アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第140話 仲間、集まる

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 翌朝、レイビック伯爵の陣営がある砦には、何人かの貴族の姿があった。

「ご紹介しよう。バジエ辺境伯、ギュレーター殿だ」

 レイビック伯爵が皆に紹介した。

「私の学友だ。バジエ辺境伯が王太子の結婚式の際、亡くなられたので、爵位を継がれた」

 堂々たる体格のギュレーターが目礼した。彼はいかにも一癖ありそうな目つきで、周りを見回していた。裕福な大貴族の出身で、体格も立派だったし、貴族らしく武芸に通じていた。傲慢に見えても仕方なかった。
 それにもかかわらず、彼は当然のようにフリースラントの後ろに立っていた。

「ヴォルダ公のご子息とは、学校で一緒だった」

 ギュレーターとフリースラントは、学校では家格も地位も勝るとも劣らないライバル同士だった。
 年上で先に学校に入って勢力を持っていたギュレーターが、後から来た年下のフリースラントに、勉学や扱いで負かされるのは面白くなかったに違いない。

 仲がいいはずがなかったが、結局彼らはダリアの大貴族なのだ。
 その地位が彼らのとるべき行動を決める。

 ダリアの危機に際し、ギュレーターは黙ってフリースラントの許へやって来た。フリースラントが私兵を率いて、気に入らぬ王の招聘に応じたのと同じように。ほかに取るべき道はなかった。

 ギュレーターにも雑用が付いていたが、その雑用は、今、彼の屋敷で母と妻に仕えていた。

「俺が出て行ってしまったら、屋敷を守れる者がいなくなるから残した」

 彼は王太子の結婚式に参列していた。

「父は足が悪かった。だから、逃げ遅れた。父の最期の言葉は逃げろだった」

 みな黙り込んだ。

「だが、あの時、礼拝堂の大扉に矢が刺さらなかったら、扉は開かなかった」

 ギュレーターはフリースラントに向かって言った。

「ありがとう。礼を言う」

 フリースラントは黙って、ギュレーターの礼を受けた。
 ギュレーターは軽くうなずいた。次にギュレーターは、自分の隣の男を紹介した。

「私からは、ガシェ子爵を紹介申し上げる。私の義弟だ」

 フリースラントが、以前、マルギスタン公の城で一度会ったことのある人物だった。ギュレーターの妹マルゴットの夫である。

 彼は以前マルギスタン公爵の由緒ある城の晩餐会で会った時とは違って見えた。

 あの時は、気さくな若者にだった。流行の服を着て、宮廷での噂話に耳を傾け、ワインのグラスを片手に楽し気に言葉を交わしていた。

 今日の彼は、頑丈で動きやすそうな服と革のブーツだった。

「義父上のガシェ子爵は、礼拝堂の焼き討ちの際、亡くなられた」

 ギュレーターは淡々と続けた。

「マルギスタン公爵が招ばれたが高齢だったので、名代で息子の子爵夫妻が結婚式に出席した。彼は父と母を同時に亡くした」

 ヴォルダ家のジニアスとマルギスタン家のバスターはあの世で会って驚いているかも知れない。

「ガシェ子爵の夫人は妊娠中だ。次代がいればいいと、ここへ来た。父上の仇だ」

 フリースラントは近づいて行って、尋ねた。

「マルギスタン公はお元気か?」

 ガシェ子爵の顔がほんのり笑った。

「高齢の為、口ばかりだ。自分も参戦すると剣だの時代遅れの槍だのを持ち出した。年寄りの冷や水だ。私が来た」

 フリースラントは黙って、手を握った。

「フリースラント! 手加減しろ。我が家の婿の骨を折る気か!」

 ギュレーターが笑って声をかけ、フリースラントはすぐ手を放した。

「骨なぞ折られてはたまらんわ。妹に合わす顔がない」

 フリースラントはギュレータの方へ向き直った。

「大丈夫だ。無事に返す」



「次は、遅れて参加されたリグ殿。ゼンダ殿の親友で、十五年前のロンゴバルトとの戦いに参戦された」

「親族のハビン公が人質になっており、動けんかった。もう大丈夫だ。参戦できる」

 リグ殿はあいさつ代わりに、持ち前のだみ声で遅れた事情を説明した。


 ハビン老公の親族が身代金のためにハブファンに借りた金を肩代わりしようとフリースラントは申し出たが、リグ殿は首を縦に振らなかった。

「フリースラント、もう、そんなことより、ハブファンの命をいただいた方が話は早かろう。ここまで来た以上は戦争だ。どちらが勝つかだけだ」

 人質が解放されたので、カザンヤン殿やモロランタン伯爵、ラトマン殿、ベルビュー殿も大っぴらに、陣営に入ってきていた。もう、怖れるものはないのだ。

 彼らは、ロンゴバルトを憎んでいた。
 サジシームは、ごまかし続けてきたが、人質事件がロンゴバルトによって引き起こされたことは間違いない。

 奇妙な駆け引きで、サジシームはあたかも人質の味方のようなふりをしていたが、身代金を払う際のさまざまなやり取りが、ボロボロと化けの皮をはがしていった。
 黒幕はサジシームで、ハブファンはその手下に過ぎないこと、彼らの狙いは金銭もさることながら、このダリアそのものであることなど、真実は、人質だった者、そのせいで莫大な借金を背負わされた者たちの心に喰い込んでいた。敵が誰なのか、彼らはわかっていた。

「アズリンドも参戦したいと言っておったのだが、妻が承知せず」
 ベルビュー殿が言った。正直、アズリンドの方が、老年のベルビュー殿より、戦力としては役に立ちそうだった。利発な少年だった。だが、フリースラントは言った。
「奥方の言うとおりだ。まだ幼い。まずは学業であろう」


 最後にフリースラントが紹介した。
「テンセスト殿だ。ロドリック」

 何人かの人々は彼のことを知っていた。
 だが、誰も何も言わなかった。
 フリースラントも何の説明も付け加えなかった。
 不吉と言われ続けたかつての英雄。
 いつかのトーナメントの時と違い、今日、彼は素顔のまま参加していた。




「レイビック伯爵、それで、どうして我々を集めたのだ」

 リグ殿が、口火を切った。

 フリースラントは言った。

「夕べの晩餐会で、メフメトが死んだ」

 ギュレーターやモロランタン伯爵は知っていた。彼らは夕べの宴会に招かれていたからだ。だが、その他の人々は知らなかった。リグ殿をはじめとした面々はぎろりとフリースラントらの顔を見た。

「死因は不明だ。突然倒れて死んだ」

 全員がざわめき、気色ばんだ。リグ殿が叫んだ。

「チャンスだ! ロンゴバルトを、この国にいるロンゴバルト兵を消滅させるのだ!」

 
「目的の一つが自然消滅した」

 フリースラントが言った。

「我々が手を下すことなく、勝手に死んだのだ。ロンゴバルトもダリアも、目の前で起きたことだ。誰も悪くない。だが、メフメトがいなくなれば、少なくともロンゴバルト側の、ダリア侵攻の一つの勢力が消えたのだ」

「あとはサジシームだけだ」

 ギュレーターが言った。フリースラントはうなずいた。

「そのとおり。この国の領内にいるロンゴバルトの勢力はサジシームだけだ。だが、サジシームは今回、護衛と称して相当数の兵を、それもロンゴバルトの精鋭を引き連れてきている。ただではすむまい」

「だが、ロンゴバルトは、今、とても不利だ。ダリアの真ん中、カプトルまで来ているからだ。チャンスだ」

 ゼンダの領主は言った。

「なぜ、平気で、こんなところまで来たか知っているか?」

 フリースラントが尋ねた。

「王太子夫妻が、まだ、人質だからだ」

 全員が黙った。その通りだった。そのあと、全員が忌々し気に王家をののしり始めた。


「ゼンダの領主殿」

 半白の男は顔を起こしてフリースラントを見つめた。

「準備はしよう。こちらに布陣してくれ。サジシームの逃げ道をふさぐ。手勢は2千」

 ゼンダの領主は頷いた。

「ゼンダ殿には、あの武芸大会の折に志願してきた平民たちをつける」

 いかつい半白の老練な男が白い歯を見せて微笑んだ。

「願ってもない。彼らのことはよく知っている。あれからさんざん連中をしごいたからな」

「そしてギュレーターは王城から続く街道をふさいでほしい。バジエ家の手勢のほか、こちらからロジアンとペリソンを部下につける。兵千が一緒だ」

 ギュレーターは頷いた。そしてニヤリとした。

「だが、布陣するだけだ。何が起きるかわからない。万一に備えるだけだ」



「今日も、サジシームは王宮に現れるはずだ」

 レイビック辺境伯は言った。

「私が偵察に行こう」

 ギュレーターが名乗り出た。
 彼はバジエ辺境伯だった。身分が高いので、好きな時に王宮に出入りできるのだ。

「フリースラントは、昨夜の件がある。ここで布陣したまま様子を見ていた方がいいだろう」

 フリースラントがうなずいた。
「ダリア王領の所属が気になる」
 みんながフリースラントの言葉に同意した。



 翌日、王宮では、サジシームがロンゴバルトの奴隷兵を引き連れて、演説していた。
「王陛下、並びに王妃様」

 彼は沈痛な面持ちで語りかけた。

「盛大な晩餐会を感謝する。ただ、メフメト様が、晩餐会中に死去されると言う、信じがたい出来事が起きてしまい、痛恨の極みである」

 王と王妃、それから王宮に伺候してきた貴族たち数十名は、息をつめてサジシームの次の言葉を待った。

「ロンゴバルトで、どのようにこの事件が理解されるか、実は私にも予測がつかない」

 彼は一渡り、全員の顔を見渡した。ギュレーターもいたが、彼は平然とサジシームの目線を受け流した。

「私がどんなに言葉を尽くして説明しても、また、実際に遺体を持ち帰って、体のどこにも傷がないことを確認してもらったところで、ロンゴバルトの疑惑を払しょくすることはできないかもしれない」

 サジシームは、続けた。

「あのような死に方には、私自身、恐怖を覚えました。まるで死神が体のどこかに触れたかのような……」

「止めて……」

 王妃が小さな声で抗議した。

「誰にも理解できないのではないでしょうか。だからどうしても、ダリアの仕業と疑われる可能性が残ってしまう」

 王と王妃は落ちつかなげだった。
 彼らは王太子の運命に思いを巡らせたのだ。報復されるかもしれない。

「出来るだけ早く、遺体に変化が起きないうちに戻りたい。でないと、傷跡がないことを確認してもらえなくなります」

「速やかにお帰り下さい」

 王妃が言った。

「まことに失礼ながら、そうさせていただきます。後で王ご夫妻に御挨拶だけさせていただいて」


 ぞろぞろと貴族たちが退出し、残ったのは王夫妻だけだった。


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