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青年藩主編

第三十七話

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◇◇◇宮地日葵

 小さい頃より、よく聞いていた高野山。ついに来てしまいました。まだ大門も見えてこないですけど、もう雰囲気は高野山そのもの。
 私も紀州生まれですから来たことは無くても、お話では何度も聞いていました。自分の足で高野山まで来たという事実が胸を震わせます。

 距離や山道はそこまで厳しいものではありませんでした。だから、また来ようと思えば来れる距離です。しかし、もう来れないでしょう。家を空けて旅をするなんて我が家では考えられません。その日の食事をどうするか、という問題を家族総出で対応しなければならない日々からです。
 今回は、日当もいただけるとの事で、その辺りは心配要りません。

 偶然の出会いで松平頼方様のご依頼を受け、この場に立てた事、この感謝の気持ちをどう伝えたらよいのでしょうか。言葉にしようとすると月並みな物しか出ない気がします。
 この忍者探しの旅もそうですが、今後必ずご恩をお返ししようと決意しました。


 さあ、そろそろ高野山の入り口、この曲道を曲がれば大門が見えてくるはず。

「つっきました~! ってあれ? 大門でしたっけ。無いですね……」
「ご存じなかったですか? 大門は一六八八年に焼失してしまったのですよ」

「えぇ~! 高野山は女人禁制だから、せめて大門だけでも見て高野山感を味わいたかったのに!」
「残念ですね。綺麗に整地されてますし、そろそろ再建されるかもしれません」
「ぶー。今じゃないとダメなんだけどな」

「こればかりはどうにも。さて、私は中へ入り、無宿人達に楠木正成様に所縁のある人物がいないか聞きこみます。紀州藩の宿坊になっている大徳院にお世話になりながら数日かけるつもりです。行きがけに説明した通り、日葵殿は女人堂を拠点として女性方に聞き込みをお願いします。毎日夕刻に女人堂の表で待ち合わせ、情報をすり合わせましょう」

「そんな説明ありましたっけ??」
「…………」
「そういえば……言ってましたね! ではでは! のちほど~」
「ふう……頼方様、彼女で大丈夫なのでしょうか」

 いやー、大門がないとは。残念です。
 仕方ない。ひとまず女人堂まで戻りましょう。

 女人堂にいらっしゃる方々は、女人禁制で高野山に立ち入れないことを承知で訪れた方たちです。山内に入れずともできるだけ近くでお祈りをしたいというお気持ち、頭が下がります。邪魔をせず、無理のない範囲でお話を聞きましょう。
 もしかしたらお役目としては良くないのかもしれませんが、頼方様ならわかってくれると思います。


「そうですか~。ご存じないですか」

 女人堂まで降った私は、参拝者の方に早速聞き込みを開始したのですが、思わしくありません。
 女性方だけの集まりなのでお話はお好きなようです。だから聞き込み自体は苦労しないで済みましたが空振りでした。

「ごめんなさいね。私もここの人間じゃなくて、お参りをしにきただけなものだから詳しくないの」
「あたしも知らないね。ここらの参拝者は、みんな余所者みたいよ。聞いた話じゃ大坂や敦賀から来たとか言ってたわ」

「いえ! ありがとうございました。お時間取らせちゃって、すみませんでした」
「いいのよ。ここじゃお参り以外する事ないし。そういう話を聞くなら宿坊のお手伝いさんとかどうなの? この辺りの村から来てるって聞いたわよ」

 ふむふむ。確かにこの辺りに詳しいのは、現地に住まわれている方ですね。ではその方向で何か情報がないか探っていきましょう。

「そうなんですね。ではそうしてみます。ご協力ありがとうございました!」

 そろそろ参拝者の方も宿坊に戻り夕餉までの時間をのんびり過ごされるようです。宿坊の裏方さん達は夕食の準備で慌ただしそうですね。これではお話を聞くのは難しそうです。

 それにしてもお出汁の良い匂いがしますね~。お寺の精進料理食べた事ないんです。
 うちのご飯は、貧乏のせいで強制的な精進料理みたいなものですけど。いけません、自分で言っていて悲しくなってきました。

 そうだ!そろそろ夕刻ですから政信さんと待ち合わせでした! 遅れるとネチネチとお小言を頂いてしまうので遅れないようにしましょう。


 おっと。政信さんもう来てます。これは、お小言の可能性が高くなってしまいました。政信さんのアレ長いんですよね。ご飯前に始まったら夕餉を食べ損ねてしまうかもしれません。こうなれば『素直作戦』発動です。皮肉屋さんには素直にぶつかるのが一番です。

「遅くなり申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「随分殊勝な態度ですね。逆に気味が悪いですよ。私も先ほど来たばかりですから気にしないでください」

 ふふふ。作戦成功ですね。ちょろいです。でも一言多くないですか?

「早速報告し合いましょうか。でないと夕餉に間に合いませんからね」
「うぐっ」

 作戦失敗です。バレてました。私、からかわれていたようです。
 その後、政信さんと初日の成果を共有しました。まずは政信さんから、そして後に私からという順番です。
 政信さんも大きな手掛かりは見つけられなかったそうです。私からの宿坊のお手伝いさんを攻めるという考えには褒めて頂けました。頭の良い方をびっくりさせるのは気分が良いです。政信さん、日ごろから、もっと褒めて良いんですよ。

 報告については、政信さんが丁寧に丁寧に話すものですから時間がかかりました。あれはきっと態《わざ》とです。私が夕餉の時間を気にしているので、ゆっくり話したに違いありません。
 わかっているのですか? ご飯の恨みは恐ろしいんですよ。私が優しくなければ、即戦争だったのですからね。



 ※大門は、1570年代に焼失してしまったのを1640年に再建。そして1688年に焼失、1705年に再建されたという情報を基に物語を書きました。
 ひまりちゃん達が訪れた時期は、焼失して再建されていないタイミングです。
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