あやかし街の不思議な占い喫茶

蔵崎とら

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不思議な出会い

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 結局のところ、知らない女性の声が聞こえた気がしたけれど発生源は分からず仕舞いだった。
 このまま一人暮らしの家に帰るのは少し怖い気もするけれど、野田山様には彼を待っているご家族がいるのでついてきてもらうわけにもいかない。かといって一緒に過ごしてくれる友達もいない。
 そんなわけで、現在私は我が家に一人きり。
 ちょっと前まで父と二人暮らしだったはずなんだけど、その父は失踪したし、母は今海外でバリバリ働いているし、兄弟もいないし。
 今回の立ち退きの件を母に相談しようかとも思ったけれど、楽しそうに働いている母の邪魔はしたくなかった。
 私が小さい頃は私のせいで沢山気苦労させたのだもの。今更また邪魔をするわけにはいかない。
 店が立ち退きになるからって、家がなくなるわけではないのだ。
 とりあえずしばらくはなんとかなる。
 私はそんなことを考えながら、求人情報を眺めている。

『あなたに出来る仕事なら……まぁ強いて言うなら工場での軽作業とかよね。人にビビっちゃうから。それで慣れてきたらある程度の接客業も出来るようにはなると思うけど』
「……まぁ、はい」

 完全に話しかけられているから、あと図星だから返事をしたけれど、この声はさっきの知らない女性の声だ。
 姿は見えないのに、それどころか気配すらないのに、声だけが聞こえる。

『でもあなた、ちょっと待ったほうがいいわよ』
「待つ……?」
『そう。待つって言っても、今夜寝てるだけね。明日の朝にはまた色々あるから』
「い、色々……?」
『色々の部分まで言っちゃうと面白くないでしょ』
「面白いとか面白くないとか……っていうか、あの……どちら様ですか……?」

 そう尋ねると、ふと声が止まった。
 聞いちゃいけなかったのかな、と思っていたけれど、再び声は聞こえてくる。

『私の名前はティナ』
「ティナさん……」

 名前はともかくとして、どこから私に話しかけてるのかとか、そっちが聞きたいのだが。

『ねえ、さっきのブローチは?』
「ブローチ? ブローチならここに、あっ!」

 ポケットに入れていたブローチを取り出そうとしたところ、飾りか何かがポケットに引っかかってしまい、うっかり手から離れてしまった。
 手を離れたブローチは当然真っ直ぐ床に落下する。
 宝石もどきに傷がつくこと、繊細な飾りに傷がつくこと、さらには床に傷がつくこと。あれこれと私の脳裏に駆け巡ったけれど、実際はそれどころじゃなかった。
 落下したブローチから衝撃音が聞こえることはなく、なぜか私ごと一瞬の光に包まれる。
 驚いて腕で顔を覆ったまま瞳を閉じて、そのすぐ後にふと気づけばブローチから漂っていたあのいい香りが強くなっていた。
 なぜだ、と閉じていた瞳を開くと眩しかった光は消えている。それなら、と恐る恐る顔を上げたら私の目の前に見知らぬ女性がいた。いや、いた……っていうか、いると言えばいるだけど、透けてるな。
 ゆるく波打ったはちみつ色の長い髪にオレンジ色の瞳、そして赤い唇が目を引く美女だった。年齢は三十歳前後くらいだろうか? 身長は私とそんなに変わらないみたいだから日本人女性の平均身長と同じくらいなんだろうけど、顔立ちは明らかに日本人ではない。

『泉美ちゃんよね! ありがとう! おかげで封印が解けたわ!』
「な、え、はぁ?」

 どんなに目を凝らして見ても完全に透けているので、もしかしたら幽霊かもしれない。付喪神はこんなに身体が透けることはないもの。と、ぐるぐると考えていたところにとんでもない言葉が飛んできた。
 封印が解けたって?
 もしや私、なんかとんでもないことやらかした!?
 っていうかなんで私の名前知ってるの!?

「わ、私の名前」
『泉美ちゃんでしょ? その魔石の中から見てたのよ、ずっと』
「魔石……?」
『ブローチについてる石よ。日本には……いや地球にはない石だから石じゃないって鑑定されたみたいだけど』
「えぇ……」

 視覚からも聴覚からも入ってくる情報が多すぎて頭が一切ついてこない。何を言ってるんだこの人は。

『私ね、元は別の世界にいたのよ』
「待っ、何?」
『別の世界。異世界ってやつね。そこで未来視魔女やってたんだけどさ、未来視の結果紆余曲折あって王家のスキャンダルを暴いちゃってね! 怒り狂った王妃がこっそり雇ってた呪術師にとらわれた挙句その石に封印されちゃって!』

 いや情報が多すぎるってば。あっはっは! じゃなくて。笑い事か?

「ゆっくりお願いします」

 紙とペンを用意した私は、もう一度彼女の話を聞く。ゆっくりと順番に、紙に書きながら。
 本当にゆっくりと噛み砕きながら説明してもらったため、なかなかの時間を要した。
 あんまりにも時間がかかったもんだから、途中でティナさんではなくティナちゃんと呼んでと言われたりして、最終的に私はティナちゃんと友達のように話すようになっていた。

「……結局のところ、ティナちゃんは何も悪くないよね?」
『包み隠さなかった私が悪いと言われればそれまでだけど、未来視をやれって言ったのは王妃様だからねぇ』

 ティナちゃんがいた世界は王族だの貴族だのがいるらしく、日本とは根本的に違うから詳しい感覚までは分からないけれど、明らかに理不尽な話だった。
 けれど、ティナちゃんはもうそれほど気にしていないと言う。

『そりゃあ封印された時は恨みもしたけどね。でもこっちに来てからはどうでも良くなっちゃった』
「こっちに?」
『私も詳しくは知らないんだけど異世界間を転々と移動しては盗みを繰り返してる盗賊みたいなのがいるらしくてね、私を封印してたそのブローチもそいつらに盗まれたの』

 王家に難癖付けられた魔女が封印されてるブローチを盗む度胸すげぇな。

『で、運ばれてる途中でぽろっと落ちちゃってね。落ちてきたのがこの日本のあの骨董品店だったのよ』
「なるほど」
『その落下の衝撃で封印にほころびが出来たらしくて、外の世界が見られるようになったの。それからはこの魔石の中から骨董品店のお客さんや外にいる人たちを観察してた。人間ではない生き物がいるなんて、幼い頃に読んだ本の中の世界みたいでわくわくしたわ』
「人間ではない生き物」
『あやかしとか、そういうの。付喪神ってやつとかね。櫛の美女に聞いたわ。あの人何でも教えてくれるのよ。あとは人間に懐く可愛い猫とかね! あっちには凶暴な魔獣ばっかりだったから』

 櫛の美女は私も見たな。めちゃくちゃ美人だった。

『でね、私、泉美ちゃんのこともずっと見てたのよ。ずーっと言いたくて言いたくてうずうずしてたの』

 私も見られてたのかぁ。まぁ骨董品店はお隣だし、その辺うろちょろしたりするからな。

「ん? 言いたいこと?」
『そう! 一緒に骨董品店にきたあの狐! 好きなんでしょ?』
「……う」
『否定も肯定もしなくていいわ。言われなくても分かってるから。分かりやすすぎて』
「ぐ……」

 返す言葉も見当たりません。

『だからうっかり口を滑らせちゃったのよね、不毛だって』
「不毛なのは……分かってる」

 奥様がいる人に片想いするなんて、そりゃあ不毛よ。でも好きなものは好きなんだもん。
 だからといって何かを求めているわけではない。ただ好きでいさせてもらっているだけであって、横取りしたい気持ちなんてない。
 顔を見れば挨拶をしてほんの少しお話をする。そのくらいの縁が、出来る限り長く続いてくれればいい。私の願いはそれだけ。

『でもね、気持ちは分かるの。私も未来視魔女やってた時にしてたから。不毛な片想い』
「そうなの……?」
『そう。好きになった人の未来を視たら、私じゃない女の人と幸せそうにしてたの』
「未来は、変えられないの?」
『どうにかして変えられるんじゃないかって思ってたわ。彼の隣で笑っているのがどうして私じゃないの? って何度も何度も未来を視たけれど、変わらなかった』
「……そう」
『そうそう。その時本っっっっっ当に何度も何度も未来視をしてたもんだから能力だけがぐんぐん伸びてって最終的には王家に目を付けられるようになるまでになっちゃったのよ』
「あらら」
『だから、不毛な片想いはいつか身を滅ぼすわ』

 説得力エグすぎ。
 しかし私のこの片想いも、いつか身を滅ぼしてしまうのだろうか。
 身を滅ぼすからといってこの片想いを忘れることは出来るのだろうか。
 ……無理な気がする。だって好きだし。

『まぁでも泉美ちゃんの未来は明るいわ』
「本当? もうすぐ立ち退きで職を失うのに?」
『……ははっ!』

 笑って誤魔化されてしまった。

「ところでティナちゃんは未来が視えるのに、どうして封印なんかされちゃったの? 自分の未来は視えないとか?」
『自分の未来を視るのはちょっと難しいんだけど、視えないわけではないの。ただ、王妃の未来を視た後の私の未来は無だった』
「無?」
『何も視えなかったのよね。だから多分死ぬんだろうなぁとは思ったんだけど、王妃の命令を聞かなければそれはそれで消されるから、もうどうしようもなかったのよ。八方ふさがりってやつ?』

 やっぱり理不尽な話である。
 けれど、選択肢のない中で逃げなかったティナちゃんはとても強い人なんだろうと思う。
 最初こそヤバい幽霊出て来ちゃったと思ったけど、今では彼女を尊敬し始めている。
 そもそも私が今まで出会ってきた幽霊といえば成仏出来ずにその辺を彷徨っている幽霊であり、悪霊である確率がほぼほぼ100%だったから身構えてしまったけど、ティナちゃんはこうして話していると美人で明るいお姉さんなので幽霊っぽさもない。
 しかし、さっき私がブローチを落としたことで封印が解けたらしいので、この後どうするのだろう? 成仏しちゃったりするのかな?
 そうだとしたら……ちょっと寂しいな。

『ねえ泉美ちゃん』
「なに?」
『私をあなたの側に置いててくれない?』
「まだいてくれるの?」
『泉美ちゃんがいいならね。ちょっと不気味なブローチを持っててもらわなきゃいけないわけだし』
「ティナちゃんが側にいてくれるなら、身に付けとくよ」

 不気味かどうかはともかくとして、付けるにはちょっと大きい気もするけれど一緒にいてくれるならそのくらい我慢出来る。

「でもティナちゃん、成仏とかしないの? というかティナちゃんは幽霊なの?」
『自分でもよく分からないけど、死んだかどうかも定かじゃないからねぇ。でも生きてても死んでても元の世界への戻りかたが分かんないから、多分ずっとここにいるんじゃないかな』
「そっか」

 うっかりこっちの世界に来たわけだし、戻りかたがあるかどうかも分からないのかもしれない。野田山様に聞いたら何か分かるかな?

『でも私、ここが好きだから、どっちにしたってもう少しここにいたいの』
「うんうん」
『あと泉美ちゃんの未来を視た時に腹抱えて笑ってる私がいたから、まだまだここにいる予感もしてるの』
「腹抱えて笑ってるってどういうこと?」
『……はははっ!』

 毎度毎度笑って誤魔化さないでほしい。
 私と一緒に腹を抱えて笑っているのか、それとも私の言動を見てティナちゃんだけが腹を抱えて笑っているのかだけでも教えて。意味合いが変わってくるから!

『とにかく明日を待ちましょ。あぁ楽しみ楽しみ!』
「楽しみ……ねぇ」

 何年も変わり映えのない毎日を送ってきたんだから、そんなに楽しみにするようなことなんて起きるわけがない。
 その時の私はそう思っていた。




 
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