22 / 33
真昼のストレンジャー
第六章 1
しおりを挟む
猫になりたい。猫だったら、彼の近くにいっても、怪しまれずに済むのに。そんなことを考えていた。
周囲にオフィスビルが建ち並ぶ、街中にあるこの公園に立ち寄ったのは、まったくの偶然だった。新たに担当することになった取引先との挨拶代りの酒の席のあと、駅までの抜け道として教えてもらったのだ。
繁華街が近いこともあり道路は車が行き交い、歩道には人の群れ。昼とは違う夜の様相を見せていた街が、ひとたび公園に足を踏み入れると、喧騒はかき消え人工灯の瞬きは鳴りを潜めた。
耳に聞こえてくるのはしゃらしゃらと噴き上がった水が落ちる音だけだった。その音に誘われるように、外灯がおぼろげに照らす石畳を公園の奥へと向かえば、ちょうど雲間から覗いた月が噴水塔を浮かび上がらせていた。
その噴水塔の前で、彼に会った。会ったといっても、正確には見たというほうが正しい。年のころは二十歳前後だろうか。まだどこか子供っぽさの残るものの整った顔立ちで、前髪に白のメッシュを入れていた。
何をやっているのだろうと思った。飛沫がかかるのも構わず噴水に向かって手を伸ばしていた彼。
折しも満月、光を浴びて水晶のように輝く水しぶきを掬おうとしているように見えた。まるで月の祝福を受けたような不思議な青年。周囲に集まっていた猫は彼を崇めるように見上げていた。目が離せなかった。そんな幻想的な映画のワンシーンにさえ思える光景だった。
その日以来彼のことを考えると胸が苦しくなった。恋をしたのだと自覚するのに時間はかからなかった。どこで何をしているのか、名前だって知らないけれど。
彼に会いたい。そんな募る思いに戸惑いつつも、恋しさに導かれるように、公園にきていた。姿が見られるだけでいい。話しかけることなんてできないから。
けれど彼の姿はあの夜以来、見ることはなかった。同じ時間に来ても、満月の夜に来ても。噴水塔の周囲には猫がいるだけだった。
彼に会いたい。会いたい。彼の足もとにいた一匹の猫でいいから、近くにいたい。猫だったら、あの日彼が猫にしていたように触れてくれるかもしれない。笑いかけてくれるかもしれない。
猫だったら――。
『それで彼に会えたの?』
聞こえた声に、庄野は「いや」と首を振る。
猫になっても彼には会えなかった。だってここは昼で、彼がいたのは夜だったから。
『じゃあ、夜だったら会えたと思う?』
どうなのかな、それは……。
周囲にオフィスビルが建ち並ぶ、街中にあるこの公園に立ち寄ったのは、まったくの偶然だった。新たに担当することになった取引先との挨拶代りの酒の席のあと、駅までの抜け道として教えてもらったのだ。
繁華街が近いこともあり道路は車が行き交い、歩道には人の群れ。昼とは違う夜の様相を見せていた街が、ひとたび公園に足を踏み入れると、喧騒はかき消え人工灯の瞬きは鳴りを潜めた。
耳に聞こえてくるのはしゃらしゃらと噴き上がった水が落ちる音だけだった。その音に誘われるように、外灯がおぼろげに照らす石畳を公園の奥へと向かえば、ちょうど雲間から覗いた月が噴水塔を浮かび上がらせていた。
その噴水塔の前で、彼に会った。会ったといっても、正確には見たというほうが正しい。年のころは二十歳前後だろうか。まだどこか子供っぽさの残るものの整った顔立ちで、前髪に白のメッシュを入れていた。
何をやっているのだろうと思った。飛沫がかかるのも構わず噴水に向かって手を伸ばしていた彼。
折しも満月、光を浴びて水晶のように輝く水しぶきを掬おうとしているように見えた。まるで月の祝福を受けたような不思議な青年。周囲に集まっていた猫は彼を崇めるように見上げていた。目が離せなかった。そんな幻想的な映画のワンシーンにさえ思える光景だった。
その日以来彼のことを考えると胸が苦しくなった。恋をしたのだと自覚するのに時間はかからなかった。どこで何をしているのか、名前だって知らないけれど。
彼に会いたい。そんな募る思いに戸惑いつつも、恋しさに導かれるように、公園にきていた。姿が見られるだけでいい。話しかけることなんてできないから。
けれど彼の姿はあの夜以来、見ることはなかった。同じ時間に来ても、満月の夜に来ても。噴水塔の周囲には猫がいるだけだった。
彼に会いたい。会いたい。彼の足もとにいた一匹の猫でいいから、近くにいたい。猫だったら、あの日彼が猫にしていたように触れてくれるかもしれない。笑いかけてくれるかもしれない。
猫だったら――。
『それで彼に会えたの?』
聞こえた声に、庄野は「いや」と首を振る。
猫になっても彼には会えなかった。だってここは昼で、彼がいたのは夜だったから。
『じゃあ、夜だったら会えたと思う?』
どうなのかな、それは……。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる