元歌い手悪役令嬢、うっかりラスボスに懐かれる

蔵崎とら

文字の大きさ
3 / 31

ラスボスじゃねぇか

しおりを挟む
「パシオのバンド名の由来知ってる?」
「いえ、知りません」
「元はパッション漢組だったんだって」
「クッソダセェな」

 元は学園祭で結成したバンドらしく、その時のノリで適当にバンド名を付けたのだが、そのまま本格的に活動することになり、さすがにバンド名がパッション漢組なのはちょっと……となった結果略してパシオとなった。
 などという、この世界では何一つとして役に立たない豆知識を教えてもらったわけだが、この人は誰なんだろう。
 声を聞く限り初対面の男性だ。子どもではなさそうだし、おじさんでもなさそう。シルエットを見た感じは、私よりも頭一つ分くらい背が高く、すらりとしている。
 こんな早い段階でバルコニーに出てくるくらいだから、私のように人の多い場所が苦手か、女に言い寄られるのが面倒か、とにかく会場内にはいたくなかったタイプの人なんだろうな。
 まぁでもせっかく顔が見えにくい状態で出会って、お互い前世の記憶なんていうおかしなものを持ってるとバレたわけだから、このまま何も知らずにさようなら、くらいの関係のほうがいいのかもしれない。

「ところで曲の懐かしさに勢い余って声をかけてしまったんだけど、君はどこのお嬢さんだったのかな? あ、俺はクリストハルト・クロウリー。クロウリー公爵家の三男です」

 あ、まさかのご丁寧な自己紹介ありがとうございます。

「えっと、私はルーシャ・マキオンです」

 薄暗い中で優雅なお辞儀をしてみせたのだが、私の心は荒れ模様である。なぜなら思ったより相手の身分が高かった。公爵家だもの。
 そしてそれだけじゃなく、クロウリー公爵家の三男と言えば、あの漫画の登場人物だった。
 あの漫画はじれじれ系少女漫画だったので、主人公たちの恋が進展しそうになると都合よく邪魔が入る。
 悪役令嬢ポジションであったルーシャ・マキオンはシンプルに性格が悪く、主人公に難癖をつけてみたり嫌がらせをしてみたりとちまちま邪魔をしてくるタイプだった。
 そしてこのクロウリー公爵家の三男、クリストハルト・クロウリーもその邪魔者の中の一人。
 彼は主人公に一目惚れをしたことをきっかけに、それはもうことあるごとに言い寄っていた。公爵家という高い身分を利用して、えげつない邪魔をしたりもしていた。ルーシャ・マキオンが霞むくらいのエグさだった。
 だって最終的には悪魔に魂を売って、フランシス・ヴィージンガーを殺そうとするんだもん。お前さえいなければ彼女は俺のものになるのに、って言って。
 お前のものになんかなるかやり過ぎだよ! って思ってた。漫画読みながら。懐かしい。
 それでまぁヒロインは殺されそうになったフランシス・ヴィージンガーを助けるために膨大な力を使っちゃって聖女の生まれ変わりだって発覚しちゃうんだけどね。
 そしてそのあたたかい聖女の力に触れたフランシス・ヴィージンガーは前世を思い出し、涙の再会が果たされる。で、私と言う存在をきれいさっぱり忘れ去って二人はめでたくくっつく、と。
 悪魔に魂を売ってしまったクリストハルト・クロウリーは危険人物となってしまった結果地下牢にぶち込まれて封印されてたっけな。忘れ去られるのと封印されるの、どっちがマシなんだろうな……。

「マキオンというと、男爵家だったっけ」
「あ、はい、そうです。マキオン男爵家の長女、ルーシャ・マキオンと申します」
「そんなに畏まらなくていいよ」

 いや畏まるでしょ。だってあんたこの世界のラスボスじゃん。

「ね、パシオの他の曲も知ってる?」
「あ、パシオなら全曲分かります。ファンだったので」
「他は? 俺色々好きな曲があったんだよね」
「私、カラオケが趣味だったんで他も色々分かりますよ」

 あぁラスボスだって分かってるのに歌の話になるとノリノリになってしまう……!
 あの曲なんだっけ? とか、この曲好きだったんだけど、とか、それはもう盛り上がった。めちゃくちゃ盛り上がった。
 おそらく会場内でキラッキラな浮気の瞬間が行われていたであろう時間も、私はラスボス(仮)と共に音楽トークに花を咲かせていた。
 結構な時間が経っていたらしく、バルコニーにちらほらと人が現れ始めた。

「人が来ちゃったら、さすがに堂々と歌ってもらえないな……」

 クリストハルト・クロウリーがとても残念そうに呟く。

「あはは、私で良ければいつでも歌いますよ」

 あまりにも残念そうだったから、慰めるつもりで社交辞令を述べたのだが、なんだかちょっとクリストハルト・クロウリーの目の色が変わった気がする。

「え、いつでもいいの?」

 ガチの目をしている。

「まぁ、その、予定さえあえば……?」
「次いつ暇?」

 ガチの目をしている。

「えーっとぉ……」
「俺、これで終わりにしたくないんだ」

 すがるような目をしている。
 確かに、私もまた歌を聞いてもらえたのが嬉しかったので、また機会があればなぁとは思うけれど。

「私、しばらく領地に引っ込むので、次と言うと……」

 数ヵ月先になるなぁ。
 他のご令嬢たちはあっちのお茶会こっちの夜会とあれこれ忙しい時期なのだが、私はそういうわけにはいかない。

「領地に?」
「はい。真珠の収穫時期でして」
「真珠? 真珠の浜揚げ時期は……あ、マキオンパールか」
「そうなんです」

 我が領地だけに咲くガラスの百合が、毎年この時期に真珠に似た輝きを放つガラスの粒を零す。
 それは領地の名にちなんでマキオンパールと呼ばれており、宝飾品としてとても人気がある。
 そしてそれがまぁまぁのお値段で取引されている。
 それならなぜ我が家が貧乏寄りの男爵家なのかというと、それしかないから。
 ガラスの百合が育つ環境というのは、他の作物が育たない環境でもあるらしく、穀物や野菜が極端に育たない。
 だから我が領の収入源はマキオンパールとその加工くらいしかない。
 そんなわけで、マキオンパールの収穫時期には領地に引っ込み、収穫の手伝いを口実にしてお茶会だの夜会だのに参加せず節約をしている。

「そっかぁ、収穫かぁ……何かいい手はないものか……」

 うーん、と一生懸命考えているようだけど、私が領地に引っ込むことは確定しているのでどうしようもないと思う。

「その収穫は、ルーシャがいなきゃダメなの?」
「別にそういうわけではないですけど」

 収穫を口実に節約してるだけなので、別に私一人いなくたって問題はない。

「じゃあさ、俺の専属歌手にならない?」
「え、いや」
「言い値でいいから」
「う」

 いや、それ、めちゃくちゃいい感じのバイトじゃん……!




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。 「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...