 真珠の浜揚げ時期は……あ、マキオンパールか」
「そうなんです」
我が領地だけに咲くガラスの百合が、毎年この時期に真珠に似た輝きを放つガラスの粒を零す。
それは領地の名にちなんでマキオンパールと呼ばれており、宝飾品としてとても人気がある。
そしてそれがまぁまぁのお値段で取引されている。
それならなぜ我が家が貧乏寄りの男爵家なのかというと、それしかないから。
ガラスの百合が育つ環境というのは、他の作物が育たない環境でもあるらしく、穀物や野菜が極端に育たない。
だから我が領の収入源はマキオンパールとその加工くらいしかない。
そんなわけで、マキオンパールの収穫時期には領地に引っ込み、収穫の手伝いを口実にしてお茶会だの夜会だのに参加せず節約をしている。
「そっかぁ、収穫かぁ……何かいい手はないものか……」
うーん、と一生懸命考えているようだけど、私が領地に引っ込むことは確定しているのでどうしようもないと思う。
「その収穫は、ルーシャがいなきゃダメなの?」
「別にそういうわけではないですけど」
収穫を口実に節約してるだけなので、別に私一人いなくたって問題はない。
「じゃあさ、俺の専属歌手にならない?」
「え、いや」
「言い値でいいから」
「う」
いや、それ、めちゃくちゃいい感じのバイトじゃん……!
「いえ、知りません」
「元はパッション漢組だったんだって」
「クッソダセェな」
元は学園祭で結成したバンドらしく、その時のノリで適当にバンド名を付けたのだが、そのまま本格的に活動することになり、さすがにバンド名がパッション漢組なのはちょっと……となった結果略してパシオとなった。
などという、この世界では何一つとして役に立たない豆知識を教えてもらったわけだが、この人は誰なんだろう。
声を聞く限り初対面の男性だ。子どもではなさそうだし、おじさんでもなさそう。シルエットを見た感じは、私よりも頭一つ分くらい背が高く、すらりとしている。
こんな早い段階でバルコニーに出てくるくらいだから、私のように人の多い場所が苦手か、女に言い寄られるのが面倒か、とにかく会場内にはいたくなかったタイプの人なんだろうな。
まぁでもせっかく顔が見えにくい状態で出会って、お互い前世の記憶なんていうおかしなものを持ってるとバレたわけだから、このまま何も知らずにさようなら、くらいの関係のほうがいいのかもしれない。
「ところで曲の懐かしさに勢い余って声をかけてしまったんだけど、君はどこのお嬢さんだったのかな? あ、俺はクリストハルト・クロウリー。クロウリー公爵家の三男です」
あ、まさかのご丁寧な自己紹介ありがとうございます。
「えっと、私はルーシャ・マキオンです」
薄暗い中で優雅なお辞儀をしてみせたのだが、私の心は荒れ模様である。なぜなら思ったより相手の身分が高かった。公爵家だもの。
そしてそれだけじゃなく、クロウリー公爵家の三男と言えば、あの漫画の登場人物だった。
あの漫画はじれじれ系少女漫画だったので、主人公たちの恋が進展しそうになると都合よく邪魔が入る。
悪役令嬢ポジションであったルーシャ・マキオンはシンプルに性格が悪く、主人公に難癖をつけてみたり嫌がらせをしてみたりとちまちま邪魔をしてくるタイプだった。
そしてこのクロウリー公爵家の三男、クリストハルト・クロウリーもその邪魔者の中の一人。
彼は主人公に一目惚れをしたことをきっかけに、それはもうことあるごとに言い寄っていた。公爵家という高い身分を利用して、えげつない邪魔をしたりもしていた。ルーシャ・マキオンが霞むくらいのエグさだった。
だって最終的には悪魔に魂を売って、フランシス・ヴィージンガーを殺そうとするんだもん。お前さえいなければ彼女は俺のものになるのに、って言って。
お前のものになんかなるかやり過ぎだよ! って思ってた。漫画読みながら。懐かしい。
それでまぁヒロインは殺されそうになったフランシス・ヴィージンガーを助けるために膨大な力を使っちゃって聖女の生まれ変わりだって発覚しちゃうんだけどね。
そしてそのあたたかい聖女の力に触れたフランシス・ヴィージンガーは前世を思い出し、涙の再会が果たされる。で、私と言う存在をきれいさっぱり忘れ去って二人はめでたくくっつく、と。
悪魔に魂を売ってしまったクリストハルト・クロウリーは危険人物となってしまった結果地下牢にぶち込まれて封印されてたっけな。忘れ去られるのと封印されるの、どっちがマシなんだろうな……。
「マキオンというと、男爵家だったっけ」
「あ、はい、そうです。マキオン男爵家の長女、ルーシャ・マキオンと申します」
「そんなに畏まらなくていいよ」
いや畏まるでしょ。だってあんたこの世界のラスボスじゃん。
「ね、パシオの他の曲も知ってる?」
「あ、パシオなら全曲分かります。ファンだったので」
「他は? 俺色々好きな曲があったんだよね」
「私、カラオケが趣味だったんで他も色々分かりますよ」
あぁラスボスだって分かってるのに歌の話になるとノリノリになってしまう……!
あの曲なんだっけ? とか、この曲好きだったんだけど、とか、それはもう盛り上がった。めちゃくちゃ盛り上がった。
おそらく会場内でキラッキラな浮気の瞬間が行われていたであろう時間も、私はラスボス(仮)と共に音楽トークに花を咲かせていた。
結構な時間が経っていたらしく、バルコニーにちらほらと人が現れ始めた。
「人が来ちゃったら、さすがに堂々と歌ってもらえないな……」
クリストハルト・クロウリーがとても残念そうに呟く。
「あはは、私で良ければいつでも歌いますよ」
あまりにも残念そうだったから、慰めるつもりで社交辞令を述べたのだが、なんだかちょっとクリストハルト・クロウリーの目の色が変わった気がする。
「え、いつでもいいの?」
ガチの目をしている。
「まぁ、その、予定さえあえば……?」
「次いつ暇?」
ガチの目をしている。
「えーっとぉ……」
「俺、これで終わりにしたくないんだ」
すがるような目をしている。
確かに、私もまた歌を聞いてもらえたのが嬉しかったので、また機会があればなぁとは思うけれど。
「私、しばらく領地に引っ込むので、次と言うと……」
数ヵ月先になるなぁ。
他のご令嬢たちはあっちのお茶会こっちの夜会とあれこれ忙しい時期なのだが、私はそういうわけにはいかない。
「領地に?」
「はい。真珠の収穫時期でして」
「真珠? 真珠の浜揚げ時期は……あ、マキオンパールか」
「そうなんです」
我が領地だけに咲くガラスの百合が、毎年この時期に真珠に似た輝きを放つガラスの粒を零す。
それは領地の名にちなんでマキオンパールと呼ばれており、宝飾品としてとても人気がある。
そしてそれがまぁまぁのお値段で取引されている。
それならなぜ我が家が貧乏寄りの男爵家なのかというと、それしかないから。
ガラスの百合が育つ環境というのは、他の作物が育たない環境でもあるらしく、穀物や野菜が極端に育たない。
だから我が領の収入源はマキオンパールとその加工くらいしかない。
そんなわけで、マキオンパールの収穫時期には領地に引っ込み、収穫の手伝いを口実にしてお茶会だの夜会だのに参加せず節約をしている。
「そっかぁ、収穫かぁ……何かいい手はないものか……」
うーん、と一生懸命考えているようだけど、私が領地に引っ込むことは確定しているのでどうしようもないと思う。
「その収穫は、ルーシャがいなきゃダメなの?」
「別にそういうわけではないですけど」
収穫を口実に節約してるだけなので、別に私一人いなくたって問題はない。
「じゃあさ、俺の専属歌手にならない?」
「え、いや」
「言い値でいいから」
「う」
いや、それ、めちゃくちゃいい感じのバイトじゃん……!
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