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第70話 二度目の婚約破棄
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シエナは核心に切り込んだ。
「どうして、私があなたの婚約者になっているの?」
「どうしてって、シエナ……」
なだめるような調子でリオは言った。
「お世話になったハーマン侯爵が、僕が早く身を固めることを望んでおられるんだ。今日紹介しただろう。大変に残念だが、健康面で不安があるのだ。あの方の願いを無視するわけにはいかない」
シエナは唇をかみしめた。シエナの費用のすべてはハーマン侯爵が出してくれている。
「ブライトン公爵家では、キャロライン様が心配していると思うわ。呼びに来られると思う」
平然とお茶を飲みながら、リオは答えた。
「キャロライン嬢に、遊びに来てもらってもいいんだよ?」
「会合は日程が決まっているのよ。人数も多いわ。私がいないと……」
「会合?」
リオは初めて聞く単語に怪訝そうな表情になった。
「なんの会合?」
しまった。シエナは口元をとっさに抑えた。
『リオさまを崇め奉る会』
月に何回か開かれる『リオ様を崇め奉る会』は、お年頃の令嬢方が多く集う華やかな会だが、結構な人数なので開催できる家が限られてくる。そこへもってきて、なにしろハーマン侯爵家には、御本尊のリオ様がいらっしゃる。
「ねえ、なんの会合? 変な宗教団体の活動とかじゃないよね?」
「あら。そんなのじゃないわ。定期的にお友達が集まるだけよ。会合って呼んでるだけなの。でも、この家でお茶会をする訳にはいかないと思うわ」
『リオ様を崇め奉る会』開催地:リオ様邸
※ ただし婚約者、決まりました。
絶対に出席したくない会合ナンバーワンになりそう。修羅場とか糾弾会とかいう言葉が頭に浮かんでしまった。
「でも、イライザ嬢はこの家にしょっちゅう来てるよ?」
「えっ?」
シエナは目を見張った。
「リオのところへ?」
これは由々しき事態である。
万一、これが『リオ様を(以下略)会』会員令嬢にバレたら、どういう事態が待っているのだろう?
「コーンウォール夫人のところへだよ。僕は会ったことがないけど、たまに夫人がイライザ嬢の話をするから」
「ああ」
「ブライトン家には手紙を書けばいいだけだと思う。婚約者のところにいるって」
出来るだけ軽い調子でリオは提言した。
「婚約者といるだなんて言えないでしょう?」
なぜなら、シエナだって怖気をふるう話だが、現状、シエナの婚約者はあのボリスだ。
「レイノルズ侯爵家にいると思われてしまうわ」
シエナは震える唇で言った。思うだけで嫌だった。
粗暴な様子の、品も頭もなさそうな、あのボリス……
「そのことだけどね、シエナ」
紅茶のカップ越しにリオが言った。
「ヤツはアラン殿下に不敬を働いた為に、父親の侯爵ともども拘束されているそうだ」
シエナは文字通り驚愕した。
「まあ、私、アラン殿下に失礼なことをしなくてよかったわ!」
リオはコホンと咳をした。
シエナの発想はある意味正しい。
王族相手だと、まじめな言動すら不敬扱いされる場合がある。
ホント大変。
シエナも相当気を遣っていたのだろう。
だが、ボリスの行動は一般人相手だったとしても、到底見逃せるようなものじゃなかった。
それに……アラン殿下からは、本気度を感じた。ジョゼフが困った顔をしていた。
「ま、まあ、話はそれだけで終わりではない。その後、ボリスは、自分は悪くない、アラン殿下が自分の婚約者に馴れ馴れしくしたのが悪いと言った」
「えっ?」
今度こそ、本気でシエナは叫んだ。
バラ園の手入れをしていた庭師がひとり、うかつにも振り向いたくらいだ。
「なにしろ、アラン殿下につかみかかったらしいし。セドナの王太子殿下だと説明したのに、すぐには理解できなくて、侯爵家に対して不遜だとか騒いでいたらしい」
つかみかかったわけではない。現場にいたシエナは知っている。しかし、許しがないのに、王太子殿下の肩に手を置いた。
男爵家の令息はアラン殿下を殴って、ジョゼフが顔色を変えていたが、殿下は思い切り殴り返していた。殿下は愉快そうだった。これまで、誰も本気で殿下に手を出してこなかったそうである。
「僕を殴ると死罪になるからね。僕が殴っても死罪だよ。それほど怒らせたのだから」
アラン殿下は不愉快そうだった。ボリスは命もなさそうである。
「殿下にケガをさせるつもりだったとみなされたら、首が物理で飛びますわ」
うん、とうなずきながら、いっそ首が飛べばいいのにとリオは思った。
「だけど、伝えたいのはそっちじゃない。もっと大事なことがある」
リオが続けた。
「あなたの婚約は、リーズ伯爵が否定した」
「は?」
変な声が出た。
あの伯爵が否定した?
娘を殴ってでも、婚約を続行させたがったのに?
リオは優雅にお茶を飲んだ。
「婚約者に親しげな行動をとったから当然の抗議だと言うのがボリスの言い訳だからね。あなたとボリスの婚約は、アラン殿下は知らなかった。婚約を知っている者はほとんどいなかった。当然、確かめに行ったのだろう。でも、伯爵は日和ったんだろうな」
「日和る……」
「隣国の王太子殿下に狼藉を働く人間と遠続きになりたくなかったんだろう。婚約していないとはっきり否定した」
「えっ……」
驚いたが、冷静に考えれば……父らしい。
「セドナの警備の騎士たちが確認に行ったらしい」
リオは薄ら笑いを浮かべていた。
今朝方、ブルーノ伯爵からの手紙が届いた。
アラン殿下が自分でこんな事情を説明するはずがない。
ブルーノ伯爵の手紙も、直筆ではなく誰かに口述させたものに署名だけが本人だった。
だが、リオはありがたかった。
事情がわかった。
アラン殿下はボリスの逃げ場がないように、自分の部下を伯爵のところへ遣わしたのだ。
さぞ伯爵は怯えただろう。
ざまあみろだ。
うつむいていたシエナが顔を上げた。
「私は自由なのね」
リオは、ほのかに微笑んだ。
違う。
では、なぜ、ブルーノ伯爵がわざわざリオに手紙を送ってきたのか。
リオに知らせる必要なんかないのに。
それで晴れて僕の婚約者になるのだ。リオは思った。
「どうして、私があなたの婚約者になっているの?」
「どうしてって、シエナ……」
なだめるような調子でリオは言った。
「お世話になったハーマン侯爵が、僕が早く身を固めることを望んでおられるんだ。今日紹介しただろう。大変に残念だが、健康面で不安があるのだ。あの方の願いを無視するわけにはいかない」
シエナは唇をかみしめた。シエナの費用のすべてはハーマン侯爵が出してくれている。
「ブライトン公爵家では、キャロライン様が心配していると思うわ。呼びに来られると思う」
平然とお茶を飲みながら、リオは答えた。
「キャロライン嬢に、遊びに来てもらってもいいんだよ?」
「会合は日程が決まっているのよ。人数も多いわ。私がいないと……」
「会合?」
リオは初めて聞く単語に怪訝そうな表情になった。
「なんの会合?」
しまった。シエナは口元をとっさに抑えた。
『リオさまを崇め奉る会』
月に何回か開かれる『リオ様を崇め奉る会』は、お年頃の令嬢方が多く集う華やかな会だが、結構な人数なので開催できる家が限られてくる。そこへもってきて、なにしろハーマン侯爵家には、御本尊のリオ様がいらっしゃる。
「ねえ、なんの会合? 変な宗教団体の活動とかじゃないよね?」
「あら。そんなのじゃないわ。定期的にお友達が集まるだけよ。会合って呼んでるだけなの。でも、この家でお茶会をする訳にはいかないと思うわ」
『リオ様を崇め奉る会』開催地:リオ様邸
※ ただし婚約者、決まりました。
絶対に出席したくない会合ナンバーワンになりそう。修羅場とか糾弾会とかいう言葉が頭に浮かんでしまった。
「でも、イライザ嬢はこの家にしょっちゅう来てるよ?」
「えっ?」
シエナは目を見張った。
「リオのところへ?」
これは由々しき事態である。
万一、これが『リオ様を(以下略)会』会員令嬢にバレたら、どういう事態が待っているのだろう?
「コーンウォール夫人のところへだよ。僕は会ったことがないけど、たまに夫人がイライザ嬢の話をするから」
「ああ」
「ブライトン家には手紙を書けばいいだけだと思う。婚約者のところにいるって」
出来るだけ軽い調子でリオは提言した。
「婚約者といるだなんて言えないでしょう?」
なぜなら、シエナだって怖気をふるう話だが、現状、シエナの婚約者はあのボリスだ。
「レイノルズ侯爵家にいると思われてしまうわ」
シエナは震える唇で言った。思うだけで嫌だった。
粗暴な様子の、品も頭もなさそうな、あのボリス……
「そのことだけどね、シエナ」
紅茶のカップ越しにリオが言った。
「ヤツはアラン殿下に不敬を働いた為に、父親の侯爵ともども拘束されているそうだ」
シエナは文字通り驚愕した。
「まあ、私、アラン殿下に失礼なことをしなくてよかったわ!」
リオはコホンと咳をした。
シエナの発想はある意味正しい。
王族相手だと、まじめな言動すら不敬扱いされる場合がある。
ホント大変。
シエナも相当気を遣っていたのだろう。
だが、ボリスの行動は一般人相手だったとしても、到底見逃せるようなものじゃなかった。
それに……アラン殿下からは、本気度を感じた。ジョゼフが困った顔をしていた。
「ま、まあ、話はそれだけで終わりではない。その後、ボリスは、自分は悪くない、アラン殿下が自分の婚約者に馴れ馴れしくしたのが悪いと言った」
「えっ?」
今度こそ、本気でシエナは叫んだ。
バラ園の手入れをしていた庭師がひとり、うかつにも振り向いたくらいだ。
「なにしろ、アラン殿下につかみかかったらしいし。セドナの王太子殿下だと説明したのに、すぐには理解できなくて、侯爵家に対して不遜だとか騒いでいたらしい」
つかみかかったわけではない。現場にいたシエナは知っている。しかし、許しがないのに、王太子殿下の肩に手を置いた。
男爵家の令息はアラン殿下を殴って、ジョゼフが顔色を変えていたが、殿下は思い切り殴り返していた。殿下は愉快そうだった。これまで、誰も本気で殿下に手を出してこなかったそうである。
「僕を殴ると死罪になるからね。僕が殴っても死罪だよ。それほど怒らせたのだから」
アラン殿下は不愉快そうだった。ボリスは命もなさそうである。
「殿下にケガをさせるつもりだったとみなされたら、首が物理で飛びますわ」
うん、とうなずきながら、いっそ首が飛べばいいのにとリオは思った。
「だけど、伝えたいのはそっちじゃない。もっと大事なことがある」
リオが続けた。
「あなたの婚約は、リーズ伯爵が否定した」
「は?」
変な声が出た。
あの伯爵が否定した?
娘を殴ってでも、婚約を続行させたがったのに?
リオは優雅にお茶を飲んだ。
「婚約者に親しげな行動をとったから当然の抗議だと言うのがボリスの言い訳だからね。あなたとボリスの婚約は、アラン殿下は知らなかった。婚約を知っている者はほとんどいなかった。当然、確かめに行ったのだろう。でも、伯爵は日和ったんだろうな」
「日和る……」
「隣国の王太子殿下に狼藉を働く人間と遠続きになりたくなかったんだろう。婚約していないとはっきり否定した」
「えっ……」
驚いたが、冷静に考えれば……父らしい。
「セドナの警備の騎士たちが確認に行ったらしい」
リオは薄ら笑いを浮かべていた。
今朝方、ブルーノ伯爵からの手紙が届いた。
アラン殿下が自分でこんな事情を説明するはずがない。
ブルーノ伯爵の手紙も、直筆ではなく誰かに口述させたものに署名だけが本人だった。
だが、リオはありがたかった。
事情がわかった。
アラン殿下はボリスの逃げ場がないように、自分の部下を伯爵のところへ遣わしたのだ。
さぞ伯爵は怯えただろう。
ざまあみろだ。
うつむいていたシエナが顔を上げた。
「私は自由なのね」
リオは、ほのかに微笑んだ。
違う。
では、なぜ、ブルーノ伯爵がわざわざリオに手紙を送ってきたのか。
リオに知らせる必要なんかないのに。
それで晴れて僕の婚約者になるのだ。リオは思った。
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