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最終章
萌芽 11
しおりを挟むフランス北東部、ドイツ国境に隣接する都市。
パリを経由して行き着いたそこは、中世期の雰囲気が色濃く残る、とても美しい街だった。
結月さんのお母さんが眠る地。
彼と、いつか一緒に行こうと約束した場所。
* * *
ストラスブール。その地名を呟いた途端、一ノ瀬さんは驚愕の色を浮かべた瞳を僕に向けた。
「お母さんのお墓、そこに在るんですよね」
「……結月に聞いたのか?」
僕は静かに頷いて「お母さんのこと、全部教えてくれました」と続けると、「そうか、あの子が。君に」と何かを考えるように中空を見た。
「お墓の場所を、教えていただけませんか?……厚かましいとは自分でも解ってるんです。でもっ……」
「行くのか?ストラスブールに」
「はい」
彼はやや気まずそうに眉をひそめてから、徐に口を開いた。
「だが、既に向こうに彼女の親族は居ない。行っても、手掛かりと言えるところは墓地くらいで……。そもそも、結月が日本を出ていることすら、確証はないんだよ」
「――それでも、行きます」
自分に言い聞かせるように、自然とその言葉が口をついて出た。
「行きたいんです。少しでも、可能性があるのなら。そうじゃないと、もう……」
会えないかもしれない、一生。
それを考えるだけで、足先まで冷たくなるほどの怖さが押し寄せてくる。
「聞いていた通りだな」
その円やかな声に、下に向けた視線を元に戻すと、細まった聡明な瞳がこちらを見つめていた。
「本当に、真っ直ぐな子なんだね。結月が何故、君を必要としていたのか、解る気がするよ」
気づけば、温かい掌が僕の右手を包み込んでいた。
「――結月は、君に託そう」
緩やかに弧を描く唇や、心を落ち着かせる声は、愛しい人のものにとてもよく似ていた。
* * *
『10日だ。それでも見つからなかったら、一度帰ってきなさい』
その言葉を約束に、一ノ瀬さんがフランスゆきの航空券と滞在するアパートメントを手配してくれた。
逸る気持ちをなんとか抑えながら荷造りをして、翌日の昼には日本を発った。
ストラスブールに着くと直ぐに、教えてもらった墓地を訪れた。鬱蒼とした森に囲まれたそこは、異世界のように静寂に包まれていて、木立の葉の擦れる音がやけに大きく響いていた。
「あっ……」
ようやく探し出した墓石の前に立った瞬間、僕は思わず声を上げた。
白のリボンで束ねられた、まだ瑞々しい薄青色の花。
風にそよぐそれを見て、波打つように心が震える。
――この花の主は……
「結月さん……」
まるで知っているかのように、その名前が唇から零れ落ちた。
明らかな証拠は無い。それでも、この花が心に訴えかけてくる。
「やっと、来られたんですね」
離れ離れになってから一度も会うことが出来ず、ずっと想っていたお母さんの所に……。
結月さんの憂うような眼差しを思い出して、胸の奥がじんと熱くなる。
身を屈め、語りかけるように墓石に触れながら、そっと瞼を閉じた。
此処に来たら、真っ先に伝えたかった。
彼の大切な人に。
「結月さんに出会えて本当に幸せだった」と。
さっきまで笛のように鳴っていた風が、柔らかなものに変わった。髪を優しく撫でるように、さらさらと頭上を通り過ぎる。
ひと目でいい。結月さんの姿を、あの笑顔を、この目で見たい。
たとえ彼が受け入れてくれなかったとしても、きっと、僕はもう一度、結月さんに恋をする――
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