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32 町のお祭り2
しおりを挟む翌日。食堂での仕事を終えたクローディアは、こっそりと店の扉を開いた。そしてきょろきょろと辺りを見回し、オリヴァーがいないことを確認する。
(いないみたいだわ。今よ!)
こそこそと店を出たクローディアは、なるべく目立たぬよう道の端を通りなが目的地へと向かう。足早に大通りを進むと目的地が見えてきた。
あともう少しと思ったところで、誰かに肩を掴まれた。
「ディア。どうしたんですか?」
「ひゃぁっ!」
飛び上がりそうなほど驚いたクローディアは、心臓を押さえながらそろそろと後ろを振り返る。そこには、いつものようにオリヴァーの姿が。
(今はお会いしたくなかったのに……)
「オリヴァー様……、ごきげんよう」
「驚かせてしまったようで、すみません。ディアの様子がいつもと違ったので、気になってしまって……」
オリヴァーは心配そうに尋ねてくる。
「一人で済ませておきたい買い物があったもので……」
彼に会えば、必ず買い物にも付き合ってくれるの。いつもは楽しい時間だが、今日だけはオリヴァーに秘密にしておきたかった。
オリヴァーは、その説明で何かを察してくれたようだ。
「買い物が終わるまで、待っていても良いですか?」
「もちろんです。なるべく早く終わらせますね」
「俺のことは気にせず、買い物を楽しんでください。その間に、この辺りを調査していますので」
「ありがとうございます」
今日は一人で帰るつもりでいたが、結局は一緒に帰れるようだ。事情はさておき、やっぱり彼と一緒は嬉しい。
クローディアは心を弾ませながら、目的地の店へと向かった。
「ディア、いらっしゃい! ディアがお店の中まで入ってくるのは初めてね」
クローディアが入ったのは女性向けの衣装店。ショーウィンドウには、いつも可愛いドレスが展示されている。
ここの娘サラはいつも気軽に話しかけてくれるので、今ではすっかり顔なじみだ。
「こんにちは、サラ。今日は、白竜祭で着るドレスがほしくて……」
「えっ! もしかしてイアンとデート!?」
「ふふ。違うわ。イアンはお店が忙しいみたいよ」
「なーんだびっくりしちゃった。――ってことは、最近ディアとよく一緒にいる、あの付け角イケメンね」
サラは、オリヴァーの角を付け角だと信じて疑っていない様子。
クローディアが頬を赤く染めながらうなずくと、サラはからかうような笑みを浮かべる。
「まさかディアが、付け角をする男が好きだとはねー」
「彼は不良ではないわ!」
「わかってるって。彼もよっぽど、ディアに良く見られたいのね。あー羨ましい」
イアンもお店がなければ誘うのにとサラ愚痴りながら、クローディアを目的の売り場へと連れて行ってくれる。
もしイアンに予定がなけれは、サラのように誘いたい女性は大勢いるはずだ。彼は町でも人気の男性だから。
「これが、白竜祭用のドレスよ」
白竜祭では皆、白竜にならって白い衣装を着るのが伝統なのだとか。それをイアンから聞いたクローディアは、オリヴァーに見せたい一心で買いに来たのだ。
「わぁ! 可愛い」
サラが見せてくれたのは、ゆったりとしたデザインの白いモスリンドレスだ。小さい花の刺繍が施されたものが多く、どれも素敵で可愛い。
「ディアはピンクブラウンの髪と緑の瞳だから、このピンクの花と葉の刺繍は入ったドレスなんてどうかしら?」
いつも地味な服装のクローディアにとっては、大冒険レベルの可愛いドレスだ。
神殿暮らしが長かったので、こういった可愛いドレスは着慣れていない。クローディアは急に心配になる。
「私に似合うかしら……?」
「ディアは可愛いもの、もっと自信を持って! きっと付け角イケメンくんも惚れ直すと思うわ」
彼は本当に素敵な男性で、町を歩けばいつも女性の視線を感じる。そんな彼の隣に立っても恥ずかしくない自分になりたい。
そして何より、彼に可愛いと思われたい。
サラに背中を押されたクローディアは、貨幣袋を握りしめながら、決断するようにこくりとうなずいた。
「お待たせしました。オリヴァー様」
モスリンドレスが入った箱を抱えながら店の外へ出ると、ちょうど歩いてきたオリヴァーと再会した。
「箱が重そうですね。俺が持ちますよ」
「いつも持っていただいてばかりなので、申し訳ないです」
「気にしないでください。それにディアには、こちらを持ってほしいので」
箱を持ち上げたオリヴァーは、交換するように花束をクローディアに差し出す。
薄いピンクのスイートピーが、辺りを甘く包み込んだ。
「あ……あの。こちらは……?」
「花屋を調査していたら見つけました。ディアに似合いそうだと思いまして」
クローディアに花束を持たせたオリヴァーは、「やはり可愛いです」とスイートピーの甘い香りに負けないくらい、甘く微笑む。
純粋無垢だった幼い幼馴染は、いつのまにかキザな行動をとるような男性に育ってしまったようだ。
お礼を言いながらクローディアは、このまま花束に顔を埋めてしまいたいほど恥ずかしくなる。
「ところで、良い買い物はできましたか?」
別荘へと向かいながら、オリヴァーはニコニコしながらそう尋ねてくる。
ドレスを購入したことは秘密にしておくつもりだったが、彼は聞きたそうだ。この箱を抱えながら衣装店からでてきたので、バレバレでもある。
白竜祭の伝統は知らせておいた方がよいかもしれないと、クローディアは考え直した。
「おかげさまで。白竜祭では、白い衣装を着るのが伝統なのだそうです」
「それではこちらは、俺との約束のために……?」
友人とお祭りにいくだけなのに、気合を入れすぎだろうか。こくりとうなずきつつも、心配になりながら彼の顔を確認する。
するとオリヴァーはほんのり頬を赤く染めたかと思えば、それを隠すように口元を片手で覆い隠した。
「当日を楽しみにしています……」
「はい……」
ふたりして照れ隠しに、明後日の方向を見つめた。
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