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謎の声の真相を追いたかった私

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 これはステファンさんが帰宅した後、時々起こる不思議な現象のお話である。

 猫によって声質は違う。鳴き方も違う。
 シンプルに「にゃーん」と鳴いてみたり、甘えながら「んにー」と鳴いてみたり、私の言葉に反応して「ンー」と鳴いてみたり。
 今までいくつもの声を聞いてきた。
 猫を飼うまでは、猫はただただ「にゃー」と鳴いているだけだと思っていたけれど、全然そんなことはなくて。
 仕事中、お客さんに「猫が十匹もいたらにゃーにゃーうるさくないの?」と問われることがある。
 そんなときはいつもこう答えている。

「にゃーにゃーうるさくはないですよ」

 と。
 猫たちは無駄に鳴くことがないので、にゃーにゃーとうるさくなるのはごはんとおやつの時間のみなのだ。
 ただ、まぁドタバタとうるさいことはある。というか常に誰かがドタバタしている。それはうるさい。わりと。
 物を壊すほどドタバタするわけではないし、猫たちが楽しそうなので普段は好きなようにさせている。
 私が目を離しても、母猫たちがいるので大丈夫だから。

「ぽるるにゃあん」

 そう、目を離しても大丈夫。大丈夫なのだけど。

「今変な声で鳴いたの誰」

 私が目を離しているときに限って誰かが変な声を出す。

「ンー」

「ダイダイちゃんじゃないのは分かってる。ずっと肩の上だもの」

「ンー」

 肩の上のダイダイちゃんが、私の耳に頭突きをかましながらすりすりし始めた。
 ダイダイちゃんは私が名前を呼ぶとすぐ甘えん坊モードに入っちゃうからなぁ。かわいい。

「ゴロゴロゴロふすっ、ンー……」

「耳に鼻息吹きかけるのやめて」

「んにーぃ」

「今食器の消毒してるからなでてあげられないのごめんね」

「ンー」

 ダイダイちゃんとそんな会話もどきを交わしながらドタバタと遊びまわる猫たちを観察しているが、変な声は聞こえない。
 普段の鳴き声ならなんとなく誰が誰だか判別できるのだが、あの突然の変な声は誰が出しているのか分からない。
 今ボールで遊びながらにゃんにゃんプロレスに興じているアオとアイあたりが怪しいのだが……そちらばかりを見ていると手元の作業が終わらない。
 仕方なく視線を手元に戻し、消毒作業に集中する。
 猫たちの食器を消毒し、人間用の食器を消毒し、余った消毒水が勿体ないのでキッチン用品をあれこれと消毒していく。
 ちなみに日本にはアルコール消毒なんてものがあったけれど、こちらは色々と成分が違う。
 確かこの消毒水に使われているのは深い海の底に長いこと沈んでいた石から出た魔力を水に吸わせたもの、だったかな。
 日本の知識が微妙に残っているせいで、そんなもんで本当に消毒出来てるのか……? と不思議にならないこともない。

「ぽるるん」

「いや絶対誰かぽるぽる言ってるんだよなぁ」

 また見逃した。
 私が言葉を発すると、子猫たちの半分がちらりとこちらを向くのだが、皆同じようなほぼ無表情なので誰が声を出したのかが分からない。

「『なー』とか『にー』とかは想定内なんだけどさすがに『ぽるるん』は想定外」

『ぽるるん』

『ぽるるるん』

『ぽるぽる』

「ぽるぽる……」

 母猫たちは言葉が操れるので想定内である。

「サリーたちは誰が言ってるか分かってるの?」

『まぁ大体は』

 大体ってことは分かってるような分かってないようなってところなのか。
 誰が言っているのかを突き止めるため、消毒作業を終わらせた私は子猫たちと遊ぶことにした。

「ボールであーそぼ」

 ソファの下に座ってそう言えば、子猫たちがぴょんぴょんと跳ねながら駆け寄ってくる。

「んにゃ、あ、あ、あ、あ!」

 駆け寄りながら鳴くものだから、鳴き声が途切れ途切れになっていたのはキーロだ。

「よーし、投げるよー」

 まずは暴れん坊代表であるアオとアイに向けて手のひらサイズのボールを投げる。
 すると彼らは一目散に飛びついていく。
 その隙にどちらかといえば控え目だけど遊びたいキーロとムラサキに向けてボールをなげてやる。
 四匹とも楽しそうだ。
 アカとミドリはボールよりもねこじゃらしで遊びたいそうなのでボールが私の手元に戻ってくるまではねこじゃらしを動かす。
 そしてダイダイちゃんはおもちゃよりも私の手で遊びたいそうなので空いている手でわしゃわしゃとなで回す。
 するとダイダイちゃんは楽しそうに私の手をはみはみしながらたまに蹴りをかましてくる。かわいい。忙しいけどかわいい。出来ることならあと一本腕が欲しいくらい忙しいけど、かわいい。
 ボールが二つともこちらに転がってきたので、もう一度投げる。
 別々の方向に投げたはずのボールはじゃれる四匹の手によって合流してしまった。

「ぽるるっ」

「出たぽるる! ってことはあの四匹のうちの誰かだな!」

 四匹が合流したところからあの不思議なぽるぽるが聞こえてきた。
 似たような声なので誰かの口癖なのかもしれない。猫に口癖があるのかなんて知らないけど。
 ただあのぽるぽる、ダイダイちゃんの「ンー」と一緒で口を開かずに出るタイプの声だから結局誰だったのかは分からない。
 どんなタイミングで出る声なのかも分からない。
 タイミングさえ分かれば一匹ずつになったところを狙って発生源を探すことも出来るのだけど。

「はい次ー」

 ぽーい、とボールを投げる。
 ボールを追いかけて走り、ボールを奪い合いながら転げまわる。
 今度は誰も鳴かない。
 犬のように持って来たりはしないので、ボールがこちらに戻ってきたらもう一度投げる。
 そしてまたボールを追いかけて走り、ボールを奪い合いながら転げまわる。
 ……ガン見してると絶対鳴かないな。

「よし、もう一回……え、もしかして飽きた?」

 ついさっきまでボールに夢中だった四匹が、ソファの下にぺたんこ座りをしていた私の膝周辺に集まってきた。
 どうやらテンションが落ち着いてきてしまったらしい。
 まだぽるぽる声の犯人を突き止めていないのに。

「ボール飽きたんならねこじゃらしは? かわいい羽根が付いたねこじゃらしなんかおすすめですけど?」

 そんなことを言いながらねこじゃらしを動かしてみるものの、彼らは一切それに興味を示さない。

「んにゃー」

「あ、はい、なでなでさせていただきます」

 私の膝に乗っかってきたので全員をまんべんなくなで回す。
 こうなってしまったらもう遊ばないしきっとぽるぽる声も出してはくれない。
 誰だったんだろう。
 まぁアオ、アイ、キーロ、ムラサキの中の誰かだって絞れただけマシか。

「絶対に……絶対に突き止めてやる!」

 と、言いながら、私は皆をなで回し、寝かしつけることにしたのだった。

 その翌日。
 私は休憩中のステファンさんに声をかけた。

「ねぇステファンさん、子猫の誰かが『ぽるる』みたいな声出してることがあるんだけど、誰か知ってる?」

「あぁ、それアイだよ」

 知ってた。

「え、知ってたの?」

「え? うん。カーテン昇降してる時とかよく出してるよその声」

 なんだー知ってたのかー面白くなーい!

「そんなにあっさり分かるならステファンさんに聞かずに自分で突き止めればよかった……」

「え、なんかごめん」

 ……いや、別にステファンさんは悪くないんだけど。




 
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