月猫

波奈海月

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真昼のストレンジャー

第六章 1

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 猫になりたい。猫だったら、彼の近くにいっても、怪しまれずに済むのに。そんなことを考えていた。
 周囲にオフィスビルが建ち並ぶ、街中にあるこの公園に立ち寄ったのは、まったくの偶然だった。新たに担当することになった取引先との挨拶代りの酒の席のあと、駅までの抜け道として教えてもらったのだ。
 繁華街が近いこともあり道路は車が行き交い、歩道には人の群れ。昼とは違う夜の様相を見せていた街が、ひとたび公園に足を踏み入れると、喧騒はかき消え人工灯の瞬きは鳴りを潜めた。
 耳に聞こえてくるのはしゃらしゃらと噴き上がった水が落ちる音だけだった。その音に誘われるように、外灯がおぼろげに照らす石畳を公園の奥へと向かえば、ちょうど雲間から覗いた月が噴水塔を浮かび上がらせていた。
 その噴水塔の前で、彼に会った。会ったといっても、正確には見たというほうが正しい。年のころは二十歳前後だろうか。まだどこか子供っぽさの残るものの整った顔立ちで、前髪に白のメッシュを入れていた。
 何をやっているのだろうと思った。飛沫がかかるのも構わず噴水に向かって手を伸ばしていた彼。
 折しも満月、光を浴びて水晶のように輝く水しぶきを掬おうとしているように見えた。まるで月の祝福を受けたような不思議な青年。周囲に集まっていた猫は彼を崇めるように見上げていた。目が離せなかった。そんな幻想的な映画のワンシーンにさえ思える光景だった。
 その日以来彼のことを考えると胸が苦しくなった。恋をしたのだと自覚するのに時間はかからなかった。どこで何をしているのか、名前だって知らないけれど。
 彼に会いたい。そんな募る思いに戸惑いつつも、恋しさに導かれるように、公園にきていた。姿が見られるだけでいい。話しかけることなんてできないから。
 けれど彼の姿はあの夜以来、見ることはなかった。同じ時間に来ても、満月の夜に来ても。噴水塔の周囲には猫がいるだけだった。
 彼に会いたい。会いたい。彼の足もとにいた一匹の猫でいいから、近くにいたい。猫だったら、あの日彼が猫にしていたように触れてくれるかもしれない。笑いかけてくれるかもしれない。
 猫だったら――。
『それで彼に会えたの?』
 聞こえた声に、庄野は「いや」と首を振る。
 猫になっても彼には会えなかった。だってここは昼で、彼がいたのは夜だったから。
『じゃあ、夜だったら会えたと思う?』
 どうなのかな、それは……。


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