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真っ黒に燃える月
しおりを挟む翌日もいつも通りのおかしな日常を過ごし、放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺は鞄を持って一番に教室から出る。
満月さんと一瞬目が合い、何故か舌打ちをされたがそれを無視して妹の待つ教室に向かう。
二年生は二階、一年生は一階なので階段を降りる所までは不自然ないんだが、下駄箱がある場所と妹の教室は真逆の方向なので、あまり人に見られたくない。
『お兄さんはゆうかちゃんの為にシスコンを演じているんですよね? 本当に変な関係じゃないですよね?』
妹の教室近くについてから、恋歌から来たメッセージを思い出す。
早く入らないといけないのに、彼女の言葉を考えてしまう。
「普通の兄妹……か」
『普通の兄妹に戻ろうとは思わないんですか?』
戻れるなら戻りたいよ。
普通の青春がしてみたい。
妹に害をなす男が近づかないかどうかピリピリしながら街を歩くのだって、やりたくてやってる訳じゃない。
これは俺に与えられた罰なんだって事を分かって欲しい、恋歌なら……分かってると思ってたんだけど……。
なぁ恋歌、お前なら俺を……助けてくれるとか、期待しちゃダメかな。
「……いや、協力してくれてるだけでもありがたいんだ、恋歌にこれ以上求めるのは間違ってんだろ」
ガラガラと音を立て、教室の中から人が出てくる。
目が合った名前も知らない後輩達は俺を見てから教室の中を見て、そして少し頭を下げてから横を通り抜けていく。
「あの人が例の先輩?」
「そうそう、妹迫ゆうかちゃんのお兄さん」
「結構カッコいいのに……シスコンかぁ……」
「しっ! 聞こえる!」
辛くない。
俺は大丈夫。
うん、大丈夫なんだ。
「ゆうか、帰るぞ」
教室に入ると、さっきの比ではない視線に晒される。
それを乗り越えて席で校庭をぼーっと見ている妹の近くにたどり着くが、妹は俺を見てからすぐに校庭に視線を戻すので、いったい何があるのかと思い、俺も見てみるとそこには恋歌がいた。
陸上部に所属する彼女が少し焼けた肌を汗で濡らしつつ走っていて、その姿はまさに俺の求める青春そのものだった。
「恋歌ちゃんはもう部活行ってんのか、さっきチャイム鳴ったばっかりだろ」
「今日の最後の授業は体育でしたから、そのまま走ってるんです、部活でも期待されているので先生が許可したんですよ」
勉強もスポーツも出来る。
部活で汗を流して仲間達と笑い合う。
……ダメだ、見ていると黒い感情しか湧いてこないし、これを恋歌にぶつけてしまいそうになる。
「とにかく、帰るぞ」
「もう少しだけ見ていてもいいですか? 恋歌が男の人の視線を気にせずに部活が出来るのが……羨ましくて、お願いします」
…………俺は何を考えていたんだ。
青春がどこかに行ってしまったのは妹も同じ、しかもそれは俺が約束を破ったから奪われた物。
俺は今罰から逃げようとした、それじゃダメに決まってる。
俺が彼女の青春を奪ったんだろ。
「青春だな」
「はい、私にはもう二度と無い物ですから……なおさら恋歌が輝いて見えて、羨ましいんです」
「……ごめん、俺が」
「兄さんが謝る事じゃありません! ゴホン、それに今は……えい!」
ゆうかが立ち上がり、腕を組んでくる。
まだ教室に人がいる事なんてお構い無しに、彼女は昔のような可愛い笑顔を俺に向けて……。
「私は、兄さんと青春してますから」
他の人に聞こえないぐらいの小さな声でとんでもない爆弾発言をした。
「いやちょ、お前! いいか俺とお前は兄妹で」
「はい、私と兄さんは兄妹です、でも一緒に学校に行って勉強をして、友達の部活を応援するのも今しか出来ない事をする、これが私達の新しい青春の形だと思うんです!」
……え。
あ、うん。
言われたら確かにそうなんだけどさ。
そうなんだけどさぁ!
「兄さんが大声で"俺とお前は兄妹で"とか言うからみんな見てますよ」
振り返ると、確かに後輩達が俺を見ている。
それと同時に、腕から妹の震えが伝わってくるのも分かる。
ああ、あの黒板近くにいる男が見ているのが原因だな。
「帰るぞ、ゆうか」
「……はい、す、すいませんでした」
普段はこんなにも目立つ事はしない。
明日はきっと、ゆうかに対してクラスメイト達は冷ややかな視線を向けるだろう。
俺が変に動揺しなければこんな事にはならなかった。
そもそも、俺は妹との青春と言われて、何故あんなに動揺したのかは……考えないようにしておく。
それこそ、普通の兄妹に戻れなくなりそうだ。
妹と一緒に自宅に戻る。
昨日のように帰り道に男が現れる事は無かったが、一応念には念を入れ、普段はしない腕組みをしていたが、それが良かったのか、口数は少なかったもののゆうかは比較的安定していたと思う。
「そんじゃ、俺はバイト行ってくるから、戸締まりはしっかりしろよな」
俺は玄関で靴を脱ぐ事なく、持っていた荷物を置いてから妹にいつもの注意をして、さっき開けた玄関の引き戸に手を伸ばす。
「あ、ちょっと待って下さい!」
妹は自分の脱いだ靴の上に乗り、俺の肩を掴んだ。
さらに背伸びをしてからいつも通り。
「気をつけて、いってらっしゃい、兄さん」
俺の頬にキスをした。
……この行為に何の疑問も抱かなくなった時が、俺が終わる時だろう。
これが異常だと、間違っていると理解できているうちは、まだ大丈夫。
俺はまだ、正気でいられる。
「いってくる」
「晩御飯は私が作りますからね、期待していて下さい!」
俺のバイトは朝と夕方に二つある。
朝は冬月さんの店で、夕方はスーパーの店員だ。
飲食店も考えたんだが、働く時間が長くて遅いので、妹と食事をする時間がかなり遅くなってしまうので、夕方から19時近くまでのこのバイトに決めた。
品出しにレジ打ち、在庫の補充など様々な業務があるんだが、中でも一番好きなのは……。
「お会計1250円になります」
レジ打ちだ。
これはいい、常に口を動かしてないといけないし、釣り銭を数えたりもしないといけない。
変な事を考えている暇が無いから、心を空っぽに、無にして働けるのは今の俺にとって最高のバイトだ。
「いらっしゃいませ……って、来てたのか、恋歌ちゃん」
そんな時に、恋歌が客としてやってきた。
上下ジャージで、部活終わりにそのままやって来たのだろう、別のレジには彼女と同じ服を着た女子生徒が並んでいる。
「部活終わりなんで腹減るんですよ、でもコンビニだと高いし、ここのコロッケ美味いんでついつい来ちゃうんです」
「そっか、ありがとな」
スポーツドリンクと牛肉コロッケのいつもの組み合わせ。
もうレジを通さなくても値段が分かるが、そんな事をしたら間違いなくクビなのでそれはしない。
一つ一つレジを通していると。
「昨日の昼間は……ごめんなさい、僕が間違ってました」
恋歌が謝罪してきた。
きっと、妹をからかったら予想外の反応が返ってきたアレの事を言っているのだろう。
だが、彼女が謝る事じゃないとあの後伝えたはずなんだが……気にしているのかな。
「あれはゆうかの問題だ、どっちが悪いとかじゃない」
「お兄さんとゆうかちゃんの関係についてです、変な関係とか言って……お兄さんの気持ちは分かりませんけど、家族としてゆうかちゃんに寄り添わないといけないんですから、それを考えずにあんなメッセージを送ってしまいました、すいませんでした」
「気にしてないよ、大丈夫だから」
恋歌は涙目になっている。
それと同時に、どんどんと声も大きくなっていく。
「私、お兄さんと一緒にゆうかちゃんを支えるって決めたのに、変な疑いをしてしまった自分が許せないんです! だから、一度怒って下さい!」
「本当に大丈夫だから! だから」
「私はお兄さんに叱って貰いたいんです!」
パートのおばちゃんや他の客。
それに恋歌の友達の全員が俺と恋歌を見ている。
さらに青果コーナーにいる店長が口をパクパクさせている。
そりゃそうだよな。
女子高生がレジで男の店員に叱って貰いたいって結構な声で言ってるんだもん。
「恋歌ちゃん……時と場所を考えて欲しかったよ……」
いくら年が近いとはいえ、店員である俺に頭を下げさせるなんてあってはならない事だ。
逆ならありそうなんだけど、とにかくこれはやばい。
「あっ……!」
やってしまったって顔をする恋歌。
そして顔を真っ赤にしてやってくる店長。
あ、これ……クビかも。
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