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青年藩主編

第四十二話

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◇◇◇宮地日葵

 私たちに気配も感じさせず、いきなり声をかけてきた、このお爺様は一体誰なのでしょう。

「誰って、お前らが行きたがっていた村の住人だよ」
「天狗村の偏屈爺さんですか?!」

「誰が偏屈爺だって? 口の悪い小娘だな」
「小娘じゃありません! 私はもう立派な女性ですから」

「お前さんが、立派な女性なら、そこらのガキんちょみんな大人だな」
「私はガキじゃありません! もう十一歳ですよ!」

「やっぱりガキじゃねえか」
「うきー! この偏屈爺!」
「何だと? このジャリガキめ」

「偏屈爺!」
「ジャリガキ!」
「偏屈爺!」
「ジャリガキ!」
「偏屈爺!」
「ジャリガキ!」

 まったく! しつこい爺さんですね。こんな子供っぽい人が本当に忍者さんなのでしょうか。

「あのー、そろそろ良いですか? ちなみに口が悪いのはお互い様ですよ」

「ああん? まあいい。許してやるか。何か用かい。ひょろっちい兄ちゃん」
「許してやるのはこっちのセリフです!」
「まあいいですから。私は葛野藩主 松平頼方様の依頼でこの辺りに人探しに参った次第。山波政信と申します。」
「そりゃあご丁寧にどうも。風羽《かざはね》の三左《さんざ》だ。お前らが捜していた天狗村の村長で、唯一の住人だ」

 一人だけの村なら村長も何もないじゃないですか! ってツッコミたいですけどしませんよ。私、大人なので。

 政信さんも顔色を変えませんね。さすが。政信さんも大人です。

「村を探しているとよく分かりましたね」
「そりゃあ、見ていたんだから分かるに決まっているだろう」

「--っ! 一体いつからですか?」
「最初からつったらどうするよ?」

「声を掛けられるまで気が付きませんでしたよ」
「疑ったりしねえのか?」

「疑ったところで確かめようもありませんから。それに背後を取られるほどの腕前の方であれば、さもありなんといった所でしょうかね」
「まあ腕がいいのは確かだな。んで、目的の男に会えた後はどうすんだ?」

「落ち着いて話ができる所はありませんか?」
「仕方ねえ。村に案内してやらぁ。ついてこい」

 そういうと三左《偏屈爺》さんは、迷路のような道に進むのではなく、高野山から来た普通の山道の方へ行ってしまいました。
 村への入り口はこっちだと思ったのですが別の入り口があるのでしょうか。

 まさに高野山へ戻る方へ道を進むと、プラプラと歩いていた三左《偏屈爺》さんは立ち止まりました。こちらをチラッと見て馬鹿にするようにニヤッと笑うと迷路森から反対側の茂みに入っていきます。

 十歩ほど進むと徐にしゃがみ込みました。地面を手で払うような仕草をしていたかと思うと、グッと力を入れて地面を引き揚げてしまいました。よくよく見れば、それは地面ではなくて竹で組んだ格子のようなものでした。その格子に植物を植え付け、偽装していたようです。実際、天狗村を目的地としている人が、村と反対側の茂みに入るなんてしないでしょう。

「入れ」

 悪戯が成功した子供のような顔をして、三左《偏屈爺》さんは地面に開いた穴に入るように促します。服が汚れそうで嫌なんですけど、ここは拒否できるところではないですよね。仕方ありません。三左《偏屈爺》さんの悪戯に乗っかるような感じで本当は嫌なんですけど。

 男らしく政信さんから穴に入ります。奥は暗くて見えませんが入り口から見える分には横幅は一間(3.03m)くらいでしょうか。
 続いて中に入ると、外から見るより広く感じます。ふっと穴が暗くなると三左偏屈爺さんも飛び降りてきました。擬装戸を閉めながら中に飛び込んだようです。

 飛び降りて直ぐに懐から火種を出して備えてあった龕灯がんどうに火をつけました。私たちに声をかけるでもなく、龕灯の明かりを使用して、擬装戸の植え付けられた植物を手直ししています。

「さあ行くか」

 手直しに満足したようで進むよう促してきました。何かこちらを気遣う訳でもなく当然のように。

 穴から入った地下通路を三左偏屈爺さんの後ろを政信さん、私という順番で歩きます。この通路は幅も広いのですが高さも広いです。高さも一間くらいですかね。
 三左偏屈爺さんは大柄なので少し頭を下げながら歩いていますが、政信さんであれば、苦も無く歩けています。地面をここまで広く掘るとはどれほどの労力が必要だったのでしょうか。昨日今日に出来るものではないのはよくわかります。

 四半刻ほど歩いたのでしょうか。薄暗い道をただ真っすぐ歩くだけで正確な時間はよくわかりません。時折、換気孔のように細い明かりがあったくらいで代り映えがしなかったのです。

 急に目の前に強い光が見えてきました。遠くからでは換気口の明かりのように見えていましたが、近づけば近づくほど光は強さを増していきます。

 その光の真下に来ると周りを石垣のように固められた壁に囲われていました。その壁には螺旋階段のように足場になりそうな石が並んでいます。手すりもありませんが私たちなら苦労なく登れるでしょう。

「行けるよな?」

 三左偏屈爺さんは質問したくせに、私たちの答えも聞かず、さっさと登って行ってしまいました。舐めないでください。こんなの余裕です!

 政信さんに続いて駆けあがってみれば縁を囲んだ井戸ですね。井戸と見せかけた抜け道の入り口だったようです。おそらく私たちは村からの抜け道を逆走して村に入ったのでしょう。

 ここが天狗村ですか。感慨深いですね。やっと辿り着けました。
 薄暗く、空気の淀んだ道を抜けた達成感から思いっきり新鮮な空気を吸い、村を見渡します。

 …………普通の村ですね。
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