約束の還る海

天満悠月

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第八章

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「この島、居心地がいい」

 何もない未開の土地だが、二週間いてそれが言えるんなら、相性がいいんだろう。

「俺は具合悪いな。前まではなんともなかったけど」
「あまり眠れていないらしいね」
「アレに呼ばれてるんじゃねえかって感じがする。今さっきも、夢の中にいるんだと思ってた。……ようやく目が覚めてきたよ」

 だが、相変わらず現実感はねえ。また黙り込む。この先の道はそんなに長くねえはずだから、そろそろあいつも戻ってくるだろう。なんて思った頃合いで、アンドレーアが息せき切らして帰ってきた。

「青……、土が青く光って……」

 連中は随分深く埋めておいたらしい。もうとっくに、雨水にさらされて露出しているんじゃないかと思っていた。どっちにしろ、アンドレーアにも反応はしたみたいだ。

「掘り返してみたのか」
「ええ? そんな、怖い事……」

 まあ、無害だろうって言われたって、人殺すような術が掛かってる石版だって聞いてるのを掘り返したくはねえだろうよな。

「どんな具合で光ってたんだ? 結構明るかったか?」
「いえ、ぼんやりと……。なにかが埋まっているのが分かる程度でした」
「へえ。じゃあ、俺も行ってくる」

 俺は立ち上がって、アンドレーアが駆け戻ってきた道を行こうとした。

「僕も行く」

 だとかリオンが言うんで、俺は足を止めて、なんだか怖ぇ顔して振り返っちまった。

「お前は危ねえから来るな」
「君より後ろにいればいいだろ」

 そりゃ、光線の軌道は俺に向かってくるはずだから、その間にいなければ確かに平気かもしれねえが……。

「二人とも行くんですか? なら、私ももう一度行きます」

 なんでこうなったんだ。俺は一人で行く気だったはずなのに。だが、わりと強情なやつらだってのはなんとなく分かってきていたから、俺は諦めて後ろをついてくる危なっかしい二人分の気配を感じながら、再会した暁には踏みつけてやりてえ石版がある方へ進んだ。

 遠くで青いのが見えた。こんな距離からでも反応してるのか。昔は五歩くらいのところまで寄って、急に光ったくせに。あのときは寝惚けてでもいて、目が覚めてからはずっと起きてたってか。

「もう反応するんですか? 私はもっと近づいたけれど」
「……俺とお前が一緒にいるからじゃねえか。この辺りにいろよな。俺はアレをぶん殴ってくるからよ」
「……はあ」

 アンドレーアが落ち着かなげな雰囲気で立ち止まって、リオンも頷いて木の後ろの方に体を隠した。

 そこから三歩ばかし進んだら、薄ぼんやりしてた光が束になって天を突いて、それから俺の方に向かってきた。甲高い音みたいなものが頭の中に響く。

「だ、大丈夫……」
「なんてことねえよ」

 たぶん、アンドレーアよりもいい反応をしてるんだろう。後ろで心配してるようだったから、俺は適当に宥めておいた。

 元々朦朧としてる意識だったが、光に当てられてるとやっぱりどうもフワついてくる。崖下に落ちたりしねえようになんとか気をやりながら、俺は一歩ずつ近寄った。額に当たっていた光は、俺の体の中央を滑るようにして下りていって、胸のあたりで止まった。土の下から俺になにかを訴えてるらしい石版を、ブーツで蹴飛ばしながら掘り起こす。汚れた青い球体が、気分よさげに青い光で俺の心臓に絡みついてくる。鬱陶しい。

 俺はしゃがんで、石版を見た。わけの分からねえ古代術式の魔道方陣が薄く光って、前期リラニア語でこれがなんなのかってのが書かれている。『我々は守り人として、死しても役目を果たすため、この盾を残す』。昔に親父とエロイが読んだのと同じ文が、俺にも難なく読めた。その下に続く文も、潰れた部分を除いて。『彼者を讃えん。閉ざされた宮の扉を開けるのは、彼者と同一の***を持つ者』。その後、暫く潰れてから、『其れ即ち』――、

「『我らが王の復活』……?」

 見たことのない字形だった。読めるはずがないのに、俺はそれが『復活』という言葉だと、現代の言葉を見たときと同じ具合で、ごく当たり前のように理解してしまった。

――『吾が王也』。

 ……なんだ? 俺は今何を言った? 俺の知らない言語だ。だが意味が分かる。いや、……言ったのか? 何を使って? 口じゃない。声じゃない。音じゃない。それ以外の何かを使って言った。……揺れているのは俺の頭か――?

「うわあ!」

 アンドレーアの叫び声。俺はあいつらが後ろの方にいるのを思い出して、とっさに振り返った。地面が割れている。俺と二人の間に深い亀裂が入って、広がっていく。動けねえ。ここにいたままじゃやべえって分かるのに。立ち上がれねえ。

「レナート!」

 地面の溝を飛び越えて、リオンがこっちに来る。だめだって。

 落ちる。崩れた大地もろとも落ちちまう。崖下の川まで抉って、地面が消える。巻き込まれた木々が根を軋ませながら、しがみついていた岩たちと一緒に落ちていく。

 伸びてくる白い手を、俺は無意識に握り返していた。そのくせして思うんだ。お前、なんでこっちに来ちまったんだよ、って。

 俺と同じ声した、俺たちを呼ぶ叫びが遠くなって、聞こえなくなる。まだ落ちる。本当に死の国ニグロームまで行っちまうんじゃねえだろうか。俺はまた、誰かを巻き添えにして殺しちまう。

 でも、今度こそは俺も一緒に死ねるだろうから、俺が下の方で罪を清められたら、どうか天上の国アルビオンで気が済むまで詰ってくれ。



 ガキの頃から、メリウスが好きだった。寛大で賢く、人らしく思い悩みもするが、神らしい高尚な精神も持ち合わせ、人と神から愛され、今も尊敬され続けている、半神半人。生まれの境遇を自分と重ね合わせて、児童向けに編集された物語から広がる空想に浸って遊んだ。

 ガキの頃から、同じ夢を何度も見てきた。俺の知らない景色だった。建物の様式も、人が纏う衣服も、彼らが扱う道具も、俺の記憶にはないはずのものだった。その中にいて、行き場を探してさまよっていた。人の姿をしているのに、人ではないもの――いや、かれらもヒトだ。二種類の人間で、その世界は成っている、それを俺は知っていた。かれらはいつも友好的ではなかった。場面が変わったとき、俺は争う二つの人類の真ん中で、いつも叫んでいる。撃たれ、焼かれながら、届かない声で訴えていた。俺はいつだって狭間にいた。諍うかれらの、どちらにも属するという俺の思いとは裏腹に、どちらの種も俺を受け入れてはくれない。俺はなぜ、このようなものとして『造り出された』のだろうか。そんな悲嘆に暮れて生きた、途方もない時間。

 メリウスは本当に愛されていたのだろうか。いや、たしかに愛されたのだろう。だが、その道程は、あんな短な物語では到底語りきれやしない。決して容易なものではなかった。

 だって、そうだろう? 俺は――

――私は二千年もの間、闘ったのだから。
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