【完結】黒獅子の王は、運命を愛でる【獣人】

Sena

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第13話 溢れる熱

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リクの部屋に連れて帰られてから数日、体調を回復させた澪は、事務作業のためにCafé Lumièreにいた。

しんと静まり返った店内で、澪は帳簿に目を落としながら、必死に心を落ち着けようとしていた。

──けれど、無理だった。

定休日のはずなのに、視線の端にはリクの姿。
それだけで、体の奥から熱が込み上げ、胸が締め付けられる。指先には、抑えきれない焦燥から、じんわりと汗が滲んだ。

「……リクさん、お茶、淹れましょうか?」

平静を装いながら声をかける。

「いらない」

ぶれのない声音と、まっすぐな視線。金色の瞳が、こちらを射抜いてくる。

「……事務作業は、順調か?」

声は穏やかなのに、静かな空間に響くと、やけに熱を帯びて感じた。

「はい……もう少しで、終わります」

視線をそらしながら答える。
けれど、リクの気配は澪の肌にまとわりつくように離れない。

それからしばらくして、ふと顔を上げた瞬間──リクが目の前にいた。

「……リクさん?」

名を呼ぶと、彼の瞳がわずかに細められた。
月光のように妖しく、底知れない光がきらりと宿る。

「終わったのか?」

喉の奥で低く響く声。吐息が肌に触れ、空気の温度が変わったような錯覚に、澪の背筋がふるりと震える。

リクの手が、そっと澪の頬に触れた。

それだけなのに、押し殺した獣の本能が肌を伝ってくるようだった。

「……まだ少し、残ってますけど……」

彼の指が頬から顎へ、そして唇の輪郭をなぞる。
ざらついた手の感触に、ぞくりと背筋が震える。
──人ではない、異質な存在。けれどなぜか、それがたまらなく魅惑的に感じられた。

「ずっと待ってた。もう待てない」

呼吸に紛れた欲の熱が、澪の耳元をかすめた瞬間、身体が硬直する。

唇を撫でるリクの指を、無意識に、澪の舌がそっと触れてしまう。

──ちろり

湿った熱が、その指先に触れた瞬間。
リクの体がぴくりと跳ね、呼吸が止まる。
次の瞬間には、噛み殺すような荒い吐息が洩れた。

「……っくそ、もう限界だ」

野生の唸りのような声。
金の瞳が近づき、次の瞬間、彼の唇が貪るように重ねられた。

体の芯まで溶かされるような熱が、澪の全身を駆け巡る。

「……澪。俺がどれだけギリギリか、わかっててやってるのか」

唇の隙間から漏れた声までもが、欲に濡れていた。
触れているのは口だけ。なのに、彼の熱が全身を飲み込んでいく。

「わ、私……そんなつもりじゃ……」

額が触れ合い、彼の呼吸が頬にかかる。
吐息に混じる獣の熱が、澪の体をじんじんと痺れさせる。

「お前が俺の名前を呼んで、潤んだ瞳で見つめるたび……」

熱がこもりすぎて、もはや吐き出すような、かすれた呼吸だった。

「全部、引きずり出したくなるんだよ。隠してる声も、表情も、欲しがる姿も……」

耳元で囁かれるその言葉が、皮膚に焼きつくように染み込む。

「……リク、さん」

小さく名前を呼んだ瞬間、リクの尾がびくんと震え、
次の瞬間には、唇が澪に深く触れていた。

柔らかいのに、全身を支配されるようなキス。
唇を奪われた瞬間、熱が一気に体の奥へ流れ込んでくる。

「ん、ぁ……っ……リク、さん……?」

声にならない吐息が、漏れる。
首筋を這う舌が熱い。ざらりとした感触が肌を這うたび、脚の力が抜けていく。

「ダメなら止めてくれ、澪」

首元に吸いつかれたまま、掠れるような声が落ちた。
リクの息遣いは荒くて、理性が今にも崩れそうなことが、すぐわかる。

「……今なら、まだ間に合う。ギリギリ、理性がある……」

けれどその言葉とは裏腹に、彼の腕が澪の腰を包み込み、逃がさぬように、深く引き寄せる。

「……やだ、なんか……変な感じ……っ」

澪の指先が無意識に、彼の服の裾をきゅっと掴む。
その仕草は、拒むよりも――求めてしまっているようで。

「変な感じ、で済ますな」

耳元で、甘く唸るような声が響く。

次の瞬間──ぶつかるようなキスが降ってくる。
唇だけじゃない、舌も、熱も、感情までも、すべて押しつけられるような。

息が詰まりそうになるほど深く絡めとられて、視界が揺れる。
喉の奥から何かを奪われていくような、圧倒的な熱に抗えない理

そして、澪の身体がびくりと反応した瞬間──

リクのキスが、さらに深くなる。
舌が何度も舐めるように重なり、わずかに声を漏らした澪を、もっともっとと引き込む。

「ん……ふ、ぁ……」

濡れた吐息が、彼の欲望をさらに煽る。
もう、止まる気なんてない。触れたことで火がついた衝動を、ただぶつけていた。

それはまるで、言葉のいらない支配のようで。
けれどどこか、熱に溺れる甘さすら滲んでいた。

「……これで、少しは集中できるか?」

唇を離した彼が、勝ち誇ったような声で甘く囁く。

「できるわけ、ないじゃないですか……っ!」

思わず顔を両手で覆う。
頬が火照ってどうしようもない。そこに残っている熱がすべて彼のものだとわかって、余計に恥ずかしかった。

その横で、リクの尻尾が「ブン」と大きく揺れる。
表情は無表情だけど、彼の喜びが形になったように、尻尾は正直だ。

(嘘でしょ……かわいい……)

あんなに猛々しい黒獅子が、自分の反応ひとつで嬉しそうに尻尾を振っているなんて。
胸の奥に、ふわりとくすぐったいものが広がった。

「……ねぇ、リクさん」

ぽつりと囁いて、彼の胸元にそっと耳を寄せる。
ごつごつとした胸板の奥で、強く早まる鼓動が響いていた。

「なんだ」

「私、いま……すごく変な気持ちです」

漏れた本音に、彼の喉元からくすりと笑いが洩れた。

「いい傾向だ」

「……そうなんですか?」

顔を上げると、まっすぐに見つめ返される。
その瞳には、欲望だけでなく──慈しみと、安堵の色が滲んでいた。

「ああ。それは、俺を受け入れ始めた証拠だ」

その一言が、胸の奥で甘く響く。

強引で、獣じみた彼のやり方に戸惑いながらも、
時折見せる優しさが、澪の心の奥をじんわり溶かしていく。

「……私、もう少し、ここにいたい……かも」

ぽつりと呟いた瞬間、彼の腕がぎゅっと力を込めた。
髪に頬が触れ、彼が息を呑む気配が伝わってくる。

「……もちろんだ。絶対に離さない」

それはまるで、誓いのような言葉。
檻のような腕の中で、澪はそっと目を閉じる。

この甘い支配に、もう抗う必要なんてないのかもしれない。
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