【完結】黒獅子の王は、運命を愛でる【獣人】

Sena

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第20話 深まる疑念

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澪はリクに見送られ、Café Lumièreへ出勤。
カフェはいつも通りの賑わいを見せていた。

豆を挽く音、カップが触れ合う軽やかな音、客たちの笑い声。
しかし、今日の澪には全てがガラス越しの世界のように遠く感じられる。

リクとの夜。彼の体温、重なった指、耳に残る甘い声──
どれも夢のようにぼやけていく。あんなにも鮮やかだったはずなのに、今は手の中からこぼれ落ちていくようで。

(……本当に、あれでよかったのかな)

聞きたかったこと、聞けなかった。
彼の瞳の熱も、抱きしめてくれた腕のぬくもりも、心の奥にぽつりと残る冷たい感触にかき消されていく。

気持ちを切り替えるために、作業に集中しようとしたその時──

「いや~、うちの番、最近ピリピリしててさ。もうすぐ発情期なんだろな」

奥のテーブル席から聞こえてきた、獣人の男たちの会話が、耳に届く。

「こっちも似たようなもんだよ。荒れてるから黙ってらんねぇし。昨日も結局、寝かさずに“お仕置き”したわ。……まぁ、体で教えりゃすぐ黙るけどな」

「まぁ、そんなもんだろ? 俺ら獣人は本能が全てだし、気持ちなんてのはあとから勝手に湧いてくるオマケ」

──カチャン。

手から滑りかけたカップを、かろうじてカウンターに戻す。
その小さな音が、店内の喧騒の中でやけに響いた。

(本能が全て……気持ちは……オマケ?)

頭の中に衝撃が広がり、胸の奥では何かが鈍く軋んだ。
彼らの言葉は──リクが言っていたことと、同じだった。

『番は、本能のようなものだ』

あの時、彼が静かに告げた声が、澪の中で再び鮮明に甦る。

じゃあ、昨日見せてくれた優しさも、熱も。
名前を呼んでくれたあの瞬間でさえも──

(全部……“獣の衝動”だったの?)

澪は無意識のうちに、胸元の布を握りしめていた。
昨夜のあたたかさは、もうどこにも残っていない。
指先まで冷たくて、自分が空っぽになってしまったような気さえした。

(あの声が、腕が……全部、“好き”じゃなかったとしたら……)

浮かぶのは、リクの金色の瞳。
あんなにも優しく、まっすぐに澪を見つめていたあの眼差しが、ただの"番"としての本能で、そこに"私"を想う気持ちがないのだとしたら──

胸が、張り裂けるように痛む。

どうして、こんなにも苦しいのか。
どうして、彼の気持ちを必死に知りたがっているのか。

(これは……“番”だからじゃない。……私が、リクさんのことを——)

心の中でさえ、その続きを言うことはできなかった。

言葉にした瞬間、何かが壊れてしまいそうで。
いや、すでに壊れてしまったものがある気がして、怖くて、目を逸らすしかなかった。

澪の心だけが、誰にも気づかれないまま静かに傷ついていた。

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