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プロローグ【パンドラの箱】
許さない、許さない、許さない…ッ!!
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かごめ♪かごめ♪
籠の中の鳥は♪
いついつ出やる♪
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った♪
──後ろの正面、だあれ?
「うふ、うふふ…あはははははっ!!──ザマァ見ろ!あの男…お父様が少しでも苦しんで苦しんでくれるなら──私はそれだけで本望よ!!」
呵々大笑に高笑いした──その場所は……。
【籠目裁架】
それがパンドラの箱を開けた少女の名前だ。
彼女は父親との折り合いが悪かった。──と言うか互いが互いに真面な会話…、交流が…なかった。
父親は仕事が忙しい、と娘の相手を“息子”──長男である兄に任せきり。
育児や遊び相手は使用人とベビーシッター…それと旧くからいる爺やと婆やが娘の話し相手だった。
やがて──娘が年頃になるともう関係修復は絶望的…父親は普段から本邸には帰って来なかったし、娘もまた鬱々とした感情を外に出すことも兄に愚痴を言うこともなく…その日を迎えた──。
〝ソレ〟は決して開けてはいけなかった。
「…かごめ♪かごめ♪籠の中の鳥は♪いついつ出やる♪夜明けの晩に鶴と亀が滑った。─…後ろの正面、だあれ?」
愉悦に醜く歪んだ笑み──いや、少女は…裁架は、籠目の“本邸”ではなく──通っている学園に最も近い伊豆大島の別荘に高校に入学する段階で移り住んだ。
別荘──伊豆大島の中央、その“ちょっとした”丘から降りれば学園の裏手に出る。
深夜零時、誰もが寝静まり、明日に備える時間──手の中の“ソレ”を…その玉虫色のアラベスク調の異国情緒溢れるデザインの、手のひらサイズの“ソレ”は。
…小物入れのような、何処か“宝箱”のような形をした──不思議な不思議な真四角の箱。
本邸の蔵の奥の奥──厳重に、厳重に、封じられたこの箱は“開けたらいけない”禁忌の箱。
世界有数ともされる富豪の“籠目家”は──初代日本の総理大臣でもあった伊藤博文の近衛の家系であった。…まあ、最もその関係も今現在は切れている。
寧ろ未だに仕えている方が可笑しい。時代を間違えている。
我が家の興りと共にあった──とされる彼の箱は108の“災厄”と666もの“禍”が詰まっている…“開けてはいけない”だとか、一度開けたなら、大いなる災いに沈むだろう──、と。
「…解き放たれた“災厄”にあの男が潰れるのか──はたまたあの男を殺せる異能に私が覚醒めるのかーーどちらかしらね?」
籠目裁架──16歳のその少女は暗く濁った瞳を愉悦に歪ませ、【箱】を開けた。
パカッ
「!!!」
ぶわり、広がるのは──何かの気配。
籠目家が世に出ていないのは、その異質性にある。
初代から数えて早千代目当主──それが、【籠目裁架】の父である籠目虎牙の就任と共に引き継いだ陰陽師てしての役目。魑魅魍魎や悪鬼羅刹との死闘、討伐、除霊…。
陰陽師としての技量とまた封印師としての防人の役目…。
旧くからあった【パンドラの箱】の封印と監視。
それに加え近年は外資系株式会社“駕籠の矢”は国内外に本部と支社を持ち、輸入雑貨を仕入れて、国内に売り、反対に他国に国内雑貨を支社から支店へと卸している。
最近はファミリーレストランや居酒屋、本好きの為のホテル『本宿』の出資者でもある。
…元はラーメン屋だった──まあ、今やその面影はないけれど。
4代前は確かにラーメン屋だった。らしい。
と言うのも、この話自体は籠目家「本邸」の資料室にきちんと保管されている。
あまりに古い資料は電子化して丸々PCに写して保管している。
陰陽師として──魑魅魍魎や悪鬼羅刹と死闘を日夜陰に日向に繰り広げている──と言うのは…旧くは安倍晴明が居た時代よりも遥かに長く永らえた旧華族にして今現在は二人の子の父、虎牙はその瞬間──
「──…ッ、こ…れ、はーーまさか
開けた、のか…?
あの最悪な箱を──」
依頼遂行中に不穏な気配を感付いたのだった──…。
その翌日──朝鮮半島含む地域が丸々謎の黒炎に撒かれ、その地に居たあらゆる動植物、生きとし生ける存在の生命が炎に撒かれ、焼き尽くされた…息絶えるその“瞬間”まで──その焔は不気味に存在し続けた。
人間がどんなに創意工夫した科学薬品も──この“焔”の前には無力であった…。
見せ付けるかのように、或いは足掻く人を嘲笑うかのようだった──…
結局火が消えたのは、その跡地の上に完全なる静寂が常世に訪れるまでだ。
変わりゆく──いや、“変わって”しまった世界、ホワイトタイガーの白虎は裁架の足下傅く。
『主、我の背中に乗れ。疾く主をお父君の元まで駆けよう』
「あら、ありがとう。…お願いね?」
白虎は…ホワイトタイガーの頃から群れに見捨てられた小虎の頃から世話していた。(※因みに出会ったのは中国黒龍省の名前も分からない森深く…である)
裁架が6歳、白虎は大体2歳ぐらいの頃の事。
裁架は父とは出掛けた事はない──が、その彼女がこの世で最も敬愛して止まない“母”とは割かし旅行もお出掛けもしていた。
勿論その場に兄の姿があったし、父を除けば何処にでもある親子連れに見えただろう。
ごく普通に母と兄と海外旅行…動物園や博物館、遊園地ですらもその場に父の姿はない。
その事に誰も異を唱えなかった──いや、母の姉…伯母だけはいつも気に掛けてくれていた…気がする。
あの男──父の仕事を理由に家庭を蔑ろにしている、と。
『主…私も微量ながらお手伝い致しましょう。何なりとお申し付けを』
凛とした涼やかな女性の声が労しげに、恭しく白虎に飛び乗る華奢な裁架の右肩に小型化して着地する九官鳥のビアンカ──青い羽根の鳥は今や変異して不死鳥たる鳳凰へと進化──変異?──してしまった…。
身体のサイズを肩乗りサイズから大鷲、人を乗せれるほど大きな飛行機ぐらいのサイズに自由自在に変化変形できるのだ、と…知ったのはつい昨日の深夜零時からの世界規模の“変質”から僅か1時間にも満たない検証で知った事だ。
多くの者は寝静まっている時間、当然起きていたとしても誰も能力を使おうとしなければ…気付く事はない。
まあ、昨日からもう今は1日経っている…別荘を出てから数時間、裁架は白虎の鼻を頼りに此処、京都を訪れていた。
…鞍馬山。
標高584m、東を鞍馬川、西を貴船川に挟まれた尾根が南北に連なる風光明媚な場所、鳥居の赤と木の緑が栄える場所。
…今は何だか不気味な──いや、より霊的磁場が強化された感じがする…ホワイトタイガーの神獣化と言い、ビアンカの神獣化と言い──“世界”は益々少女の──裁架好みの様相を呈してきた。
「ふふ…ふふふっ♪ここにお父様がいらっしゃるのね?白虎」
『うむ。我の鼻から逃れる事など何人も不可能であろうよ』
「ありがとう。これからも頼りにしているわ、私の騎士様」
『むっ…私だって役立ってます、主様…私の隠蔽魔術は深淵に届きます。決して誰も主様のお姿をその目に写す事などないのです』
「分かっているわ、ビアンカ。貴女が気に掛けてくれるから……深夜の白虎連れの女を見ても誰も気付かないのよ。貴女にはこれからも“陰”として活躍して貰いたいの…だから、そんなに拗ねないで?」
『ーーーッ!そ、そうでしょう、そうでしょう!!?///私は必要でしょう!』
「ええ。大事な私の友人…ううん、“家族”だと私は思っているわ。…死が二人を別つまで共に居ましょう?ビアンカ。勿論、白虎も、ね?」
『うむ。それでこそ我が主だ!…あの日助けられた時から我等の関係は変わらぬ。』
『!!はいっ!主様…ッ!!』
…そんな会話をしながらも足を止めなかった白虎によって──籠目虎牙の元へと辿り着いた。
「──お父様、お会い死闘御座いました♪死んでくださいな♪」
「──ッ!?…な、一体何処から──…ッ!?」
「…あら?今の一撃で首を狩った筈ーーああ、“式紙”ですか。籠目家が代々『陰陽師』の家系であるのは周知の事実──いえ、極一握りの“上層部”が知る程度…でしたわね、確か。」
不意討ちを狙った首狩り──成功しなかったのは…式紙の“身代わり”。
なんて事のない、一瞬の殺気に勘付いて──自然と身体が動いた…だけ。
「…次は外しませんわ?お父様、──お覚悟を。」
「…ッ、何を──裁架!?止めないか─…ッ、くっ。」
籠目虎牙の眉間に深い皺が浮かぶ。
手にした大剣と、裁架の持つ『朧・村正』が激突する。
ギャリリリリィィ━━…ッ!!
瞳に殺意を、口元には母が好きだと言った微笑みを浮かべて。
「──さようなら、ですわ。お父様?」
「な、━━━ッ!!?」
ドスドスドスッ!
陽光に煌めく刃と刃。
意地と意思のぶつかり合い──それはさほど時間を掛けず、賭けず、駆けず──…果たされた。
「──私に、かまけていましたわね?お父様。…それが貴方の敗因ですわ」
『主様、仕留めました。』
「…ありがとう、ビアンカ。」
止めどなく血を流し倒れる身体…嗚呼、本当に━━私達、最後の最後まで分かり合う事はなかったですわね?お父様…いえ、“現当主”籠目虎牙様。
──貴方が私を嫌うから。
──貴方が私を厭うから。
──貴方が私を……愛しては下さらないから。
全ては──そう、貴方が悪いのですわ。
……ああ、お父様…本当は“お父さん”と呼びたかったわ──…もう、無理でしょうけど。
生命の灯が消し炭になる瞬間──私はただただ静かに眺めていた…。
……。
「死んだわね、お父様?──さあ、眷属化の儀式よ!」
こんな男でも──最後の最期の間際流れてきた“想い”があった──…。
“裁架…お前を厭うた事等一度としてない…願わくばお前の幸福を──…我が娘裁架…お前を愛している──”
と。
…そこから流れ込んできた有象無象の記憶──どれも私は覚えていない生まれた直後から二歳までの記憶…。
初めてあの男を“ぱぁぱ”と呼んだ嬉しい気持ちと共に鮮明な映像…母の嬉しそうな笑顔、兄の笑い声…そこには家族のごくありふれた“幸せ”しかなかった…。
昨日から裁架は陰陽師としての能力以外の能力──“異能”とも呼ぶべき能力に覚醒めていた。
裁架は人間ではなく──その種族を“吸血鬼”へと変えていた…まあ、最も裁架が知る吸血鬼の姿は──眉目眉美でありつつも、夜も昼ともなく平然と活動する吸血鬼──ヴァニラ・モッカ──ソレは裁架の愛読書『好きして!愛して♡ときめいて♪~黄昏と共に恋の嵐は吹き荒れる~』の主人公アイラの恋敵である吸血鬼ヴァニラ・モッカだ。彼女は400歳生きた吸血鬼であり、類い希なる時空魔法の使い手であり、紫外線は敵ではない…寧ろ、真夏の昼間に学校サボって海水浴をするくらいには太陽と騒がしい所が大好きな女の子である…。
そのイメージが強い為に──寧ろ何の負担もなく、その種族特性のまま恭順した。
己の血を噛み付いた首筋の傷口から──己の血を流し込む──…。
それこそが──吸血鬼の“眷属化”。
作中でヴァニラも人間である病死したユイを救った時に同じようにした。
主たるヴァニラには危害は加えられないが──主の盾となる、それ以外は外出も自由だし、恋愛も主以外とは出来ない訳ではない…。
何 と も ご 都 合 主 義 な“眷属化”の認識である。
しかもちゃっかりと「呪い」も掛けている…何とも用意周到な。
・私に嘘偽りを吐かない。
・私の事に関しては何一つ外部へと漏らさない、残さない、写さない。
・3日に一度は別荘に泊まり、私と一緒の時間を過ごす。
・自死も他死も禁ずる。
……何ともまあ、ご都合主義な内容だ。
「──ッ!?こ、ここは…っ!裁架……?」
「はい。答えてくださいな。──お父様は私を憎んでいるのではないのですか?」
ガバッ、と起きたそこは──洞窟の中?…傍らには裁架のペット、白虎と……あれは、、、九官鳥のビアンカ…?
なんか大きい気がするが──。
「…ああ。私はお前を──お前達を愛している。何時だって嫌った事はないぞ?──一体誰がそんな事を言ったんだ…」
「…ッ、本邸のメイド達ですわ。新人の」
「成る程。お前は──信じたのか…?……いや、まあ…その、な…?
…思えば真面な会話は今が初めて─…、だな、うん。悪かった」
「もう遅いですわ。お父様…私開けましたから」
「パンドラの箱、か…そうか、お前が──」
「お父様は…どうして一度もお会いしては下さらなかったのですか?お母さんが亡くなった時だって──」
「すまん。その時は地球の反対側に渡って怪異を退けていたんだ…まさか、鏡花が癌に侵されていた、とは…。電話でも気丈に振る舞っていたからな、あいつは…。俺には…、いや、例え気付いたとしても“帰ってくるな”と言っただろうな、鏡花なら、な…」
「そう…ですわね、ええ。お母さんなら──まるで聖母のようなお母さんなら…確かにそうかもしれません。」
籠の中の鳥は♪
いついつ出やる♪
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った♪
──後ろの正面、だあれ?
「うふ、うふふ…あはははははっ!!──ザマァ見ろ!あの男…お父様が少しでも苦しんで苦しんでくれるなら──私はそれだけで本望よ!!」
呵々大笑に高笑いした──その場所は……。
【籠目裁架】
それがパンドラの箱を開けた少女の名前だ。
彼女は父親との折り合いが悪かった。──と言うか互いが互いに真面な会話…、交流が…なかった。
父親は仕事が忙しい、と娘の相手を“息子”──長男である兄に任せきり。
育児や遊び相手は使用人とベビーシッター…それと旧くからいる爺やと婆やが娘の話し相手だった。
やがて──娘が年頃になるともう関係修復は絶望的…父親は普段から本邸には帰って来なかったし、娘もまた鬱々とした感情を外に出すことも兄に愚痴を言うこともなく…その日を迎えた──。
〝ソレ〟は決して開けてはいけなかった。
「…かごめ♪かごめ♪籠の中の鳥は♪いついつ出やる♪夜明けの晩に鶴と亀が滑った。─…後ろの正面、だあれ?」
愉悦に醜く歪んだ笑み──いや、少女は…裁架は、籠目の“本邸”ではなく──通っている学園に最も近い伊豆大島の別荘に高校に入学する段階で移り住んだ。
別荘──伊豆大島の中央、その“ちょっとした”丘から降りれば学園の裏手に出る。
深夜零時、誰もが寝静まり、明日に備える時間──手の中の“ソレ”を…その玉虫色のアラベスク調の異国情緒溢れるデザインの、手のひらサイズの“ソレ”は。
…小物入れのような、何処か“宝箱”のような形をした──不思議な不思議な真四角の箱。
本邸の蔵の奥の奥──厳重に、厳重に、封じられたこの箱は“開けたらいけない”禁忌の箱。
世界有数ともされる富豪の“籠目家”は──初代日本の総理大臣でもあった伊藤博文の近衛の家系であった。…まあ、最もその関係も今現在は切れている。
寧ろ未だに仕えている方が可笑しい。時代を間違えている。
我が家の興りと共にあった──とされる彼の箱は108の“災厄”と666もの“禍”が詰まっている…“開けてはいけない”だとか、一度開けたなら、大いなる災いに沈むだろう──、と。
「…解き放たれた“災厄”にあの男が潰れるのか──はたまたあの男を殺せる異能に私が覚醒めるのかーーどちらかしらね?」
籠目裁架──16歳のその少女は暗く濁った瞳を愉悦に歪ませ、【箱】を開けた。
パカッ
「!!!」
ぶわり、広がるのは──何かの気配。
籠目家が世に出ていないのは、その異質性にある。
初代から数えて早千代目当主──それが、【籠目裁架】の父である籠目虎牙の就任と共に引き継いだ陰陽師てしての役目。魑魅魍魎や悪鬼羅刹との死闘、討伐、除霊…。
陰陽師としての技量とまた封印師としての防人の役目…。
旧くからあった【パンドラの箱】の封印と監視。
それに加え近年は外資系株式会社“駕籠の矢”は国内外に本部と支社を持ち、輸入雑貨を仕入れて、国内に売り、反対に他国に国内雑貨を支社から支店へと卸している。
最近はファミリーレストランや居酒屋、本好きの為のホテル『本宿』の出資者でもある。
…元はラーメン屋だった──まあ、今やその面影はないけれど。
4代前は確かにラーメン屋だった。らしい。
と言うのも、この話自体は籠目家「本邸」の資料室にきちんと保管されている。
あまりに古い資料は電子化して丸々PCに写して保管している。
陰陽師として──魑魅魍魎や悪鬼羅刹と死闘を日夜陰に日向に繰り広げている──と言うのは…旧くは安倍晴明が居た時代よりも遥かに長く永らえた旧華族にして今現在は二人の子の父、虎牙はその瞬間──
「──…ッ、こ…れ、はーーまさか
開けた、のか…?
あの最悪な箱を──」
依頼遂行中に不穏な気配を感付いたのだった──…。
その翌日──朝鮮半島含む地域が丸々謎の黒炎に撒かれ、その地に居たあらゆる動植物、生きとし生ける存在の生命が炎に撒かれ、焼き尽くされた…息絶えるその“瞬間”まで──その焔は不気味に存在し続けた。
人間がどんなに創意工夫した科学薬品も──この“焔”の前には無力であった…。
見せ付けるかのように、或いは足掻く人を嘲笑うかのようだった──…
結局火が消えたのは、その跡地の上に完全なる静寂が常世に訪れるまでだ。
変わりゆく──いや、“変わって”しまった世界、ホワイトタイガーの白虎は裁架の足下傅く。
『主、我の背中に乗れ。疾く主をお父君の元まで駆けよう』
「あら、ありがとう。…お願いね?」
白虎は…ホワイトタイガーの頃から群れに見捨てられた小虎の頃から世話していた。(※因みに出会ったのは中国黒龍省の名前も分からない森深く…である)
裁架が6歳、白虎は大体2歳ぐらいの頃の事。
裁架は父とは出掛けた事はない──が、その彼女がこの世で最も敬愛して止まない“母”とは割かし旅行もお出掛けもしていた。
勿論その場に兄の姿があったし、父を除けば何処にでもある親子連れに見えただろう。
ごく普通に母と兄と海外旅行…動物園や博物館、遊園地ですらもその場に父の姿はない。
その事に誰も異を唱えなかった──いや、母の姉…伯母だけはいつも気に掛けてくれていた…気がする。
あの男──父の仕事を理由に家庭を蔑ろにしている、と。
『主…私も微量ながらお手伝い致しましょう。何なりとお申し付けを』
凛とした涼やかな女性の声が労しげに、恭しく白虎に飛び乗る華奢な裁架の右肩に小型化して着地する九官鳥のビアンカ──青い羽根の鳥は今や変異して不死鳥たる鳳凰へと進化──変異?──してしまった…。
身体のサイズを肩乗りサイズから大鷲、人を乗せれるほど大きな飛行機ぐらいのサイズに自由自在に変化変形できるのだ、と…知ったのはつい昨日の深夜零時からの世界規模の“変質”から僅か1時間にも満たない検証で知った事だ。
多くの者は寝静まっている時間、当然起きていたとしても誰も能力を使おうとしなければ…気付く事はない。
まあ、昨日からもう今は1日経っている…別荘を出てから数時間、裁架は白虎の鼻を頼りに此処、京都を訪れていた。
…鞍馬山。
標高584m、東を鞍馬川、西を貴船川に挟まれた尾根が南北に連なる風光明媚な場所、鳥居の赤と木の緑が栄える場所。
…今は何だか不気味な──いや、より霊的磁場が強化された感じがする…ホワイトタイガーの神獣化と言い、ビアンカの神獣化と言い──“世界”は益々少女の──裁架好みの様相を呈してきた。
「ふふ…ふふふっ♪ここにお父様がいらっしゃるのね?白虎」
『うむ。我の鼻から逃れる事など何人も不可能であろうよ』
「ありがとう。これからも頼りにしているわ、私の騎士様」
『むっ…私だって役立ってます、主様…私の隠蔽魔術は深淵に届きます。決して誰も主様のお姿をその目に写す事などないのです』
「分かっているわ、ビアンカ。貴女が気に掛けてくれるから……深夜の白虎連れの女を見ても誰も気付かないのよ。貴女にはこれからも“陰”として活躍して貰いたいの…だから、そんなに拗ねないで?」
『ーーーッ!そ、そうでしょう、そうでしょう!!?///私は必要でしょう!』
「ええ。大事な私の友人…ううん、“家族”だと私は思っているわ。…死が二人を別つまで共に居ましょう?ビアンカ。勿論、白虎も、ね?」
『うむ。それでこそ我が主だ!…あの日助けられた時から我等の関係は変わらぬ。』
『!!はいっ!主様…ッ!!』
…そんな会話をしながらも足を止めなかった白虎によって──籠目虎牙の元へと辿り着いた。
「──お父様、お会い死闘御座いました♪死んでくださいな♪」
「──ッ!?…な、一体何処から──…ッ!?」
「…あら?今の一撃で首を狩った筈ーーああ、“式紙”ですか。籠目家が代々『陰陽師』の家系であるのは周知の事実──いえ、極一握りの“上層部”が知る程度…でしたわね、確か。」
不意討ちを狙った首狩り──成功しなかったのは…式紙の“身代わり”。
なんて事のない、一瞬の殺気に勘付いて──自然と身体が動いた…だけ。
「…次は外しませんわ?お父様、──お覚悟を。」
「…ッ、何を──裁架!?止めないか─…ッ、くっ。」
籠目虎牙の眉間に深い皺が浮かぶ。
手にした大剣と、裁架の持つ『朧・村正』が激突する。
ギャリリリリィィ━━…ッ!!
瞳に殺意を、口元には母が好きだと言った微笑みを浮かべて。
「──さようなら、ですわ。お父様?」
「な、━━━ッ!!?」
ドスドスドスッ!
陽光に煌めく刃と刃。
意地と意思のぶつかり合い──それはさほど時間を掛けず、賭けず、駆けず──…果たされた。
「──私に、かまけていましたわね?お父様。…それが貴方の敗因ですわ」
『主様、仕留めました。』
「…ありがとう、ビアンカ。」
止めどなく血を流し倒れる身体…嗚呼、本当に━━私達、最後の最後まで分かり合う事はなかったですわね?お父様…いえ、“現当主”籠目虎牙様。
──貴方が私を嫌うから。
──貴方が私を厭うから。
──貴方が私を……愛しては下さらないから。
全ては──そう、貴方が悪いのですわ。
……ああ、お父様…本当は“お父さん”と呼びたかったわ──…もう、無理でしょうけど。
生命の灯が消し炭になる瞬間──私はただただ静かに眺めていた…。
……。
「死んだわね、お父様?──さあ、眷属化の儀式よ!」
こんな男でも──最後の最期の間際流れてきた“想い”があった──…。
“裁架…お前を厭うた事等一度としてない…願わくばお前の幸福を──…我が娘裁架…お前を愛している──”
と。
…そこから流れ込んできた有象無象の記憶──どれも私は覚えていない生まれた直後から二歳までの記憶…。
初めてあの男を“ぱぁぱ”と呼んだ嬉しい気持ちと共に鮮明な映像…母の嬉しそうな笑顔、兄の笑い声…そこには家族のごくありふれた“幸せ”しかなかった…。
昨日から裁架は陰陽師としての能力以外の能力──“異能”とも呼ぶべき能力に覚醒めていた。
裁架は人間ではなく──その種族を“吸血鬼”へと変えていた…まあ、最も裁架が知る吸血鬼の姿は──眉目眉美でありつつも、夜も昼ともなく平然と活動する吸血鬼──ヴァニラ・モッカ──ソレは裁架の愛読書『好きして!愛して♡ときめいて♪~黄昏と共に恋の嵐は吹き荒れる~』の主人公アイラの恋敵である吸血鬼ヴァニラ・モッカだ。彼女は400歳生きた吸血鬼であり、類い希なる時空魔法の使い手であり、紫外線は敵ではない…寧ろ、真夏の昼間に学校サボって海水浴をするくらいには太陽と騒がしい所が大好きな女の子である…。
そのイメージが強い為に──寧ろ何の負担もなく、その種族特性のまま恭順した。
己の血を噛み付いた首筋の傷口から──己の血を流し込む──…。
それこそが──吸血鬼の“眷属化”。
作中でヴァニラも人間である病死したユイを救った時に同じようにした。
主たるヴァニラには危害は加えられないが──主の盾となる、それ以外は外出も自由だし、恋愛も主以外とは出来ない訳ではない…。
何 と も ご 都 合 主 義 な“眷属化”の認識である。
しかもちゃっかりと「呪い」も掛けている…何とも用意周到な。
・私に嘘偽りを吐かない。
・私の事に関しては何一つ外部へと漏らさない、残さない、写さない。
・3日に一度は別荘に泊まり、私と一緒の時間を過ごす。
・自死も他死も禁ずる。
……何ともまあ、ご都合主義な内容だ。
「──ッ!?こ、ここは…っ!裁架……?」
「はい。答えてくださいな。──お父様は私を憎んでいるのではないのですか?」
ガバッ、と起きたそこは──洞窟の中?…傍らには裁架のペット、白虎と……あれは、、、九官鳥のビアンカ…?
なんか大きい気がするが──。
「…ああ。私はお前を──お前達を愛している。何時だって嫌った事はないぞ?──一体誰がそんな事を言ったんだ…」
「…ッ、本邸のメイド達ですわ。新人の」
「成る程。お前は──信じたのか…?……いや、まあ…その、な…?
…思えば真面な会話は今が初めて─…、だな、うん。悪かった」
「もう遅いですわ。お父様…私開けましたから」
「パンドラの箱、か…そうか、お前が──」
「お父様は…どうして一度もお会いしては下さらなかったのですか?お母さんが亡くなった時だって──」
「すまん。その時は地球の反対側に渡って怪異を退けていたんだ…まさか、鏡花が癌に侵されていた、とは…。電話でも気丈に振る舞っていたからな、あいつは…。俺には…、いや、例え気付いたとしても“帰ってくるな”と言っただろうな、鏡花なら、な…」
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