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第四章
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任された新規企画が順調に滑り出した。これまで前に出ず、誰かのフォローに回ることが多かった鮎原にとって、企画を練り商品を作り上げる仕事は面白く、やりがいを感じ始めていた。
だからこそ、武村に会いたいと思った。ようやく、営業として追いつくことができたような気がするからだった。
しかし、その武村とはずっと会えずにいる。あの日、断りもなく帰って以来、電話どころかあの日に出したメールに返信すらなかった。
「勝手に帰ったって怒ってるのかな」
ひとりで迎える週末の夜、鮎原は何度も携帯電話に武村の番号を表示させる。
声が聞きたい。でももし迷惑な時間だったら?
そう考えると電話発信する勇気はなかった。武村は忙しい。自分と会っても、また仕事に戻らなければいけないほどだ。
都合が悪そうならすぐに切ればいいという思いもある。だが一瞬でも仕事の邪魔をしたくなかった。
「メールしとくか」
メールなら。見るのは武村のいいときにできる。電話と違って煩わせない。
『こないだはゴメン。俺も新規の仕事に取り組むことになった。お互い頑張ろうな』
小さなキーを操作して文を作る。最後に絵文字を入れた。ジャンケンのチョキだが、ブイサインだ。
こんなところかと、完成させたメールを送信する。
「返信来るかな」
自分が受け持った仕事よりも、武村がやっているもののほうが規模も大きく、その大変さはきっと比べものにはならない。だから返信が来ないのは忙しい証拠、そう思い切ろうとする。
なのに心はいうことを聞いてくれず、物憂いと、やるせなさを訴える。
「まさかこんなに武村に寄りかかっているなんて」
会えないというだけで、切なくて苦しくて泣けてしまいそうだ。枕に顔を埋めて、煙草のにおいを探してしまうほどに。
そうして、眠れない、と幾度も寝返りを繰り返していたが、気がつけば朝になっていた。起きようかそれともまだこのまま寝ていようかと布団に潜り込んで考える。
これといってやることがないなら、寝て過ごすのも一興だ。自堕落でも何でも、文句を言う人間はいないひとり暮らし。
「え、電話?」
携帯電話の着信音が響く。鮎原はどきっとして、期待もしつつ枕もとの電話を取る。しかしディスプレイ画面に表示されていたのは妹尾だった。
落胆が心のうちから覗くが、それを表面に出してしまうほど大人げなくはない。
「もしもし」
『おはようございます。今家ですか?』
在宅を確認するような問いかけだった。
「今起きたところなんだ。何?」
『え、寝てるところを起こしてしまいました? 済みません』
「いや、どうせ起きる時間だったんだ。気にすることないさ。で、朝からどうした?」
朝というには、少々日が高くなっているようだ。つい今しがたまで、まだ寝ていようかという気もあったことなど言う必要はない。
『はい、前に少し話した叔父の店、〈ラグタイム〉ですけど、今から行きませんか? 週末はたいてい予約が入ってるプロジェクターがある部屋がキャンセルで空いたんです。だから、映画館のようにとはいきませんけど大きなスクリーンで映画観ませんか?』
妹尾の叔父がやって〈ラグタイム〉は食事をしながら好きな映画が観れるというカフェだ。
「映画を?」
「ええ、鮎原さんがよければ。OKでしたら本陣で待ち合わせして一緒に」
「あ、っと、分かった。今から用意するから待っててくれるか?」
妹尾には、先日の約束を反故にしてしまったことが気になっていた。それに、何かをしていれば不安を忘れていられるような気がする。
『よかった。じゃあ駅で待ってます』
電話を切った鮎原は、深呼吸を一度するとベッドから起き上がった。
だからこそ、武村に会いたいと思った。ようやく、営業として追いつくことができたような気がするからだった。
しかし、その武村とはずっと会えずにいる。あの日、断りもなく帰って以来、電話どころかあの日に出したメールに返信すらなかった。
「勝手に帰ったって怒ってるのかな」
ひとりで迎える週末の夜、鮎原は何度も携帯電話に武村の番号を表示させる。
声が聞きたい。でももし迷惑な時間だったら?
そう考えると電話発信する勇気はなかった。武村は忙しい。自分と会っても、また仕事に戻らなければいけないほどだ。
都合が悪そうならすぐに切ればいいという思いもある。だが一瞬でも仕事の邪魔をしたくなかった。
「メールしとくか」
メールなら。見るのは武村のいいときにできる。電話と違って煩わせない。
『こないだはゴメン。俺も新規の仕事に取り組むことになった。お互い頑張ろうな』
小さなキーを操作して文を作る。最後に絵文字を入れた。ジャンケンのチョキだが、ブイサインだ。
こんなところかと、完成させたメールを送信する。
「返信来るかな」
自分が受け持った仕事よりも、武村がやっているもののほうが規模も大きく、その大変さはきっと比べものにはならない。だから返信が来ないのは忙しい証拠、そう思い切ろうとする。
なのに心はいうことを聞いてくれず、物憂いと、やるせなさを訴える。
「まさかこんなに武村に寄りかかっているなんて」
会えないというだけで、切なくて苦しくて泣けてしまいそうだ。枕に顔を埋めて、煙草のにおいを探してしまうほどに。
そうして、眠れない、と幾度も寝返りを繰り返していたが、気がつけば朝になっていた。起きようかそれともまだこのまま寝ていようかと布団に潜り込んで考える。
これといってやることがないなら、寝て過ごすのも一興だ。自堕落でも何でも、文句を言う人間はいないひとり暮らし。
「え、電話?」
携帯電話の着信音が響く。鮎原はどきっとして、期待もしつつ枕もとの電話を取る。しかしディスプレイ画面に表示されていたのは妹尾だった。
落胆が心のうちから覗くが、それを表面に出してしまうほど大人げなくはない。
「もしもし」
『おはようございます。今家ですか?』
在宅を確認するような問いかけだった。
「今起きたところなんだ。何?」
『え、寝てるところを起こしてしまいました? 済みません』
「いや、どうせ起きる時間だったんだ。気にすることないさ。で、朝からどうした?」
朝というには、少々日が高くなっているようだ。つい今しがたまで、まだ寝ていようかという気もあったことなど言う必要はない。
『はい、前に少し話した叔父の店、〈ラグタイム〉ですけど、今から行きませんか? 週末はたいてい予約が入ってるプロジェクターがある部屋がキャンセルで空いたんです。だから、映画館のようにとはいきませんけど大きなスクリーンで映画観ませんか?』
妹尾の叔父がやって〈ラグタイム〉は食事をしながら好きな映画が観れるというカフェだ。
「映画を?」
「ええ、鮎原さんがよければ。OKでしたら本陣で待ち合わせして一緒に」
「あ、っと、分かった。今から用意するから待っててくれるか?」
妹尾には、先日の約束を反故にしてしまったことが気になっていた。それに、何かをしていれば不安を忘れていられるような気がする。
『よかった。じゃあ駅で待ってます』
電話を切った鮎原は、深呼吸を一度するとベッドから起き上がった。
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